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埼玉医科大学雑誌 第28巻第1号 (2001年1月) 34頁-45 頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

第27回埼玉医科大学医学会総会
丸木記念特別奨励研究費(A)受賞者講演
平成12年11月25日(土) 14:00−14:45 於 埼玉医科大学第三講堂

座長 平山廉三(埼玉医科大学第二外科学)
演者 持田 智(埼玉医科大学第三内科学)


(座長):平山でございます.只今より大変な栄誉であります 丸木記念特別奨学研究費Aの研究成果の報告講演を拝聴したいと思います.演者は第三内科の助教授・持田智先生であります.持田先生は,ただ今学内でとりまとめが進行しております,卒前・卒後カリキュラムの素案の作成にも心血を注いでおられます.また蘊蓄と力量,情熱は,皆さま周知のところと存じます.しかし,恒例ですので,簡単に先生のご略歴をご紹介申し上げます.
 先生は昭和35年生まれで,1984年東京大学医学部卒業,1989年東大第一内科助手でございます.1994年から埼玉医科大学第三内科に見えられ,助手・講師を経て98年から助教授となって教室の屋台骨を支えていらっしゃいます.ご専門はもちろん肝臓病学で,内外の多くの学会に所属されておりますが,特に急性肝不全研究会,それから肝移植学会,この幹事として大活躍でございます.研究の方ですが,肝炎の劇症化,それから肝臓の線維化,肝不全,肝再生のメカニズム,そしてこの方面について幅広い研究がありますが,特にそれらの分子機構については多くのすぐれた論文がたくさんございます.
  さて本日は,その中の,その研究の一端としてここに書いてございます肝疾患と肝類洞壁細胞,壊死,線維化,および再生における役割と題しまして,時間一杯約42, 3分でございますが,そのお話を承ります.先生,ひとつよろしくお願い致します.

本記録は,平成12年11月25日に行われた埼玉医科大学医学会総会における丸木記念特別奨励研究費(A)受賞者講演を採録したものである.


肝疾患と肝類洞壁細胞:壊死,線維化及び再生における役割

持田 智 (埼玉医科大学第三内)

 平山先生,過分なご紹介どうもありがとうございました.埼玉医科大学には藤原研司教授が6年前に赴任し,私もその直後に移ってまいりました.当時の第三内科は実験を行う研究室もないような状況にありましたが,先ず,福祉棟の地下に研究室を作っていただき,さらに第1回の丸木記念特別奨励研究賞をいただくという栄誉に拝し,その後の研究を円滑に推進することができました.講演の前に,この助成金に関連してお世話になりました,関係諸先生方に御礼申し上げます.
 それでは,早速始めさせていただきます.私が本日お話しする内容は,先程,平山先生からご紹介がありましたように,肝類洞壁細胞と肝病態の関わりについてです.肝の末梢血管系を類洞と呼びますが,これを構成しているのが類洞壁細胞であり,実質細胞である肝細胞の機能を維持するために必須の細胞群です.肝疾患の成立には,肝細胞のみならず類洞壁細胞も関与しており,肝壊死,線維化,再生などの病態はこれら細胞の相互作用の基に進展すると考えられます.肝類洞の構造を模式化すると図1のようになります.門脈から流入する血液には,endotoxinなど腸内細菌に由来する物質が含まれておりますが,類洞にはmacrophage系のKupffer細胞が常在しており,これらを除去するbiological filterとしての役割を担っております.また,類洞にはNK細胞であるpit細胞も常在しております.この細胞に関しては,本日の講演ではこれ以上触れませんが,主として抗腫瘍免疫を担っていると考えられております.類洞の境界をなすのは内皮細胞ですが,この細胞の構造や機能も極めてユニークです.類洞内皮細胞は径100 nm程度の小孔が多数認められ,これを篩板構造と呼んでおります.また,通常の内皮細胞は基底膜が裏打ちしており,血漿成分の漏出を防いでいますが,類洞内皮細胞にはこれが存在しません.従って,血漿成分は類洞内皮細胞の小孔を介して,肝細胞側へ自由に移行することが可能です.一方,類洞内皮細胞の肝細胞側には星細胞が存在します.この細胞には,以前は日本人の名前がついており伊東細胞と称されておりましたが,現在ではその形態から星細胞と呼ぶように統一されています.この細胞は樹枝状に細胞突起を伸ばして,類洞内皮細胞を外側から取り囲んでおり,pericyteとして類洞血流を調節しています.なお,星細胞と肝細胞の間のspaceはDisse腔と称します.しかし,肝壊死が生じると,Kupffer細胞の活性化に伴なって星細胞も活性化,盛んに増殖して細胞外matrixを産生します.これがDisse腔に沈着し,肝線維化の要因となるのです.その際,類洞内皮細胞は篩板構造を失い,一般の臓器の末梢血管と同様の基底膜を伴なった内皮細胞に形質転換します.この一連の過程を「類洞の毛細血管化」と呼んでおりますが,これら類洞壁細胞の変化により,病態肝の機能は大きく変わります.

