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資 料
組織切片を用いたInterphase cytogenetics(間期細胞遺伝学)の実際
大島 晋1),瀬山 敦2)
1)埼玉医科大学中央研究施設形態部門
2) 埼玉医科大学病理学教室
〔平成13年4月26日受付〕
はじめに
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殆どの腫瘍細胞の染色体には構造異常や数的異常などの様々な異常が見出され,これらの異常が癌の発生に密接に関わっていると考えられる1).従って腫瘍細胞における染色体異常を解析することによって腫瘍の発生機序に関わる重要な情報を得ることができるとともに,もしその腫瘍に特異的な染色体異常が見出されればそれを診断に応用することもできる.しかしながら従来の染色体検査法によって異常を検出するためには,細胞を培養して得られる分裂期の細胞について解析しなければならず,必ずしも全ての場合に異常を検出できるとはかぎらない.Cremerら2,3)によって開発されたInterphase
cytogenetics(間期細胞遺伝学)は,染色体特異的プローブを用いて間期細胞核における染色体数の異常や欠失・転座などの構造異常を解析す る方法であり,この方法によって細胞を培養することなく染色体異常の一部を検出できるようになった.既に各方面で応用されており,例えば針穿刺吸引細胞を用いた乳腺腫瘍の診断4),尿中細胞を用いた膀胱腫瘍の診断5),外科摘出腫瘍材料より単離した細胞を用いた染色体欠失の同定6),パラフィン包埋組織より分離した細胞を用いた染色体異常の同定7,8)など,数多くの報告例がある.又,顕微鏡観察用に作成された組織切片にこの方法を用い,組織学的変化との関連において実施する試みも多数報告されている9-22).切片上で染色体異常を検出できれば形態学的異常との関連を厳密に検討できるので有利である.しかしながら組織切片,特に病理診断用に作成されたホルマリン固定−パラフィン包埋材料にこの方法を適用する場合は,種々の問題点があり,実施に際して注意が必要である.今回,ヒト子宮頸部の異形成病変ならびに上皮内癌の組織切片を用いてfluorescence in situ hybridization (FISH)法により染色体数の異常を検出することを試みた結果,実施に際して留意すべきと思われるいくつかの問題点を体験することができたので紹介したい.尚,血液や肺癌細胞診材料などの遊離細胞については,既に本学の鈴木らによって実施方法についての検討結果が本誌に報告されている23)ので,合わせて参考にしていただきたい.
対象と方法
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1.材料
1)試料;被検試料としては,本学附属病院で採取された子宮頸部組織(生検あるいは円錐切除材料および摘出子宮)のホルマリン固定−パラフィン包埋材料を用いた.今回使用した検体は,異形成から微小浸潤癌へ進行した患者2名,および高度異形成と診断された患者1名より採取されたものである.
2)各種試薬および溶液類
a)X染色体セントロメア用プローブ;Boehringer Mannheim社DNA probe, human chromosome X specific,
digoxigenin-labeled(現在この製品は販売されていないが,同様のプローブで直接蛍光標識されたものが他社;VYSIS,Quantum Biotechnologies
Inc.等から販売されている.)
b)第17番染色体セントロメア用プローブ;ヒト17番染色体を含むmouse hybrid cell24)より抽出したDNA(JCRBCell Bankより入手,クローン名;JCRB
2217D)とヒト染色体セントロメア共通配列を持つプライマー(TCAGAAACTTCTTTGT,GAATGCTTCTGTCTAG文献25参照)を使用したPCR反応によりプローブを作成し,digoxigenin標識して用いた.
c)ハイブリダイゼーション溶液;以下の成分を含む溶液を使用した.1 μg/ml digoxigenin-labeled probe,60% deionized
formamide,10% dextran sulfate,50 μg/ml sheared salmon sperm DNA,2×SSC
d)切片洗浄液;0.5% Tween 20 / 2×SSC
e)ブロッキング溶液;0.5% Bovine Serum Albumin / 0.5% Blocking Reagent (Roche, Cat. No.
