PDFファイル
(4.24 MB)
※ダウンロードデータはAcrobat Reader4.0でご覧いただけます。
PDF版を正式版とします。
HTML版では図表を除いたテキストを提供します。HTMLの制約により正確には表現されておりません。HTML版は参考までにご利用ください。


埼玉医科大学雑誌 第28巻第3号別頁 (2001年7月) T43-T49頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School


Thesis

幹細胞傷害からみた萎縮性胃炎の発生機序についての免疫組織化学的研究
−腺管分離法・共焦点レーザー顕微鏡による解析−

藤澤 亨

埼玉医科大学第二病理学教室
(指導:高濱 素秀教授)
医学博士 乙第741号 平成13年2月23日(埼玉医科大学)


 胃癌は萎縮性胃炎を発生母地としていることが多い.Helicobacter pyloriH.pylori)の感染が萎縮性胃炎を起こすことが良く知られており,近年,固有胃腺萎縮の発生機序やH.pylori除菌によりこの萎縮が回復するか否かなどが議論の対象になっている.固有胃腺には,その分化構造を恒常的に維持するための増殖帯が腺頸部に存在することが良く知られている.萎縮を論じるためには,その増殖帯の基になる幹細胞の動態を解析する必要があるが,文献上でそのような報告は見つからない.腺頸部は細く短い上,その中の幹細胞はごく少数であるので,通常の組織切片による検索では結論を得難い.そこで今回,固有胃腺を単離し,その全体を免疫蛍光染色して立体観察することにした.材料にはH.pylori感染を伴って萎縮性胃炎と診断された患者の内視鏡的幽門部胃生検材料を用い,腺管分離法により幽門腺管を分離し,幹細胞のマーカーとして抗bcl-2抗体,増殖期細胞のマーカーには抗Ki-67抗体を用いて免疫2重染色を行い,共焦点レーザー走査顕微鏡で胃腺の全体像を解析した.その結果,腺頸部にはbcl-2単独陽性細胞が,またその近傍にbcl-2,Ki-67のいずれにも陽性の細胞が存在することが判明した.前者は幹細胞,後者は分化増殖能を獲得した前駆細胞(progenitor cell)と解釈した.固有胃腺全体における両細胞の分布状態から,幽門腺管を@均等型,A上方優位型,B停滞型,C複合型の4型に分類した.萎縮性胃炎において,均等型は回復可能な状態,上方優位型は過形成性萎縮性胃炎の状態,停滞型は回復困難な萎縮の状態,複合型は回復が可能な部分と困難な部分を併せもった状態をそれぞれ示唆すると思われた.均等型を除き,いずれの場合も腺の表層および深層の両方向に分化する能力を持つ胃腺幹細胞の分化能に障害が生じていることを示唆し,萎縮性胃炎の発症や予後に関連する所見と解釈された.

 諸 言

 Helicobacter pylori(以下,H.pylori)の発見1)以来,その感染が胃粘膜における炎症反応の主たる原因となっていることが明かとなり,それまで原因不明とされていた慢性胃炎のほとんどがH.pyloriに密接に関連する病態であることがわかってきた2).また,胃癌などの腫瘍性病変は著明な低酸状態を起した萎縮性胃炎を発生母地としていることが多い3,4).慢性胃炎は,表層性胃炎から固有胃腺の萎縮を呈する萎縮性胃炎へと進展してゆくことが知られている5-7).萎縮性胃炎は,その発生と進展に多くの因子が関与するmultifactorial diseaseであると考えられているが8)H.pylori感染により,なぜ固有胃腺の萎縮が起るのか,また除菌により一旦発生した固有胃腺の萎縮が回復するか9)否か10),などについても議論がされている.萎縮性胃炎の発生機序や予後を解析するにあたり,日々消耗と再生を繰り返す胃粘膜上皮成分の実態を知ることは意義深いことと思われる.その目的のためには組織学的解析は不可欠であるが,厚さが5 μmの組織切片の観察では,固有胃腺のランダムな断面の観察しか出来ず,胃腺の3次元構造の情報を得ることは不可能である.そこで今回の研究では,特に腺頸部増殖帯を中心とした細胞動態の解析を目的として,内視鏡で採取した患者胃粘膜から胃腺管を単離して免疫染色を行い,共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて胃腺管を立体的に観察することを試みた.細胞動態の把握のためには,幹細胞のマーカーとしてbcl-2,増殖細胞のマーカーとしてはKi-67を選び,免疫2重染色を行い,胃腺管構成細胞の源となる幹細胞とそれから分化する新生細胞のバランスから腺管の再生や萎縮の実態を探った.

