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埼玉医科大学雑誌 第28巻第4号 (2001年10月) 171-178頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

原著

坐骨神経挫滅によるヒラメ筋及び前脛骨筋の萎縮,ならびに顎下腺の微細構造に及ぼすα-isoproterenolの影響

猪股 高志,村田 栄子1),穐田 真澄2)


埼玉医科大学短期大学理学療法学科
1)埼玉医科大学第一解剖学教室,2)同中央研究施設形態部門
〔平成13年7月10日受付〕


Effects of α-isoproterenol on the Atrophy of Soleus and Tibialis Anterior Muscles after Sciatic Nerve Crush Injury, and on Microstructure of Submandibular Gland
Takashi Inomata, Eiko Murata1), Masumi Akita2)(Department of Physical Therapy, Saitama Medical School Junior College, 1)First Department of Anatomy and 2)Division of Morphological Science, Saitama Medical School, Moroyama, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan)

 α-isoproterenol was administrated to study its effect on the soleus and tibialis anterior muscles after sciatic nerve crush injury.
 ICR mice were divided into 3 groups; nerve crush injury (NC group), α-isoproterenol administration after nerve crush injury (NC・IPR group) and control (CNT group). At three weeks following crush injury, soleus and tibialis anterior muscles were sampled for light and electron microscopic observation. Irregular banding pattern of myofilaments was seen in NC group. Administration of α-isoproterenol induced prevention of muscular atrophy in all muscles in NC group. Notably, the size of cross-sectional area in the red muscle dominant soleus muscle in NC・IPR group was significantly larger than that in NC group. However, there was no significant difference in the white muscle dominant tibialis anterior muscle. The result suggested a substantial effect of α-isoproterenol on red muscles in prevention of muscular atrophy after nerve crush injury.
 Investigated also was the influence of α-isoproterenol on the submandibular gland in Wistar rats in addition to the same mice as above. Electron density of secretory granules in the granular duct cells differed between α-isoproterenol administrated group and control group. Whereas control group showed many secretory granules equally with high electron density, α-isoproterenol administrated group showed variability in electron density among secretory granules with reduction in the number of secretory granules with high electron density. GS-II displayed little reactivity in secretory granules of the granular duct in both groups, while WGA induced intensive effect in the granules with high electron density in the both groups. These results indicated that lectin staining in the granular ducts derived from sialic acid within the electron-dense granules. Hypertrophy of acinar cells of the submandibular gland was observed in both species. The rat acinar cells developed peculiar lamellar inclusions in the secretory granules, which exhibited WGA reactivity.
 In the application of α-isoproterenol for prevention muscular atrophy, one should be consider its side effects on the submandibular gland as observed in the present study.
Keywords: sciatic nerve, nerve crush injury, α-isoproterenol, soleus muscle, tibialis anterior muscle, electron microscope.
J Saitama Med School 2001;28:171-178
(Received July 10, 2001)