1096176)
f)抗体溶液;fluorescein標識−抗digoxigenin抗体(Roche, anti-digoxigenin-fluorescein, Fab
fragments from sheep, Cat. No. 1207741)20 μg/ml in 0.5% BSA / 0.5% Blocking
reagent
g)核染色封入溶液;5 μg/ml PI(Propidium Iodide)および5% DABCO(1,4-di-azobicyclo-(2,2,2)-octane)を含む50%
glycerol / PBS溶液
結 果
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1.通常の蛍光顕微鏡を用いて撮影した画像と共焦点レーザー顕微鏡を用いて撮影した画像の比較
Fig. 1は子宮頸部粘膜上皮の正常部分についてX染色体プローブを用いて行なったFISHの画像である.aが通常の蛍光顕微鏡で観察した画像をCCDカメラで撮影したもの,bが共焦点レーザー顕微鏡でZ軸方向に0.6
μm間隔で取り込んだ画像10枚を重ねて作成した画像である.aの画像とbの画像を比べると,bの方が核の輪郭が鮮明であるとともに1つの核に2個のシグナルが観察できる細胞の数が多い.細胞核1個当たりの平均シグナル数は,aの画像から算出した場合1.1であったのに対し,bの画像から算出した場合は1.4であった.また,aの画像ではシグナルがPIで染色された核からはみ出ているように見えるものもある.a,
bともに使用した対物レンズはプランアポクロマート(x63,oil)であり,焦点深度は0.2 μm程度である.従って,5 μmの切片内にあるシグナルを全て同時に観察することはできないので,bの方法で作成した画像を用いた方がデータの信頼性が高い.
Fig. 1. FISH analysis of a tissue section of normal cervical epithelium using a centromere probe for chromosome X. a. An image acquired with an conventional fluorescent microscope equipped with a cooled CCD camera. b. An image acquired with a confocal laser scanning microscope. This image was constructed by projection of 10 optical section images acquired in 0.6 μm steps along Z axis. |
2.計測例およびデータ
Fig. 2は,高度異形成と診断された子宮頸部粘膜生検材料 (Case 1) について,X染色体プローブを用いて行なったFISH解析の例である.aが正常部分,cが異形成病変の画像であり,b,dはそれぞれの画像より作成したヒストグラムである.これらのグラフより細胞核1個当たりのX染色体シグナル数最頻値は,正常部分で2,異形成病変で4であることがわかる.この度数分布より計算したChromosome
Index - 3Cは,正常部分で3.9,異形成病変で72.6であった.また,Chromosome Index - 4Cは,正常部分で1.3,異形成病変で40.3であった.Fig.3はFig.2と同じブロックから薄切された別の切片について,第17番染色体プローブを用いて行なったFISH解析の例(a;正常,c;異形成)である.b,dのヒストグラムより得られる第17番染色体シグナル数の最頻値は,正常部分で2,異形成病変で3である.Chromosome
Index - 3Cは,正常部分で4.1,異形成病変で62.9であった.また,Chromosome Index - 4Cは,正常部分で1.0,異形成病変で8.1であった.
Fig. 2. Representative examples of interphase cytogenetic analysis using a centromere probe for chromosome X. a. FISH image of a normal epithelium of case 1. b. Histogram derived from an image a (Mode; 2, Xsignal; 1.5, CI3C; 3.9, CI4C; 1.3) c. FISH image of a dysplasia lesion of case 1. d. Histogram derived from an image c (Mode; 4, Xsignal; 3.0, CI3C; 72.6, CI4C; 40.3). |
Fig. 3. Representative examples of interphase cytogenetic analysis using a centromere probe for chromosome 17. a. FISH image of a normal epithelium of case 1. b. Histogram derived from an image a (Mode; 2, Xsignal; 1.6, CI3C; 4.2, CI4C; 1.0). c. FISH image of a dysplasia lesion of case 1. d. Histogram derived from an image c (Mode; 3, Xsignal; 2.6, CI3C; 62.9, CI4C; 8.1). |
Table 1は今回検討した3例についての結果をまとめたものである.一部の検体に関してはX染色体についてのみ実施した結果である.3例とも異形成病変では両染色体の細胞核1個当たりのシグナル数平均値が増加していた.Table
1に示されている正常検体全てにおける細胞1個当たりのシグナル数平均値の全平均は,X染色体に関しては1.5,17番染色体に関しては1.4であったが,異形成あるいはCIS病変における全平均は,X染色体に関しては2.2,17番染色体に関しては2.0であった.同様に,正常検体全てにおけるChromosome
Index - 3Cの平均値は,X染色体に関しては1.9,17番染色体に関しては1.2であったが,異形成あるいはCIS病変では,X染色体に関しては39.3,17番染色体に関しては32.1であった.また,正常検体全てにおけるChromosome
Index - 4Cの平均値は,X染色体に関しては0.4,17番染色体に関しては0.1であったが,異形成あるいはCIS病変では,X染色体に関しては18.1,17番染色体に関しては4.8であった.