 材料と方法

材料:(1)胃粘膜は,1999年〜2000年に本庄総合病院内視鏡科(埼玉県本庄市)で,上部消化管内視鏡検査を受けた患者のうち,本研究の主旨を理解し同意を得たH.pylori感染性萎縮性胃炎患者10名より採取された胃粘膜生検材料を使用した.生検材料は胃前庭部大彎側および胃体中部大彎側の計2ヵ所より採取した.平均年齢は55.1歳(36歳〜72歳)で,男女比は3:2であった.(2)大腸粘膜は,埼玉医科大学第二外科学教室にて施行されたS状結腸癌部分切除材料1例から,非癌部の生検体約1 cm×1 cmを採取し使用した.
腺管分離法:胃腺管および大腸腺管の分離は,BjerknesとChengの原法11)を改変した方法12)に基づいて施行した.採取された胃生検材料および大腸外科材料を直ちに腺管分離液,すなわちCa,Mgを含まないHanks' balanced salt solution+30 mMのEDTA(pH6.6)の中に入れ,37 ℃で1時間の保存の後,マイクロピペットにより数回吸引を繰り返し腺管を粘膜固有層から分離した.6000 rpmで10秒間遠心沈殿後,沈渣を4 ℃の腺管分離液で洗浄し,0.5%パラフォルムアルデヒドと15%(v/v)飽和ピクリン酸水溶液を含む0.1 Mのリン酸緩衝液(pH7.0)中で4 ℃,24時間固定した.固定後,同条件で遠心沈殿して沈渣を0.1 Mリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄し,同緩衝液に24時間浸漬後,以下の蛍光抗体法による免疫染色を施行した.
蛍光抗体2重染色:固定された分離腺管を,tween20を0.1%含む0.01 Mリン酸緩衝生理食塩水(以下,PBS)で洗浄後,10%の正常ヤギ血清(以下,NGS)中に室温で1時間おいて非特異反応をブロッキングし,一次抗体と反応させた.一次抗体には,抗ヒトbcl-2・マウスモノクローナル抗体(DAKO, Denmark)をNGSで50倍に希釈したものを室温,2時間反応させた.PBSで洗浄後,二次抗体はビオチン化抗マウスIgGヤギ血清(DAKO, Denmark)をNGSで200倍に希釈して室温で1時間反応させ,さらにlabelled streptavidin biotin(LSAB)法としてFITC標識Streptavidin(DAKO, Denmark)をPBSで100倍に希釈し,室温で1時間遮光して反応させた.PBSで洗浄後,2重染色に移った.核内抗原賦活のため,クエン酸緩衝液(10 mMsodium citrate buffer,pH6.0)に検体を浸漬させ95 ℃で30分間の温浴を施し,20分間室温で放置した後PBSで洗浄,腺管のcell cycle上のG1・S・G2・M期の核を同定する目的で,抗ヒトKi-67抗原・ウサギポリクローナル抗体(DAKO, Denmark)をNGSで100倍に希釈したものを室温で2時間遮光して反応させた.PBSで洗浄後,抗Ki-67抗体に対する二次抗体にはTRITC標識抗ウサギIgGヤギ血清(Supertechs, USA)をNGSで10倍に希釈したものを室温で1時間遮光して反応させた.核染色はTO-PRO-3(Molecular Probes, Oregon, USA)を10 μg/mlとなるようPBSで希釈し,室温で10分間,遮光して反応させた.反応の終わった分離腺管をPBSで洗浄後,50 mg/mlの1,4-Diazabicyclo-[2,2,2]octane(DABCO)と30%のグリセリン(Merck,東京)を含む0.05 Mトリス塩酸緩衝食塩水(TBS, pH8.0)中に分散した.以上の反応は全行程1.5 mlのマイクロチューブ内で行なった.
共焦点レーザー走査顕微鏡による観察:25×55 mmのカバーグラス(武藤化学,東京)上に分離腺管検体をのせ,倒立型共焦点レーザー走査顕微鏡 Radiance 2000(Bio-Rad,東京)で各抗原の局在について観察し,画像はレーザー顕微鏡制御用ソフトウエアLaser Sharp 2000(Bio-Rad,東京)を用いて取りこんだ.FITC(励起極大:494 nm,蛍光極大:518 nm)はアルゴンイオンレーザー(488 nm)で励起し,発生する緑色蛍光を透過波長幅515±15 nmのバンドパスフィルターで選択して検出,TRITC(励起極大:544 nm,蛍光極大:572 nm)は,ヘリウム-ネオンレーザー(543 nm)で励起し,発生する赤橙色蛍光を透過波長幅590±35 nmのバンドパスフィルターで選択して検出,TOPRO3(励起極大:642nm,蛍光極大:660 nm)は,アルゴンクリプトンレーザー(647nm)で励起し,発生する赤色蛍光を透過波長660 nm以上のロングパスフィルターで選択して検出した.コンピューターに取り込んだ画像上,FITCは緑黄色,TRITCは赤色,TO-PRO-3は青色の擬似カラーを用いて表示した.分離腺管は直径約60〜80 μmの大きさであるため,その3次元構造を構築するためにXY(Z-Series)collection programでZ軸方向に1 em間隔で断層像を取り込み,Projection programで重ね合わせて立体像を構築した.またX-Z(vertical section) collection programで断面像を構築した.