 我が国では,肝疾患の成因では肝炎ウィルスの感染が最も重要です.自己免疫や薬物アレルギーなどが原因で発症する肝疾患もありますが,従来,肝臓病学は肝炎ウイルスとその感染する肝細胞に焦点を当てた研究が行われてまいりました.しかし,あらゆる臓器において,病気の成立は血管系との関わりを抜きにして論じることができません.我々は肝類洞とその構成細胞に興味を持ち,肝疾患の成立を血管系の立場から見つづけてまいりました.肝線維化は,壊死組織を穴埋めするために星細胞が細胞外matrixを産生する現象ですが,血管系の立場からは類洞の毛細血管化として捉えることができます.また,肝再生も単に肝細胞が増殖する現象ではなく,類洞という複雑な構造の血管系が再構築する過程と考えることができます.本日は,先ず,劇症肝炎や肝移植後肝不全に特徴的な広汎肝壊死の成立機序を微小循環障害の観点から論じ,その対策としての類洞を標的とした治療法を紹介したいと思います.更に,肝壊死と線維化や再生の病態連繋に関して,類洞という血管系の立場から言及することに致します.

 我が国では劇症肝炎の年間推定患者数は約1,000人前後であり,比較的稀な疾患に属しておりますが,致死率が極めて高いことから厚生労働省より難病として指定されており,治療体系の確立が急務となっております.肝臓は1,400〜1,600gの大きな臓器ですが,この病気では図2のように400 g程度と著しい萎縮が認められます.組織像では一部に肝細胞が残存した領域もありますが,大部分は壊死に陥っております.このような広汎肝壊死が劇症肝炎の病理組織学的な特徴です.一般に肝炎はウイルスが感染した肝細胞を,細胞障害性Tリンパ球(CTL)が排除する過程で発症すると考えられておりますが,この組織像を見ても浸潤リンパ球はほとんど認められません.このような広汎な肝壊死の成立をCTLによる肝細胞障害で説明するのは不可能です.劇症肝炎の患者さんでは血液凝固平衡が著しい過凝固状態にあることから,我々は微小循環障害の関与を想定致しました.

 肝類洞における微小循環障害の成立機序は,その構成細胞である類洞壁細胞の病態生理との関連で検討する必要があります.我々が先ず注目したのはKupffer細胞や肝に浸潤したmacrophageであり,その活性状態との関連で検討を行ないました.私は1987年に研修及び内科入局後の1次外勤が終わり,藤原研司先生の研究室で実験を開始しましたが,最初に指示されたのが,Kupffer細胞や肝macrophageの活性状態を生体内で評価する方法を開発せよとの課題でした.従来,これら細胞はラット肝から単離して機能を評価していたのですが,単一細胞レベルで機能を見たいと考え,先輩方の指導の基に開発したのが図3に示すNBT(nitro blue tetrazolium)肝灌流法です.ラットの肝を,NBT及びC-kinaseの活性化によりmacrophageのexcitationを惹起するPMAを含む培養液で門脈から灌流するのですが,Kupffer細胞やmacrophageの産生する活性酸素でNBTが還元されて青色のformazanとして細胞内に沈着します.正常肝では門脈域のKupffer細胞に軽度の沈着が見られるのみですが,四塩化炭素障害肝では中心静脈域の壊死巣の浸潤したmacrophageに高度の沈着が観察されます.これらのmacrophageは貪食能に富んだ「responsive stage」のmacrophageであり,活性酸素を除去するSODを灌流液に添加してもformazan沈着が軽減しないことから,活性酸素を主として食胞内に放出していると考えられます.一方,ラットににきび菌であるPropionibacterium acnes(P.acnes)の死菌を静注すると,肝には多数のmacrophageが浸潤し,これらは活性酸素やTNF-αの産生能に富んだ「primed stage」まで活性化します.このラットでNBT肝灌流を行うとより高度のformazan沈着が観察され,また,SOD添加で沈着の程度が軽減することから,これらmacrophageは主として細胞外への活性酸素産生能が亢進しており,細胞障害性を有するものと考えられました.

