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埼玉医科大学雑誌 第28巻第3号別頁 (2001年7月) T77-T84頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School


Thesis

水道水汚染によるクリプトスポリジウム症の集団発生

山本 徳栄

埼玉県衛生研究所浴f床微生物担当
(指導:平山 謙二教授)
医学博士 乙第759号 平成13年3月23日(埼玉医科大学)


 クリプトスポリジウム症は,Cryptosporidium parvumの経口感染に起因する原虫性疾患である.主症状は下痢,腹痛で,普通1週間ほどで自然治癒するが,AIDSなどの免疫不全患者の場合,難治性の下痢症により死に至ることもある.
 本症の大規模な集団感染が,1996年6月に埼玉県越生町で発生した.事件当初,患者便から本原虫を検出したことや流行の大きさから,水系感染が最も疑われた.このため,直ちに水試料中の感染型オーシストを検出する方法を検討し,感染経路の解明に応用した.今回,開発した方法を用いて,水道水,浄水場の原水(越辺川),浄水場の上流0.4 kmと1.2 kmに設置されている下水処理施設の放流水などを直ちに検索した結果,越生町の運営するほぼ全域の上水道の上水からC. parvumを検出し,本原虫が町の浄水場で水道水に混入し,被害が拡大したことを明らかにすることができた.
 流行の経過中における降水量,越辺川の流量及び原水の水質記録を調査した結果,集団感染の発端は,渇水により河川水の流量が著しく減少していた状況の中で,夜間に豪雨が起こり濁度が急上昇し,浄水場での無機凝集剤(PAC)の添加量が不足して,浄水処理が不十分となったことであると考えられた.また,それと同時期に原水量の不足を補うために,浄水場のすぐ上流で河川の改修工事が行われ,さらに越辺川にある浄水場の取水口に設置されている多孔管を水圧によって逆洗浄する作業が行われたため,河床に沈殿していた土壌が巻き上げられ,原水中に混入したことも別の要因と考えられた.
 さらに,これを発端とした小規模な感染が起こり,以下のような機序により大流行となったものと考えられた.すなわち,患者が排泄したオーシストが下水処理施設,河川水,浄水場へと流入し,水道水を介してさらに新たな感染を引き起こすという循環が繰り返されたことである.
 以上のように,今回の大流行は,最初に発端となったオーシストが水道水に混入し,そのオーシストが患者の腸管内で拡大再生産されたこと,下水処理施設が浄水場のすぐ上流に設置されていたという上水道の根本的な構造上の欠陥があったことが挙げられ,これら2つの因子が重なった結果,起こったものと考えられた.
 患者由来のオーシストは,マウスに対して感染は成立せず,PCR-RFLPによる解析結果では,ヒトにのみ感染するgenotype 1であった.このことから,流行の発端は通常言われているような家畜からの汚染ではなく,ヒト患者由来のオーシストが上水に混入したことによることが強く示唆された.
Keywords: Cryptosporidium parvum, cryptosporidiosis, waterborne outbreak, PCR-RFLP

