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埼玉医科大学雑誌 第28巻第4号別頁 (2001年10月) T97-T107頁 (C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School


Thesis

低侵襲外科手術システムの総合的開発研究:生産工学及びマン・マシンインターフェイスの観点からの考察

篠原 一彦

埼玉医科大学総合医療センター外科
(指導:橋本 大定教授)

医学博士 乙第766号 平成13年4月27日(埼玉医科大学)


1:要 旨
 腹腔鏡手術はその低侵襲性から急速に普及したが,五感を著しく制限された手術であることから,一たび合併症を生じた際は従来の開腹手術では見られなかったような重篤な合併症をきたし得る.このため,この五感の制限を如何に支援し緩和していくかが,内視鏡手術のシステムの開発にとって重要である.その際単にハードウエアを開発するだけでなく,鏡視下手術の工程を定量的に解析することが,より合理的な開発戦略のみならず,術式の改良・教育・評価にとっても重要である.この点から,これまで臨床外科領域において省みられることの無かった手術の工程の定量的解析を生産工学の手法を用いて試みた.この試みは,単に内視鏡手術支援工学の開発戦略に有用であるのみならず,臨床のあらゆる場面の教育,評価,安全確保,さらには現在注目されているクリティカル・パスの基礎資料の作成などに応用が期待できるものである.
 次いで筆者が従事した低侵襲外科システムの総合的開発研究について,従来臨床医学の場面では論じられることの無かったman-machine interfaceの論点から,前述した生産工学的解析の結果とともに,Fogless scopeの開発と腹腔内環境の測定,内視鏡用マニピュレータの開発と制御用インターフェイスの開発・改良について論じた.

2:生産工学の手法を用いた内視鏡手術の工程解析の試み

緒 言:腹腔鏡下胆嚢摘出術は胆石症治療の第一選択として広く急速に普及し,鏡視下手術の省力化を目指す様々なマニュピレータやロボティクスの開発に際しても,まず本術式に試用されることが多い.また二次元ディスプレー下に遠隔操作を行う鏡視下手術では五感を多用できる従来の開腹・開胸手術では無意識に行い得た一連の操作・手技を,より客観的に認知,評価することが重要である.しかし実際の手術工程の定量的解析は,殆どなされないまま,実際の臨床と手術支援工学の研究・開発などが進んでいるのが現状である.
 生産工学(Industrial engineering)とは,様々な産業活動を科学的に調査,分析し生産性向上を計る総合管理技術である.その基礎的な方法論としてTaylorとGilbrethにより確立された作業研究(Work study)がある.これは生産活動を,工程(process)・作業(operation)・動作(motion)というように階層化し,さらに “単位”作業(fundamental operation),“要素”作業(elemental operation)というように分類し,動作とその所要時間を解析し,生産活動の実際の定量的分析と生産性向上のための基礎データとする方法論である1)(図1).この手法を応用し腹腔鏡下胆嚢摘出術の鏡視下操作の実際の工程の定量的解析を試みた.

図1.生産工学の基本的方法論としての作業研究.


2-1:腹腔鏡下胆嚢摘出術の作業研究
対象と方法:一定以上の経験者による皮下鋼線腹壁吊り上げ法を用いた腹腔鏡下胆嚢摘出術20例(通常症例10例,困難症例10例)の鏡視下操作について生産工学の手法を用いて工程解析を行った。鏡視下操作を“戦略”の次元である “単位作業”(fundamental operation)として,トロッカー挿入・癒着剥離を含む術野の展開操作・胆嚢管,胆嚢動脈の剥離,切離までの胆嚢頚部の処理・胆嚢の肝床からの剥離・胆嚢回収・洗浄とドレナージの6つに分類した.また単位作業の下位の概念で “手技” の次元である “要素作業” (elemental operation)として,手術手技を切離(剥離)・縫合・止血に分類した.それぞれの占める時間を,手術時に収録した普通撮影下のVTRを用いて解析した.
結 果:各単位作業のなかで,所要時間が症例間で最もばらつきの多いのは単純群,困難群ともに癒着剥離など胆嚢の頚部にいたるまでの術野の展開の作業であった.また胆嚢管の剥離,結紮など胆嚢頚部の処理に両群とも最も時間を要していた.トロッカー挿入や胆嚢回収には両群で差はないものの,その他は当然困難群で長時間を要していた.
 ついで要素作業の時間研究においては,各要素作業が全鏡視下操作に占めている割合をみると,単純群の “止血”が,0.3%と最小であった.これは炎症,癒着の少ない単純症例では電気メスによる凝固しながらの切離により,独立した止血操作無しでの胆嚢摘出が可能であるためと解釈された.両群とも切離(剥離)が35.8%,37.7%と最も多くを占めていた.また困難群においては止血に平均12分,鏡視下操作の12%を要していた(表1).