 その後,様々なモデルを対象にNBT肝灌流を行いましたが,肝を70%部分切除したラットでもKupffer細胞が「primed stage」まで活性化することが明かになりました.このモデルはP.acnes死菌投与ラットと異なり,主として常在性のKupffer細胞が活性化するのですが,何れのラットも通常は生体に影響を与えない少量のendotoxinを静注すると広汎肝壊死が誘発されることが判明しました(図4).また,肝を電顕で観察すると,何れのモデルでもKupffer細胞や肝macrophageに接してfibrin沈着が観察され,また,類洞内皮細胞は障害され,殆ど認められなくなっていることが判明致しました.活性化したKupffer細胞や肝macrophageが類洞内皮細胞障害や類洞内凝固を生じ,これによる微小循環障害が広汎肝壊死の成立に関与すると考えられます.

 これら2つのモデルは劇症肝炎と類似した病態を呈すると考えられ,微小循環障害の成立機序を検討致しました(図5).先ず,antithrombin (AT) IIIによる抗凝固療法を行うと肝障害が軽減することから,両モデルの広汎肝壊死は類洞内凝固による微小循環障害が原因で成立することは明らかです.また,好中球に対する中和抗体を静注してこれを末梢血から枯渇しても肝障害は軽減しないことから,類洞内凝固を惹起する細胞として好中球は否定されました.一方,アラビアゴムというのは我々が見つけたmacrophageの活性化抑制物質ですが,これを投与すると肝障害が軽減することから,類洞内凝固を惹起するのは活性化Kupffer細胞ないしは肝macrophageと考えられました.しかし,macrophageの中でも比較的径の大きいものを破壊する塩化ガドリニウムを投与した場合は,肝障害の軽減が死菌モデルでのみ認められました.SODや抗TNF-α抗体の治療効果も死菌モデルでのみ観察されたことから,微小循環障害の成立機序は両モデルで異なると推定されます.更に,NBT肝灌流法で,PMAの替わりにendotoxinを添加した場合のformazan沈着は死菌モデルでは高度でしたが,肝部分切除モデルでは軽微であり,両モデルではmacrophageの活性状態も異なることが明かになりました.

 そこで,両モデルのKupffer細胞や肝macrophageの活性化機構を検討致しました.先ず,死菌モデルではcytokineのnetworkが重要であることが判明したのですが,これは図6のようにまとめられます.P.acnesを静注すると,これを貪食したKupffer細胞でIL-18の発現が増強します.これがTh1細胞におけるIFN-γとIL-2発現を誘導し,これらnetworkを介して肝macrophageは活性化します.この系で活性化した肝macrophageはendotoxin受容体であるCD14の発現が高度であり,活性酸素やTNF-αの産生能が亢進しております.一方,肝部分切除モデルではこれらのcytokineの発現は肝及び脾で殆ど変化いたしません.部分切除肝のKupffer細胞はむしろCD14の発現が低下しており,未知のendotoxin受容体発現が亢進していると推定されますが,我々はこの活性化に腸管からのbacterial translocationが関与することを見出しました(図6).ラットに腸管非吸収性の抗菌薬である硫酸ポリミキシンBを経口投与すると,腸内細菌叢からはグラム陰性捍菌がほぼ消失し,乳酸菌やビフィズス菌などの嫌気性が優位となりますが,これに伴なって肝部分切除後のKupffer細胞活性化も軽減,endotoxinを静注した際の肝障害も改善しました.肝容量の減少により,腸内細菌由来物質のKupffer細胞への負荷量が過剰になることが,活性化の要因と考えられます.この機序で活性化したKupffer細胞は血液凝固の開始因子であるtissue factor活性化が高度であるのが特徴です.

 更に,2つのモデルの相違点として,肝部分切除モデルでは主として常在性のKupffer細胞が活性化するのに対して,死菌モデルでは多数のmacrophageが肝に浸潤して活性化することも挙げられます.そこで,我々はmacrophageの肝への浸潤機構の検討も開始致しました.Macrophageに対するchemokineとしては,MCP-1やMIP-1αなどのCC(β)ファミリーに属するものが重要と考えられてきましたが,我々が注目したのはosteopontinという細胞外matrixです.本因子にはCa結合部位が存在し,骨や腎の細胞外matrixとして,これら臓器におけるCa沈着に関与しております.一方,本因子はT及びBリンパ球の活性化に関わるcytokineとしても作用することが古くから知られておりましたが,2000年になってTh1免疫応答の開始に必須の因子であることが判明し,注目されるに至りました.更に,本因子はRGD配列を有しており,integlinを介してmacrophageとも結合することから,そのchemokineとしても作用します.従来,肝はosteopontinを発現しないとされてきました.しかし,星細胞やKupffer細胞は活性化すると細胞外matrixやcytokineを産生することから,病態肝ではosteopontin発現が生じ,免疫応答やmacrophageの肝浸潤に関与している可能性があります.そこで,肝構成細胞を単離してosteopontinのmRNA発現をNorthern blottingで評価したところ,四塩化炭素やP.acnes死菌を投与したラットの活性化肝macrophageには高度の発現が見られることが判明しました(図7).また,星細胞は正常肝より単離して3日間培養したquiescentに近い状態でもosteopontinのmRNAを発現しておりますが,四塩化炭素投与ラットから単離した活性化星細胞ではこれがより高度でした(図7).活性化したKupffer細胞やmacrophage及び星細胞におけるosteopontinの発現は免疫組織染色により蛋白レベルでも確認しております.特に,免疫電顕ではこれら細胞のGolgi装置に反応産物が認められ,osteopontin蛋白を産生していることが証明されました.また,定量的なcompetitive RT-PCR法により,肝におけるosteopontin mRNAの発現を経時的に評価したところ,四塩化炭素モデル,死菌モデルともにmacrophageの肝浸潤に先行して発現が高度になることが明らかになり,本因子がchemokineとして作用している可能性が示されました.

