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埼玉医科大学雑誌 第28巻第2号別頁 (2001年4月) T25-T32頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

Thesis

熱傷創の局所におけるHSP27およびHSP70の発現と分布 
−ラット表皮において−

田中 郁夫

埼玉医科大学病理学第二
(指導:高濱素秀教授)
医学博士 乙第735号 平成13年2月23日(埼玉医科大学)


 熱ショック蛋白は,細胞が熱などの傷害を受けた際に細胞内蛋白の変性を防ぎ,細胞増殖を保護すべく誘導される.今回,皮膚熱傷創の治癒過程での熱ショック蛋白の局在を検討し,皮膚熱傷治癒への関与を分析する目的で,ラット表皮の熱ショック蛋白(HSP27およびHSP70)の発現を,正常表皮と熱傷創面で免疫組織化学的に検討を行った.また,平行して創傷治癒促進物質のゼラチンを熱創面に塗布した効果も検討した.実験には,10週齢ウイスター系雄ラットを使用し,予備実験に基づき,その背部に100℃に加熱したステンレス円柱を皮膚表面に圧着する方法で,真皮の2分の1に達する浅いII度熱傷を作製した.創面は,ワセリンガーゼ(V群)あるいは10%ゼラチン含有ガーゼ(G群)で被覆した.熱傷受傷の3日後,7日後,10日後,14日後に創面を含む皮膚を採取,ホルマリン固定後パラフィン包埋し,組織切片を作製した.HSP27とHSP70に加えて,増殖細胞のマーカーであるMIB5の免疫染色およびHE染色を行った.免疫染色の評価は,顕微鏡写真にNIHイメージ(v1.61)を適用してデジタル画像処理を行い,各組織切片に含まれる全ての再生表皮の先進部において,HSP27,HSP70およびMIB5の発現の有無を観察した.その結果,再生した表皮細胞では,MIB5陽性核が基底層に増加し,HSP27がHSP70より早期に出現した.再生表皮先進部の中には,HSP70陰性の箇所も認められた.ゼラチン塗布熱傷創面(G群)では,より早期にHSP27およびHSP70の発現をみる傾向を認めた.HSP27には熱ストレスに対する直接的な防御作用があり,HSP70は表皮の防御よりも再生に関与するという報告がある.今回のラット皮膚熱傷創の検討結果も,HSP27とHSP70の出現時期ならびに局所分布が創傷治癒の指標として有用なばかりでなく,熱傷創面の被覆剤の良否判定にも利用可能な方法である事を示唆した.

Keywords:
HSP27 and HSP70, superficial dermal burn, wound healing, NIH image program, rat

 緒 言

 熱ショックタンパクheat shock proteins (HSP)は,平常状態の細胞内に広く分布する蛋白質であるが,温熱,虚血,感染,放射線等の種々のストレスによっても誘導され,蛋白の変性を抑制するとともに,変性した蛋白の修復を行うことが知られている1-5).なかでも,分子量27KdのHSP27および分子量70KdのHSP70は,創傷の治癒過程において重要な役割を果していると考えられ,いくつかの報告がなされている6).HSP27については,ストレスによる蛋白の変性を防御する作用が知られており,創傷治癒における局所の発現状況についての報告がある.また,HSP70についても,損傷を受けた個体の血液中や皮膚欠損部に再生する肉芽組織中において,HSP70の発現する量が多い程,その個体の創傷治癒が良好である事が示唆されている7-10)
 しかしながら,これらHSPの熱傷創面での発現の状況や,創傷治癒過程における経時的な発現状況の変化についての報告は,今回,検索した範囲では見当たらなかった.また,熱傷の実験によく用いられるラットの表皮におけるHSPの発現状況に関しては,熱傷受傷時は勿論,平常時の報告も検索した範囲では,見当たらなかった.
 そこで今回我々は,ラットの表皮におけるHSP27およびHSP70の発現を,正常表皮および熱傷創面の皮膚につき,免疫組織化学的に検討を行った.熱傷創面については,治癒過程におけるHSP27およびHSP70の発現の経時的な変化も観察した.さらに,創傷治癒促進物質であるゼラチンを熱傷創面に塗布した場合と塗布しなかった場合のHSP27およびHSP70の発現の差異についても検討した11.尚,創傷治癒の過程を観察するにあたり,ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)の他に,表皮を再生する細胞を判別する指標として,増殖期の細胞で陽性となるMIB5も同時に染色した.
 尚,本研究は埼玉医科大学倫理委員会の動物実験ガイドラインに,厳密に従って行われた.

