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埼玉医科大学雑誌 第28巻第3号別頁 (2001年7月) T59-T67頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School
Thesis
ラット心筋興奮収縮連関に対するアデニンの作用
李 月
埼玉医科大学薬理学教室
(指導:遠藤 實教授)
医学博士 甲第760号 平成13年3月23日(埼玉医科大学)
諸 言
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動物の心臓は,個体が生まれてから死に至るまで一刻の休みもなく拍動して,血液を全身に送り続けている.このポンプ作用を営むため,心室の壁を形成する筋肉は,各拍動毎に全体がほぼ同期して収縮しなければならない.心室筋全体の同期は,心筋細胞の活動電位の伝播という電気現象を通じて,局所からその隣接局所への速やかな情報伝達によって達成される.各局所において心筋細胞膜に生じた活動電位(興奮)は,細胞内部に存在する収縮装置である筋原線維の収縮を引き起こす.この興奮が収縮を引き起こす過程は興奮収縮連関と呼ばれ,心筋の収縮力調節は主としてこの興奮収縮連関過程を通じて行われる.
収縮力調節という意味で,心筋の興奮収縮連関は骨格筋の興奮収縮連関と大きく異なっている.すなわち骨格筋においては,筋細胞の興奮は常にそのほぼ最大収縮を引き起こすので,その収縮力の調節は主として興奮する細胞の数を調節することによって行われるが,心筋は上述のとおり常にすべての細胞が興奮しているので,その収縮力を調節するには,個々の細胞の収縮力が調節されなければならない.その調節が可能なように心筋の興奮収縮連関過程は骨格筋と異なる分子機序を用いて組み上げられているのである.
骨格筋と心筋との興奮収縮連関の最も大きな違いは,それが細胞外液のCa2+濃度に依存するか否かに現れている.骨格筋では,興奮は細胞外のCa2+濃度如何にかかわらずほぼ同じ大きさの収縮を惹起する1)が,心筋では,Ringer2)
が1世紀以上前にすでに明らかにしたように,細胞膜興奮の引き起こす収縮は細胞外液のCa2+濃度に依存し,Ca2+が外液に存在しないと収縮は起こらない.心筋では,その細胞膜興奮に特有なプラトー相において膜電位依存性Ca2+チャネルが開口し,Ca2+が細胞外から細胞内に流入してくる3)が,流入Ca2+量は当然細胞外Ca2+濃度に依存する.その流入Ca2+が興奮収縮連関に重要な役割を果たすので,心筋収縮の細胞外液Ca2+濃度依存性が生じると考えられている.
収縮装置である筋原線維の生理的な収縮は細胞内Ca2+濃度の上昇によって惹起される4).そのCa2+は,骨格筋においても心筋においても筋小胞体からの放出によって供給される.心筋では上記のとおり興奮に伴ってCa2+流入が起きるが,その流入Ca2+量は少なく,生理的な収縮を惹起するには全く不十分であり,筋小胞体からの放出が必要なのである5).筋小胞体は,その膜に存在するCa2+ポンプ蛋白の働きにより,内腔に多量のCa2+をふだんから蓄積しているので,興奮の情報を受けて筋小胞体膜のCa2+放出チャネルが開口すると,Ca2+が放出されて筋原線維に供給される.横紋筋小胞体のCa2+放出チャネルは,植物アルカロイドのリアノジンを特異的に結合することを利用して単離精製されたので,リアノジン受容体と呼ばれ,骨格筋と心筋とでは異なる分子種であることが分かっている6).
