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埼玉医科大学雑誌 第28巻第2号別頁 (2001年4月) T19-T24頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

Thesis

胃癌におけるテロメア長短縮およびテロメレース活性の変動 
−特に加齢性変化を中心に−

古郡 栄樹

埼玉医科大学第二外科学教室
(指導:平山廉三教授)
医学博士 甲第723号 平成12年12月15日(埼玉医科大学)


 今回の研究では胃癌32症例(39〜99歳)の切除標本から採取した正常部胃粘膜および胃癌組織,新生児および乳児の6剖検症例からの胃粘膜において,テロメア長とテロメレース活性を測定した.
 テロメア長はサザンブロット法で測定した.38例(0〜99歳)の正常部胃粘膜のテロメア長をもとに加齢による年間短縮率を計算すると平均46 base pairs (bp)であった.胃癌組織における平均テロメア長は7.0 ±1.6 kilo base pairs (kbp)であった.症例の95%で短縮がみられ,正常部胃粘膜と比較し,胃癌組織で平均1.8 kbpのテロメア長の短縮がみられた.また,腸上皮化生粘膜と比較すると,胃癌組織では平均1.1 kbpのテロメア長の短縮がみられた.
 テロメレース活性はtelomeric repeat amplification protocol (TRAP) assay法を用いて測定した.胃癌組織では86%の症例においてテロメレース活性を認めたが,性差や胃癌の組織型などによる有意差は認められなかった.
Keywords: telomere, telomerase, gastric carcinoma, aging

 諸 言

 テロメアは染色体の安定化や複製に関与している構造物であり,染色体末端部に存在するTTAGGGの6塩基を単位とする反復配列からなる1).正常細胞では1回の細胞分裂によって約50〜200 base pairs (bp)ずつ短縮し2,3),一定長まで短縮したとき細胞は増殖を停止する.それとは対照的に,不死化した細胞や多くの癌細胞では,テロメレース活性が発現するため細胞分裂を繰り返してもテロメア長が保たれる4).
 現在,ヒトの全臓器についてテロメア長の短縮率の検索を続けているが,すでに食道粘膜で年間60 bp,肝組織で55 bp短縮することを明らかにした5,6).そこで,本研究のはじめに生下時の胃粘膜のテロメア長および1年間の短縮率を明らかにする.
 次いで,正常部胃粘膜と胃癌組織のテロメア長/テロメレース活性を比較することにより,胃癌発生によるテロメア長/テロメレース活性の変動を明らかにする.

 対象と方法

1. 対 象

 埼玉医科大学第2外科,および東京都老人総合医療センターにおいて胃切除術がなされた32例の成人および高齢者胃癌症例(39〜99歳,男女比21:11),および新生児(3例),1歳以下の乳児(2),小児(1)の計6例の剖検症例を対象とした.正常部胃粘膜は癌組織から十分離れた胃体上部大彎側から採取した.すべての検体はただちに液体窒素で凍結し,使用時まで−80 ℃で凍結保存した.

2. 方 法

i)テロメア長の測定(Southern Blot Analysis)
 組織片をホモジナイズした後に回収した沈殿に400μl lysis buffer,40μl protenase K,40μl 10% SDSを加えて細胞融解処理を行ったのち,定法に従ってゲノムDNAを抽出した.DNA 5μgを制限酵素 Hinf I (Boehringer Mannheim Biochemica)で切断,0.8%アガロースゲルにて電気泳動し,ナイロンメンブレンにアルカリトランスファーした.ハイブリダイゼーション液(6×SSPE [1×; 0.15 M NaCl, 10 mM sodium phosphate,1.0 mM EDTA,pH7.4],1% SDS)を用い,(TTAGGG)4プローブには,[γ−32P] ATP(Amersham)をT4 Polynucleotide Kinase(東洋紡)にて5’末端標識したものを用い,50 ℃で12時間ハイブリダイゼーションを行った.2×SSC(17.55 g/l NaCl,8.82 g/lクエン酸ナトリウム)でメンブレンを洗浄し,6×SSC,0.1%SDSを加え,50 ℃で15分間振盪しながら洗浄した.乾燥後BAS-2500 Mac(富士写真工業)にて画像処理後,MacBASV2.4によりラジオアイソトープの取り込みのピークを検出し,移動度を測定してテロメア長とした.