 さて,ここで問題となるのはosteopontinと他のchemokineとの関係です.四塩化炭素やP.acnes死菌を投与したラットの肝では,osteopontinのみならずMCP-1やMIP-1αのmRNA発現も高度になりますが,何れがより重要なのか.この点に関しては,最近,マウスを用いた検討で明かにしました.マウスではosteopontinの遺伝子に多型性が認められます(図8).Allele Aのマウスでは感染症などの生体反応に応じてosteopontinの発現が増強しますが,Allele BやCのマウスではこの増強が生じません.この差異がリケッチア感染に対する感受性を規定することが古くから知られておりましたが,我々はこの多型性を利用して実験を行ないました.Allele AのマウスとしてはBALB/cJを,Allele BのマウスとしてはC3H/HeJとCBA/Jを実験に用いました.Allele Bのマウスとして2種類を用いたのは,C3H/HeJはTLR-4の遺伝子変異もありendotoxin感受性が低下しているからであり,BALB/cJと同様にendotoxin感受性が高いCBA/Jも対象としました.これらマウスにP.acnes死菌を静注すると,BALB/cJでは肝におけるosteopontin発現が増強しましたが,Allele Bのマウスは何れも増強が認められませんでした(図9).また,肝へのmacrophage浸潤もBALB/cJはラットの場合と同様に高度であり,これが肉芽腫を形成するのですが,Allele Bは何れも軽度で,中には肉芽腫形成の全く認められないマウスの存在しました.一方,肝におけるMCP-1やMIP-1αのmRNA発現を評価すると,何れのalleleのマウスでも増強が認められ,両alleleの間に差異は見られませんでした(図10).従って,macrophageの肝浸潤に際して,osteopontinは他のchemokineに比して重要な役割を担っており,P.acnes死菌を貪食したKupffer細胞がMCP-1やMIP-1αを発現しても,osteopontinの発現増強が生じないとchemokineとしての作用を発揮できないと考えられました.

 さて,死菌モデルと肝部分切除モデルでは,Kupffer細胞や肝macrophageの活性化機構及び浸潤の程度に差異がありますが,更に,これら細胞による類洞内凝固の成立機序も異なっております.このことは,活性化Kupffer細胞や肝macrophageが障害する標的細胞を解明する実験の過程で明かになったものです.生体内でmacrophageの標的細胞を同定しようとする際には,血液凝固による微小循環障害で二次的に生じる障害の影響を除外する必要があります.そこで,ラット肝を培養液で灌流し,血液を除いた上でFCSとendotoxinを添加して,障害される細胞を同定する実験を行いました(図11).灌流液中に逸脱するpurine nucleotide phosphorylase(PNP)を類洞内皮細胞の,alanine aminotransferase(ALT)を肝細胞の障害の指標とし,更に電顕観察を行い標的細胞を決定致しました.P.acnes死菌を投与したラットの肝では,endotoxinによる灌流で液中のPNP濃度が上昇しましたが,ALT濃度は変化せず,また,電顕では類洞内皮細胞の障害が観察されました.従って,このモデルの活性化肝macrophageは,活性酸素やTNF-αを産生して類洞内皮細胞を障害するが,肝細胞に対する直接障害性は見られないことが明らかになりました.一方,70%部分切除肝はendotoxinで灌流してもPNP,ALT濃度ともに上昇せず,このモデルの活性化Kupffer細胞は類洞内皮細胞に対しても直接障害性を有さないと考えられた.また,両モデルともに肝細胞の障害は,類洞内凝固による微小循環障害の結果であることが明らかになりました.