 諸 言

 クリプトスポリジウム症(以下,クリプト症と略す)は,Cryptosporidium parvum(以下,C. parvum)の感染に起因する原虫性の感染症1)である.Cryptosporidium属の原虫には15種以上あり,約50カ国で170種以上の哺乳類,鳥類,爬虫類および魚類から検出されている.哺乳類では79種に見られ,その多くはC. parvumである2).わが国では,ウシ,ブタ,ネコ,イヌ,ネズミから検出され,特に3カ月齢以下の子ウシとネズミにおける感染率が高い3)C. parvumのオーシストは直径4.5〜5.4 μmの類円形であり,オーシスト壁の内部にはスポロゾイトが4個と,液胞と顆粒の集塊からなる残体1個を包蔵している.これを経口摂取するとスポロゾイトが放出されて,腸管粘膜上皮細胞の微絨毛に侵入し,微絨毛の融合体の中で,無性生殖と有性生殖を繰り返しながら急速に増殖する3).一部の成熟オーシストは体外に排出され感染源となるが,宿主の体外で増殖することはない.本オーシストは水中であれば,冷蔵(4〜6 ℃)で1年間も生存し,各種消毒剤には極めて強い抵抗性を示す2)
 感染者の浴f床症状は,主に下痢,腹痛であり,頭痛,発熱,吐き気,嘔吐,喉の痛み,倦怠感や咳を伴うことがあり,潜伏期は約6日(2〜30日)である4).現在,著効を示す治療薬はなく,対症療法を基本とする.下痢は1週間以内に自然治癒する例が多いが,免疫機能不全者(特にAIDS)では難治性かつ,致死的な下痢症を発症することがあり,浴f床的寛解が期待される薬剤投与や受身抗体免疫療法が試みられている4,5)
 欧米の環境水に関する調査では,Cryptosporidium属のオーシストは河川水,湖水などの水道原水や下水だけでなく,水道水からも高率に検出されていて,米国では17〜26.8%,英国では37%が陽性であったと報告されている6).しかし,この検査は1,000 l以上もの大量の水を濾過し濃縮した結果であることから,陽性であれば必ず発症するとは限らないと考えられている.
 欧米においては,1980年代から水道水によるクリプト症の集団感染が多数発生し6-11),米国ではアップルサイダー,オニオン,サラダなどの食品12),プール,池,湖,噴水でも集団感染が起こっている10).わが国では,1994年に神奈川県平塚市において,飲食店10店舗を含む雑居ビルの給排水設備の欠陥によって浄水に汚水が混入し,461人が発症した13).このように,先進国でも集団発生が目立って起こるようになったため,各国の衛生行政機関では,本疾患を重要な新興感染症と認識するに至っている.
 本論文では,1996年に埼玉県越生町において発生した,C. parvumの水道水汚染による大規模な集団感染例14-16)に関して,新しく開発した検査方法を用いて調査した結果を解析し、その原因と水処理システムの問題点を明らかにした.

 材料と方法

患者からのオーシストの検出
 糞便について直接薄層塗抹法,ホルマリン・エーテル法(以下,MGL法),糞便用の蔗糖遠心沈澱浮遊法(以下,蔗糖法)及び抗酸染色法17,18)を併用し原虫検査を施行した.
水試料からのオーシストの検出
 水試料からのオーシストの検出には,USEPA(米国環境保護局)の標準法19)と,Aldomら(1995)20)の方法を複合させ,新しい検査方法を考案し実行した(図1).試料水を吸引濾過し濃縮する装置として,セルロース混合エステル製のディスクフィルター(ADVANTIC,直径47または90 mm,口径1.0 μm)を装着した直径47または90 mm用のファンネルを容量10 lのガラス瓶に装着し,吸引濾過瓶とアスピレーターに接続した.水道水は20 l,河川水は10 lをファンネルに注ぎ入れ,吸引濾過した.濾過後のディスクフィルターはピンセットで4つ折りにし,40 mlのアセトンを入れた50 mlのポリプロピレン製遠心管の中に沈め,直ちに3分間激しく振盪した.遠心分離(1,300 g,5分間)後,上清をアスピレーターで吸引し,約5 mlを残して沈渣を得た.遠心分離操作を繰り返しながら沈渣に順次95%,70%エタノール,0.2%Tween80加PBS,PBSを加え,バッファーの置換を行って試料を作成した.河川水のように夾雑物が多い場合は,PBSで全量を1〜2 mlに調整し,その適量を染色に用いて換算した.試料の染色は,米国製のコンボキット(HYDROFLUORTM COMBO, ENSYS Inc.)による間接蛍光抗体法(以下,IFA法)を用いた.まず,セルロースアセテート(CAM)製のディスクフィルター(直径25 mm,口径1.0 μm)を,フィルターホルダー(直径25 mm)を装着した6連マニホールド濾過器(ADVANTEC, KM-6)に載せ,そのデイスクフィルター上にサンプルを載せた.次に1%ウシアルブミン及び10%正常ヤギ血清でブロッキングを行い,アスピレーターで吸引した.1次抗体と2次抗体による反応はスライドグラス上で行い,PBSによる洗浄は前述の濾過装置の上で行った.洗浄後,2% DABCO (1,4-diazabicyclo [2,2,2] octane)加リン酸緩潤fグリセリン液で封入し,蛍光顕微鏡(B励起法)で観察した.