ii)テロメレース活性の測定(Telomeric Repeat Amplification Protocol(TRAP) Assay)
 胃粘膜組織を液体窒素で凍結させたものを粉末状に砕き,冷却Lysis Bufferを加えてホモジナイズし,氷上で60分間インキュベートした.その後,遠心分離(4 ℃,10,000回転20分)して上澄み液と沈殿物を分け,それぞれ使用時まで−80 ℃で保存した.タンパク濃度は,Bradford assay(Bio-Rad,Hercules,CA)で測定した.TRAP assayには,0.1μg CXプライマーをPCRチューブの底にwaxで封入し,その上に6μg相当量のタンパクにPCR反応液50μl(20 mM Tris-HCI (pH8.3),1.5 mM MgCl2,63 mM KCl,0.005% Tween 20,1 mM EGTA,50μM dNTPs,150 kBq [α−32P] dCTP(Amersham,UK),0.1 μg の TS primer(5’−AATCCGTCGAGCAGAGTT−3’)1 μg T4 gene 32 protein (Boehringer Mannheim)とTaq DNA polymerase (GIBCO-BRL,Gaithersburg,MD)2単位を加えた.テロメレースによるTS primerの伸長反応のため室温で30分間インキュベートした後,90分間,90 ℃に加温しPCRを31サイクル(94 ℃ 30秒,50 ℃ 30秒,72 ℃ 45秒)行った.生成物を10% polyacrylamide gelで電気泳動した.陰性コントロールはlysis buffer,陽性コントロールはSiHaを用いた.

iii)臨床病理学的分類
 手術症例および剖検から得たすべての検体について臨床病理学的検討を行った.癌組織は胃癌取り扱い規約(第13版)に従って分類した.

iv)統計処理
 平均値の差の検定にはMann-WhitneyとKruscal-Wallis検定,相関分析にはFisherの検定を用いた.P<0.05を有意水準とした.


 結 果

1.検索結果を一覧表にしてに掲げた(表1).
2.サザンブロット法によるテロメア長のオートラジオグラム例を図1に掲げた.
3.正常部胃粘膜におけるテロメア長
 正常部胃粘膜のテロメア長を従属変数,年齢を独立変数とした単回帰式を求めると,(正常部胃粘膜のテロメア長)=12.197−0.046×(年齢)であった.さらに相関係数R=0.649であり,負相関が認められた.この回帰式による生下時のテロメア長は12 kbpとなり,その後加齢に伴って1年間あたり46 bp短縮することが示された(図2).
4.胃癌組織におけるテロメア長
 胃癌組織におけるテロメア長について性差による差を認めなかった.しかし,分化型腺癌(高分化型腺癌・中分化型腺癌)と未分化腺癌(低分化型腺癌)のテロメア長はそれぞれ7.4±1.6,5.7±0.6であり,分化型腺癌が有意に(P=0.017)長いテロメア長を有していた.
 胃癌組織におけるテロメア長と年齢との関係についてみると,39〜60歳(n=4)では7.2±2.9 kbp, 61〜80歳(n=10)では7.5±1.3 kbp,81〜99歳(n=7)では6.0±0.6 kbpと,加齢に伴うテロメア長の短縮がみられた.正常部胃粘膜と胃癌組織について年齢別にテロメア長を比較すると,いずれの年齢においても正常部胃粘膜に比べて胃癌組織のテロメア長が有意に(P<0.05)短縮していた(図3).また,正常部胃粘膜と胃癌組織のテロメア長の間には相関係数0.471の正相関を認めた(図4).
5.正常部胃粘膜および胃癌組織におけるテロメレース活性
 正常部胃粘膜におけるテロメレース活性を年齢別に検討すると,2歳以下の6例全例で活性発現を認めなかった.しかし,39〜60歳では36%,61歳以上では43%と,成人および高齢者の正常部胃粘膜においては高率にテロメレース活性の発現を認めた.一方,胃癌組織におけるテロメレース活性の発現は,86%の症例に認められ,組織別にみると,分化型腺癌が88%,未分化型腺癌が80%で差を認めなかった.