 方 法


1)熱傷の作製および切除表皮の組織標本の作製
 ウイスター系雄ラット(10週齢,n=6,BW326±17.3g)をエーテル麻酔の後,背部を剃毛し,100℃に熱した直径1cm,重さ117gのステンレスの円柱を12秒間圧着,左右対称に2〜4箇所の直径1cmの円形の浅い度熱傷superficial dermal burn (SDB)を作成した.この方法で作成される度熱傷は,深さが真皮の2分の1前後の熱傷である事を予備実験にて事前に確認した.熱傷作成後に,左背部の創面をワセリンガーゼ(V群)で,右背部の創面を10%ゼラチン含有ガーゼ(G群)で,各々を被覆した.
 熱傷受傷の3日後,7日後,10日後,14日後に各ラットをエーテル麻酔にて屠殺し,創面を含む皮膚を採取,10〜20%ホルマリン固定後,パラフィン包埋,5μm組織切片を作製し,HE染色,MIB5,HSP27およびHSP70の免疫染色を行った.

2)免疫組織化学染色
 1次抗体はMIB5(anti-Ki-67,Immunotech.Muvselle. France)を希釈倍率100倍で,SPA-800(anti-HSP27,StressGen Biotechnologies Corp. Canada),SPA-820(anti-HSP70 & anti-HSC70,StressGen Biotechnologies Corp. Canada)は希釈倍率400倍で使用した.切片を脱パラフィン後,0.3%過酸化水素加メタノール溶液にて内在性ペルオキシダーゼ阻止処理を行い,5%正常ウサギ血清を用いて非特異反応を除去した.各1次抗体と4℃12時間反応させた後に,リン酸緩衝溶液で5分間4回洗浄,ホースラディッシュペルオキシターゼ(HRD)標識ウサギ抗マウスIgG2次抗体と室温30分反応させた.リン酸緩衝溶液で5分間4回洗浄し,トリス塩酸緩衝溶液で洗浄,0.01%過酸化水素加ジアミノベンジヂン(DAB)溶液で3分間発色させた.リン酸緩衝溶液で洗浄,水洗,マイヤーのヘマトキシリンで核染色後,脱水透徹,封入した.また,ラットの皮膚,腸管を用いて陽性コントロール,陰性コントロールの染色を行った.

3)免疫染色結果の画像処理による評価
 HSP27およびHSP70を用いた免疫染色は,陽性を示す細胞が平常の状態でも表皮に広く存在していることもあって,不明瞭な像となりやすい.そこで,免疫組織化学染色の結果を評価するために,以下のような画像処理を行った.まず,組織像をデジタル画像とし,次に,NIHイメージ(v1.61)を使用して,256階調グレースケールの画像に変換した.256階調において96番目の階調が,MIB5,HSP27およびHSP70陽性細胞と最も良く一致する事をフルカラー画像との比較で確認した.そして,NIHイメージのデンシティスケールを上限,下限とも96に設定した場合に,赤く表示される細胞を染色陽性とした(図1).この画像処理を行うことにより,客観的な染色の陽性判定が可能となった.

4)熱傷創面のMIB5,HSP27およびHSP70発現の経時的変化の検討
 熱傷受傷の3日後,7日後,10日後,14日後の各創面のMIB5,HSP27およびHSP70発現の変化は,ワセリン塗布群(V群)を用いて観察した.
 熱傷後の表皮の再生は,創の辺縁のみでなく,残存する皮膚付属器からも生じるため,各切片に含まれる全ての再生表皮の先進部において,MIB5,HSP27およびHSP70の発現を観察した.
 また,熱傷受傷の3日後,7日後の創面においては,ワセリン塗布群(V群)とゼラチン塗布群(G群)の間で表皮再生時の各免疫染色の発現の比較を行った.統計処理はFisherの直接確率計算法(P<0.05)を用いた.