図1.水試料中のC.parvumオーシストの検査方法.(事件当時)


水処理施設に関する調査
 町の浄水場及び排水処理施設に関する施設の構造,水処理工程などについては町の関係資料を参照した.また,無機凝集剤(ポリ塩化アルミニウム,以下,PAC)の添加状況,濁度等に関する業務記録は浄水場に保存された資料を参照した.
水源の周辺環境と気象状況に関する調査
越生町には降水量の観測所がないので,近隣の飯能市,鳩山町及び毛呂山町に設置された各観測所の記録から降水量を調査した.また,河川流量は約15 km下流におけるデータを観測所の記録から解析した.
患者由来原虫の感染性
 患者便からオーシストを精製し,雑菌処理を行った後,オーシスト数を算定した.4〜6週齢の雌のSCIDマウス(埼玉実験動物供給所より購入)5頭に,オーシストを各106個経口投与した.次に,Petryら(1995)21)の方法に基づき,免疫抑制した8〜12週齢の雌のC57BL/6マウス及びddyマウス(いずれも同所より購入)に対して5頭ずつ経口投与を行った.すなわち1 mgのデキサメサゾン(Sigma)を4回,隔日に皮下注射し,4回目の当日にオーシストを同数経口投与した.5日目以降2週間は,隔日に糞便検査を行い,以後の検査は3日間隔で1か月間継続した.
患者由来原虫のPCR-RFLPによる型別
 越生患者由来及びNH株(大阪市立大学医動物学教室恵与)原虫のPCR用鋳型DNAの調整は,Kimら(1992)22)の方法に従って行い,溶解液を加え,凍結融解を5回行った後,proteinase Kを加えて55 ℃,60分間インキュベートし,フェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(25:24:1)で処理した.PCR-RFLP(restriction fragment length polymorphism)法はSpanoら(1998)23)の方法に準じて行った.PCR用のプライマーはTRAP-C1(thrombospondin-related adhesive protein of Cryptosporidium-1)遺伝子の領域(2020-2042及び3175-3200,各GenBank, AF017267)のDNA配列に相同性を有するCp.E(5’GGATGGGTATCAGGTAATAAGAA3’),Cp.Z(5’CAACTAGCCCAGTTCTGACTCTCTGG3’)を用いた.PCR反応液は1.25 unit Ex-Taq polymerase(TaKaRa),10×PCR buffer [5 mM Tris-HCl(pH8.3),25mM KCl], 1.5 mM MgCl2,0.2 mM each dNTP Mixture, 30 pmol 各プライマー,1〜5 ng鋳型DNA及びD.W.を加え,全量50 μlで行った.DNA増幅反応は熱変性94 ℃50秒,アニーリング55 ℃30秒,伸長反応72 ℃1分で35サイクルとし,最終の伸長反応は72 ℃10分で行った.10 μlの増幅産物はSuRE/Cut bufferで調整した10単位のRsa1(いずれもRoche Diagnostics)30 μlの中で37 ℃,2時間消化した.消化産物は3%アガロースゲルで泳動した.

 結 果

患者からのオーシストの検出
 越生町では,1996年6月10日,全小・中学生の約1割が下痢,腹痛,吐き気等の症状で欠席し,一般住民にも同様の症状が見られたため,町と保健所による調査が開始された.食中毒や集団的な風邪(感染性胃腸炎)の疑いがもたれ,11日以降,当所に各種検体が搬入された.11日,給食施設の拭き取り材料,学校給食の食品及び小・中学校3校の水道水が採取された.12日,13日には,給食従事者及び下痢症状のある児童,生徒と教員の糞便,児童の咽頭スワブが採取され,病原細菌とウイルスの両面から検査が開始されたが,病原性の細菌及びウイルスは検出されなかった.6月14日に糞便中の原虫検査を行ったところ,患者便からC.parvumのオーシストを検出した.6月18日現在,患者便34検体中22検体(64.7%)からオーシストを検出し,この時点で水道水による水系感染を強く疑った.
 糞便検査は6月12日〜7月30日の期間に522名分,609検体を実施し,125名(23.9%)からC.parvumののオーシストを検出した.陽性者は小・中学生の有症者35名のうち32名(91.4%),医療機関の受診者75名のうち45名(60.0%),町内の施設を利用した者42名のうち26名(62%)などであった.
上水道水試料からのオーシストの検出
 事件当初,患者便から本原虫を検出したことや流行の大きさ(図2)から,水系感染が最も疑われた.このため,水道水中のオーシストの検出を待たずに,越生町では6月19日に煮沸勧告を出し,全住民に注意を促した.著者らは,水試料中のオーシストを検出する方法を検討し,6月22日から新しい検査方法を実際の水試料の検査に応用した.この方法を用いて,町内の各水道給水栓から6月19日に採水した上水を検査した結果,7か所の水試料からオーシストを検出し,その数の平均は24.7個(5.5〜65個)/lであった(表1).この結果から町の浄水場におけるオーシストの混入が強く疑われた.町の浄水場の水源は3か所あり,第1の水源は越辺川の伏流水であったが,その量は町水全体の約70%であった.第2の水源としては麦原川の表流水を約30%取水していた.第3の水源である黒山湧水は当時使用していなかった.そこで,6月19日に採水した各原水を検査した結果,第1水源の水試料からはオーシストが482.7個/l検出され,第2水源の水試料からは45.3個/lが検出された(図3).また,表1に示したように浄水場からの給水中には24.7個/lのオーシストが検出され,原水からほとんど素通りしたと思われる状況であった.

