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埼玉医科大学雑誌 第28巻第2号 (2001年4月) 106頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

特別講演

主催 埼玉医科大学第二生化学教室 ・ 後援 埼玉医科大学卒後教育委員会
平成13年2月13日 於 埼玉医科大学基礎医学棟4階カンファレンスルーム

転写制御の全体像
−ゲノム全遺伝子から転写される遺伝子が選択される機構−

石浜 明

(国立遺伝学研究所分子遺伝研究系,総合研究大学大学院生命科学研究科)


 ゲノムプロジェクトにより,代表的な生物のゲノムの全塩基配列の決定が進み,各生物のもつ遺伝子の全体像が明らかにされつつある.ポストゲノムの1つの重要課題として全遺伝子のなかからどれをどの程度に発現し,利用するかを決定する機構の解明を行う事が私達の研究の目標である.これまでの研究から転写酵素RNAポリメラーゼがゲノム全遺伝子から発現遺伝子を選択し,またそれぞれの発現水準を決め,遺伝子間の発現水準の順位を決定していると仮説をたて,その実証を目指している.本セミナーでは大腸菌と真核生物の代表として分裂酵母を用いて明らかにした事を話す.
 大腸菌は自然界では種々の環境変化に対して遺伝子の転写のパターンを変え生存する事ができる.どのように遺伝子の転写水準を変えるのか?大腸菌ゲノムは約460万塩基対から成り,約4000の遺伝子を含む.一方遺伝子転写酵素RNAポリメラーゼコア酵素は細胞当たり約2000分子ある.即ちRNAポリメラーゼの数が遺伝子より少ない.これはRNAポリメラーゼが遺伝子を選んでいる事を意味している.このRNAポリメラーゼコア酵素が遺伝子プロモーターを識別するにはσ因子が必要であり,コア酵素はσ因子と結合してホロ酵素に分化する.どのσ因子と結合するかでどの遺伝子を転写するかが決められる.σ因子は7種類あり,細胞の増殖状態,培養条件に応じてその7種類σ因子の相対的濃度は変わる.今回σ因子7種類の細胞内濃度を測定したところ,約 1000分子あり,そのうちの約700分子がフリーのRNAポリメラーゼと結合している事がわかった.従って7種の各σ因子濃度が遺伝子発現のヒエラルキー決定の1つの要因である.細菌では遺伝子の発現にはσ因子以外に100種類以上の遺伝子転写因子が関連している.これらの遺伝子転写因子がRNAポリメラーゼのサブユニットβ,βユ 及びαサブユニット及びσ因子のどれかと直接接触して遺伝子転写の特異性に影響している事が明らかになった.従って転写因子をどのサブユニット及びσ因子と接触するかで分類できた.現在約100個の転写因子をすべて分類し,また生化学的に精製し,その細胞内存在量とRNAポリメラーゼとの結合定数を決めている.またαサブユニットは転写因子と接触する以外に同じドメインでDNAの調節領域に結合する事もわかった.これらの事から細菌ではRNAポリメラーゼがσ因子でまず機能分化し,次に転写因子でさらに機能分化するという二段階の機構で遺伝子の発現ヒエラルキーが決められている事が実証されつつある.
 真核細胞では多種多様なシグナルに応じて遺伝子の転写が誘導される.しかし遺伝子発現ヒエラルキーを決めている仕組みを研究しようというプロジェクトは無い.これは真核細胞では未だRNAポリメラーゼの分子的実体が不明であるためである.本セミナーでは私達が分裂酵母で明らかにしつつあるRNAポリメラーゼII(Pol II)の事を紹介する.このPol IIは12個のサブユニットから成っている.私達はすべての遺伝子をクローン化し,抗体を作製し,12のサブユニットの細胞内mRNA量,サブユニット含量,Pol IIへの集合量を測定した.その結果Pol IIの量は3000-5000分子であり,分裂酵母全遺伝子数6000-7000より少ない事が明らかになった.真核細胞においてもRNAポリメラーゼが遺伝子を選んでいると考えてよい.参考までにHeLa細胞のRNAポリメラーゼ量は約10000分子である.次に分裂酵母Pol IIのサブユニット集合状態を調べ,Rpb3とRpb11が2量体を作り,Rpb2に会合し,次にRpb1-Rpb8が会合し,さらにRpb5,Rpb7が集合する事を明らかにした.この中間体に残りのサブユニットが集合し,Pol IIができる.これからの課題は各サブユニットの生理的機能を決め,次にどの転写因子と相互作用するかを遺伝学的,生化学的に決める事である.これらの事が明らかになると真核細胞のRNAポリメラーゼの機能分化が明らかになり,遺伝子発現ヒエラルキーの決定機構がわかる.

(文責 禾 泰壽)

 


(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School