 結 果

@光顕像:(1)大腸分離腺管;大腸腺管は単腺管であり,胃腺管に比べて分離が容易であった.また染色行程によるartifactも比較的少なかった.一部に粘膜固有層の線維にからまったまま複数の大腸腺管が群れをなして固定されているものもあった.(2)胃分離腺管;幽門腺では2分岐型の腺管として認められることが多かったが,稀に3分岐する腺管も認められた.それに比べて胃底腺では単腺管が多く,2分岐型の腺管は少なかった.また同症例・同検体中の分離腺管でありながら,各固有胃腺ごとに形態学的な萎縮の程度にばらつきがあり,腸上皮化生を伴うものも混在していた.特に粘膜固有層の線維成分を少なからず伴った腺管では,観察時には腺頸部から固有胃腺が引きちぎれていたものも多かった.
A蛍光抗体2重染色像:(1)大腸分離腺管;bcl-2(緑黄色)の発現が,陰窩底部尖端の3〜4個の細胞の胞体に強く認められた.Ki-67(赤色)の発現は,陰窩下部1/3の領域の細胞核に密に強く認められた.さらには一部,陰窩底部の細胞核にも散在性に発現が認められた.(2)胃幽門腺分離腺管;bcl-2(緑黄色)の発現は,腺頸部から腺底部に至る固有胃腺細胞の胞体に,びまん性,あるいは散在性に認められた.Ki-67の発現は,腺窩上皮細胞の核に連続的に認められ,また腺頸部から腺底部にかけて散在性に認められた.
B共焦点レーザー走査顕微鏡による連続断層像および三次元再構築像:(1)大腸分離腺管;レーザー励起光を照射することにより得られた連続断層像を取り込み,重ね合わせた結果,細胞質にbcl-2を発現すると同時に,核にKi-67を発現する細胞が,陰窩底部尖端にあるbcl-2単独陽性細胞群の両側に隣接して1〜2個認められた.さらにその上方にはKi-67単独陽性細胞が散在性に認められた.図1にその断層像(a)と,三次元再構築像(b)を示す.(2)胃幽門腺分離腺管:胞体にbcl-2を単独発現する細胞と,核にKi-67を単独発現する細胞およびbcl-2とKi-67の両者が発現した細胞などが散在性にあるいは群をなして,腺頸部領域を中心に認められた.

