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埼玉医科大学雑誌 第28巻第2号 (2001年4月) 100-101頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School
特別講演

主催 埼玉医科大学将来計画研究部門 ・ 後援 埼玉医科大学卒後教育委員会
平成12年3月21日 於 埼玉医科大学第五講堂

Circadian Clocks: How does the brain talk to the liver?
(概日時計:如何にして脳は肝臓に話しかけるか?)

Ueli Schibler

(Departement de Biologie Moleulaire, Science II, Universite de Genee, Geneve Switzerland)


 生体リズムの研究は最近時計遺伝子が相次いで同定されたためここ数年で急速に進展している.現在までにClock,BMAL1,Per1,Per2,Per3,Cry1,Cry2とカゼインキナーゼが時計遺伝子として機能していることが報告されている.これらの因子の中でClockBMAL1は転写促進因子として,Per1,Per2,Per3,Cry1,Cry2は転写抑制因子としてまたカゼインキナーゼはPer1産物の分解調節因子として機能している.生体リズムを構成する要素は,光などの外界の環境に個体のリズムを同調させる入力機構と,個体を約24時間のリズムに維持する時計発振機構,その時計を用いて体内のホルモンの分泌や代謝などに日内リズムをつける出力機構がある.最近の研究から時計遺伝子はこの3つの機構すべてに関与していることが明らかになってきた.
 時計遺伝子発見までの生体リズム研究は,日内変動のある因子を見つけたり,行動リズムを測定したり,あるいは光や薬物などの行動リズムに与える影響を観察するなどのアプローチが殆どであった.このようなアプローチの中で視床下部にある視交叉上核(suprachiasmatic nuclei; SCN)破壊により副腎コルチコステロン含量の日内リズムの消失や松果体のメラトニン合成律速酵素であるN-アセチル基転移酵素活性の日内リズムの消失などが起こることが報告され,1970年代に哺乳類の生体リズムの中枢が視交叉上核にあることが明らかにされた.以来,わずか10,000個足らずのニューロンからなる1対の神経核がどのようにして体全体の概日リズム性活動をコントロールしているのか,大きな謎であったが,1998年にSchibler博士らの示した実験結果はこの機構を説明する上で一つの大きなヒントを与えるものであった.それはRat-1という何の変哲もない線維芽細胞に高濃度の血清を一時的に添加するとそれまでみられなかった時計遺伝子Per1の概日リズム性発現が出現するというのである.しかもその発現は少なくとも3日間は約22.5時間の周期で繰り返されたのである.視交叉上核の細胞は培養系に移行してもバソプレッシン分泌などが概日性リズムを維持することが示されていたが,博士が示した実験結果は視交叉上核以外のどんな細胞も内因性の時計を持っており,同調因子の刺激でそのリズムを発現させることができることを示す知見として注目された.
 今回の特別講演では,生体リズムの次の大きな疑問である視交叉上核がどのようにして末梢臓器(細胞)のリズムをコントロールしているかというテーマに関して,最近の実験データを示しながら講演された.博士は末梢臓器に同調を起こす因子としてグルココルチコイドを想定し,まずデキサメサゾンが血清と同様にRat-1の系でPer1,Per2遺伝子のリズム性発現を誘導できることを示した.デキサメサゾンが末梢臓器のリズム同調因子であるとすると直接デキサメサゾンが末梢臓器に働くのか,または視交叉上核を介して働くのかを検討するため,視交叉上核におけるグルココルチコイドレセプターの発現をin situハイブリダイゼーションで解析した.すると脳の殆どの部位はグルココルチコイドレセプターの発現がみられるが,視交叉上核には殆ど発現していないことが示された.このことから,デキサメサゾンの作用は,視交叉上核を介さない可能性が高いと結論付けている.光がリズム位相シフトを起こすとき時計遺伝子発現を誘導することが知られているが,デキサメサゾンが同様の誘導を生体で起こすかどうか,大変興味のあるところであり, 研究の今後の進展に興味の持たれるところである.
 また博士のリズム研究の原点であるDBP (albumine D-element binding protein)に関する最近の知見も紹介された.DBPはbZIP型転写因子で,視交叉上核をはじめ末梢臓器において,生物時計によってその発現が24時間周期でコントロールされていることを1990年初頭に博士らが報告した因子である.Dbp遺伝子のリズム性発現は,野生型に比ベDbp遺伝子のスタートサイト直下にlacZを結合させたコンストラクトを導入したトランスジェニックマウスでは低いことから,スタートサイトより下流に発現を強力にコントロールしているユニットがあると考えられた.博士はフットプリント法や二次元ゲルシフト法などを駆使してそのユニットを検索し,イントロン1と2にあるE-boxが重要であることを突き止めている.このboxはmPer1のプロモーター/エンハンサー領域においてCLOCK−BMAL1ヘテロ二量体が結合し,mPer1のリズム性発現の制御と深く関わっているもので,この知見はDbpのリズム性発現も,CLOCK−BMAL1による転写の活性化とPERlなどの抑制因子による抑制化によって制御されていることを示すものと考えられ,Dbpが時計遺伝子によって直接駆動されていることになる.
(文責 第一生理学教室 池田正明)

 


(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School