 緒 言

 末梢神経障害や長期臥床などによって筋は萎縮し,重篤な機能障害に結びつく.その機能回復のためには,末梢神経障害の場合はその神経の再生を待つ必要がある.しかし,その間に筋自体は萎縮し続け,神経が再生した時点には著しく筋力は低下する.廃用性萎縮の場合には早期の運動療法が必要であるが,意識障害などのため,やむなく臥床を強いられる場合もある.このような場合,意識は回復しても筋萎縮が著しく進行する.このような筋に対して,経皮的に電気刺激を行うことにより筋萎縮を予防しようとする試みがある1,2)が,刺激時の痛みのため,ある程度の苦痛を強いることとなる.そこで薬物による苦痛の少ない筋萎縮予防法が期待される.
 交感神経性のβ-作動薬であるα-isoproterenolは,心筋に存在するmyosinのH鎖の数を増加させる3).また,腓腹筋,ヒラメ筋などの骨格筋の直径を太くすると言われている4,5).さらに,α-isoproterenolが眼輪筋,アブミ骨筋に対して,筋線維のサイズだけではなく,チトクローム酸化酵素活性を上昇させることが報告された6).さらに,α-isoproterenolには,顔面神経挫滅による眼輪筋の変性を軽減する効果が認められている7).このように,α-isoproterenol適用による筋肥大や筋萎縮に対する予防効果についての研究が見られるが,その効果が,白筋,赤筋の両方に同様に作用するのか,あるいはいずれか一方により強く作用するか,などについての研究はみられない.また臨床的には副作用として特に記載されていないが,α-isoproterenolの長期投与による作用としてよく知られているものに唾液腺の肥大がある.Mehansho と Carlson8)は肥大だけでなく,α-isoproterenol投与により唾液腺の分泌顆粒に,特別なプロリンに富む糖蛋白が出現すると述べている.これらはα-isoproterenolの適用に際しての副作用として考慮すべき問題である.
 本研究は,坐骨神経挫滅後,α-isoproterenolが下肢筋の萎縮に対してどの様な効果をもたらすのか,また,その作用は赤筋と白筋とでは異なるのかについて,赤筋比率の高いヒラメ筋,白筋比率の高い前脛骨筋9)でそれぞれ調べた.さらに,α-isoproterenolが顎下腺に及ぼす影響について,導管部についての研究は殆どないことから,今回腺房細胞に加え,顆粒性導管における分泌顆粒の形態的変化とN-アセチルグルコザミン(GlcNAc)を認識するGriffonia simplicifolia II (GS-II),GlcNAcとシアル酸を認識するWheat germ agglutininin (WGA)によるレクチン反応の変化について調べた.

 材料と方法

 下肢筋;ICR系成熟マウス(雄・体重34〜43 g)15匹を用い,それぞれ5匹ずつ,コントロール群,坐骨神経挫滅群,坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群の3群に分けた.いずれも実験期間は3週間であった.坐骨神経挫滅群はエーテル麻酔下において,左大腿部で坐骨神経を露出した後WhiteとVaughanの方法10)に従いピンセット(Dumond No. 5)で坐骨神経を10秒間ずつ2回強くはさみ挫滅した後3週間飼育した.α-isoproterenol投与群は同様に神経を挫滅した後,α-isoproterenolを腹腔内に5 mg/kgを3週間にわたり毎日投与した後,体重を計測後すべての群の左側のヒラメ筋および前脛骨筋を摘出した.摘出した試料は湿重量計測後に細切し2.5%glutaraldehydeで2時間,さらに1%osmic acidで後固定し,脱水後,エポキシ樹脂に包埋した.光顕用試料は,ガラスナイフで厚切り切片とし,toluidine blueで染色した横断面の光顕写真を,スキャナーでコンピューターに取り込み,各群につき無作為に選んだ筋線維(n=500)の断面積をMacintosh用画像解析用アプリケーションであるNIH image(Version 1.59)によって測定した.電顕用試料は,ダイヤモンドナイフで超薄切片を作成し,酢酸ウラニルと酢酸鉛で二重染色した後,透過型電子顕微鏡(日立・H-7000)で観察した.
 顎下腺;コントロール群と坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群をそれぞれ5匹ずつ用いた.加えて,成熟Wistar系ラット(雌・体重約250 g)6匹をそれぞれ3匹ずつコントロール群とα-isoproterenol投与群に分け用いた.α-isoproterenol投与群はマウスと同様に腹腔内にα-isoproterenol・5 mg/kgを毎日投与した.いずれも3週間後に筋の摘出と同時に顎下腺を摘出し,重量を計測後2.5%glutaraldehyde及び1.6%paraformaldehydeを含む0.1M cacodylate bufferを用い4℃で3時間固定後,水洗,脱水,エポキシ樹脂に包埋した.包埋した試料はガラスナイフで厚切り切片とし,toluidine blueで染色,光顕観察した.さらに,ダイヤモンドナイフで超薄切片を作成し,Versuraの方法11)に従ってGS-IIならびにWGAによるレクチン反応を行い,酢酸ウラニルと酢酸鉛で二重染色した後,電子顕微鏡で観察を行った.
 統計処理;Stat view (Version 4.0)を用い,実験前後の体重変化の平均の差に関する検定はt検定を用いた.筋線維の変化については,前脛骨筋及びヒラメ筋それぞれのコントロール群,坐骨神経挫滅群,坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群から無作為に選んだ筋線維(n=500)の断面積及び筋湿重量の各群間の平均の差についてKruskal-Wallis testの後,Mann-Whitney's U testを行った.
 なお,実験計画および方法については,埼玉医科大学動物実験指針(承認番号000120)に従った.