 結 果

1)正常ラット表皮におけるMIB5,HSP27,HSP70の分布(図2)
 MIB5は,正常ラット表皮の基底細胞層の一部において核が陽性を示した(図2-上).HSP27は,基底細胞層から角質細胞層にいたるまで均一な密度で陽性を示した(図2-中).一方,HSP70は,主に細胞質で陽性を示したが,基底細胞層での発現は弱く,有棘細胞層より角質細胞層に移行するにつれて強く発現した(図2-下).

図1.上段は,HSP70のフルカラーイメージを示す.下段はNIHイメージによる画像処理後であり,HSP70陽性細胞が赤く表示されている.


図2.MIB5(上段),HSP27(中段)およびHSP70(下段)の各陽性細胞が,赤く表示されている.

 

2)熱傷創(V群)におけるMIB5,HSP70,HSP27の分布と変化

a 熱傷創面における表皮の再生
  熱傷部皮膚組織につき,HE染色で,表皮の再生を観察した.熱傷創面における表皮の再生は,創の辺縁のみでなく,残存する付属器からも認められた.受傷早期においては,表皮欠損部の辺縁における基底細胞,もしくは残存付属器の細胞が新生表皮を再生し,欠損部へ送りだす像が観察された.送りだされた再生表皮は次第に重層し,表皮化を完成した.熱傷後10〜14日の熱傷治癒部分の表皮は,有棘細胞層から顆粒細胞層までが,非損傷部分の表皮の2〜3倍の厚みの層構造を有していた.
b MIB5(図3)
 増殖期細胞の核を染めだすMIB5は,熱傷創の辺縁にある基底細胞層において,その陽性率が増加した(図3-1).受傷後3日においても再生した表皮には陽性細胞が認められなかった(図3-2)が,受傷後7日になると,再生表皮の最下層の細胞群の半数近くが陽性であった(図3-3).受傷後10日以降では,すべての再生表皮の最下層で陽性細胞を認めた(図3-4).

図3.熱傷創におけるMIB5の分布を経時的に示す.熱傷授傷3日後では,MIB5陽性細胞は,創の辺縁の基底細胞層で増加している(図3-1).一方,再生された表皮内には,陽性の細胞を認めない(図3-2).受傷7日後になると,再生表皮の最下層にMIB5陽性細胞が出現しはじめる(図3-3 矢印).受傷10日後では,MIB5陽性の細胞は正常表皮と同様に分布している(図3-4).

c HSP27(図4)
 HSP27は,再生表皮の胞体内で,ほぼ均一に陽性を示すが,ごく一部の再生表皮の先進部では陰性の箇所も観察された(図4-1).受傷後10日以降では正常表皮と同様に再分布した(図4-2).

図4.熱傷創におけるHSP27の分布の経時的変化を示す.熱傷後3日では,大部分の再生表皮内にHSP27陽性細胞を認めるが,再生表皮の先進部の一部には陰性の箇所も認められる(図4-1).10日後では,HSP27は正常の表皮と同様に分布している(図4-2).


d HSP70(図5)
 HSP70は,進展する再生表皮の胞体内で強陽性を示した.しかし,受傷後3日においては,正常表皮で観察されたような,有棘細胞層より角質細胞層に移行するにつれてHSP70が強く発現する傾向は,観察されなかった.これは,再生表皮の先進部分(図5-1)や最上層部で陰性の箇所も認められた(図5-2)ためで,再生表皮の全層の細胞が均一に染色されるか,もしくは中間の深さの細胞層で最も良く染色された(図5-3).受傷後10日以降では,表皮が厚みを増す以外は正常表皮と同様に,表層に近付く程,HSP70が強く発現する分布を示した(図5-4).