図1.分離大腸腺管における蛍光抗体染色像(bcl-2は緑黄色,Ki-67は赤色,核染色は青色の擬似カラーを用いて表示してある).
(a)断層像:陰窩底部尖端領域にbcl-2単独陽性細胞(*)が認められ,それに隣接してbcl-2・Ki-67両陽性細胞(矢印)の分布をみる.Ki-67単独陽性細胞がその上方に認められる(矢印頭).
(b)同部における三次元再構築像.

 この腺頸部におけるbcl-2単独陽性細胞,Ki-67単独陽性細胞,bcl-2・Ki-67両陽性細胞の分布には大別して4通りの像が認められた.図2にその断層像と3次元再構築像を示す.4通りの分布像とは, I .腺頸部にbcl-2単独陽性細胞の小集団があり,その上方(腺窩上皮側)および下方(固有胃腺側)にbcl-2・Ki-67両陽性細胞が並び,さらにその上方および下方にKi-67単独陽性細胞が並ぶもの(図2-a), II .腺頸部からbcl-2・Ki-67両陽性細胞が上方に優位に分布し,続いてKi-67単独陽性細胞が分布しているもの(図2-b), III . bcl-2・Ki-67両陽性細胞が上方および下方いずれにもほとんど認められないもの(図2-c), IV .固有胃腺ごとにbcl-2・Ki-67両陽性細胞の分布範囲が異なるもの(図2-d),である.そして I を均等型, II を上方優位型, III を停滞型, IV を複合型,と分類した.その分布像のシェーマを図3に示す.
C胃幽門腺分離腺管の断面像:共焦点レーザー走査顕微鏡付属のプログラムソフトを用い,腺窩上皮部,腺頸部,幽門腺腺体部の各断面像を作成した.その結果,腺窩上皮部断面像ではKi-67単独陽性細胞が散在してみられ,腺頸部断面像ではbcl-2単独陽性細胞と,bcl-2・Ki-67両陽性細胞とが,混在して認められた.幽門腺腺体部断面像ではbcl-2単独陽性細胞の散在が認められた.各断面像を図4に示す.

図2.分離胃幽門腺腺管における蛍光抗体染色像(bcl-2は緑黄色,Ki-67は赤色,核染色は青色の擬似カラーを用いて表示してある).
(a) 均等型の例;(a-1)断層像:腺頸部から腺窩上皮側(白色点線領域)および固有胃腺側(水色点線領域)へ向かってbcl-2・Ki-67両陽性細胞の増殖をみる.(a-2)同部における三次元再構築像.
(b) 上方優位型の例;(b-1)断層像:腺頸部から腺窩上皮側(白色点線領域)へ向かってbcl-2・Ki-67両陽性細胞の優位な増殖をみる.(b-2)同部における三次元再構築像.
(c) 停滞型の例;腺頸部におけるbcl-2・Ki-67両陽性細胞の増殖を認めない.(c-1)断層像,(c-2)同部における三次元再構築像.
(d) 複合型の例;(d-1)断層像:bcl-2・Ki-67両陽性細胞が,左側の固有胃腺には腺頸部から腺底部にまで(白色点線領域),右側の固有胃腺には腺頸部に限局して(水色点線)認められる.(d-2)同部における三次元再構築像.

図3.萎縮性胃炎分離幽門腺腺管の腺頸部における,bcl-2単独陽性細胞,bcl-2・Ki-67両陽性細胞,Ki-67単独陽性細胞,の分布像の分類シェーマ.

図4.萎縮性胃炎分離幽門腺腺管の各領域における蛍光抗体染色断面像(bcl-2は緑黄色,Ki-67は赤色,核染色は青色の擬似カラーを用いて表示してある).
(A)腺窩上皮部の断面像;Ki-67単独陽性細胞を認める.
(B)腺頸部の断面像;bcl-2単独陽性細胞および,bcl-2・Ki-67両陽性細胞の混在が認められる.
(C)幽門腺腺体部の断面像;bcl-2単独陽性細胞が認められる.