表1.腹腔鏡下胆嚢摘出術の時間研究


考 察:本研究により,まず腹腔鏡下胆嚢摘出術の工程を単位作業と要素作業の2つの次元で分類し生産工学の手法による作業研究が可能であることが示された.鏡視下操作では胆嚢頚部の処理に最も時間を要すること,症例間のばらつきは術野の展開の作業であること,困難群では止血操作に占める割合が極めて大であることなどが定量的に示された.
 前述のごとく,生産工学(Industrial Engineering)とは,様々な産業の生産活動の事実を科学的に調査,分析し生産性向上を目指す学問である.その基礎データ収集の方法論としては,Gilbrethにより始められた,一連の生産活動を工程・作業・動作というように階層化して分類する動作研究(Motion study)と,Taylorにより創始されたそれぞれの所要時間の解析から生産活動の効率化を計る時間研究の二つがある.両者をあわせて,作業研究(Motion & Time study,Work Study)として,広く用いられている.歴史的には自動車・家電産業における大量生産のベルトコンベアーラインの生産性向上に用いられ,20世紀の大量生産の効率化と品質管理の礎を築いた.この学問領域はその対象を第一次産業から第二次,第三次産業へと拡大し,企業内でも製造現場の解析から,事務,技術,管理,経営部門へとその対象を拡大した.現在,この古典的な生産工学(Industrial Engineering)に,産業心理学,労働生理学,統計的品質管理学,Operation Researchなどの学際領域を加えたものを広義の生産工学としている2)(表23),図24)).これまで臨床医学の領域では生産工学の発想による解析については殆ど注目されていなかったのが実情である.類似の解析手法が用いられたのは病院建築学のなかで看護業務の解析を動線研究として施行されている程度である.臨床外科の中では,筆者の他には,関による心臓弁置換の運針術等についての基礎的作業研究があるに過ぎない5).これは医学者がかような学問領域に関心が無かっただけでなく,以下のような理由が考えられる.即ち,手術の対象である臓器は,相対的な位置関係こそ一定の解剖学的法則にのっとっているとはいえ,個体差や変化,奇形があり,絶対的な大きさや距離は全く個々の症例で異なっている.疾患の種類,状況,進行度の違いも踏まえると,手術の工程は,いわばオーダーメイドであり,自動車産業のような大量生産の工程とは全く正反対の性格を持つこと.さらに手術の戦略と手技は,それぞれの外科医の自由な裁量と流儀による部分が多くをしめること等の理由で,生産工学の研究の対象とは馴染まなかったといえる.従来の開腹・開胸手術においては,術者と前立ちとの間で徒弟制度的に体で習得し得た一連の動作を五感を最大限に用いて行い得た.しかしながら鏡視下手術が従来の開腹・開胸手術と異なるのは,術野とは全く別方向に位置する体外の二次元ディスプレーを見ながら,五感を著しく制限された遠隔操作を余儀無くされることである.このような情況下では,従来無意識に行っていた夫々の操作や手技の目的や結果を,より客観的に認識・評価・解析することが手術手技や工程,術者の評価や改善のためにも必要である.さらに鏡視下手術の工程を定量的に解析することで,どこが容易に自動化が可能であるか,どこが個体差や安全性,経済性などの理由で外科医の手動操作に委ねた方が良いのかなどの定量的なデータを得ることができる.このことは鏡視下手術支援のマニピュレータやロボティクスの開発戦略にとって,より臨床の実際にあった開発の方向を,工学者に示し得るという点でも有用なことである.本手法は,今後臨床の様々な場面のより実践的な解析手法として応用し得るものであり,クリティカル・パス作成の基礎データの収集等にも応用できるものと考えられた6)

図2.生産工学の発展,設計から生産,販売までの管理へ.(文献4より許可を得て引用,一部改変)

表2.時間研究の一例(文献3より許可を得て引用)