 P.acnes死菌モデルでは,類洞内皮細胞が障害され,その抗凝固活性が低下することから,類洞内凝固が成立するのは当然と考えられます.それでは,肝部分切除モデルではKupffer細胞が類洞内皮細胞を障害しないにも拘わらず,なぜ類洞内凝固が生じるのかが問題となります.この点には類洞の凝固機能の特殊性が関与していることを明かにしました.図12は通常の血管内皮細胞における血液凝固の調節機構をまとめたものです.血液凝固はmacrophage系の細胞などが発現するtissue factorにより開始しますが,その活性は内皮細胞表面のtissue factor pathway inhibitor(TFPI)により制御されております.また,万一,凝固cascadeが活性化してthrombinが形成されると,内皮細胞の発現するthrombomodulinがこれを速やかに不活性化し,更にprotein Cを活性化することで内皮細胞の抗凝固性を維持しております.また,thrombinは最終的には肝細胞の産生するAT IIIにより不可逆的な不活性化を受けます.しかし,類洞は内皮細胞におけるTFPIやthrombomodulinの発現が他臓器の末梢血管に比して軽微であり(図12),macrophageが活性化すると容易に凝固平衡が破綻します.特に,70%肝部分切除を施行したラットではKupffer細胞のtissue factor活性が著しく亢進しておりました.また,endotoxin投与後の肝障害も組換え型TFPIを静注することで改善したことから,本モデルでは類洞における血液凝固平衡の破綻により,先ず,類洞内凝固が生じ,肝細胞のみならず類洞内皮細胞も二次的に障害されると考えられました(図13).

 さて,ここで次に,P.acnes死菌モデルにおいて活性化肝macrophageは類洞内皮細胞を障害するのに対して,肝細胞をなぜ障害しないのかという問題が浮かび上がってきます.この点に関しては,接着分子を介する肝構成細胞間の相互作用が重要であることを明らかにしました.死菌モデル,肝部分切除モデルは何れもKupffer細胞や肝macrophageが活性化しておりますが,これを反映してこれら細胞におけるLFA-1α及びLFA-1βの発現が増強します.一方,そのligandであるICAM-1の発現は,類洞内皮細胞では増強しますが,肝細胞における発現は生じないことを見出しました.その後の検討から,肝細胞におけるICAM-1発現は障害の結果,隣接細胞との接着が解除すると生じることを見出しました.何れにせよ,死菌モデル,肝部分切除モデルともに,類洞内凝固が生じる過程で活性化Kupffer細胞や肝macrophageは類洞内皮細胞と接着するが,肝細胞との接着は起こらず,両細胞間では相互作用の形態が異なると考えられました.そこで,この接着の意義を明らかにするために,ICAM-1及びLFA-1α,βに対する中和活性を有するモノクローナル抗体を用いて治療実験を行いました.その結果は,図14に示しますように,死菌モデルと肝部分切除モデルでは正反対のものが得られております.死菌モデルでは抗体投与で肝障害が軽減しており,活性化肝macrophageと類洞内皮細胞の接着は類洞内凝固を増悪する方向に働くと考えられます.類洞内皮細胞は肝macrophageと接着することにより,その放出する障害性因子が高濃度で曝露されるようになることから,これは当然の結果と言えましょう.また,肝細胞との間での接着が生じないことが,本モデルにおける活性化肝macrophageの標的細胞の特異性を規定しているとも推定されます.一方,肝部分切除モデルでは抗体の投与で肝障害は増悪し,活性化Kupffer細胞と類洞内皮細胞の接着は類洞内凝固に対して抑制的に働くと考えられました(図14).類洞内皮細胞は抗凝固活性が軽微であるだけに,Kupffer細胞の惹起する血液凝固を抑制するためには,両細胞間の接着が必須であると推定されます.

 ヒト劇症肝炎でも,特に肝障害の急激に成立する急性型においては,これらラットモデルと同様の機序で類洞内凝固が成立していると推定しております(図15).そこで問題となるのは,肝炎ウイルスの感染に起因する劇症肝炎でのKupffer細胞や肝macrophageの活性化機構です.先ず,ウイルス感染細胞を排除するCTLはIFN-γにより活性化されますが,これがmacrophageの活性化ももたらす可能性があります.また,CTLの作用でapoptosisに陥った肝細胞の貪食や腸管からのbacterial translocationによってKupffer細胞が活性化する可能性も否定できません.我々は,ヒト肝疾患における肝macrophageの活性状態をosteopontinの血中濃度を指標に評価してみたところ,劇症肝炎,特に急性型において著しく高値を示すことを見出しました.また,剖検肝で免疫組織染色を行うと,劇症肝炎では壊死巣内のmacrophageにosteopontinの染色性が高度に観察されました(図16).従って,劇症肝炎でも特に急性型においては,P.acnes死菌モデルと同様に肝に浸潤したmacrophageが広汎肝壊死の要因になるものと推測しております.一方,劇症肝炎の成立における類洞内凝固の関与についても,劇症化する前の段階である急性肝炎重症型に抗凝固療法の成績から明かになってまいりました.図17はB型肝炎ウイルスの急性感染による急性肝炎重症型症例の経過です.血清ALT,AST値は徐々に低下しているものの血中半減期に比較すると緩徐であり,肝壊死は持続していると考えられます.やがて,腹水や昏睡I度の肝性脳症が出現して劇症化が危惧されました.末梢血血小板数が低値であり,血液凝固指標からもDICの併発が疑われたことから,AT III濃縮製剤を投与しました.すると,血液凝固異常が改善するのみならず,血清ALT,AST値も半減期に沿って低下するようになり,肝不全から離脱できました.ラットモデルと同様に,肝類洞内凝固による微小循環障害が肝壊死の原因であり,抗凝固療法が著効したものと考えられました.