図5.大腸陰窩と胃幽門腺における分離腺管材料の共焦点レーザー顕微鏡検索による領域分化の相違のシェーマ.

 考 察

 胃は,飲食物や薬物などによる種々雑多な刺激にさらされるため,胃炎,特に慢性胃炎が発生することが多い.H.pyloriの発見により1),原因不明の慢性胃炎のほとんどがH.pyloriに起因する病態であることがわかってきた2).慢性胃炎は,胃粘膜に炎症細胞浸潤を呈する表層性胃炎,胃固有腺萎縮を呈する萎縮性胃炎,さらには腸上皮化生を伴った化生性胃炎など広いスペクトラムを示し,長い年月を経て進展してゆくことが知られている5-7).萎縮性胃炎は,その発症と進展に多くの因子が関与するmultifactorial diseaseであると考えられているが8),腺管の萎縮の発生機序ならびにH.pylori性胃炎へと進展してゆく過程においてH.pyloriを含めた多くの因子がどのように影響を及ぼしているかについては,近年,特に関心がもたれているものの不明な点が多い.萎縮性胃炎では,病理組織学的に粘膜固有層のリンパ球・形質細胞浸潤が高度になるにつれて増殖帯の延長が認められ,増殖帯内における増殖細胞出現率(Ki-67標識率)が有意に高くなるとする報告がある13).しかし実地上は,腺窩上皮の延長像と共に幽門腺や胃底腺の固有胃腺の萎縮を認める例に遭遇することが多く,その病態は過形成性萎縮性胃炎hyperplastic atrophic gastritisと言われる.胃腺管では,消化活動に伴う上皮細胞の生理的消耗や炎症性の病的破壊などが起っており,その補充再生が腺頸部の増殖帯の適切な細胞分裂により恒常的に保たれている14).腺頸部の増殖帯内には母細胞すなわち上皮幹細胞(epithelial stem cell)が存在すると信じられている15,16).幹細胞(stem cell)とは「多分化能を有する未分化な細胞」と定義され17-19),通常の状態ではその細胞分裂は強く抑制されている.しかし創傷治癒や再生に際して細胞分裂を起すが,その細胞分裂は不均等分裂で2個の性質を異にする細胞となり,一方は自己複製能(self-renewal capacity)19)によって元通りの幹細胞の性格をそのまま受け継いだ細胞,他方は自己複製能を欠いてある方向への分化増殖能を獲得した細胞(committed cell)20),あるいは前駆細胞(progenitor cell)21)となる.幹細胞は増殖能力を温存しているものの,通常状態では細胞周期上G0期にあるとされ,免疫組織学的に増殖マーカーであるPCNA,Ki-67に陰性18),幹細胞マーカーとしてbcl-222),インテグリンβ123),p75NGFR24)などに陽性となる.特にbcl-2は正常胃腺頸部増殖帯の内部での弱い発現がみられ25),粘膜上皮再生の基点となるstem cellをapoptosisから保護しているとする報告もある26-28) .幹細胞は胃の他に大腸陰窩上皮29),子宮頸部重層扁平上皮30),乳腺上皮21),などでbcl-2に陽性となるという報告がなされている.しかし抗bcl-2抗体を用いた免疫染色は,フォルマリン固定パラフィン切片に利用可能となっているにも拘らず,実際に利用してみると満足できる染色結果はなかなか得られなかった.また通常のホルマリン固定・パラフィン切片では抗原賦活のため蛋白分解酵素処理やオートクレーブなどの強い熱処理が必要であることが多く,この処理により形態を著しく損なう危険性がある.従って,本研究では,まず分離した腺管に対し0.5%のパラフォルムアルデヒドによる短時間の固定を施すことにより,bcl-2の抗原性を保持することができ,腺頸部での幹細胞の局在をより明瞭に証明することに成功した.また,腺頸部は形態的に狭小であるため,上方の腺窩上皮部および下方の腺底部との形態的繋がりが捕らえにくい上,ホルマリン固定・パラフィン包埋材料では抗原性が失活したり流出しており,確実な免疫染色結果が得られない.さらに胃幽門腺腺管は複合腺管であるため,分岐した腺管の全貌をくまなく顕微鏡観察することは,5 μmの厚さの通常のパラフィン切片では不可能である.今回の研究では,腺管をまるごと分離したものにつき,抗Ki-67抗体および抗bcl-2抗体を用いて2重免疫染色し,これより共焦点レーザー顕微鏡で1 μm間隔の連続断層像を得たのち,画像を合成して腺管全体の立体像を記録する計画を立てた.