2-2:腹腔鏡下胆嚢摘出術におけるカメラワークの工程解析
 2-1において腹腔鏡下胆嚢摘出術の鏡視下操作を生産工学の手法により定量的に解析することが可能であり,またその有用性が示された.この生産工学の解析手法を腹腔鏡操作のカメラワークの解析に応用することで,現在,開発と臨床応用が進みつつある腹腔鏡マニピュレータシステム(カメラロボット)のシステムデザインの為の定量的データを収集,解析した.
対象と方法:対象は2-2で解析した皮下鋼線腹壁吊上げ法による腹腔鏡下胆嚢摘出術20例(通常症例10例,困難症例10例)とした.鏡視下操作の工程(process)は2-2と同様に“trocaring”,“creation of operating field & adhesiolysis”,“dissection & ligation of GB duct”,“retrieval of GB”,“irrigation & drainage” 6 つの単位作業(fundamental operation)に分類した.カメラ操作の要素作業といえるカメラワークは映像産業の慣習に準じて,遠景から接写までの動きである“zoom”(in & out),左右の動きである “pan” ,上下の動きである“ tilt ”,大きく術野全体を検索する“search” の4種類に分類した.また画面の遠近度を遠景,中景,近接の3種類に分類した.カメラワークの種類と回数,時間および画面の遠近度の時間をVTRから解析した.
結 果:鏡視下操作全体のカメラワークの回数及び単位時間あたりの回数は,zoom:通常群64.4回(1.4回/分),困難群103.5回(1.1回/分)tilt:通常群11.9回(0.3回/分)困難群16.1回(0.2回/分)というように,通常群,困難群ともにzoom機能が,他のpan,tilt,searchの機能に比べてカメラワークの大半を占めていた.またカメラワークの回数は鏡視下操作時間に比例して,当然困難群の方が通常群よりも多数を占めたが,単位時間あたりの回数でみると両群間で差は無かった(表3).

表3.腹腔鏡下胆嚢摘出術におけるカメラワークの頻度

 画面の遠近度をみると,夫々の画面の遠近度が全鏡視下操作時間のなかで占める割合は遠景:通常群9.5%,困難群3.6% 中景:通常群67.3%,困難群42.7% 近接:通常群19.4%,困難群46.7%であった.そして通常症例ではトロッカー挿入,回収,洗浄の限られた時間では遠景のしめる割合がやや大きいが,術野の展開と癒着剥離から胆嚢摘出までの過程では中景を主に近接像を加えての鏡視下操作が主であった.困難群でも同様の結果であったが,通常群に比べて遠景の占める割合が少なくまた近接像の占める割合が多い傾向を示した.これは困難群では癒着や炎症のため,より限定された術野で操作せざるを得ないためであると解釈された.また困難症例では洗浄・ドレナージにおいて頻回のzoom機能を使用していた.これは,より限定された空間での洗浄時に,迅速なzoom機能が困難群において手術終了時に要求されることを示唆している(表4).