 結 果

1.体重および筋重量の変化
 実験前後の体重ならびに筋摘出時の筋湿重量に関してはTable. 1に示す.体重に関してはそれぞれの群において実験前後での有意差は認められなかった.
筋湿重量はTable. 1に示すように,ヒラメ筋では各群間ごとに有意差(P<0.05)が認められた.前脛骨筋では坐骨神経挫滅群と坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群の間には有意差は認められなかったが,他に関しては各群間で有意差(P<0.05)が認められた.
2.筋線維の変化
筋断面積はFig. 1に示すように,ヒラメ筋ではコントロール群と坐骨神経挫滅群及び坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群との間に有意差(P<0.01)が認められ,コントロール群,坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群,坐骨神経挫滅群の順に筋の断面積は小さくなり,それぞれ有意差(P<0.01)が認められた.前脛骨筋に関しても,Fig. 2に示すように,同様の傾向が見られたが,坐骨神経挫滅群と坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群との間には有意差は認められなかった.
 各筋線維の超微細構造の変化については,Fig. 3,4に示すとおり,坐骨神経挫滅群では前脛骨筋,ヒラメ筋共に筋フィラメントの横紋パターンの不鮮明化が見られ,sarcoplasmic reticulumが拡大傾向にあり,A帯ならびにI帯の区別が殆どつかなかった.坐骨神経挫滅後α-isoproterenol投与群では,坐骨神経挫滅群のような変性は少なく,特に前脛骨筋ではI帯の幅がやや広いように見えるがA帯ならびにI帯の区別は明瞭で,坐骨神経挫滅群と比較すると明瞭に筋フィラメントの横紋パターンを示していた(Fig. 4-c).尚,このような変化はすべての標本において同様に認められた.
3.顎下腺の変化
α-isoproterenol投与群において終末部の腺房細胞に肥大が認められたが,顆粒性導管の上皮細胞には特に肥大は認めなかった.分泌顆粒の大きさはα-isoproterenol投与群,コントロール群で特に違いは見られなかった.コントロール群では電子密度の高い顆粒が全般に多数を占めていたが,α-isoproterenol投与群では,核に近い部位で電子密度の高い顆粒が多く見られたものの,腺腔近くでは電子密度の低い顆粒が多く見られた.また,コントロール群,α-isoproterenol投与群共に腺腔近くには,電子密度が比較的高めの小さな顆粒が多く分布していた.顆粒性導管の分泌顆粒ではGS-IIに対しては,両群共に殆ど反応が見られなかった.WGAに対しては,両群共に電子密度の高い顆粒に金粒子の付着がみられ,電子密度の低い顆粒では殆ど金粒子の付着が見られなかった(Fig. 5).α-isoproterenol投与群では,コントロール群よりも電子密度の低い顆粒が多いため,全般的にはコントロール群の方がWGAに対して反応する顆粒の数が多かった.また,終末部の腺房細胞に肥大がマウス,ラット共に認められたが,ラットにおいては分泌顆粒に幾何学的な層板状構造を示す物質が見られた(Fig. 6a, b).この層板状構造物は,マウスにおいては認められなかった.腺房細胞における分泌顆粒内の幾何学的な模様を示す構造物は,WGAに対して反応がみられた(Fig. 6c).なお,顆粒性導管の分泌顆粒には腺房細胞の分泌顆粒で見られたような幾何学的な模様を示す構造物の出現はマウス,ラット共に見られなかった.

Table 1. The change of body weight before and after the experiment, and muscle wet weight of each group

Fig. 1. Comparison of cross-sectional area between each group in the soleus muscle. There was significant difference (P<0.01) between each group; control (CNT), nerve crush (NC) and α-isoproterenol administration after nerve crush (NC・IPR).

Fig. 2. Comparison of cross-sectional area between each group in the tibialis anterior (TA) muscle. There is no signif-icant difference between nerve crush group (NC) and α-isoproterenol administration after nerve crush group (NC・IPR). However, there was a significant difference (P<0.01) for control group (CNT) in nerve crush group (NC) and α-isoproterenol administration after nerve crush group (NC・IPR).