図5.熱傷創におけるHSP70の分布の経時的変化を示す.熱傷後3日では,再生表皮の先進部にHSP70が認められない箇所が多く観察され(図5-1),再生表皮の最上層でもHSP70陰性の箇所を認められる(図5-2 矢印).その結果,重層する表皮の中間層に強く陽性を示す箇所が観察される(図5-3 矢印).10日後では,HSP70は正常の表皮と同様に分布している(図5-4).


3)ワセリン塗布群(V群)とゼラチン塗布群(G群)の比較
 標本上で観察し得た全ての先進部におけるMIB5の陽性率,HSP27およびHSP70の陰性率を両群で比較した(表1).各切片に含まれる再生表皮の先進部分の数を分母とし,MIB5陽性細胞の出現している先進部の数,HSP27およびHSP70の発現のない先進部の数を各々の分子として,百分率で結果を示した.再生表皮の先進部の核におけるMIB5陽性率は,G群において高い傾向にあったが,群間の有意差は,熱傷3日後のMIB5陽性率にのみ有意差を認めた.HSP27およびHSP70の陰性率はV群において高い傾向を示したが,群間の有意差は認められなかった(P≧0.05).尚,有意差の検定はFisherの直接確率計算法(P<0.05)を用いた.

表1.ワセリン群(V群)とゼラチン群(G群)の比較
  *両群間の有意差検定は,フィッシャーの直接確率計算法を用いた(P<0.05)
考 察

 熱ショックタンパクheat shock proteins (HSP)は,十数キロダルトンから数百キロダルトンのポリペプチドで,細胞内に広く分布し,種を越えて良く保存されている2,3).平常状態の細胞内にも存在し,リボソームからの新生ペプチドに結合して異常な折り畳みを予防することで,細胞の分化,増殖に関与する.また,熱などの物理的ストレスや虚血などの生理的ストレスをはじめとする種々の細胞障害因子により誘導され,ストレスに対する細胞保護作用を有する12-17).さらに,障害された組織の再生促進作用,アポトーシスの抑制および促進といった調節も行う可能性が報告されている18,19).しかしながら我々は,創傷局所におけるHSPの分布に関する報告については,家兎の角膜のアルカリ外傷後の治癒過程における報告のみしか検索し得なかった7).そこで,本研究は,熱傷の研究に頻繁に使用されるラットにおいて,深達度の浅い度熱傷superficial dermal burn (SDB)を作成し,創傷治癒過程でのHSP27およびHSP70の経時的な局所分布を示す事を目的とした.
 SDBは,自然治癒可能な深さの熱傷である事,創面の感染コントロールも容易である事,表皮の欠損から再生,上皮化の完了までを確実に観察できる事から,今回の実験モデルとして選択した.HSP27は熱に対する直接の保護作用や細胞分化への関与が報告されている事20-25),またHSP70は数多くの報告があり,創傷の治癒に関与していることが確実である事から選択した26-29).MIB5は,増殖期の細胞が陽性になる事から,表皮を再生している細胞を判別するために染色した.通常,表皮の重層は,最深部の基底細胞が増殖し,有棘細胞層,顆粒細胞層,角質層へと分化することで形成されている.表皮欠損部の再生は,治癒の早期では欠損部の辺縁における細胞が,新生表皮を再生,欠損部へ送りだし,次にその再生表皮の最深部に増殖細胞,すなわち基底細胞が発現する.その後に表皮の層構造の形成が行われる.したがって,受傷早期においてMIB5陽性の細胞は,ほぼ欠損部辺縁の基底細胞であり,重層した再生表皮の最深部で陽性となっている細胞は,再生表皮下の基底細胞と言える.ラットのSDB作成は,ラットの表皮が人と比較して非常に薄いため,微妙な作業である.このため,熱伝導率の低いステンレススチールを用いて,接触時間を調節しやすくする事で熱傷の深度を一定にした(10週齢のウイスター系雄ラット背部で12秒であった).
 各免疫染色の陽性判定には,NIHイメージを使用した.画像をデジタル化し,処理を行う事で,不鮮明な像しか得られないHSP陽性細胞を明確にするとともに,判定に客観性を持たせた.その手段として,256階調のグレイスケールをもちいて,陽性細胞が占める階調に,デンシティスケールの上限値と下限値を一致させ,陽性細胞(正確には陽性細胞と同じ階調の領域)のみを強調した.