1970年頃にCa2+自身が筋小胞体からのCa2+放出を惹起するというCa2+-induced
Ca2+ release (CICR)機構が発見され7-9),後に,リアノジン受容体は,骨格筋型も心筋型も共にCICRの性質を有していることが明らかにされた10-12).CICR機構の存在にもかかわらず骨格筋の興奮収縮連関においては,細胞外からのCa2+流入を必要としないことと一致して,CICRとは無関係な分子機序でリアノジン受容体の開口が起きることが明らかになっているが13),心筋においてはCICR機構の発見以来,興奮に伴って細胞外から流入したCa2+はリアノジン受容体に作用してCICRを起こすので流入量に応じた量のCa2+が筋小胞体から放出するのではないか,と考えられたのは自然の流れである.しかし,この考えは定量的に詳細に検討すると,(1)小胞体のCICRのCa2+感受性はかなり低い13),(2)Ca2+放出量は必ずしもCa2+流入量によって一義的には決まらない14),(3)Ca2+流入によって小胞体のCa2+放出が開始した後に膜電位を再分極すると,心筋細胞内のCa2+濃度はCa2+放出開始時よりもむしろ高くなっているにもかかわらず,Ca2+放出は停止してしまう14),(4)CICR機構は正のフィードバックをかけるはずなのにCa2+放出は
all-or-none 型にならない,など種々の難点があった.しかしながら,これらの難点は,Ca2+放出チャネルの近傍の空間(その空間に細胞膜の膜電位依存性Ca2+チャネルが開口している)における局所のCa2+濃度は細胞全体とは異なると考えると,すべて説明可能である15).実際,それを裏付けるデータが積み重ねられ16),CICRが心筋の生理的Ca2+放出機構であるという考えに対する反対はほとんどなくなったように思われる.このCICRを介する機序によって,心筋では流入Ca2+量を調節することを通じて収縮力を興奮収縮連関段階において調節することが可能になっていると考えられる.
この心筋興奮収縮連関機序の考えが正しければ,CICRを抑制する薬物は心筋の生理的収縮を抑制するはずである.しかしThorens17)は,正常のNa濃度を含有する細胞外液中においては,CICRを抑制するプロカインが心筋の膜電位固定法により与えた脱分極による収縮を抑制しないことを報告している.この事実を延長すれば,心筋の自発収縮または通常の電気刺激による収縮も当然プロカインによっては抑制されないと考えられるが,プロカインは,膜電位依存性Naチャネル,したがって心筋の活動電位発生を抑制するので,これを検証することができない.一方,それ自身はCICRを促進するが,ATP存在下の生きた筋細胞内ではCICRを抑制することが骨格筋において知られているアデニンを用いてCICRを抑制したときに(ATPの強いCICR促進作用がアデニンの弱い促進作用によって置き換えられる結果、CICRは抑制を受ける18)),心筋収縮は全く抑制されないという予備的実験結果が報告されている19).もしこれらの薬理学的実験がその額面どおり受け取れるものであるならば,それは心筋の興奮収縮連関がCICRを介するという考えに重大な疑問を投げかけることになる.心筋の興奮収縮連関の生理的重要性を考えると,この問題に対して明確な結論を得ることは緊急の課題なので,本実験においては,心筋の興奮収縮連関に対するアデニンの作用を中心に詳細な検討を加えた.
本実験の結果は,前半部分,後半部分の二回,学会においてそれぞれ発表した20,21).
方 法 |
1.実験材料及び溶液
8週齢雄性Wistarラットの頭部を殴打して意識を消失させた後,頚動脈を切断して放血致死させ,心臓を取り出した.心臓は,生理的塩類溶液に入れ,100%酸素を通気しながら,右心室または左心室乳頭筋を分離した.用いた生理的塩類溶液の組成は以下のとおりである(単位mM).NaCl
150, KCl 4, CaCl2 1.8, MgCl2 1.0, HEPES(N-2-hydroxy-ethylpiperazine-N’-2-ethanesulphonic
acid)5.0, glucose 5.6(pH 7.4, NaOHで調整).必要な場合には,CaCl2濃度を適宜減少させた.アデニンは等モルのメタンスルホン酸と共に生理的塩類溶液に溶かし,pHをNaOHで調整した.K拘縮実験は,[K]・[Cl]の積を一定にして行った.その際,生理的塩類溶液のNaをKで置換し,Clはメタンスルホン酸で置換した.実験温度は,Ca2+
transient の測定は30℃で,その他の実験はすべて20℃で行った.
2.心筋収縮力の測定
乳頭筋の両端を糸で縛り,等尺張力をストレーンゲージ(UL-10GR,Minebea Co,Tokyo)により測定,記録した.単収縮は,持続時間3.3ミリ秒でsupramaximalの電気刺激を0.2または0.5
Hzの頻度で与えて惹起した.約60分間刺激を続けて張力が安定した後,筋長を変えて単収縮張力を測定し,最大張力を発生する長さの80-90%の筋長で実験を行った.カフェイン拘縮とK拘縮は,それぞれカフェインとKを適用する時点での小胞体の含有Ca2+量を一定にするため,0.5
Hzの単収縮刺激を続けて収縮力が一定になってから電気刺激を止めて,カフェインまたはKを適用した.
