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埼玉医科大学雑誌 第28巻第3号別頁 (2001年7月) T69-T75頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School


Thesis

ヒト頭皮毛包の組織構造の機能分析を目指した免疫組織化学的研究

岡村 博貴

埼玉医科大学第二病理学教室
(指導:高濱 素秀教授)
医学博士 甲第765号 平成13年3月23日(埼玉医科大学)


 ヒトの頭皮毛包は,高次の分化構造を示しているが,各部分の機能分化については不明な点が多い.本研究は,毛包の組織構成要素の機能分析を目指して頭皮の免疫染色を行ったもので,抗原には,サイトケラチン5+8のRCK102,アポトーシスを回避する遺伝子産物蛋白のBcl-2,基底細胞の接着分子のIntegrin β1,エストロゲンレセプターの存在下で作用する細胞増殖保護因子として熱ショック蛋白27(HSP27),アンドロゲン依存性の細胞増殖因子であるヒトAndrogen-induced growth factor(AIGF),増殖細胞マーカーであるKi-67の6種類を用い,材料には,剖検例25例の頭皮(男18例,女7例,最高80歳,最低3歳,平均年齢43歳),および頭皮の良性腫瘍などで切除術を施した手術材料4例の頭皮(男3例,女1例,最高22歳,最低2歳)を用いた.頭皮組織は,ホルマリン固定・パラフィン包埋し,連続切片を作製し,免疫染色を行った.
 立毛筋付着部の毛包の外毛根鞘基底細胞が成長期および休止期でRCK102およびBcl-2陽性でKi-67陰性となり,これら細胞がアポトーシスを抑制され,かつcell cycle上でG0期にあることから毛包幹細胞であることが示唆された.毛球部から毛包中部にかけての基底細胞がIntegrin β1陽性を示し,これら細胞は毛母細胞が外毛根鞘へ分化するのに関わっているものと推測された.毛母細胞から外毛根鞘にかけて分化している細胞がHSP27陽性を示し,外毛根鞘への分化にエストロゲンが関連する可能性が示唆された.また毛母細胞から内毛根鞘細胞にかけて分化している細胞がAIGF陽性所見を呈し,内毛根鞘への分化にアンドロゲンが関連する可能性が示唆された.以上より,ヒト頭皮毛包の層状構造の分化が各種の因子に影響されることが示唆された.