 我々の実験結果では,ラット正常皮膚におけるHSP発現状況は,人での報告と一部異なった.人では,基底細胞層以外でHSP27が陽性に染まると報告されている20,30).今回のラットを用いた実験では,HSP27は基底細胞層においても陽性であった.
 また,HSP70については,anti-HSP70 & anti-HSC70を使用したため,基底細胞層よりも,有棘細胞層や角質細胞層で,強く発現する傾向を示したものと考えられる.すなわち,HSP70は基底細胞層で弱く発現し,HSC70は基底細胞層以外で強く発現するとの報告があるからである13).尚,HSC70は,heat shock congnate protein 70といわれ,HSP70とは異なる遺伝子にコードされているが,アミノ酸配列の80%が相同する,極めてよく似た蛋白質である31)
 表皮の創傷治癒機転は,前述のごとく,まず辺縁から再生表皮細胞が進展(水平方向),その後,基底細胞が出現し,重層が始まる(垂直方向).本研究においてもMIB5陽性細胞は,受傷早期には表皮欠損部の辺縁の基底細胞層に多く認められ,その後再生表皮内の基底細胞層に出現し,基底細胞が再生に深く関わっている事実が確認された.
 熱傷創の創傷治癒過程におけるHSP70の局所分布については,受傷3日後では再生表皮の水平方向への進展の先端部分の一部において,陰性であった.これは,垂直方向への表皮再生である表皮の重層過程においても同様で,最上部では陰性の部分を認めた.したがって,再生直後の表皮細胞内には,HSP70は発現せず,再生後3日前後で出現すると言える.一方,HSP27は熱傷3日後の熱傷創面において,すでに再生表皮先端まで陽性の場合が多く,再生表皮の最上層においても常に陽性であった.すなわち,再生した表皮細胞においては,HSP27はHSP70より早期に出現すると考えられる.この結果は,熱ストレス下において,受傷早期からHSP27が創傷治癒に関与するという報告と一致するものである.HSP27は,アクチンフィラメントの分解を直接防御することで,アポトーシス誘導物質からのアポトーシスを抑制する作用や,熱ショックにより抑制されたRNAや蛋白合成を早期に回復させ,核蛋白の凝集変性を抑制するといった作用が報告されており,損傷に対する直接的な防御作用を有すると考えられる1,32).これに対して,HSP70が,創傷治癒に数日遅れてから発現することは,以下のように推察される.HSP70は,新生蛋白質の変性を抑制,変性蛋白の処理を主としておこなうと言われている.したがって,表皮の再生過程においてHSP70は,損傷からの防御よりも,表皮の再生過程により強く関与すると考えられる.すなわち,熱により直接の障害を受けたり,もしくは2次的に発生するケミカルメディエーターにより障害された細胞は,まずHSP27により選別され,再生可能な細胞については,アポトーシスの抑制を受ける.さらにHSP27は,抑制された蛋白合成の回復を促す.次に,HSP70は,再生不能な変性蛋白を処理するとともに,再生された新生蛋白質が正しく折り畳まれるようにして,新生蛋白の変性を抑制,表皮の再生が正常に行われるよう作用するとみなされる.したがって,まず,HSP27が再生表皮細胞内に出現し,次にHSP70が,やや遅れて発現するものと考えられる.また,HSP27がATP非依存性に作用し,HSP70がATP依存性に作用する事も,この発現の時期の差に関与しているかも知れず,興味深い.
 Trautinger F.らは,正常人の皮膚におけるHSP27の分布について観察した報告の中で,胎生20週以内と外傷の再生表皮(受傷時期不明)には発現しないと述べている20).これらの報告から,新生表皮細胞のさらに早期の段階においてはHSP27もまだ発現していないと推定される.本実験においても,受傷早期においてはHSP27陰性の部分も一部の再生表皮の先進部で観察された.ただし,正常皮膚でのHSPの分布が人とラットで異なったように,種による発現時期の違いもあるものと考えられる.