 以上は劇症肝炎の成立機序に関する成績ですが,同様に広汎肝壊死を呈する肝移植後肝不全の成立にも類洞内凝固が関与することを,我々は証明いたしました.肝移植に際して,ドナー肝は死戦期における温虚血およびUW液に保存時には冷虚血に曝されます.従って,移植した肝には,温虚血後及び冷虚血後の再灌流障害が生じますが,この両者の病態の比較を行いました.その結果,特に冷虚血後再灌流障害において,Kupffer細胞が活性化し,類洞内皮細胞が障害されるなど,劇症肝炎と類似した病態を呈することを見出しました(図18).そこで,実際に肝を同所性に移植した場合も類洞内凝固が生じるのではないかと想定し,ラットを用いた肝移植実験を開始しました.  先ず,ラット肝をUW液に冷保存すると,類洞内皮細胞のみならず,そのpericyteである星細胞も障害され,これが類洞内皮細胞の障害を増強することが明らかになりました.また,類洞内皮細胞は増殖因子であるとともに生存に必須のmaintenance factorでもあるVEGFに対する受容体を発現しておりますが,冷保存肝ではその発現が早期から減弱し,これも類洞内皮細胞障害の要因になると考えられました(図19).一方,冷保存したラット肝を同所性に移植した後に単離したKupffer細胞ではtissue factor活性が高度であり,先程提示した肝部分切除モデルと同様に類洞は過凝固状態にあると考えられます.更に,肝移植5時間後には類洞内にfibirin沈着が電顕で観察されるようになり,24時時間後には高度の肝壊死が出現します.これらラットで術後にAT III濃縮製剤を用いた抗凝固療法を行うと,肝障害が有意に改善することから(図20),劇症肝炎モデルと同様に,肝移植後肝不全でも類洞内凝固による微小循環障害が広汎肝壊死の原因であることが明らかになりました.

 以上のように,類洞内凝固の治療としての抗凝固療法は,急性肝不全の治療体系の中で重要な位置を占めているのですが,実際,我々が病棟で用いているのはAT III濃縮製剤とFOYなどの合成protease阻害薬です.他の診療科の先生方はDICの治療としてヘパリンや低分子ヘパリンを用いておりますが,肝不全時にはその投与は禁忌です.ヘパリンは肝細胞の産生するATIIIの補助因子ですから,その血漿濃度が低下している肝不全時には無効なばかりか,AT IIIの消費から血漿濃度をより低下する原因となり,過凝固状態およびこれによる肝障害を増悪する場合があるからです.従って,高価なAT III濃縮製剤が肝不全時のDIC治療における第一選択薬となるのですが,保険適応内の投与では十分な効果が発揮できない場合があります.そこで,我々はAT III非依存性に作用し,また,肝移植後にも用いることを考慮すれば,術創部からの出血を来たさない肝類洞を標的とした薬剤の臨床応用を目指して,研究を進めました.

 その候補の1つが,先程も紹介致しました組換え方TFPIです.本来,肝類洞はTFPIを発現していないため,図21のように免疫染色を行っても染色性は認められません.そこで,ラットに組換え型TFPIを静注すると,速やかに血中から消失しますが,肝類洞に沿った染色性が見られるようになり,更に,免疫電顕では類洞内皮細胞及びDisse腔に肝細胞微絨毛の表面に結合していることが明らかになりました.ヘパリンを追加静注すると類洞に沿った染色性は消失することから,組換え型TFPIはこれら細胞表面のヘパリノイドに結合して抗凝固活性を発揮すると考えられます.肝類洞を標的とし,流血中では作用しないことから,出血を来たさず術後も安心して用いることが可能な抗凝固薬と言えましょう.更に,もう一つ候補は,硫酸ポリミキシンBによる腸内殺菌です.肝移植に際して,レシピエントのラットに腸管から非吸収性の硫酸ポリネキシンBを経口投与して腸内細菌叢を変化させると,肝移植後は門脈血中のendotoxin濃度が低下し,更に,Kupffer細胞のtissue factor活性も有意に下がります.これに伴なって,肝移植後の肝障害も軽減することから(図22),この治療法も間接的には類洞を標的として抗凝固療法に相当する訳です.このように,肝移植に際しては,術前に腸内殺菌を行い,術後は早期から組換え型TFPIを投与することで,術後肝不全であるprimary graft non-functionを阻止できるのではないかと考え,この治療体系の臨床応用を提唱しております.