 諸 言

 毛髪は育毛の見地から一般の関心も高いが,毛髪を生産する毛包の組織構造は,細胞レベルで見るとかなり高次の構築を示すところから,その機能分化についてのサイエンス面からの関心も高い.毛包の構造には,毛乳頭,毛母,毛軸,内毛根鞘,外毛根鞘などが古来より区別されている.近年は,立毛筋付着部の外毛根鞘の基底層にある毛包幹細胞の存在も明らかにされ1),これが毛周期の上で,休止期から成長期に移行する際に毛包再生の原基となることが想定されている.しかし,成長期毛包の毛髪生産の主役を演ずる毛母から,毛軸,内毛根鞘および外毛根鞘が分化する過程で,各成分にどのような因子が関連するのか,あるいは,毛髪産生には男性ホルモンや女性ホルモンが関係するとされているが,組織構造上でどのように関連するのか,などについて関心は高いものの,文献上ではその報告が見られない.その理由としては,十分な数の健全な毛包を新鮮な状態で研究材料として入手するのは困難であること,毛包構造が微小であること,などが挙げられる.男女それぞれにつき各年齢層の頭皮組織を入手することなどは更に困難である.また,関心が高いアンドロゲンレセプターについては,免疫染色に利用できる抗アンドロゲンレセプター抗体は凍結切片に利用できるものは入手可能であるが,ホルマリン固定パラフィン包埋材料で利用できる抗体は市販されていない.エストロゲンレセプターについては,市販の抗エストロゲンレセプター抗体を用いて免疫染色を試みたが,微細な毛包についての免疫染色は満足できる結果は得られなかった.
 今回の研究では,剖検例と手術材料の頭皮のうちから,毛包の構造が観察容易でかつ免疫染色性良好のパラフィンブロックを選び,以下の各種の抗原を用いて免疫染色を行い,毛包組織の各構成成分の機能分析を試みた.
 RCK102は,ヒト肺扁平上皮癌細胞培養株から得られた58kDおよび52.2kDのサイトケラチン(Keratin 5+8)であり,抗RCK102モノクローナル抗体は,正常子宮頸部扁平上皮基底細胞層を強染する2).今回の研究では,ヒト頭皮の毛包で,このRCK102がどの基底細胞に局在するのか検討した.
 Bcl-2蛋白は,アポトーシスを回避する遺伝子産物として多くの悪性腫瘍細胞が保有していることが知られている3).毛包では,マウスの毛包の毛隆起部の細胞に免疫染色で証明されており4),同部は毛包幹細胞の所在部と提唱されているところから,今回,ヒト頭皮の毛包で検討した.
 Integrin は,細胞表面にあって細胞骨格蛋白と細胞外基質とを結合している細胞接着分子スーパーファミリーであり5),細胞の分化,増殖,形態形成などに重要な役目を担っている.このうち,Integrin β1は,表皮基底細胞では細胞質内にあって主としてコラーゲン,フィブロネクチン,ラミニンなどと結合する細胞接着分子である6,7).今回の研究では,毛包上皮の基底細胞のうちで,特に分化や形態形成に関わる細胞がどこに存在するか検討する目的で適用した.
 熱ショック蛋白Heat shock protein(HSP)のうち,HSP27は,培養ケラチノサイトに見出され,乳房や頭皮の正常皮膚の表皮傍基底細胞の細胞質に免疫染色により証明され8),子宮内膜癌においてはこれの増加が癌細胞の分化やエストロゲンやプロゲステロンのレセプターの存在と相関することが明らかにされているところから9),今回の研究では,女性ホルモンレセプターの存在下で作用する細胞増殖保護因子が毛包に局在するか否かを知る目的で適用した.
 ヒト・アンドロゲン誘導性増殖因子Androgen-induced growth factor(AIGF)は,田中ら10-12)によりアンドロゲン依存性マウス乳癌細胞培養株(SC-3)から発見された増殖因子である.今回の研究では,アンドロゲン感受性が想定されている毛包中にこの増殖因子を保有する細胞が存在するか否かを検討する目的で適用した.
 Ki-67は,cell cycle上でG1,S,G2-Mの各期の細胞に出現する核内抗原であり,増殖細胞のマーカーとして広く利用されているので,毛包組織中の増殖細胞の局在を知る目的で採用した.

 材料と方法

 材料:剖検例の頭皮は,埼玉医科大学病理学教室で1989年から2000年までの間に行った剖検例のうち,頭部の解剖の許可を得た症例で,遺族の了解を得て,開頭する際に頭皮切開線に沿って約5ミリ幅の頭皮を採取した.開頭時に頭蓋骨から剥離した頭皮は延びるため,頭皮片採集後の頭皮の縫合と整形に際して不都合は生じなかった.頭皮採取の症例の年齢は最高80歳,最低3歳,平均年齢43歳,男女の別は,男18例,女7例であった.手術例の頭皮は,済生会川口総合病院において行われた頭皮腫瘍の切除手術の検体から,健常部頭皮部分を研究対象としたが,総数は4例で,症例の年齢は,最高22歳,最低2歳,男3例,女1例,病巣の病理診断は表皮嚢胞,神経腫,脂腺母斑および母斑細胞性母斑の各1例であった.頭皮組織は,すべて10%リン酸緩衝ホルマリン液で固定し,通常の方法でパラフィン包埋し,5 mμ厚の連続切片を作製したが,その際,なるべく毛包の全長が切片上に得られるよう角度を調整しながら薄切を行った.連続切片のうちの1枚をヘマトキシリン・エオシン二重染色し,残りを免疫染色に使用した.
免疫染色に用いた抗原と染色条件:

1)
抗ヒトBcl-2・マウスモノクローナル抗体,clone 124(DAKO,Denmark)
オートクレーブ処理,5分.10 mMクエン酸緩衝液 pH6.0で100倍希釈.4 ℃ で 一晩反応.(LSAB法)
2)
抗AIGF M1 2-10・マウスモノクローナル抗体(自治医科大学第1病理学 田中亨先生より寄与)
マイクロウェーブ利用,500W,15分.10 mM クエン酸緩衝液pH6.0で400倍希釈.4 ℃で一晩反応.
(間接法)
3)
抗HSP27・マウスモノクローナル抗体,clone G3.1(Stressgen,USA)
マイクロウェーブ利用,500 W,15分.10 mMクエン酸緩衝液 pH6.0で200倍希釈.4 ℃で一晩反応.
(間接法)
4)
抗Integrin β1・マウスモノクローナル抗体,clone DF7(BIOHIT,Finland)
0.1%トリプシン処理,37 ℃,5分.10mMクエン酸緩衝液 pH6.0で100倍希釈.4 ℃で一晩反応.
(間接法)
5)

抗ヒトKi-67抗原・ウサギポリクローナル抗体,Lot.059(DAKO,Denmark)
オートクレーブ処理,5分.10 mMクエン酸緩衝液,pH6.0で50倍希釈.4 ℃で一晩反応.(間接法)

6)
RCK-102〔抗サイトケラチン5+8(58/52kD)〕抗体,clone RCK-102/SB2(Monosan, Holland)
0.1%トリプシン処理,37 ℃,5分,10倍希釈,4 ℃,一晩反応.(LSAB法)

 結 果

頭皮の一般組織学的所見
 頭皮では,平均的には3本の毛包がそれぞれ皮脂腺を伴ない,結合織で囲まれて毛包皮脂腺単位構造 pilosebaceous unit structure13)を形成している(図1).垂直断の組織切片で観察すると,よく発達した成長期毛包では,毛包の表皮開口部の直下は毛包が狭くなって峡部を形成し,その下方には皮脂腺開口,続いて立毛筋付着部があり,毛包の最下端は皮下脂肪組織内に達して膨大して毛球hair bulbを形成する.マウスなどの動物体毛では立毛筋付着部の毛包は毛包隆起しているため,毛隆起部bulge areaと呼ばれる.毛球はワイングラスを伏せた形を呈し,その直下に毛真皮乳頭 hair dermal papilla(毛乳頭)を擁する(図2).毛球を構成するのは毛母細胞germinative cellと少数の樹状メラノサイトdendritic melanocyteである.毛球の上方では層状の分化構造が見られるが,それらは,中心部より1)毛髄medulla,2)毛皮質hair cortex,3)毛角皮質hair cuticle,内毛根鞘inner root sheathに属する3層,すなわち4)内毛根鞘小皮,5)Huxley層,6)Henle層,続いて7)外毛根鞘outer root sheath,そして最外側に8)結合組織鞘,である14).外毛根鞘は毛球では極めて薄いが上方にいくに従ってその厚みを増す.(図2-a,b,c)

図1.毛包全体のHE染色像.

図2-a.毛包下部のHE染色像.
図2-b.毛包下部組織の構造:左より毛軸.毛小皮(黄),鞘小皮(緑),Huxleyユs layer(青),Henle’s layer(紫),外毛根鞘(赤).

図2-c.毛胞下部模式図.

図3.毛母の抗Ki-67抗原染色像:毛母細胞の核に陽性所見をみとめる.