図2.患者の発症日と原水の濁度(Reprinted with permission from Yamamoto N et al.J.J.A.Inf.D.74,2000)

図3.各下水処理施設の放流水及び原水におけるC.parvumオーシストの濃度

 当時,浄水場では給水量は約5,800 m3/日であったが,そのうち1,500 m3(26%)は利根川の表流水を水源とする県企業局の県水を導入していた.町水及び県水はそれぞれ高台にある配水池から2系統で,自然流下を基本に供給されていた.そこで,町では前述の煮沸勧告と同時に6月19日に町水系の配水を,県水に徐々に切り替える措置を執った.その結果,8日後の6月27日には県水100%に切り替えることに成功した.この時点で,汚染された水は上水道より完全に排水し,配管内や受水槽の内部を県水によって洗浄した.それにも係わらず,7月4日には3か所の上水から0.05個/l及び0.1個/lを検出したが,それ以降は陰性となった(表1).その後,越生町では水道管や受水槽に残存するオーシストを確認するために,学校及び公共施設の水道給水栓の定点を10地点選定し検査した.その結果,いずれも7月9日〜7月17日まで連続3回陰性が確認され(表2),県水100%で給水されている町の水道水は安全性が確保されたものと判断し,越生町長は7月19日に「水道水の安全宣言」を行った.なお,県水の安全性を確認するために,県水配水場の受水槽から6月19日〜7月15日までの期間に7回水を採取し検査を行った結果,全て陰性であった.
表1.水道給水栓の検査結果(個/l)
(埼玉県衛生部.クリプトスポジウムによる集団下痢症報告書.1997,より許可を得て引用し,改変)

表2.水道給水栓の定点10地点における検査結果
(埼玉県衛生部.クリプトスポジウムによる集団下痢症報告書.1997,より許可を得て引用し,改変)

下水処理施設の水試料からのオーシストの検出
 浄水場の上流には2か所に接触曝気方式の下水処理施設が設置され,その処理水は越辺川に放流されていた.そこで,これらの放流水について調査した.図3に示すように,浄水場の約1,200 m上流にある第1浄水センター(処理人口144人)では,6月25日〜10月2日までの期間に12回検査を行った結果,6月25日にはオーシスト数は11,856個/lで最高値を示し,徐々に減少して8月6日には15個/lとなり,それ以降は陰性となった.また,約400 m上流にある第2浄水センター(処理人口238人)では6月25日〜10月2日まで12回検査を行った結果,6月25日にはオーシスト数は1,096個/lで最高値を示し,徐々に減少して9月18日には3個/lとなり,10月2日には陰性となった.このように,初めて放流水を検査した6月25日には高濃度のオーシストが検出され,その後も長期に亘って原水に流入していた.
周辺の環境水の汚染調査
 浄水場の上流には,越辺川に流入する松倉川及び龍ケ谷川があり,これらの2地点を7月1日〜10月2日までの期間に,3回検査を行ったが全て陰性であった.また,一般家庭,旅館及び食品製造業の井戸水は,20検体について検査したが,全て陰性であった.
 越生町周辺,特に下流域での河川水の実態調査では,越辺川の支流,下流に続く入間川及び荒川水系に関して6月19日〜10月2日までの期間に採水し,32か所,98検体について検査を行った.その結果,図4に示すとおり,6月27日に採取した越生町と毛呂山町の各河川水は陽性であったが,7月26日と8月23日の検査では陰性であった.毛呂川は6月27日〜8月23日までの期間に,下流の入間川及び荒川に関しては,7月2日〜8月29日までの期間に検査を行ったが,全て陰性であった.
 県内の各水道事業体に関しては,原水及び浄水を6月21日〜8月6日の期間に48検体検査したが,全て陰性であった.また,県内16市町村の河川については,6月28日〜11月27日の期間に32検体検査したが,全て陰性であった.