 考 察

 加齢によるヒト正常組織のテロメア長の短縮について,食道粘膜で60 bp/年,肝で55 bp/年と報告した5,6)が,ほかに,末梢血リンパ球で41 bp/年3),表皮細胞で19.8 bp/年10),末梢血有核細胞で33 bp/年11),ヒトの腸管粘膜(小腸と大腸)で42 bp/年12),などが明らかにされている.今回の研究で,胃粘膜における加齢に伴う短縮率は46 bp/年であることが判明した.今回のデータでは,これは生下時の胃粘膜のテロメア長は約12 kbpであったが,生下時の食道粘膜や肝組織のテロメア長の12〜15 kbpとほぼ同値であった.胃粘膜再生に要する時間は5日以下とされ,1年間においては,50回以上の再生回数が必要とされる13).正常な体細胞の染色体のテロメア配列は1回の細胞分裂で,50〜200 bp短縮することから2,3),もし1回の細胞分裂で50 bpずつのテロメア長短縮を仮定すると,テロメア長は1年間に2.5 kbp短縮する.しかしながら,今回の研究で正常部胃粘膜のテロメア長の短縮は46 bp/年であり,また,最高齢である99歳の患者の正常部胃粘膜でも6.5 kbpのテロメア長が保持されていた.これらの事実から,正常部胃粘膜における未知のテロメア長維持機構の存在,あるいはTRAP法で検出できない程度の微弱なテロメレース発現の可能性が示唆された.
 また,胃癌組織のテロメア長は正常部胃粘膜のテロメア長よりも短く,また,組織型別にみると未分化型腺癌のテロメア長が分化型腺癌のそれに比較して短いことから,正常部胃粘膜よりも細胞回転が速い胃癌組織のテロメア長は短く,さらに,胃癌組織においては,分化型腺癌より細胞回転が速い未分化型腺癌のテロメア長は短いことが明かになった.
 ヒトにおいて各種の腫瘍組織や腫瘍細胞株についてテロメレース活性検索がなされてきた.Ahnらによると,胃癌組織においてはその約90%でテロメレース活性を認めたが,患者の年齢,性別,腫瘍径,部位,進行度,組織型,リンパ節転移などと相関は認めていない8).また,正常部胃粘膜でテロメレース活性は認められなかったが,腸上皮化生粘膜では15%,胃腺腫では45%の発現を認めたとする報告もある9).今回の研究による胃癌組織のテロメレース活性発現については,上記の結果とほぼ同様であった.しかし,正常部胃粘膜でのテロメレースの発現率が41%と高率であったが,この理由として,今回の症例に多くの高齢者が含まれていたために腸上皮化性随伴症例が存在したこと,正常胃腸管の粘膜陰窩の底細胞ならびに娘細胞にもテロメレース活性が認められる12)ためであろうと考えられた.
 今回の研究によると,胃癌のテロメア長とその周囲胃粘膜のテロメア長の比はどの年代においてもほぼ一定であり(図3),しかも両者間に強い相関関係が認められたことは注目に値する(図4).胃癌のみならず,癌化の背景となる発生母地粘膜および正常部胃粘膜のテロメア長にも応分に加齢の影響が及ぶものと考えられるため癌化過程におけるテロメア長を考察する場合,胃癌周辺の粘膜のテロメア長にも考慮を加えることが重要と思われた.また,若年者胃癌の胃底腺粘膜や高齢者胃癌の腸上皮化生粘膜など癌発生母地におけるテロメア長の変化にはテロメレース活性の関与も大きい.癌化に伴うテロメア長短縮はテロメレース活性によって修飾されるので,その多寡の検討も大切であり,この方面の定量的検索の進歩が重要と思われる.

表1.対象と結果

図1.サザンブロット法によるテロメア長オートラジオグラム例.
 画像の左側はサイズマーカー,このオートラジオグラムでは,左側から,生後2週間,3週間,2歳,39歳,81歳,89歳.N 正常部胃粘膜粘膜 IM 腸上皮化生 Ca 胃癌組織.テロメア長はそれぞれ,10.7,13.7,10.9,12.1(N),7.1 (Ca),8.2(N),6.9(Ca),7.7(IM),6.3(Ca)kbp.W週,Yrs 年,kbp 103base pairs

図2.加齢に伴うテロメア長の変化-正常部胃粘膜と胃癌組織.
横軸に年齢,縦軸をテロメア長とした散布図および回帰直線.正常部胃粘膜の回帰直線(−46 bp/年)が(A), 胃癌組織についての回帰直線が(B)である.散布図において正常部胃粘膜では有意な負の相関が認められた(R=0.649).胃癌組織については差は認められなかった(R=−0.283).

図3.年齢別テロメア長-正常部胃粘膜と胃癌組織.2才以下ではテロメア長は11.8±1.2 kbp.成人の正常部胃粘膜のテロメア長は36〜60歳,61〜80歳,81〜99歳でそれぞれ9.7±2.0(n=11),9.2±1.6(n=14),7.3±1.1(n=7)kbpであった.また胃癌組織のテロメア長はそれぞれ7.2±2.9(n=4),7.5±1.3(n=10),6.0±0.6 kbp(n=7)であった.加齢とともにテロメア長の短縮がみられ,胃癌組織では,さらなるテロメア長短縮がみられた.TRF Terminal restriction fragment

図4.正常部胃粘膜テロメア長と胃癌組織テロメア長の相関.強い正の相関がみられた(R=0.69,P=0.004).

 謝 辞

 稿を終えるにあたり直接,御指導,校閲を賜りました平山廉三教授と東京都老人総合研究所の田久保海誉部長,仲村賢一研究助手に深く感謝致します.

 文 献

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(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical Schoo