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埼玉医科大学雑誌 第28巻第4号 (2001年10月) 184頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School

特別講演

主催 埼玉医科大学病理学教室  ・ 後援 埼玉医科大学卒後教育委員会

平成13年7月17日 於 埼玉医科大学第一講堂

乳癌におけるHER2過剰発現の診断方法とハーセプチン治療

黒住 昌史

(埼玉県立がんセンター臨床病理部 )


 最近,転移性乳癌においてHER2蛋白に対するモノクローナル抗体(ハーセプチン)を用いた治療が注目を集めている.HER2(human epithelial growth factor receptor type 2)はヒト上皮細胞増殖因子受容体遺伝子と類似の構造を有する癌遺伝子であり,neu,c-erbB2などの別名でも呼ばれている.その遺伝子産物であるHER2蛋白は細胞外ドメイン,膜貫通ドメイン,チロシンキナーゼ活性を有する細胞内ドメインから構成されている.
 ヒト乳癌患者においてその10〜30%で,HER2遺伝子の増幅と蛋白の過剰発現が報告されている.さらに乳癌以外に膀胱癌(36%),卵巣癌(32%)などでも過剰発現が知られてきた.その原因には,(1)HER2遺伝子の増幅,(2)転写異常,(3)蛋白合成異常などが推測されている.この過剰発現は免疫組繊化学的に検出することが可能で,予後と相関することが知られている.
 ハーセプチン(Herceptin,一般名:トラスツズマブ trastuzumab)は,米国Genetech社が遺伝子組み換え技術を用いて作成したヒト化モノクローナル抗体で,HER2の細胞外領域を特異的に認識する.95%はヒトIgG1から出来ている.1998年に米国FDAにより,乳癌治療薬として認可された.その作用機序としては,HER2に結合しシグナル伝達を阻止すること,マクロフアージやNK細胞による抗腫瘍効果をもたらすことなどが想定されている.
 ハーセプチン治療はHER2蛋白をターゲットとしているため,その適応はHER2過剰発現の認められる乳癌症例に限られる.その検出方法には,(1)遺伝子増幅(FISH,CISH,PCR,Southern blot)の証明,(2)mRNA転写の増大(ISH,Nothern blot)の証明,(3)HER2蛋白の合成促進(IHC, Western blot)の証明がある.この内,蛋白合成促進の検査方法として,ハーセプテスト(Hercep Test,DAKO社)が米国FDAによりスクリーニングキットとして承認され,我国においても現在,体外診断用医薬品として保険適用になっている.
 ハーセプテストは11ステップ,3時間以内で染色可能な簡便な検査手技であるが,実施に当たってはDAKO社のマニュアル通りに実施することが厳密に求められている.まず抗原賦活化として,クエン酸緩衝液中で95度温浴処理を45分間行う.次いで,内因性peroxidase処理,一次抗体の反応,二次抗体の反応,最後に発色を行う.固定が染色に影響を与えるため,10%緩衝ホルマリンで1〜2日の固定を行うことが推奨されている.
 ハーセプテストによって染色された標本は,定められた判定基準により,0,1+,2+,3+に分類される.判定の対象となる部分は浸潤部であり,乳管内進展部や細胞質の染色性は評価しない.3+の症例はハーセプチン治療の対象となるが,2+の症例については判断が分かれる.ハーセプテストより感度の高いFISH法を用いた検討が必要となるであろう.
今後,オーダーメード治療への要求が高まると,治療選択に関し病理学的判断を求められる機会が増えていくものと予想される.ハーセプテストはその幕開けとして期待される.

(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School