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埼玉医科大学雑誌 第28巻第2号 (2001年4月) 104-105頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

特別講演

主催 埼玉医科大学総合医療センター整形外科 ・ 後援 埼玉医科大学卒後教育委員会
平成12年12月5日 於 埼玉医科大学総合医療センター第一会議室

脊髄損傷の保存的治療 −薬物療法も含めて−

加藤 真介

(徳島大学医学部整形外科学教室)


 日本での脊髄損傷発生頻度は年間人口100万人あたり40.2人であるが,頚髄損傷が全脊髄損傷の約75%を占める,発生年齢も中高年にピークを持つなどの,欧米にない特徴を持つ.脊髄損傷治療は,1944年に英国に国立脊髄損傷センターが開設されて以来,Sir Ludwig Guttmann により体系化されてきた.

保存的治療の実際
 保存的治療とは,循環動態を始め全ての面において不安定な損傷脊髄を,外的因子の変化から出来るだけ保護し,脊髄機能を最大限に回復するよう手助けするものである.halo-vest 固定による早期からの離床は,一見この目的を達しているようではあるが,不十分な固定力,起立性低血圧などによる純化移動体の変化から,適切な保存的治療とはいいがたい.
 基本的にはすべての症例に適応可能であるが,骨傷のない靭帯性の脊柱不安定性のように保存的に安定化しにくい例や,長期臥床に耐えられない例,神経症状の増悪が起こりにくいFrankel D程度の麻痺では,手術的治療がより積極的に選択される.実際には,全身状態,神経症状を正確に把握した後,頚髄損傷では頭蓋直達牽引を数週間行う.この間,呼吸器合併症や褥創の予防のため,定期的な体位交換や胸部理学療法は不可欠であり,患者管理のために良く訓練されたチームが必要である.

神経症状の経過
 神経症状の増悪は,手術療法と保存療法いずれにも受傷直後数日以内に10−20%程度に観察される.増悪した神経症状の多くは,保存的に受傷直後の神経高位に回復するが,脊髄圧迫の影響については明らかではない.
 神経症状の回復は,受傷時の麻痺の重症度にもっとも大きく影響される.下肢運動機能が十分温存されているFrankel Dでは神経症状が増悪することは稀で,改善も良好である.下肢にわずかでも筋収縮が認められるFrankel Cでは,多くは保存的治療により歩行機能を回復する.この神経症状の回復と脊柱管の残遺狭窄の程度には明らかな相関はない.不完全損傷でも,下肢に運動機能の残されていないFrankel Bでは,改善の程度はより悪くなるが,損傷高位より遠位で,pin-prickを疼痛として知覚し得るものの多くは歩行可能まで回復する.sacral sparingのない完全損傷では,錐体路機能の有用な回復は望みがたい.約半数に髄節レベルでの運動機能回復が起こるが,その頻度は手術療法,保存療法とも差はない.この髄節運動機能の回復に係わる重要な因子は,脊髄と脊柱の損傷高位の差と知覚機能の残存である.

薬物療法
 このように,損傷脊髄の機能的予後は受傷時にほぼ決定づけられているが,脊髄障害は外力に引き続き発生する二次的障害により重篤化する.二次的障害の中で,その細胞障害性と臨床的な対応の可能性から研究されてきたのが酸化ストレスであり,臨床で使用されているmethylprednisolone sodium succinate (MPSS)は,脊髄損傷では抗炎症作用よりも,抗酸化作用が効果の中心であることが実験的に示されている. 臨床では,実験的に有効性が示されているMPSS 30 mg/kgを急速投与し,その後23時間にわたって1時間当たり5.4 mg/kgの維持量とするプロトコールの有効性が示されている.ただ,これに対しては異論も少なくなく,感染・投与開始時期などの問題もあり,また効果は限定されている.
 実験的脊髄損傷では,酸化ストレス源の一つである好中球の浸潤は,損傷後数時間をピークとして上昇する.この好中球の血管内皮への接着に係わるintercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1)mRNAは脊髄損傷後誘導され,ICAM-1に対する受動免疫を行うと,脊髄血流量の減少,脊髄浮腫などが抑制され,機能的にも改善が促進される.また,中枢神経系において細胞障害的に働くとされる誘導型一酸化窒素合成酵素のmRNA発現も損傷後明らかに増加し,これを抑制すると良好な機能的回復が得られる.さらにsuperoxideを過酸化水素に不均化するレシチン化SOD (PC-SOD)も同様な効果を発揮する.PC-SODをMPSS (30 mg/kg)単回投与と比較すると,抗酸化作用は同等,抗炎症作用はMPSSが優れていたのにもかかわらず,機能的回復はPC-SODが優れていた.Neurotrophin-3(NT-3)は皮質脊髄路のsproutingを増加させることが示されている神経栄養因子であるが,脊髄損傷後のNT-3 mRNAの発現は,MPSSでは損傷後抑制されたのに対し,PC-SODでは促進された.このNT-3 mRNAに対する効果の差は,抗酸化・抗炎症効果と運動機能回復に対する効果の差異をもたらしているのかもしれない.すなわち,今後の脊髄損傷に対する薬物療法では,神経栄養因子に対する効果も考慮に入れながら,より多面的な障害機序の解明とそれに基づいた治療法の開発が必要である.

まとめ
 手術的治療法を選択する場合でも,保存的治療における原則は重要である.これに薬物療法を併用することにより,より良好な機能的予後を求める必要がある.


(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School