3.Ca2+ transient の測定
Ca2+ transientは,エクオリンを用いて山形大学医学部薬理学教室において,同教室で通常用いられている方法22,23)測定した.簡潔に方法を述べると,エクオリン溶液(2
mg/ml)をガラスピペット内に2-3 μl充填し,無Ca2+条件下(Ca2+10-7-10-6M)で,乳頭筋の筋細胞内に5分間以内で手早く注入した.標本は図1の装置の50
mlの実験槽にセットし,細胞外Ca2+濃度を10分間置きに0.001,0.01,0.1,1.0,1.8 mMと順次増加させた後,電気刺激を開始した,その後,温度をゆっくりと30℃まで上昇させ,90-120分間安定させてから実験を開始した.電気刺激時の標本の発光を光電子増倍管(model
9789A; Thorn-EMI Co,N.J,USA)により測定し,Ca2+ transientを得て,ストレーンゲージで測定した収縮張力と同時にdigital
audiotape (PC-108M, Sony Megnescale, Tokyo)に記録し,後で分析した.Ca2+ transient
の光信号と張力信号は,同じ状態における数分間の記録の加算平均で表示した.張力及びCa2+ transient の持続時間は,ピーク値の50%のところで測定した.
図1.Ca2+ transient及び張力測定装置.(@: 標本) |
4.試薬等
カフェイン,プロカイン,メタンスルホン酸は和光純薬,アデニンはSigma Chemical Co., USA,エクオリンはFriday Harbor
Photoproteins, WA, USAからそれぞれ購入した.その他は,すべて試薬特級を用いた.
結 果 |
1.心筋のカフェイン拘縮のアデニンによる抑制
アデニンがATP存在下に小胞体のCICRを抑制することは骨格筋において証明されているが,心筋においてもスキンド・ファイバーを用いて,その小胞体のCICRに対して骨格筋同様,アデニン単独では促進作用を有するが,より強いCICR促進作用を持つATPの存在下ではアデニンはCICRを抑制することが確認された(池本,私信による).
生きた心筋細胞内には mM レベルのATPが存在するので,アデニンは生きた心筋においてCICRを抑制するはずである.これを実験的に確認するために,アデニンのカフェイン拘縮に対する効果を調べた.カフェインはCICRのCa2+感受性を著しく促進する結果,小胞体からCa2+放出させて筋拘縮を惹起する13).したがって,上記の論理からすれば,カフェイン拘縮はアデニンによって抑制されるはずである.実際図2に示すように,アデニン
10 mM 存在下で 5 mM のカフェインの惹起する収縮は強く抑制された.16例の平均では,最大収縮張力は約32±7%に減少した.
図2.カフェイン5 mMによる心筋拘縮に対する10 mMアデニンの抑制効果. |
2.心筋単収縮のカフェインによる増強効果のアデニンによる抑制
低濃度のカフェインは,やはりCICRの促進により,心筋の電気刺激による収縮を一過性ではあるが図3A,Cのように増強する.このカフェインの収縮増強効果もカフェイン拘縮と同様,アデニンによって抑制されるはずである.実際10
mM アデニンは,後に述べるように電気刺激による心筋収縮を促進するので,図3B,Dに示すように,カフェイン適用前の収縮がかなり大きくなっているが,カフェインによる増強作用は減弱していることは明かである.カフェイン
0.5 mM による増強のピーク値 4.07±0.45 倍が10 mMアデニン存在下では 1.32±0.04 倍(P<0.01)に,また,カフェイン 2
mM では 4.26±0.67 倍が 1.69±0.29 倍(P<0.05)にと,いずれも有意に減少した.
図3.カフェインによる心筋収縮増強効果のアデニンによる抑制. |
3.アデニン単独の心筋収縮に対する効果
以上,アデニンは,生きた心筋細胞においてCICRを抑制することが確認された,通常の電気刺激による心筋収縮も,もしそれがCICRを介するものであれば,当然アデニンによって抑制されるはずである.しかし,図4に示すように,アデニンを適用しても心筋の単収縮は全く抑制されず,むしろ明らかな収縮力増強効果だけが示された.その効果は,図5に示すとおり,用量依存的であった.