Table 1. Specimen data and results of interphase cytogenetics |
考 察
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1.前処理法について
ホルマリン固定‐パラフィン包埋組織から作成した切片を用いてFISHを実施する際,その成否を左右するのはハイブリダイゼーション反応前に行う前処理法である.一般にホルマリン固定‐パラフィン包埋組織では,標的DNAが蛋白に強くマスクされているため,何らかの方法でこの蛋白を除去しなければならない.通常この目的にはTable
2に示したように,0.025% proteinase K(Wolf et al.),1M sodium thiocyanate+0.4% pepsin
in 0.2 M HCl,熱処理(沸騰クエン酸緩衝液中)などが用いられている.どの方法が最も良いかは,組織の固定条件などによって異なるので,各施設で検討する必要があると考えられる.前処理が不充分であるとシグナルが得られないが,逆に前処理が強すぎると組織が壊れてしまうことがあるので,組織を破壊しないぎりぎりの条件を見出さなければならない.今回の検討でもいくつかの方法を試してみたが,熱処理(2×SSC中で100
℃10分間)+ 0.4% pepsin in 0.2 M HCl(37 ℃,20〜40分間) が最も良い結果を与えた.Southernらが用いている1M-NaSCNによる処理18-22)を行なうと切片が剥がれてしまうことが多かったので,今回は行なわなかった.またpepsin消化に関しては,標本によっては20分間では不充分な場合があり,その場合には再度20分間の消化反応を行なった.尚,この後に述べるように,この前処理によって核が膨化し,核の重なりの原因となるのでこの点を改良するための検討が必要かもしれない.尚,藤沢薬品よりパラフィン切片を用いたFISH用の前処理試薬キット;Paraffin
Pretreatment Reagent Kit(Vysis社 VYS-32-801200)が販売されており,以下のホームページにてそのプロトコールも紹介されているので参考にしていただきたい.http://www.fujisawa.co.jp/reagent/VYS/index1.html
2.切片の厚さ
組織切片にInterphase cytogeneticsを応用する場合に最も留意しなければならないのは切片の厚さである.切片作成過程において,当然のことながら切片表面に位置する細胞核は切断される.従って切片が薄ければ薄いほど切断される細胞核数の割合が高くなり,細胞核1個当たりに得られるシグナル数の平均値は減少する.一方,切片を厚くすれば切片内に細胞核全体が収まる割合が高くなり,細胞核1個当たりのシグナル数の平均値は真の値に近づく.しかしながら今度は切片内で重なり合う細胞核の割合が高くなり,細胞密度が高い組織では正確なシグナル数のカウントができなくなる.例えばFig.