その結果,大腸分離腺管ではKi-67単独陽性細胞が陰窩の下1/3において全周性に密に分布しているのが明瞭に観察され,一部陰窩底部領域にまで散在性に分布していた.陰窩底部尖端域にはbcl-2単独陽性細胞が3〜4個群をなして局在している像が明瞭に観察された.この細胞は大腸陰窩の上皮幹細胞としての性質を備えているものと考えられている22).さらにその両側に隣接してbcl-2・Ki-67両陽性細胞が1〜2個ずつ認められ,その上方にKi-67単独陽性細胞が続いていた.大腸陰窩においては,このように陰窩底の尖端から始まる細胞序列がみられるが,それと異なり胃幽門腺では腺頸部にbcl-2単独陽性細胞が位置し,その両側にbcl-2・Ki-67両陽性細胞が認められ,続いてKi-67単独陽性細胞が分布しており,この区域が増殖帯であるとみなされた.この細胞序列にあってbcl-2単独陽性細胞は胃幽門腺の幹細胞と考えられた.
 また萎縮固有胃腺および大腸陰窩底部にbcl-2陽性細胞が認められたことは,同細胞がapoptosisに対し抑制されていることを示唆し,bcl-2およびKi-67の両者に陽性の細胞がbcl-2単独陽性細胞に隣接して観察されたが,この両陽性細胞は,上皮幹細胞が不等分裂し,分化増殖能を獲得した前駆細胞(progenitor cell)としての性質をもつものと推定された21))(図5).本研究で,この両陽性細胞の胃幽門腺腺頸部における分布像には大別して4型あることが判明した(図3). I の均等型は,上方の腺窩上皮および下方の固有胃腺上皮の両方向に分化増殖能を獲得したprogenitor cellが上皮幹細胞からバランス良く産生されている像と考えられ,上皮幹細胞の多分化能がいまだ保たれていることを示唆している像と推測された.それに対し, II の上方優位型は,腺窩上皮への分化増殖能を獲得したprogenitor cellが上皮幹細胞から優位に産生されていることが示唆され,そのために腺窩上皮細胞は増加しているものの,固有胃腺細胞は減少してゆくというアンバランスが生じているものと思われ,過形成性萎縮性胃炎hyperplastic atrophic gastritisはこのような状態のものと推測される.これは上皮幹細胞の分裂能がbi-committed functionからmono-committed functionへ変化したものと考えられ,腺頸部幹細胞の分裂能に何らかの障害が生じたことを示唆するものと考えられた.さらに III の停滞型では腺頸部にほとんど両陽性細胞の分布が認められず,progenitor cellの供給源たる腺頸部幹細胞に I , II 以上の分裂能傷害が生じていることが示唆された.すなわち萎縮性胃炎を,腺頸部の細胞動態からその重症度をgradingするならば,均等型,上方優位型,停滞型,の順にしたがって重症度は増してゆくと考えられよう.組織レベルで固有胃腺の萎縮の予後を判定する手段は無いが,腺頸部幹細胞と前駆細胞の分布からそれを判定できることになれば,ひとつの進歩である.H.pyloriの除菌による酸分泌能の回復や,萎縮固有胃腺の組織学的回復の成否,個人差,治療期間の差など報告によってまちまちであることは31),この上皮幹細胞の傷害の程度の差に起因しているのかも知れない.腺頸部に存在するとされる上皮幹細胞が,H.pylori感染などに起因する炎症に慢性的にさらされることによりstem cell injuryが生じ,特に分裂能を含む遺伝子不安定性が生じた可能性が示唆され,このことが萎縮性胃炎の発症と進展,H.pylori除菌効果の成否に重要な役割を演じているものと推測された.