 さて,広汎肝壊死が見られる病態では類洞内皮細胞の障害が顕著ですから,その再生に際しては肝細胞のみならず類洞内皮細胞の増殖が重要になります.そこで,我々は類洞内皮細胞の再生機構に関しても検討を進めておりますが,この過程は肝線維化と密接に関連していることが明かになってまいりました.従来,類洞内皮細胞は培養,維持するのが困難な細胞とされてきました.PDGFやFGF-2などのangiogenic factorを添加しても死滅してしまいます.しかし,1994年に東大医科研の渋谷先生たちが,VEGFを添加することで,類洞内皮細胞のmaintenanceが可能であり,かつ増殖も誘導できることを報告致しました(図23).我々は,類洞内皮細胞の障害に関する仕事を続けてきましたが,この報告を契機に再生の仕事も開始致しました.

 先ず,ラットより単離した細胞で検討すると,肝では肝細胞が主としてVEGFを発現しております.一方,その受容体でありますFlt-1とKDR/Flk-1,最近ではVEGFR-1とVEGFR-2と呼ぶのが一般的ですが,これらは類洞内皮細胞を含む類洞壁分画に発現が認められました(図24).従って,肝では肝細胞と類洞内皮細胞の間でVEGFを介したcommunicationがあるのですが,ここで肝細胞における発現が再生過程でどのように変化するのかが興味もたれます.そこで,初代培養ラット肝細胞を用いたin vitro実験を行なったところ,肝細胞におけるVEGFのmRNA発現は,培養後一過性に増強するが,その後減弱することが判明しました.しかし,肝細胞の増殖刺激因子であるEGFを添加してDNA合成を惹起するとVEGF発現が再び高度になることから,その発現は肝細胞の細胞周期との関連で調節されることが明かになりました(図24).次に,生体内における調節機構を検討するために,70%肝部分切除ラットを用いて検討を行ないました.70%肝部分切除後の肝構成細胞の核分裂は,大変ユニークなパターンで進行することが古くから知られております.先ず,36時間後をピークに肝細胞が増殖しますが,これに遅れて96時間後になると類洞内皮細胞が増殖,168時間までに肝再生が完成します(図25).肝のhomogenateでNorthern blottingを行うと,VEGFのmRNA発現は類洞内皮細胞が増殖する時期に一致して,72から168時間後で高度となっております.更に,部分切除した肝より経時的に肝細胞を単離してVEGF発現を評価すると,12時間後より増強し,72から168時間後にかけて最大となることが判明しました.肝細胞は生体内でも細胞周期に従ってVEGF発現が変動する,すなわちG1期より増強し,M期を過ぎると最大となると考えられました(図25).再生過程の肝細胞におけるVEGF発現の増強は,免疫組織染色により蛋白レベルでも確認しております.また,類洞内皮細胞が増殖する時期にはVEGF受容体の発現も増強していることから, 再生肝細胞に由来するVEGFが受容体のup-regulationが生じた類洞内皮細胞に作用し,その増殖を誘導していると推定されました.

 さて,類洞内皮細胞の増殖機構は,障害肝では部分切除肝とは大きく異なります.障害肝では壊死巣内で活性化したKupffer細胞や星細胞がPDGFやFGF-2を産生します.これらは類洞内皮細胞には作用しませんが,通常の毛細血管内皮細胞の増殖は促進します.VEGFは毛細血管内皮細胞の増殖にも関与しますので,障害肝ではその増殖から類洞の毛細血管化が生じ,類洞の再構築が起こらない場合もあるのです.そこで,四塩化炭素ラット障害肝,先ほどから何回もでてきているモデルですが,これを用いて,VEGFの発現動態を検討致しました.このモデルでは1から3日後にかけて肝壊死巣が出現し,その内部にKupffer細胞,肝macrophage及び星細胞が活性化しますが,この時期から肝におけるVEGFのmRNA発現は高度になってきます(図26).その後,壊死巣は吸収され,肝細胞が増殖して,7日後までに肝組織像は正常に復しますが,この時期になるとVEGF発現は更に高度になることが判明しました.また,VEGF受容体の発現も,壊死巣の見られる時期に特に高度となり,その後も正常肝に比して高い発現が続くことが判明しました.それでは,どの細胞がVEGFを産生しているのか,これを明らかにするために経時的に単離した肝構成細胞でNorthern blottingを行いました.先ず,壊死巣の見られる時期は,活性化したKupffer細胞やmacrophage及び星細胞でVEGF発現が増強しておりました(図27).一方,壊死巣が吸収された時期,すなわち肝細胞が既に増殖してM期を過ぎた後は,肝細胞におけるVEGF発現が著しく高度になっておりました.これら細胞におけるVEGF発現の増強は,免疫組織染色でも確認しておりますが,いずれにせよ障害肝では時期によりVEGFを産生する細胞が異なることが明かになりました.