図4.アデニンの心筋収縮力増強作用. |
図5.アデニンの心筋収縮力増強作用の用量依存性. (**: P<0.01, n=12) |
4.アデニンのCa2+ transient に対する作用
前項までで,アデニンは,カフェイン作用を抑制することから心筋のCICRを抑制していると考えられるにもかかわらず,CICRを介して起きると考えられている正常の心筋収縮を全く抑制しない事実が明らかになった.この矛盾の原因を解明するために,収縮の前段階の過程である細胞内Ca2+濃度の一過性上昇(Ca2+
transient)の程度をCa2+と結合して発光するクラゲの蛋白質エクオリンを用いて図1の装置で測定し,それに対するアデニンの作用を調べた.このとき,同時に収縮張力も測定した.
単収縮張力に対するアデニンの効果の典型例を図6に,また,ピーク張力に対するアデニン効果の時間経過を図7に示す.この結果は,図4の結果と一致して,やはりアデニンは,収縮力を増強させるのみであり,増強効果の時間経過は図4と同様にゆっくりしていた.しかし,同時に測定したCa2+
transient は,典型例を図8に,また,ピーク値の時間経過を図9に示すとおり,張力と異なって,アデニン適用直後に明らかに減少し,その後時間と共に徐々に増加する傾向を示した.アデニンを洗滌した時には,逆に洗滌直後に明らかに増大し,その後元のレベルに戻った.
図6.単収縮張力に対するアデニンの作用. (上段: 収縮張力; 下段: 刺激電流) |
図7.単収縮のピーク張力に対するアデニン(Ade)作用の時間経過. (*: P<0.05(対コントロール),n=8) |
図8.Ca2R transientに対するアデニンの作用. (上段: 光電子増倍管電流 ; 下段: 刺激電流) |
図9.Ca2+ transientのピーク値に対するアデニン(Ade)作用の時間経過. (*: P<0.05, **: P<0.01,n=8) |
図10.単収縮張力の持続時間に対するアデニン(Ade)作用の時間経過. (**: P<0.01, *: P<0.05(対コントロール),n=11) |
図11.Ca2+ transient の持続時間に対するアデニン(Ade) 作用の時間経過. (**: P<0.01(対コントロール),n=11) |
5.プロカインのK拘縮抑制作用
以上,アデニンの心筋に対する作用は,解析の結果,心筋の興奮収縮連関がCICRを介して起きるという一般的な考えに決して矛盾しないことが分かった.しかし,文献で報告されているもう一つのCICR抑制薬プロカインが正常の溶液条件下で心筋脱分極による収縮を抑制しない事実17)は,やはり再検討を必要とする.したがって,ラット乳頭筋のK拘縮に対してプロカインがどのような影響を及ぼすかを検討した.細胞外液のK+濃度を高くして脱分極を起こさせるに当たって,プロカインがK+透過性を抑制して脱分極の程度が小さくなるのを避けるため,外液中の[K+]・[Cl−]積を一定にして,膜電位変化をプロカイン存在下でも同じだけ起こるようにした.結果は図12及び13に示すとおり,プロカインは明らかにK拘縮を抑制した.したがって,この実験結果も心筋の興奮収縮連関がCICRを介するものであるという一般的な考えと矛盾はしないことが分かった.
考 察 |
アデニンは,単独では筋小胞体のCICRを促進するが,より強い促進物質であるATPの存在下ではこれを抑制する,という骨格筋において知られていた事実18)が哺乳類心筋小胞体にも当てはまることが確認されたので,これを用いて,生きた心筋細胞におけるアデニンの作用を調べた.その結果アデニンは,CICRを促進することによって拘縮を起こしたり,生理的収縮を促進したりするカフェインの作用を明らかに抑制した(図2,3)ので,やはりアデニンはATPの存在する生きた心筋細胞においては,CICRを抑制すると言えるであろう.
したがって,心筋の生理的収縮が一般的に考えられているようにCICRを介して起きているものであれば,アデニンによって抑制されるはずであるが,報告された予備的実験結果19)と一致して,そのような抑制は全く見られなかった(図4-7).そこで,収縮の前段階であるCa2+
transientをエクオリンを用いて測定した結果,アデニン適用直後にはCa2+ transientは減少し,洗滌直後には増大するという結果を得た(図8,9).この結果は,やはり心筋の興奮収縮連関はCICRを介しており,アデニンは生きた心筋細胞においてCICRを抑制するためである,という考えと一致している.アデニンによる抑制はあまり強いものではないが,アデニンがそれ自身はCICR促進物質であり,ATP存在下でのみ抑制的に作用することを考えると,やむを得ないと思われる.