毛包組織の免疫組織染色所見
1.Ki-67
 一般にKi-67陽性細胞は細胞核に発現をみとめる.成長期毛包:毛球部を構成する毛母細胞の多くが陽性であった(図3).
休止期毛包:毛包末端には陽性細胞はみられなかった(図6-b).
2.AIGF
 内毛根鞘を構成する細胞の胞体にびまん性に陽性所見が認められた(図4-a).特に毛包中央部の内毛根鞘構成細胞に強陽性像がみられ,同部から上方では外毛根鞘を構成する細胞にも散在性あるいは連続性に陽性所見が認められた.
3.HSP27
 外毛根鞘を構成する細胞の胞体に連続性に陽性所見が認められた.それに隣接する内毛根鞘,結合織には陽性所見は認められなかった(図4-b).
4.Integrin β1
 毛球部からその上方の外毛根鞘の基底細胞層の胞体に陽性所見が認められた(図4-c).しかしそれ以外の毛包構成組織である外毛根鞘,内毛根鞘を構成する細胞には陽性所見は認められなかった.
5.RCK102
 立毛筋付着部の外毛根鞘の基底細胞層に強い陽性所見が認められた(図5-a).
6.Bcl-2
 成長期毛胞:立毛筋付着部の外毛根鞘の基底細胞層に強い陽性所見が認められた(図5b).
休止期毛胞:毛胞先端両側の外毛根鞘に陽性細胞をみる(図6-a).

図4-a.毛包下部の抗AIGF染色像:内毛根鞘細胞の胞体に陽性所見をみとめる.
図4-b.毛包下部の抗HSP27染色像:外毛根鞘細胞の胞体に陽性所見をみとめる.
図4-c.毛包下部の抗Integrin β1染色像:毛包下部の外毛根鞘の基底細胞に陽性所見をみとめる.
図4-d.毛包下部免疫組織化学染色結果をまとめた略図:抗AIGF染色(緑)が内毛根 鞘 抗HSP27染色(赤)が外毛根鞘 抗Integrin β1染色(橙)が外毛根鞘基底層にそれぞれ陽性.
図5-a.立毛筋付着部の抗RCK102染色像:外毛根鞘の最外層に陽性細胞を連続性にみとめる.
図5-b.立毛筋付着部の抗Bcl-2染色像:立毛筋付着部の外毛根鞘の最外層に限局して陽性細胞をみとめる.
図5-c.毛包模式図.
図6-a.休止期毛包の抗Bcl-2染色像:毛包先端部両側の外毛根鞘最外層に陽性細胞を連続性にみとめる.
図6-b.図6-aと連続した切片での休止期毛包の抗Ki-67抗原染色像:毛包先端部のBcl-2陽性細胞部(図6-a)はKi-67では陰性である.