Fig. 3. Electron micrographs of the soleus muscle. Bar=500nm. a: Control group. Mitochondria are abundant among myofibrils. b: No treatment after nerve crush. Striated pattern of the myofibrils is obscure. Sarcoplasmic reticulum is enlarged. c: α-isoproterenol administration after nerve crush. Striated pattern of the muscle fiber is well preserved compared to the nerve crush group.

 考 察

 交感神経性の β-作動薬であるα-isoproterenolはβ-受容体を刺激し,心筋ならびに気道,消化管などに存在する平滑筋に影響を及ぼし,心拍出量の増加,血管抵抗の減少と気道,消化管の平滑筋の弛緩をもたらすことはよく知られている4,12,13).また,α-isoproterenolの投与が心筋のタンパク量を増し,α-isoproterenolを培養液に加え培養すると,心筋のmyosinのH鎖の数が増加することをWilliamら3)は報告している.また,緒言にも述べたように,骨格筋を肥大させ4),眼輪筋や,アブミ骨筋においてはチトクローム酸化酵素活性が増強することが報告されている6,7).さらに,顔面神経挫滅後に生じる筋線維の微細構造の変化は,α-isoproterenolの投与によってほぼ正常に保たれていることから,顔面神経挫滅による筋の変性を軽減する作用が認められている14)
 今回の実験でも,超微細構造においてはヒラメ筋,前脛骨筋共に筋フィラメントの配列は神経挫滅後不規則となり,神経挫滅後のα-isoproterenolの投与によって筋フィラメントの配列はコントロール群に近く保たれ,筋の変性を軽減する効果が認められた.神経挫滅後のヒラメ筋において,α-isoproterenol投与群では筋の断面積が増していたが,前脛骨筋においては筋の断面積の増加は見られず,有意差が見られなかった.同様の結果が筋湿重量にも認められた.各群における実験前後の体重に有意差が見られないことから,これらの変化は体重の変化の影響を受けていないことが確認された.マウスにおけるヒラメ筋は赤筋比率がきわめて高く,前脛骨筋は白筋が優位の筋であるとされている9).今回の結果から,α-isoproterenolによる筋萎縮の予防効果はより赤筋に作用するものであると推測される.
 町田7)によると,α-isoproterenol投与により白筋,赤筋ともにチトクローム活性が上昇し,特に白筋に強く作用すると報告している.チトクローム活性の亢進は心筋において報告されているように骨格筋においても収縮蛋白の量的増加をもたらすと思われる.しかし,今回の研究では筋線維の太さについてはα-isoproterenolは赤筋に優位に作用した.チトクローム活性の亢進が直接筋の肥大に結びつくかどうかについてはさらに検討を要するが,筋の種類と赤筋と白筋の割合などによって影響されることも考えられる.これに関連して,Watson-Wright15)らは白筋と赤筋中のβ2受容体の量について,赤筋に多く白筋で少ないと報告している.α-isoproterenolはβ2受容体に対しても効果があり,Watson-Wrightら15)の報告はα-isoproterenolの効果が赤筋優位の筋であるヒラメ筋に優位に作用した本研究の結果を裏付ける.筋線維の太さについては赤筋,白筋で差が見られたが,微細構造に関しては赤筋,白筋ともに神経挫滅群よりも神経挫滅後α-isoproterenol投与群では微細構造を保ち,赤筋,白筋で差が見られなかったことに関してはいくつかの理由が考えられる.β-作動薬は筋小胞体からのCa2+の放出を促し筋の張力の発生を増強させ16),さらにβ-作動薬はmyosinのH鎖のアイソフォームの形質転換を起こし,赤筋は白筋タイプのmyosinのH鎖のアイソフォームへと形質転換する17,18)といわれこれらが微細構造に影響することが考えられる.また,β受容体の数とは逆にβ受容体に対する拮抗薬の親和性は赤筋よりも白筋に強いこと15)から,β受容体の数だけでなくα-isoproterenolの赤筋,白筋のβ受容体に対する親和性の違いも影響することが考えられる.しかしながら,これらの点に関してはさらに検討する必要がある.赤筋,白筋におけるβ受容体の数,β-作動薬に対する親和性の違いなどにより赤筋と白筋でβ-作動薬に対する応答にも違いが生じてくると思われるが,少なくともα-isoproterenolは両タイプの筋線維に作用し,電気的な持続的刺激が筋の変性を軽減するように,β受容体に対する持続的刺激が筋フィラメントの微細構造ならびに配列を保つのに重要な働きをするものと思われる.
 以上に述べてきた筋変性に対するα-isoproterenolの効果は,長期臥床や神経損傷などによって十分な随意運動ができないために筋萎縮が進み,重度の機能障害に発展することに対してある程度抑制する効果があると思われる.一般に,人の立位の際に用いられるいわゆる抗重力筋のうち,大殿筋,内側広筋,脊柱起立筋,ヒラメ筋などは赤筋優位の筋であるとされている19).α-isoproterenolが特に赤筋に作用するとしたら,これらの抗重力筋の筋萎縮に対する予防効果が期待できる.これは,その後のリハビリテーションにとって非常に有利である.筋萎縮予防の試みとして,随意的な収縮のできない状態の筋に対して電気刺激を行うという方法がある20).しかし,この方法は感覚障害がない場合には通電時の皮膚の知覚神経を刺激するため,ある程度の痛みを伴う.そのため,患者には大きなストレスを加えることとなり,意欲低下につながりかねない.その際には,α-isoproterenolは有効な手段の一つとして考えられる.また,近年は,電気刺激療法においても刺激波形を工夫することで苦痛の少ない方法で臨床応用している報告21)もみられ,α-isoproterenolとの併用療法なども考えられる.しかし,実際に適用するにあたっては,α-isoproterenolはβ1,β2,β3受容体に作用するとされており,心筋への影響を考慮すると,より選択的にβ2受容体に作用する薬物を用いる必要性があるかもしれない.これについては,今後の研究が待たれる.