図4.越辺川・入間川・荒川水系の実態調査における採水地点.(6月27日〜8月29日)

水源の周辺環境と気象状況に関する調査
 流域周辺には家畜の飼育施設は存在しなかったが,上流には旅館2軒と公衆トイレが3か所あり,それら浄化槽の処理水は越辺川に放流されていた.
 越辺川の流量は,前年と比較して5月は22%,6月は2%であり著しく減少していた.越生町周辺3か所の観測地点における降水量は,5月及び6月に日雨量が10 mmを超えた日は5回あり,その中で時間雨量が10 mmを超えたのは飯能における5月24日,22時の16 mmのみであった.飯能市は越辺川の源流となる尾根で接している.この豪雨によって町浄水場の原水濁度は1度から,翌25日早朝には92度に上昇した(図2).
患者由来原虫の感染性
 越生町の患者由来原虫の感染実験では,SCIDマウス及び免疫抑制処理をしたC57BL/6マウスとddyマウスに対して,各5頭に経口投与したがいずれも感染は成立しなかった.
患者由来原虫のPCR-RFLPによる型別
 越生町の患者由来原虫OGS-1,OGS-2の2検体及びNH株のDNAを鋳型としてPCRを行ったところ,目的とした1181 bpの位置にバンドが認められた(図5).さらに,その産物を制限酵素Rsa1で切断した結果,患者由来原虫2検体ではいずれも約340,230,110,30 bpの位置に,NH株では約450,260,170,130,70 bpの位置にバンドが得られ,越生町の患者由来原虫はgenotype 1,NH株はgenotype 2であった(図6)

図5.プライマーCp.EとCp.Zで増幅した産物.1:OGS-1,2:OGS-2,3:NH,4:ブランク,M:サイズマーカー

図6.プライマーCp.EとCp.Zで増幅した産物をRsa-1で消化した.1:OGS-1,2:OGS-2,3:NH,4:ブランク,M:サイズマーカー(100-bp ladder)

 