 考 察

 ヒト頭皮の毛包は動物体毛と同様に成長期 anagen,退縮期catagen,休止期telogenを繰返す毛周期hair cycleを示すが15,16),休止期の毛包の盲端から再び成長期毛包が伸び出してくる際の原基となる毛包幹細胞hair-follicular stem cellについての関心が高い.Cotsarelisらは1),マウスに[3H]TdRを皮下注射して経時的に皮膚組織のautoradiographyを行ない,体毛の成長期毛包の立毛筋付着部附近の毛隆起部bulge areaと呼ばれる毛包上皮突出部に[3H]TdR標識が長時間残留する細胞群label-retaining cellsを認めてslow-cycling cellとみなし,これらは,再生などのきっかけがない状態では増殖が抑制された細胞群であって,これを毛包の幹細胞と想定している.ヒト毛包については,Yangらは17),ヒト毛包を周囲組織から分離したのち組織培養し,bulge areaからのケラチノサイトの増殖が他の部分からの増殖に比して著しいことを挙げている.Rochatらは18),毛包幹細胞の位置は,立毛筋付着部ではなく,それより下方に存在するとしているが,この研究は,小児および成人の頭皮の毛包を4分割,あるいは5分割して酵素処理により細胞を分離培養し,コロニー形成性の細胞数を求め,毛包の深部から3番目の4分割部の細胞から最も多数のコロニーを得たが,この分割部を更に2分割した場合,立毛筋付着部ではなく,それに隣接した深部から最大数のコロニーが得られたとし,コロニー形成性細胞は立毛筋付着部より深部にあると推定している.
 今回,RCK102免疫染色で,ヒト頭皮の毛包の立毛筋付着部の外毛根鞘基底細胞群が特異的に強い陽性所見を示した.このRCK102陽性細胞群の解剖学的位置は,Cotsarelisら1)がマウス毛包において毛包幹細胞は立毛筋付着部のbulge areaにあると提唱した位置と同一である.RCK102は,ヒト肺扁平上皮癌細胞の培養株から分離されたサイトケラチンであり,ヒト子宮膣部の扁平上皮では基底細胞が強陽性となることが知られているが2),幹細胞と直接関連付ける根拠には乏しい.しかし,今回のRCK102免疫染色で特異的に強陽性を呈した細胞群は,その他の部位の基底細胞とは異なる性質を有することを示しており,この細胞群がCotsarelisらの提唱する毛包幹細胞である可能性が示唆される.今回の報告で示したRCK102(サイトケラチン5+8)のほかにも,毛隆起にサイトケラチンを証明し,これが毛包幹細胞であることを推論している報告がある.Akiyamaらは19),ヒト胎児の体毛,頭皮などの毛包を免疫組織化学的ならびに電子顕微鏡的に検索し,毛隆起部の基底細胞にサイトケラチン8およびサイトケラチン19を証明し,かつ電子顕微鏡的に,これらの細胞がリボゾームに富み未分化であることなどから,毛隆起部細胞が幹細胞であろうと述べている.また最近では,Lyleらが20,21),ヒト毛包の毛隆起部の免疫組織化学的研究でサイトケラチン15が陽性であった点より,毛包幹細胞がこれを生産しているとしている.立毛筋付着部の基底細胞は更に,Bcl-2免疫染色において,陽性所見を呈した.Bcl-2蛋白は,Tsujimotoら22,23)がpre-B-cell leukemiaおよびfollicular B cell lymphomaの患者の染色体にt(14;18)chromosome translocationがあり,正常では18番染色体bandq21にあるBcl-2遺伝子が14番染色体のheavy-chain locusに転座したためBcl-2過剰発現が起こり,その遺伝子産物が腫瘍性格の維持に役立っていると推論したが,その後,Bcl-2蛋白はアポトーシスを回避する遺伝子産物として知られるようになった3,24,25).Bcl-2は,多くの悪性腫瘍細胞が保有し,その長期生存や抗腫瘍治療が惹起するアポトーシス回避に役立っているが,正常組織では,長期生存型の増殖細胞群の中,すなわちリンパ節の胚中心や暗殻の細胞中,表皮や腸上皮の中などにも証明されている.毛包では,Stennら4)は,みずから精製した抗マウスBcl-2ハムスター抗体を用い,マウスの毛包の凍結標本上で, 毛隆起部の細胞にBcl-2陽性細胞が局在することを示している.今回の研究で,毛包の立毛筋付着部の外毛根鞘基底細胞がBcl-2陽性を示し,その解剖学的位置が,RCK102免疫染色陽性細胞と一致し,Cotsarelisらがマウスの毛包で提唱した毛包幹細胞の位置とも一致し,かつStennらがマウスの毛包で示したBcl-2陽性細胞の位置とも一致するところから,今回のBcl-2陽性細胞が毛包幹細胞である可能性が示唆される.