アデニンによってCa2+ transientが減少するにもかかわらず収縮力が減少しなかったのには,二つの原因が考えられる.一つは結果の項ですでに述べたCa2+
transientの持続時間延長(図9,11)であり,もう一つは,収縮蛋白系のCa2+感受性増大である.第一の原因が実際に関与していることは,アデニン適用直後にはCa2+
transientの抑制と一致して収縮力の立ち上がり速度が抑制されているにもかかわらず,ピークに至る時間が延長していて,結局同じピーク張力にまで到達していたこと(図6)から疑いがない.骨格筋スキンド・ファイバーにおいて,アデニンは小胞体のCa2+取り込みを抑制することが報告されている18)ので,心筋においてもおそらく小胞体のCa2+ポンプが抑制されていて,それがCa2+
transientの持続時間延長に貢献しているものと思われる.
第二の可能性として,やはり骨格筋において,アデニンは収縮蛋白系のCa2+感受性を増大させる事実が報告されている18).したがって,心筋においても,アデニンはおそらく収縮蛋白系のCa2+感受性を増大し,そのこともCa2+
transient の減少にもかかわらず収縮が減少しない事実に貢献している可能性は十分にあると考えられる.
緒言の項に述べたように本実験の開始時には,心筋の興奮収縮連関は興奮時に細胞外から流入するCa2+が小胞体を刺激してCICRによるCa2+放出を行うことによって機能する,という一般的な考えは,心筋に必要な細胞の収縮力調節を流入Ca2+量の増減を通じて行うことができるという利点もあり,生理的に納得のできる考えである一方,CICR抑制薬に関する定性的な疑問が存在していた.心筋興奮収縮連関の生理的重要性から,この定性的な疑問を解決することは極めて重要と考えて本実験を行った結果,定性的な疑問は氷解し,心筋興奮収縮連関はCICRを介すると考えて矛盾はないことが分かった.
今後は,プロカイン作用に関するモルモットを用いたThorensの実験との差異の検討,心筋においても実際にアデニンが小胞体のCa2+ポンプ抑制作用,収縮蛋白系のCa2+感受性増大作用を有するか否かの検討,などを行い,本研究を真の意味で完結しなければならない.他方,心筋の興奮収縮連関には,かなりの動物種差があることが知られているので,CICRの性質について,違いの報告されているいくつかの動物に関して検討して行きたい.
結 語 |
生理的な条件下でCICRを抑制するアデニンを用いて,心筋の興奮収縮連関がCICRを介しているどうかを調べ,次の結果を得た.
1. 10 mMアデニンは5 mMカフェインによる心筋の拘縮及び低濃度(0.5-2 mM)カフェインによる単収縮増強効果を抑制した.したがって,アデニンは生理的な条件下でCICRを抑制することが確認された.
2. アデニンは心筋の電気刺激による単収縮張力を全く抑制せず,むしろ濃度依存的に促進した.張力の持続時間は延長した.
3. 単収縮時のCa2+ transientのピーク値は,アデニンによって先ず抑制され,その後徐々に増大した.洗條後は逆に先ず増大し,その後元に戻った.Ca2+
transientの持続時間はアデニンによって延長した.
4. CICRの抑制薬であるプロカインは,K+拘縮を抑制した.
5. アデニンによるCa2+ transient の抑制とプロカインによるK拘縮の抑制は,心筋の興奮収縮連関がCICRを介するものであるという一般的な考えと一致している.
6. アデニンによってCICRが抑制されるにもかかわらず単収縮張力が減少しなかった事実には,Ca2+ transientの持続時間延長が関与している.さらにアデニンの収縮蛋白系のCa2+
感受性増加作用も関係している可能性が考えられた.
7. アデニンの心筋に対する作用は複雑であるが,心筋の興奮収縮連関にCICRが重要な役割を果たすという考えと矛盾するものではないことが明らかになった.
謝 辞 |
稿を終えるにあたり,終始ご指導,ご高閲頂きました埼玉医科大学薬理学教室の遠藤實教授(現副学長)及び丸山敬教授,Ca2+ transientの測定に当たってご指導,ご協力を頂きました山形大学医学部薬理学教室の遠藤政夫教授,野呂田郁夫技官,沢田裕伸研究員に深謝いたします.また,実験に種々の面でご協力頂きました埼玉医科大学中央研究施設実験動物部門の鈴木政美助教授,富永信子助手,薬理学教室の鈴木正彦講師に心から感謝いたします.
文 献
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