2-aの写真にみられるように図の右上方,即ち扁平上皮の上層部分では細胞密度が比較的低いために核の重なりは殆ど無いが,図の左下方,即ち基底層に近い部分では細胞密度が高く,核が重なり合って細胞核境界が不明瞭なためにこの部分のシグナル数をカウントすることは困難である.ホルマリン固定―パラフィン包埋組織では前に述べたようにHybridization前の酵素処理が必要不可欠であるが,この酵素処理によって核が膨化するので通常の組織標本よりも核の重なりが多くなる.今回の検討ではレーザー顕微鏡で取りこんだZ軸方向の断層画像を重ね合わせて1枚の画像を作成しているので,個々の断層画像を詳細に検討すれば核の重なりの有無をある程度知ることができる.しかし全ての画像について断層像を確認するのは非常に手間のかかる作業なので,多数検体について処理する場合にはあまり現実的ではない.又,切片が厚くなるとプローブが浸透しにくくなるという問題も生じる.切片の厚さがデータに与える影響について検討した報告がいくつかある12,15)が,現在,多くの論文では4〜6
μmの厚さを採用している.中には3 μmの切片を用いているもの21)や,15 μmや20 μmの厚切り切片を使用し,レーザー顕微鏡により3次元的に観察しているもの12,15)もある.どの程度の厚さにするかは検索対象組織の細胞密度と細胞の大きさや,観察方法を考慮して決めなければならない.また,細胞密度や細胞の大きさが検索対象の領域内で不均一な場合や病変の有無によって異なる場合には,細胞密度の高い部分での細胞の重なりが最小限になるように切片の厚さを選択するか,あるいは細胞の重なった部分を除外して検索する必要が生じる.今回の検討ではSouthernらの論文14,18,19)を参考にして5
μm(Southernらは6 μm)の切片を使用したが,この厚さでは彼らが注目した基底細胞層については核の重なりが多すぎて殆どシグナル数のカウントはできなかった.これには前処理方法の違いも影響しているかもしれないが,彼らの観察との違いについて詳しい原因は不明である.
3.共焦点レーザー顕微鏡使用の必要性
Table 2に見られるように,多くの研究者は通常の厚さの組織切片に対しては従来の光学顕微鏡を用いており,必ずしも共焦点レーザー顕微鏡を用いていない.しかし結果1で述べたとおり,通常の厚さの組織切片を用いる場合でも共焦点顕微鏡を用いた方が信頼性の高いデータを得る事ができるのは明らかである.ただし共焦点顕微鏡を用いてデータを取るためにはそれなりの手間がかかるので,多くの検体を処理するには不向きである.従って目的によって使い分ける必要があると思われる.
Table 2. Representative publications and employed methods for interphase cytogenetics with formalin-fixed paraffin embedded tissue section |
4.染色体数評価の意義
今回の検討では,染色体特異的プローブを用いて染色体数の異常を検出する方法について検討した.腫瘍細胞における染色体数異常検出の意義については,最初に述べたように,腫瘍の発生機序に関する情報を得るという意味と,それを診断に応用するという2つの側面がある.殆どの腫瘍細胞では染色体数の異常が見られるが1),この染色体数の変化が腫瘍の発生過程で持つ意味については,今日においても尚その詳細は不明である.多くの腫瘍では,その初期段階で4倍性細胞の集団がみられ,病変の進行と伴に異数性細胞の集団が現れることが報告されている18,19,22,26,27).例えばSouthernらは,子宮頸部のlow-grade
cervical squamous intraepithelial lesionの基底細胞層では調べた6種の染色体全てがtetrasomyを示した19)
が,浸潤癌細胞では11番および17番染色体の数がX染色体の数に比べて相対的に減少していることを報告している18).今回の我々の検討でも,dysplasiaあるいはCIS病変において17番染色体のChromosome
Index - 4C(平均4.8)がX染色体のChromosome Index - 4C(平均18.1)に比べて低い傾向がみられた.これは17番染色体の数がX染色体に比べて相対的に少ないことを意味しており,Southernらの観察結果と一致している.又,実験的にも4倍性細胞は遺伝的に不安定で,異数性細胞に移行すること28,29)や,放射線で誘発された遺伝的に不安定な細胞は,その多くが染色体異数性を示すことが報告されている30).従って,染色体数の変化が遺伝的に不安定なphenotypeと密接に関連していることは明らかであるが,その分子生物学的意義は不明である.しかし最近では細胞に遺伝的不安定さを誘発する遺伝子異常31)
や,細胞分裂時における染色体複製および分離を制御する分子生物学的機序32) に関する知見も集積されつつあるので,腫瘍の発生過程における染色体数変化が持つ意味も次第に明らかにされるものと期待される.また,今回検討した組織切片上でのInterphase
cytogeneticsを様々な実際の腫瘍について行なえば,各腫瘍の組織学的変化に対応した染色体数の変化について解析することができ,腫瘍の発生機序解明に貢献できるものと思われる.
文 献
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