 Ki-67は,cell cycle上でG1,S,G2Mの各期の細胞に出現する核内抗原として広く利用されている.今回のKi-67免疫染色標本において,陽性核が最も高密度であった部分は毛球部の毛母細胞であり,この部で最も活発な細胞分裂が起こっていることが示唆された. 重要な所見は,bulge areaに該当する立毛筋付着部の外毛根鞘では,その基底細胞群に限って陽性核を認めなかったことである.これはCotsarelisらがマウス体毛でその立毛筋付着部の毛包上皮に認めたslow cycling cellと解剖学的位置が一致している.稲葉ら26)はヒトの腋臭の形成外科的治療で腋窩の皮下組織を除去する際,表皮側に皮脂腺を残せば発毛が起こるので皮脂腺開口部―立毛筋付着部間の毛包峡部が毛包再生の基になることを示唆している.稲葉らが指摘した皮脂腺を残す切除術では,本研究で指摘した毛包幹細胞部をほぼ温存することを意味し,興味深い.
 Integrin βサブファミリーは,Integrin αサブファミリーとヘテロダイマーを形成して細胞の分化,増殖,形態形成などに重要な役目を果たしている.Integrin β1の免疫染色で,毛母細胞から毛包下部の外毛根鞘の基底細胞群が陽性を示したことは,未分化な毛母細胞から外毛根鞘が分化していく過程において,同部の基底細胞が毛包基底膜のコラーゲン,フィブロネクチン,ラミニンなどと結合しつつ外毛根鞘の分化や形態形成に関わっていることを示唆すると思われる.
 熱ショック蛋白Heat shock protein(HSP)は,細胞が初回熱刺激にさらされた際に生産が亢進し,次回に致死的高温にさらされた際に細胞内蛋白の熱変性を防いで細胞保護に働く蛋白として発見された.その後,これは熱刺激だけでなく,放射線その他の多くの障害性因子によっても誘導されることが知られ,これが傷害性の外部因子から細胞増殖を保護し,細胞の生存に必須の分子であるとみなされるようになった.HSPのうちでは低分子のHSP27は,子宮内膜癌においてはこれの増加が癌細胞の分化やエストロゲンやプロゲステロンのレセプターの存在と相関することが明らかにされたため8),今回の研究では,女性ホルモンレセプターの存在下で作用する細胞増殖保護因子が毛包に局在するか否かを知る目的でその免疫染色を計画した.その結果,毛母細胞から発生する外毛根鞘に陽性所見が得られた.またその一方で,それより内側の内毛根鞘細胞がAIGF陽性所見を呈した.AIGFは,田中らによりアンドロゲン依存性マウス乳癌細胞培養株(SC-3)から発見された増殖因子であり,テストステロンで刺激されたSC-3培養培養液から純化され,cDNA クローニングによりfibroblast growth factor様の因子であることが確認され,生物の種を超えて普遍性に細胞核に保存されているアンドロゲン依存性増殖因子とみなされた10).今回の免疫染色の結果から,毛母から分化する外毛根鞘細胞がなんらかの形で女性ホルモンに,また内毛根鞘細胞がなんらかの形でアンドロゲンの影響を受けることが想定され,毛包の成長が男女両性のホルモンの影響を受ける可能性を示唆している可能性が考えられる.
 毛包の層分化に関する免疫組織化学的研究では,最近Rumioらが,がん遺伝子のc-myc産物を成長期毛包の内毛根鞘のHenle層およびHuxley層に見出し,これらの層においてtrichocyteの分化とアポトーシス,すなわち角化と脱落に関与しているものと推論している27).今回の毛包構成細胞についての各種の免疫染色の所見は,微細なヒト頭皮毛包において,その各層がさまざまな因子に影響されて機能分化を起していることを示すものと解釈したい.

 謝 辞

 本研究に際して終始懇切な御指導,御校閲を賜わりました埼玉医科大学第2病理学教室高濱素秀教授に深謝致します.また標本作製につき御協力を頂いた埼玉医科大学第2病理学教室の清水禎彦講師,藤澤亨助手,およびその他のスタッフ,標本作製ならびにコンピュータ画像作製に絶大な協力をして頂いた後藤義也技師およびその他の技師,文献関連で協力を頂いた本間明美事務員などに心から感謝致します.また,貴重な抗AIGF抗体の供与を頂いた自治医科大学第1病理学教室の田中亨助教授に深く感謝します.

 文 献

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