 次いで,障害肝で増殖する内皮細胞の種類を検討してみました.SE1はラットの類洞内皮細胞に特異的に作用するmonoclonal抗体です.一方,thrombomodulinは類洞内皮細胞に比して血管内皮細胞が高発現しておりますので,これに対するpolyclonal抗体とSE-1を用いた免疫組織染色を行いました(図28).これは肝壊死巣が観察される2日後での組織ですが,非壊死巣には類洞に沿ってSE-1がきれいに染まってきますが,壊死巣内にはその染色性は認められず,thrombomodulinの染色性が観察されるようになります.また,SE-1陽性の内皮細胞は壊死巣の吸収に伴なって,肝全体に広がることが明らかになりました.従って,壊死巣内には主として毛細血管内皮細胞が増殖し,類洞内皮細胞の増殖は壊死巣の吸収後に顕著になることが明かになりました.以上より,障害肝における肝再生機構を,時に血管系の観点から見ると図29のようになります.肝壊死巣では活性化した類洞壁細胞がVEGFを産生しますが,これらはPDGFやFGF-2などのangiogenic factorも産生するため,これにも反応する毛細血管内皮細胞が主として増殖します.しかし,肝壊死が終息する時期には類洞壁細胞の活性が低下して,肝細胞が増殖しますが,再生肝細胞はVEGFのみを産生するため類洞内皮細胞の増殖が優位になってくるものと考えられました.従来,肝線維化は星細胞が細胞外matrixを産生する現象と考えられてきました.しかし,血管の観点から見ると,この現象は類洞の毛細血管化として捉えることができます.従って,肝線維化は肝再生と背中合わせの現象であり,類洞が再構築されるか,または毛細血管化するのか,そしてこの調節は,どの肝構成細胞が主としてVEGFを産生するのかによって規定されるものと考えられます.最近,研究室では肝類洞の再構築に関する研究を更に進めており,類洞内皮細胞と星細胞の相互作用をangiopoietin・TIE受容体系との関連で解明することを目指しております.

 最後に,VEGFを介する肝構成細胞間の相互作用が,単に線維化や再生のみでなく,より多面的な意義を有することが明かになってきましたので,この方面での研究室の仕事を簡単に紹介させていただきます.VEGFは元来,VPF,vascular permeability factorとも呼ばれた因子であり,毛細血管における物質透過性を規定しております.肝類洞におけるVEGFのVPFとしての作用点が何か,これが我々の疑問でした.肝類洞内皮細胞は篩板構造を呈しておりますので,小孔の径を変化させることで物質透過性を調節している可能性があります.そこで,ラットより単離した類洞内皮細胞で電顕観察を行い,小孔の数や径を計測したところ,VEGFを添加するとporosityは増大することが判明しました(図30).一方,類洞血流を調節する星細胞に対してもVEGFは作用することを見出しました.先ず,ラットより単離した星細胞がVEGFR-1とVEGFR-2を発現することをNorthern blotting及び免疫染色で明らかにし,特に,活性化星細胞ではVEGFはVEGFR-1を介してその収縮に抑制的に作用することを証明致しました(図31).以上のような作用を介して,VEGFは肝類洞の血流やDisse腔への物質移動を調節していると推定されます.我々は,虚血時には肝細胞におけるVEGF発現が増強することも報告しておりますが,本因子は血流を維持し,肝細胞のviabilityを維持するために,単なる増殖因子ではなく多面的に作用していると考えられました.

 以上,我々の研究室の仕事から,肝壊死,線維化及び再生の病態連繋に関して,類洞血流の観点からの成績の一端をご紹介致しました.最近では,osteopontinのtransgenic miceの作成にも成功し,研究室の仕事も新たな転換期を迎えました.今後は,更に,肝炎ウイルスとの接点も求めて,新たな仕事を続けていく予定です.最後に,研究を指導をいただいております藤原研司教授,そしてともに研究を行ってきた医局員,大学院生の先生方に感謝を申し上げて,講演を終わらせていただきます.


(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School