 結 論

 内視鏡的に萎縮性胃炎と診断された胃生検材料から腺管を分離し,腺頸部に対して2重蛍光抗体法,共焦点レーザー顕微鏡による解析を行なった結果,腺頸部細胞増殖帯にprogenitor cellと推定されるbcl-2,Ki-67いずれにも陽性な細胞の局在が認められた.この両陽性細胞の腺頸部における分布像は均等型,上方優位型,停滞型,複合型に大別され,stem cell injuryからみて停滞型が最も萎縮性胃炎における重症型であると考えられ,除菌に対する反応も少ないものと考えられた.萎縮性胃炎の発生や進展,除菌の成否には上皮幹細胞の傷害が重要な役割を演じているものと推定された.

 謝 辞

 稿を終えるにあたり,終始懇切な御指導,御校閲を賜りました埼玉医科大学第二病理学教室高濱素秀教授に深甚なる謝意を捧げます.また直接実験の御指導を賜りました埼玉医科大学中央研究施設形態部門大島晋講師,第二病理学教室清水禎彦講師ならびに第二病理学教室スタッフ各位に感謝致します.検体採取に御協力を賜りました本庄総合病院内視鏡科スタッフ各位,埼玉医科大学第二外科学教室スタッフ各位,第二病理学教室大学院岡村博貴先生に感謝致します.