表4.腹腔鏡下胆嚢摘出術における腹腔鏡画面の遠近度

考 察:前述したように腹腔鏡下胆嚢摘出術は,様々な内視鏡手術支援工学機器がまず第一に試用されることが多い術式である.実際のカメラワークの定量的データを収集することは,量産機に求められる諸機能の配分を決めるためにも重要なことである.しかしこれまでは臨床の側からの定量的なデータの提示もなく,工学の側からの製品を受け入れるだけであった.このことは開発戦略の上でも無駄の多いものである.すでに市販化もされている内視鏡用マニピュレータにおいて,これを使用したsolo-surgeryは炎症の軽度な腹腔鏡下胆嚢摘出術が対象となるであろう事は,容易に予想されるし,逆により高度の内視鏡手術を内視鏡マニピュレータ相手にまったくのsolo-surgeryで行うことは現在の時点では,安全面からも倫理的にも容認できる段階では無い.かような理由で,内視鏡マニピュレータの開発のための定量的データ収集のために,腹腔鏡下胆嚢摘出術の鏡視下操作におけるカメラワークを生産工学の手法を使用して解析したわけである.
 すでに商品化されている“カメラロボット”からのデータを使用しなかった理由は,熟練した術者がカメラロボットを用いる時,音声入力などによる反応性の制限を,鉗子操作による臓器の相対的位置の修正などにより無意識のうちに補正していることが容易に示唆されるからである.(まったく経験の無い研修医をカメラ係りとして手術を進行する時も同様である.)そして術者の欲するとおりに手動操作で動かすカメラワークの状態を十分な経験のある一定のチームの手術において解析することが,本術式に要求されるカメラワークを最も反映していると考えたため,本解析方法を採用した.
 本解析から腹腔鏡下胆嚢摘出術においては,通常群,困難群ともにzoom機能が他のtilt,pan,search機能に比して,鏡視下操作の大半を占めていることが判明した.また術野全体に大きく視線を移動するsearch機能は,トロッカー挿入と洗浄・ドレナージという場面に限局しており,search機能については完全自動化する必要はないものと,臨床の側から考えられた.また画面の遠近度は手術の開始と終了前後(トロッカー挿入,回収,洗浄・ドレナージ)には遠景の占める割合が比較的多いものの,本術式の工程のなかで最も重要な癒着剥離と術野の展開,胆嚢頚部の処理,肝床からの剥離においては,中景を主に近接像が加わることで施行されていた.また困難群ではより近接像の占める割合が多いこと,zoom機能を洗浄時に頻用していることなどが定量的に示された.以上から量産化を念頭においた腹腔鏡用マニピュレータの開発においては,中景から近接像を主体としたzoom機能に重点をおいた自動化が重要であることが示された7)
3:Fog-less scopeと腹腔内環境の測定
 腹腔内における腹腔鏡レンズの曇りは円滑な鏡視下操作にとって致命的なものであり,内視鏡手術支援工学の目指す高度の3次元内視鏡技術やロボティクス技術を論じること等以前にまず解決されなければならない事項である.
 我々は,腹腔鏡の鏡胴の熱を先端のレンズに伝えることで,レンズ表面を加熱し曇りを防ぐ,Fogl-ess scopeを新興光器製作所とともに開発した(図3).

図3.Fog-less scopeの原理9)

 レンズ表面の温度を放射温度計で実際に測定したところ3分以内に42度で安定していることを実証した(図4).またこのFog-less scopeの原理を径2.7mmの細径化腹腔鏡にも使用した.その表面温度の推移を測定したところ径10 mmのFog-less scopeに比して熱容量が小さいため加熱,冷却の速度は10 mmに比して早いものの,表面温度は10 mmのものと同様42度であった(図5)8)

図4.Fog-less scopeの表面温度.

図5.二種類のFog-less scopeの表面温度.


 次いでこのレンズ表面加温型内視鏡使用時の腹腔内温湿度を皮下鋼線吊り上げ式による腹腔鏡手術において測定し,本システムの安全性を検証した。
対象と方法:対象は皮下鋼線腹壁吊上げ法による腹腔鏡下胆嚢摘出術11例で,硬膜外麻酔を併用した気管内挿管全身麻酔,調節呼吸下に施行された.いずれの症例も手術同意書作製時に腹腔内温湿度測定について患者および家族に説明し書面による同意を得たものである.使用したトロッカーは径1 cmのものを3本,0.5 cmのものを1本でいずれも気密弁のないものである.径1 cmのトロッカーのうち一本は,臍部の約2.5 cmの小切開創から挿入した.腹腔内の温度と湿度は,Risyo社製の静電容量式感湿センサーと白金薄膜温度センサからなる体内温湿度測定器で測定した.先端が他の臓器などに接触しないように長さ1 cmのフードを装着した測定プローブを臍部のトロッカーから挿入し肝右葉の横隔膜面に留置した.同時に手術室内の温湿度をRisyo社製の室内温湿度測定器で測定した.
結 果:鏡視下操作時間は平均49.6±12.2分であり,鏡視下操作中の腹腔内の平均湿度と平均温度は,湿度95.9±1.9%,温度36.2±0.8 ℃であった.またこれらの鏡視下操作中の腹腔内の温湿度の変動の範囲をみると湿度2.6±1.5%,温度0.7±0.5 ℃であった.
 手術室は,温度22.5 ℃,湿度47.0%に維持されていた(図6,表5)10)

図6.腹腔内温湿度測定結果の一例.