ところで,臨床応用する際には,その薬剤の副作用について考慮しなければならない.α-isoproterenolの唾液腺に対する臨床的な副作用としての記載はないものの,持続的に長期投与した場合に唾液腺を肥大させることは広く知られ,肥大だけでなく分泌物に特殊な構造物が出現するなど多くの研究者が興味を示している8,22-25).α-isoproterenol投与後の顎下腺分泌物の質的な変化について,Mehansho と Carlson8)は生化学的な分析により,特別なプロリンに富む糖蛋白が出現し,糖にはマンノース,ガラクトース,N-アセチルグルコザミン(GlcNAc),フコースならびにシアル酸が含まれていると報告している.また,α-isoproterenol投与によって糖蛋白の分泌が亢進することは免疫電顕的にも示されている22).しかし,Versura11)はWGA,SBA,ConA,PNAの各レクチン反応の変化の電子顕微鏡的定量化をおこない,PNAに対する反応性は変わらないが,それ以外はすべて減少すると報告している.岩堀23)は,ラットに対してα-isoproterenolを投与し,WGA及びGS-IIによるレクチン反応をそれぞれ行い,顎下腺の腺房細胞の肥大及びVersuraの報告に反してWGAの反応性の増強を認めている.また,GS-IIの反応性も高まったことから,α-isoproterenol投与後の反応性の高まりはGlcNAcの増加によるものと考えている.本研究においても,α-isoproterenolの投与で腺房細胞の肥大が認められた.また,分泌顆粒においては,井上24)が報告しているように幾何学的な模様を示す構造物が見られた.この分泌顆粒に対しWGAによるレクチン反応を行ったところ,その幾何学的な模様の部分にのみ反応を示した.このことから,この幾何学的な模様を示す構造物は,プロリンに富む糖蛋白で,WGAに反応しGS-IIには反応が見られないことから糖としてはシアル酸を含むものと思われる.以前よりα-isoproterenol投与により幾何学的な模様を示す構造物が出現することは知られていたが,本研究によって,この構造物にシアル酸が含まれることが証明された.腺房細胞におけるα-isoproterenolの影響については多くの報告があるが,導管部の顆粒についての報告は中山25)がわずかに報告しているのみである.中山25)はα-isoproterenol投与後のラットの顆粒性導管における分泌顆粒の変化をその大きさと電子密度により3種類の顆粒群に分類し,コントロール群と比較し小顆粒が増加し,腺腔に近づくに従って小顆粒の頻度が高くなっていると報告している.しかし,本研究では,顆粒のサイズは,コントロール群,α-isoproterenol投与群共に違いは認められず,腺腔に近づくに従って小顆粒の頻度が高い傾向も両群において違いは認められなかった.これに関しては,顆粒性導管は,主に交感性の神経支配を受け,α及びβ受容体作動薬の投与により開口分泌を起こすとされ26,27),本研究は3週間にわたる長期投与後の報告であるのに対し,中山25)の報告は α-isoproterenol投与後6時間の結果であり,開口分泌を起こした直後の結果であるためこのような違いが出たものと思われる.また,中山の報告と同様に,α-isoproterenol投与群の顆粒の電子密度は多様であったが,その比率については,本研究においてはレクチン反応を行うためglutaraldehyde単独固定であったので,osmic acid単独固定の中山の報告と電子密度の違いによる比較はできない.レクチン反応については,コントロール群,α-isoproterenol投与群共にGS-IIには殆ど反応が見られず,WGAに対しては電子密度の高い顆粒には両群共によく反応していた.緒言でも述べたとおり,WGAはGlcNAcとシアル酸の両者を認識し,GS-IIはGlcNAcにより特異的に反応することから,顆粒性導管の分泌顆粒に対するレクチン反応については,電子密度の高い顆粒に含まれるシアル酸に反応しているものと思われた.電子密度の高い顆粒に対するWGAによる反応は,コントロール群,α-isoproterenol投与群で変化は見られなかったが,α-isoproterenol投与群ではWGAに反応しない電子密度の低い分泌顆粒の比率が高まったことから,α-isoproterenol投与によりシアル酸を含まない分泌顆粒が増加したことを示している.電子密度の低い分泌顆粒の比率が高まったことは,おそらくα-isoproterenol投与によりシアル酸を含む顆粒の放出が起こったためと思われる.岩堀23)は,α-isoproterenol投与によって腺房細胞の分泌顆粒におけるWGA及びGS-IIに対する反応性の高まりは,GlcNAcの増加によるものと考えているが,顆粒性導管の分泌顆粒は主にシアル酸を含んでいるものと考えられる.交感神経の刺激により粘性の高い唾液が分泌されるようになることはよく知られている.唾液の粘性はシアル酸の含量が重要な働きをしており,α- isoproterenol投与によりシアル酸を含む顆粒の放出が起こり,唾液の粘性に変化が現れることが考えられる.