 臨床上注目される創傷治癒の良好性とHSPの発現量の関連については,Oberringer M.らが,人の治癒遷延肉芽組織と治癒良好組織での比較し,治癒良好な創にHSP70が高レベルに出現したと報告しており7),また,Christopher B. G.らが,ラットでの実験的クッシング症候群とコントロール群との比較し,実験的クッシング病のラットでは,新生肉芽内の非水溶性蛋白質の減少とHSP25,72,73の減少が認められ,HSP72の細胞内分布も減弱したと報告している8).これらを含む幾つかの報告が,創傷治癒の良好性とHSP70の発現量に正の相関がある事を示唆している9,10)
 ゼラチンの創傷治癒効果は以前より報告があり11),本研究におけるワセリン塗布群(V群)とゼラチン塗布群(G群)の各免疫染色陽性細胞の分布の比較では,G群において再生表皮先進部のMIB5およびHSP70,HSP27陽性細胞の出現率が高いと予想された.しかしながら今回の実験では,そのような傾向は示したものの,統計学的な有意差を両群間でみとめたものは,MIB5における受傷3日目の場合のみであった.
 今回の実験で,肉眼的な創傷の治癒の状態は,G群において明らかな優位を認めた訳では無い.これは,本来SDBが自然治癒可能な熱傷創である事が一つの原因である.しかしながら,あえてSDBを選んだ理由は,あくまでも,表皮の再生過程におけるHSPの発現の状態を観察するためである.結果として,V群とG群の創傷治癒の良好性の比較は,HSP等のわずかな発現の差異になるであろうと予想された.また,組織標本からの2次元的視点からの観察であるため,必ずしも,創傷縁全体における,すべての再生表皮先進部のMIB5およびHSP70,HSP27を観察しえた訳では無い.これらの条件にもかかわらず,ある程度の傾向を両群間で認めたと言う事は,検体数をさらに増やすか,もしくは標本の作製法を検討すれば,統計学的にも有意な結果が得られる可能性を示唆している.
 尚,HSP27については,創傷治癒の良好性とその発現量とは相関を見なかったとの報告もある.その報告は,やや時間が経過した人の肉芽組織内で発現を比較しており,本研究の結果から,HSP27は損傷の3日以内に発現しており,その作用から創傷治癒の初期に関与するため,相関が得られなかったのでは無いかと思われる.
 また,HSP27は細胞の分化に作用するとも言われている.この点から,再生表皮が重層を形成する過程において,その発現量や分布になんらかの差異が認められるのではないかと,思われたが,今回は観察し得なかった.
 本研究では,熱傷のモデルとして使用されることが多いラットの熱傷創面の治癒過程におけるHSP27,HSP70の局所分布の変化を報告した.これは熱傷受傷後の表皮再生過程におけるHSP27,HSP70の作用の一部を免疫組織化学と画像解析の手法を用いて,明らかにする事を試みたものであり,ある程度の成果を得たと思われる.さらには,HSP27,HSP70の出現時期とその局所分布が表皮の再生や創傷治癒の指標として利用できる可能性を示した.この事は,熱傷の治療にとって欠かす事のできない熱傷創面の被覆剤について,その創面保護や治癒促進の良否の判定にも利用可能な有用な方法であるといえる.
 これらの検討により,ラットの熱傷創面の表皮の再生過程において,HSP27およびHSP70が,重要な役割を果している事を示すとともに,その作用の差異についての推察を可能とした.さらには,熱傷創の被覆材の良好性が検討可能になる事から,臨床への応用にも言及した.

 謝 辞

 稿を終えるにあたり,ご指導ご稿閲を賜りました高濱素秀教授に謝意を申し上げます.また,ご助言と技術的な援助を頂いた伴慎一講師,恩田知子技師,後藤義也技師に感謝いたします.

 文 献

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(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School