表5.腹腔内の温湿度測定


考 察:以上から気密弁を有さないトロッカーを用いるgas-less laparoscopic surgeryにおいても,腹腔内環境が外気の影響を受けずに生理的に保たれていること,さらにこのFog-less scopeが,生理的な腹腔内環境を撹乱することなく,レンズ面の過熱を行い安全に曇りを防止していることを実証した.過去6年間このFog-less scopeを当院で鏡視下手術の全例に使用し良好な結果を得ている.また径2.7 mmの細径化腹腔鏡においても同様の “Fog-less” の効果を認めている.
5:腹腔鏡マニピュレータシステムにおけるマン・マシンシステムの改良
 現代社会における高度先進技術システム(航空機,原子力発電等)における事故のかなりの部分に,自動化,コンピュータ化に際して操作する人間の側を無視したインターフェイスの要因が関与するとされている.鏡視下手術支援工学の研究開発においてもインターフェイスへの配慮の重要性を確信し,内視鏡用マニピュレータとインターフェイスのプロトタイプを開発,検証した.2-2で実証的に示したようにカメラワークの工程解析から腹腔鏡下胆嚢摘出術では,上下左右方向の動きであるtiltとpanの動きに比べてzoom操作の占める割合が鏡視下操作のなかで大半を占めていることが示された.また画面の大きさでは鏡視下操作の中景から近接像が主体をしめていることが示された.このことから東京大学工学部小林,新興光器製作所福与等らと共同で「五節リンク式腹腔鏡マニピュレータ」と「自動マイクロズームシステム」を開発し,腹腔鏡の動きの自動化を進めてきた.これらのシステムにおけるマン・マシンインターフェイスについて比較,考察した.
5-1:5節リンク式腹腔鏡マニピュレータと自動マイクロズームの開発
 2-2で示した腹腔鏡のカメラワークの検討からも示唆されたように,zoom機能が他のカメラワークに比して重視されねばならないことと,そして中景から近接像が主体であるのでカメラ自体の前後動にzoom機能を代償させる場合には臓器とカメラとの接触,干渉による不具合が強く予想されること等を鑑み,zoom機能は可及的にzoomレンズ自体の機能に委ねる方針とし,マニピュレータは画面上の二次元方向の自動化を主として担うべく設計した.腹腔鏡マニピュレータの開発にあたる設計仕様としては,現場での消毒の容易性,動作時のfail-safe機構を前提とした.マニピュレータに滅菌ドレープを被せる従来の方式に比べて,内視鏡保持部を消毒可能とすることは術中のレンズ清拭などの点でもきわめて操作性の向上のために有益である.このため本システムにおいてはモータ等から構成される駆動部のみをドレープで覆い,リンク駆動部から内視鏡の保持部は消毒可能とし術野から容易に駆動部に接続できる仕様とした.腹壁挿入部を中心とした内視鏡の角度制御を行う五節リンク機構とは,図7の如くリンク下部の二つの軸が回転することにより内視鏡支持部の位置決めをする機構である.この「五節リンク」機構の利点として,マニピュレータを腹壁挿入部から離れた位置に設置できるため術者の操作する鉗子との干渉が少ないこと,駆動範囲が限定され予想外の動きが無く極めて安全であること,剛性が高く安定した駆動が可能であること,リンク機構と駆動・制御部が分離できることから消毒が容易であることなどが挙げられる.また駆動部の各軸に設置した電磁クラッチおよびブレーキにより,術者によるオーバーライドによる粗動と緊急停止を可能とした.

図7.五節リンク機構.


自動マイクロズームの開発
 腹腔鏡下胆嚢摘出術のカメラワークの解析で示されたようにzoom機能はカメラワークの大半を占める.さらに,中景から近接像が術式の主要な場面において大半をしめていた.以上のことからもこの動きを,マニピュレータによる腹腔鏡の出し入れという機構に委ねることは,臓器との接触によるレンズの汚染による術式の中断などが予想される.このため我々は,zoom機能は腹腔鏡自体の光学ズーム機構に委ね,他の二次元運動(tilt,pan)についてマニピュレータ操作で行う方針としたのは前項で記した通りである.従来の多数のレンズを組み合わせた硬性鏡にズーム機構を加えるの画質の劣化は避けられないため,新規の自動化ズームレンズの開発を新興光器製作所の協力を得て行った.これは長さ155 mm直径10 mmの光学視管と長さ158 mm直径40 mmの自動ズーム部からなるもので,光学視管は一枚の先端レンズのみからなり,これからの画像情報をズーム機構を用いてズーム比6倍にわたり処理するものである.光学視管内には従来のように複数のリレーレンズが存在しないため,画像の劣化が無い.ズーム比6の反応時間小型DCモータにより3秒であり,手動によるオーバーライドも当然可能としている.この自動マイクロズームにより,限られた腹腔内の操作空間においても,臓器との接触によるレンズの汚染,マニピュレータの停止を回避しつつ,マニピュレータによる腹腔鏡操作が可能となった(図8).