 まとめ

 α-isoproterenol投与により坐骨神経挫滅後のヒラメ筋及び前脛骨筋の微細構造上の変性を防ぐ効果が認められた.筋線維の断面積は,ヒラメ筋では神経挫滅群に比べ α-isoproterenol投与群で有意に大きく,前脛骨筋では有意差が見られなかったことから神経挫滅後のα-isoproterenolの効果は,赤筋優位に作用することが推察された.
 顎下腺では,α-isoproterenol投与により腺房細胞が肥大し,分泌顆粒には幾何学的な層板状構造物がみられた.この構造物はGS-IIに殆ど反応せずWGAに反応していたため,シアル酸を含むことが明かとなった.顆粒性導管における分泌顆粒は,コントロール群で電子密度の高いものが多く,α-isoproterenol投与群では電子密度の高い顆粒は減少していた.レクチン反応は,両群共にGS-IIに殆ど反応せず,WGAに対しては電子密度の高い顆粒によく反応していたことから導管部の分泌顆粒にはシアル酸が多く含まれると推測された.

 謝 辞

 稿を終えるにあたり,本研究のために終始ご懇篤なる御指導を賜りました,埼玉医科大学第一解剖学教室 金子勝治教授に深甚なる謝意を捧げますと共に,御協力いただいた第一解剖学教室,形態部門の皆様に感謝いたします.
 なお,本論文の要旨の一部は,第106回日本解剖学会において発表された.

 文 献

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(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School