 考 察

 町営の浄水場で処理した水道水がC. parvumに汚染され,感染者が9,140名にも達した大規模な集団感染事例(以下,越生事件)は,我が国では最初である.本事件に関して疫学的な解析を行った結果,多数の有用な知見が得られた14).
越生事件が発生した原因には,渇水状況における不十分な浄水処理と下水処理施設の存在が挙げられる.流行の経過中における降水量,河川水の流量及び原水の水質記録を調査した結果,当時は晴天が続き,越辺川(原水)の流量は,前年と比較して著しく減少していて,有機物の増加や異物の混入があっても,その希釈率は低下していた.浄水場では原水を急速濾過方式で処理していたが,沈殿池の原水濁度は2〜3度程度のことが多く,濁度が1度以下の場合には,PACの注入を行わない時期があった.そのような状況の中,5月24日夜半の豪雨によって,翌朝の原水濁度は92度まで急激に上昇したため,浄水場では対応しきれずPACによる原水の凝集沈殿効率が低下し,浄水処理が不十分であったことが事件の発端と推察された.その理由として,5月20日には43名の発症者を認め,増減を繰り返して推移していたが,6月1日には93名に増加したこと(図2),クリプト症の潜伏期間が5〜8日であること14)と発症者の増減がよく一致していたことが挙げられる.
 これを発端として小規模な感染が起こっていたが(図2),患者が排泄した多数のオーシストは,浄水場の上流0.4 kmと1.2 kmと至近距離に設置されていた下水処理施設から放流され,河川水,浄水場へと流入し,水道水を介してさらに新たな感染を引き起こすという循環が繰り返されたと推察された.
 さらに,原水量の不足を補うために,浄水場のすぐ上流では河川の改修作業が6月5日と6日に行われ,また,越辺川にある浄水場の取水口に設置されている多孔管を,水圧によって逆洗浄する作業が行われたために,河床に沈殿していたオーシストを含むと思われる土壌が巻き上げられ,原水中に混入したことも被害を拡大させた要因の一つと考えられた.
 保健所が町から異常事態の通報を受けた6月10日には,疫学調査の結果ではすでに患者は2,660人も発生していた14).当時は,大阪府などで全国的に腸管出血性大腸菌O157の患者が多発していたことから,小・中学校では集団食中毒や流行性胃腸炎が疑われた.また,クリプトスポリジウムという水系感染を起こす原虫の存在を知る者も極めて少数であったこと,さらに水試料からの検査方法がなかったことなどの状況下での事件であった.事件収束後,越生町では国庫補助金事業の適用を受けて,日量処理能力4,000 m2を有する国内最大規模の膜濾過施設を建設し,1998年5月に供用を開始した.このシステムは越辺川伏流水及び黒山湧水を水源とする原水を,既設の急速濾過方式で処理し,さらに中空糸型限外濾過膜を用いて濾過するものである.このような施設の建設費と維持管理費は高価であるが,小規模な施設を各水道事業体に設置し,非常時に対応できる対策が望まれる.
 今回の事例では,コップに半分(約100 ml)程度の飲水で発症したと推測されている14).生水を飲んだ6月16日の検査データはないが,6月19日に採取した水道水7か所のオーシスト数の平均は24.7個/lであった.米国の健康な大人のボランテイアに対する感染実験では,オーシスト10個の経口投与で感染が成立している24).このことから,越生の患者由来原虫は感染性が強く,10個以下で感染した可能性が示唆された.免疫不全患者では難治性,かつ致死的な下痢症を発症することがあるが,本事件では感染者の中で死者や難治性の患者は報告されていない.
 これまで,米国や英国では水道水の汚染による本症の集団発生は25事例以上あり11),これらの原因を解析すると,(1)豪雨や大量の雪解け水によって牛の糞便が原水に流入した,(2)塩素消毒のみであった,(3)濾過層の逆流洗浄排水を再利用していた,(4)急速濾過方式施設で浄水処理が不十分であったことなどが挙げられ,多くの事例ではこれらの条件が複合して発生したものと考えられる.しかし,今回の越生事件にはこのいずれも合致するものはない.一体,事の発端は如何なるものであったのだろうか.国内の哺乳動物に関するC.parvumなどCryptosporidium属のオーシストの保有率を見ると,子牛では25.5%,イヌ0.8%,ネコ4.2%等の結果が報告されており3),子牛の感染率が高いことから,原水の汚染源として牧場などの家畜の糞便処理が問題となっている.しかし,水源の上流に牧場あるいは家畜農家は存在していない.越生の患者由来原虫の特性については,マウスへの感染が成立しないということが明らかになったが,DNAを鋳型としてPCRを行い,その産物を制限酵素Rsa1を用いてPCR-RFLPによる型別を行った結果,この原虫はヒトにのみ感染するgenotype 1であり,マウスに感染しなかったことを裏付ける結果となった.このことから,流行の発端は,通常言われているような家畜からの汚染ではなく,ヒト患者由来のオーシストが上水に混入したことであることが強く示唆された.越生町の浄水場の上流には旅館2軒と公衆トイレが3か所あり,それら浄化槽の処理水も越辺川に放流されていた.従って,最初にこれらの施設利用者がC. parvumを排泄した可能性も考えられた.
 越辺川の下流域における河川水の実態調査では,越辺川に続く入間川及び荒川水系からはオーシストは検出されなかった.浦和市郊外で荒川の水を原水として取水している大規模な県営の大久保浄水場では,濁度管理を徹底するなどの監視体制を取り続けた.その結果,上水による患者の発生は報告されていない.
 今回の事件は,水道事業体,行政や医療機関などに対して,重要な問題提起を示した.すなわち,(1)河川を水源とする上水道システムでは,越生事件のような流行が起こる可能性が常に存在する.(2)簡易水道では,急速濾過などの設備を有しない場合が多く,浄水処理工程の再検討が必要である.(3)下水を処理した処理水を人工池などに利用する場合,塩素に耐性を示す原虫類に汚染されている危険性がある.(4)上水道の運営にあたっては,感染症発生動向の解析と還元システムの円滑化といった危機管理体制の整備が必要である.

 謝 辞

 稿を終えるにあたりご指導,ご教示を賜りました埼玉医科大学医動物学教室平山謙二教授,堀 栄太郎前教授及び同教室各位に深く感謝を申し上げます.また,金沢大学医学部寄生虫学講座井関基弘教授(前大阪市立大学),神奈川県水道局水質センター坂本照正先生及び東邦大学医学部公衆衛生学教室影井 昇客員教授(国立感染症研究所客員研究員)に深く感謝を申し上げます.今回の越生事件は,埼玉県衛生研究所内の全職員の協力体制を編成し,県庁,保健所,越生町など各関係機関が緊密な連携をとって対応いたしました.埼玉県衛生研究所羽賀道信前所長,小林 進所長を初めとする関係各位に深く感謝を申し上げます.

 文 献

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(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School