図8.自動マイクロズームシステム概念図.


5-2:腹腔鏡マニピュレータシステムにおけるインターフェイスの開発と比較研究
 前述のような二種類のハードウェアの開発と平行してインターフェイスの開発を,ME双方の討議のもとに行った.実際のマニピュレータ駆動の支持を出すのはパーソナルコンピュータからの信号であり,このコンピュータと術者との間をインターフェイスが介在しているわけである.ハードウェアの製作中においては,マニピュレータはパーソナルコンピュータのキーボードから駆動されるわけであるが(コンピュータ型インターフェイス),動物実験,臨床試用に臨むなかで,実用に即したインターフェイスの組込みが必要となる.既存の内視鏡用マニピュレータの入力形式としては音声認識方式や指先のジョイスティックなどのインターフェイスが報告されているが,術者の感覚と一体化しやすいインターフェイスが望ましいことは自明である.さらにカメラワークの解析から,ハード面においてzoom機能とその他のtilt・pan機能をわけて開発したように,入力形式においても,zoomと上下左右の方向指示を分けて入力する方法とした.術者の両手を鉗子から離すことなく入力するインターフェイスとしては,まず音声認識が報告されていたが,実験的にも認識精度が向上しつつあるものの,手術室の雑音による誤認識や,コマンド中に指定語以外の音声を発してしまうとインターフェイスシステムが中断してしまうなどの欠点もある.このため五節リンク式マニピュレータのインターフェイスとしては,術者の頭部に方向入力の指示部をつけ,移動方向を入力後に術者の膝スイッチにて駆動指令を出す2段階方式とした.(ヘッド・マウスシステム)頭部の方向指示装置としては当初は頭部搭載型レーザポインターを試作したが,低出力とはいえレーザ光直視の危険性や周囲の照明からの外乱による不安定性があるため,ジャイロセンサを術者の後頭部に取り付けこのジャイロセンサにて頭部の傾きを検出することで駆動方向を入力することとした.
 即ち頭部のロール角を用いて内視鏡の上下左右の動きを入力し,一方ズーム指示は頭部のピッチ角を用いて指示するという入力方式である.移動方向は腹腔鏡画像を写し出すテレビ画面上に白線のインジケータとして表示され,希望の方向の位置で膝スイッチを作動することでマニピュレータの駆動が始まるシステムとした(図9,10).
 これらにより無意識の頭部の動きによる内視鏡の意図しない駆動が防止され,画面の安定性が保たれるだけでなく,電気メス操作などに用いる足スイッチからの入力を回避することで,他の機器との誤作動を予防した.
評価実験:既存の音声入力方式との入力時間の差異の有無を検討するために,音声認識(VR)とヘッドマウス(HM)の双方における内視鏡の操作実験を行った.

図9.ヘッドマウス入力システムによる腹腔鏡マニピュレータシステム構成図.

図10.ヘッドマウス入力システムによる腹腔鏡マニピュレータシステムの臨床使用風景.

対象と方法
 20代の工学部大学院生5名,ダミーボックス内に挿入した内視鏡を駆動しランダムに配置した目標点6個を計10回トレースする駆動制御を3クールずつ施行し,駆動時間と命令の回数を計測した.

マニュピレータへの入力方法は以下の手順とした.
音声認識:
1.“Camera”の発声でインターフェイスシステム始動.
2.音声により方向指示.
3.インジケータの確認.
4.“Move”により一定距離駆動.
指定語以外の発語によりシステムはoffとなる.
ヘッドマウス:
1.右膝スイッチonにてインターフェイスシステム始動
2.頭部による方向指示.
3.インジケータ確認.
4.左膝スイッチonにて駆動.

 さらにインタフェイスでのcommand methodとして,8方向(up, down, left, right, left-up, left-down, right-up, right-down)を直接入力するランダムアクセス方式(RA)と,腹腔鏡画像を映すテレビ画面上に写し出した移動方向を示すインジケータを回転させることで移動方向を入力するシークウェンシャルアクセス方式(SA)の二方式について検討した.SAにおけるインジケータの一回転の時間は8秒とした(図11).

図11.ヘッドマウスの方向指示入力方法.