 文 献

1) Warren JR, Marshall BJ. Unidentified curved bacilli on gastric epithelium in active chronic gastritis. Lancet 1983;1:1273-5.
2) Marshall BJ, Armstrong JA, McGechie DB, Glancy RJ. Attempt to fulfil Kochユs postulates for pylori Campylobacter. Med J Aust 1985;142:436-9.
3) Guiss LW, Stewart FW. Chronic atrophic gastritis and cancer of the stomach. Arch Surg 1943;46:823-43.
4) Imai T, Kubo T, Watanabe H. Chronic gastritis in Japanese with reference to high incidence of gastric carcinoma. J Natl Cancer Inst 1971;47:179-95. 5) Kekki M, Siurala M, Varis K, Sipponen P, Sistonen P, Nevanlinna HR.Classification principles and genetics of chronic gastritis. Scand J Gastroenterol 1987;22(Suppl 141):1-28.
6) Siurala M, Isokoski M, Varis K, Kekki M. Prevalence of gastritis in a rural population. Bioptic study of subjects selected at random. Scand J Gastroenterol 1968;3:211-23.
7) Satoh K, Kimura K, Sipponen P. Helicobacter pylori infection and chronological extension of atrophic gastritis. Eur J Gastroenterol Hepatol 1995;7(Suppl 1):S11-5.
8) Vilardell F. Gastritis. In:Berk JE, editors. Bockus gastroenterology, vol.2. Philadelphia: WB Saunders;1985.p.941-74.
9) Tucci A, Poli L, Tosetti C, Biasco G, Grigion W, Varoli O, et al. Reversal of fundic atrophy after eradication of Helicobacter pylori. Am J Gastroenterol 1998;93(9):1425-31.
10) van der Hulst RW, van der Ende A, Dekker FW, Ten Kate FJ, Weel JF, Keller JJ, et al. Effect of Helicobacter pylori eradication on gastritis in relation to CagA : a prospective 1- year follow-up study. Gastroenterology 1997;113(1):25-30.
11) Bjerknes M, Cheng H. Methods for the isolation of intact epithelium from the mouse intestine. Anat Rec 1981;199:565-74.
12) Arai T, Kino I. Morphometrical and cell kinetic studies of normal human colorectal mucosa.Comparison between the proximal and the distal large intestine. Acta Pathol Jpn 1989;39:725- 30.
13) Moss SF, Valle J, Abdalla AM, Wang S, Siurala M, Sipponen P. Gastric cellular turnover and the development of atrophy after 31 years of follow-up : a case-control study. Am J Gastroenterol 1999;94(8):2109-14.
14) Yoshimura T, Shimoyama T, Tanaka M, Sasaki Y, Fukuda S, Munakata A. Gastric mucosal inflammation and epithelial cell turnover are associated with gastric cancer in patients with Helicobacter pylori infection. J Clin Pathol 2000;53:532-6.
15) Karam SM. Cell lineage relationship in the stomach of normal and genetically manipulated mice.Brazil J Med Biol Res 1998;31(2):271-9.
16) Wong WM, Wright NA.Cell proliferation in gastrointestinal mucosa. J Clin Pathol 1999;52(5):321-33.
17) Visser JW, van Bekkum DW. Purification of pulripotent hemopoietic stem cells:past and present. Exp Hematol 1990;18:248-56.
18) 高濱素秀, 鴨田博伸. 毛包幹細胞からみた産毛理論. Fragrance Journal 1995;10:65- 9.
19) Watt FM. Epidermal stem cells: markers, patterning and the control of stem cell fate. Phil Trans R Soc Lond B.1998; 353: 831-7.
20) Jones PH, Harper S, Watt FM. Stem cell patterning and fate in human epidermis. Cell 1995;80:83-9.
21) Feuerhake F, Sigg W, Hofter EA, Dimpfl T, Welsch U. Immunohistochemical analysis of Bcl-2 and Bax expression in relation to cell turnover and epithelial differentiation markers in the non-lactating human mammary gland epithelium. Cell Tissue Res 2000;299:47-58.
22) Potten CS, Booth C, Pritchard DM. The intestinal epithelial stem cell: the mucosal governor. Int J Exp Pathol 1997;78:219-43.
23) Jensen UB, Lowell S, Watt FM. The spatial relationship between stem cells and their progeny in the basal layer of human epidermis : a new view based on whole-mount labelling and lineage analysis. Development 1999; 126(11): 2409-18.
24) Kunimura C, Kikuchi K, Ahmed N, Shimizu A, Yasumoto S. Telomerase activity in a specific cell subset co-expressing integrin β 1 /EGFR but not p75NGFR/bcl2/integrin β 4 in normal human epithelial cells. Oncogene 1998;17:187-97.
25) Lauwers GY, Scott GV, Hendricks J. Immunohistochemical evidence of aberrant bcl-2 protein expression in gastric epithelial dysplasia. Cancer 1994; 73: 2900-4.
26) Hockenbery DM, Zutter M, Hickey W, Nahm M, Korsmeyer SJ. BCL2 protein is topographically restricted in tissues characterized by apoptotic cell death. Proc Natl Acad Sci USA 1991;88:6961-5.
27) LeBrun DP, Warnke RA, Cleary ML. Expression of bcl-2 in fetal tissues suggests a role in morphogenesis. Am J Pathol 1993;142:743-53.
28) 小松工芽,鈴木 進,大原秀一,浅木 茂, 豊田隆謙, 鈴木博義. 胃癌組織における Bcl-2, Baxの発現. 日本臨床 1996;54(7):203-8.
29) Potten CS. Stem cell in gastrointestinal epithelium: numbers, characteristics and death. Phil Trans R Soc Lond B 1998; 353(1370):821-30.
30) Takahama M, Shimizu Y, Seyama A. Immunohistochemical heterogeneity of dysplastic epithelium of uterine cervix. Jpn J Cancer Clin 1998;44(5):531-5.
31) 関根 仁, 大原秀一,小池智幸,加藤勝章,久保田祐司,浅木 茂,他.慢性胃炎におけるHelicobacter pylori除菌の機能的・器質的変化.消化器内視鏡 2000;12(4):476-80.


(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School