結 果:表6の如く,総操作時間では,ヘッドマウスのランダムアクセス方式が最も短時間であり,音声認識のシークウェンシャル方式が最も時間を要していた.音声認識では一単語の発声に時間を要し,またコマンド中に他の言葉を発するとシステムが停止し,再度の指令を要するためと解釈された.また任意方向の指定が可能なSAでは8方向指示のRAに比べて操作回数の減少が期待されたが,有意差は認めなかった.これは音声認識,ヘッドマウスともに方向の直接的な微調整までは難しく,RAと同様数回に分けた指示を要するためと解釈された.SAはRAに比してインジケータを回転させる時間を要する分,操作時間が長いことは当然予想され,音声認識ではSAの方が顕著に長時間を要した.しかしヘッドマウスでは,その差は小さく,操作回数はRAよりもやや少ない傾向をみとめた.これはヘッドマウスによるRAは頭部の三自由度をフルに使っての入力方法であるため,操作時に混乱をきたすためとも考えられた11)
 以上からヘッドマウスによる入力は,従来の音声認識に比して操作時間が短縮され,シークウェンシャル方式との組合せにおいて操作回数において有意差は無いものの混乱を来たしにくい入力形式であることが判明した.

5:結 語
 以上,著者が従事した低侵襲外科手術システムの総合的開発研究について生産工学およびマンマシンインターフェイスの観点から論じた.特に内視鏡マニピュレータシステムの開発については生産工学の手法によるカメラワークの解析を参考にすることで,またハードウエアの技術的側面からも,腹腔鏡用マニピュレータには新たに開発された自動マイクロズームとの組合せでzoom機能に十分な配慮をした設計を行った.同様の理由で入力インターフェイスはzoomとtilt・panの2系統に分ける方式が実用的であることもカメラワークの解析からも支持されるものである.東京大学工学部と共同開発したヘッドマウス方式の有用性を,二つの入力方式即ち,ランダムアクセス方式及びシークウェンシャルアクセス方式の双方について,音声入力方式と比較し,ヘッドマウスによるシークウェンシャル方式の入力が,有利であるとの定量的データを得た.これは視線の移動無しで,体の動きをカメラの動きへの変換するというインターフェイスとしての有用性を備えており,人間にやさしい腹腔鏡手術のインターフェイスとしてその量産化による有用性が期待されるものである.以上,内視鏡手術支援工学の開発・研究における生産工学および人間工学的な発想と解析手法の妥当性,重要性を,研究・開発過程の提示とともに論じた.

表6.ヘッドマウスの方向指示入力方法.

 謝 辞

 医学部卒業以来,臨床・研究共々一貫した暖かいご指導を賜り,また本研究については終始直接のご指導を賜った,皮下鋼線腹壁吊上げ手術法の創始者である埼玉医科大学教授橋本大定先生に深甚なる謝意を表します.またマニピュレータの共同研究者である東京大学大学院新領域創成科学研究科,土肥健純教授,小林英津子博士ほか教室員各位,内視鏡関係の共同研究者である新興光器製作所 福与恒雄専務取締役,臨床症例を共に担当した東京警察病院外科医局員各位に厚く御礼申し上げます.

 文 献

1) Barnes RM(大坪訳).最新動作・時間研究.産業能率大学出版,1990:14-23.
2) 泉 英明.生産工学.東京: 日刊工業新聞社,1994; 2-26.
3) 泉 英明.生産工学.東京: 日刊工業新聞社,1994: 123.
4) 泉 英明.生産工学.東京: 日刊工業新聞社,1994: 280-1.
5) 関 洲二,岩本英久.運針術. 消化器外科1998; 21:29-39.
6) 篠原一彦,星野高伸,長谷川俊二,梶原周二,高橋寿久,橋本大定.Industrial Engineeringの手法による腹腔鏡下胆嚢摘出術の工程解析.第8回日本コンピュータ外科学会大会論文集1998;75-6.
7) 篠原一彦,橋本大定,小島伸,星野高伸,長谷川俊二,梶原周二,高橋寿久.カメラワークからみた腹腔鏡下胆嚢摘出術の工程解析.Computer Aided Surgery 2000;2(2):54-6.
8) 篠原一彦,橋本大定,星野高伸,長谷川俊二,梶原周二,高橋寿久.腹腔鏡下手術の安全性向上のための腹腔内温湿度測定とFog-less Scopeの開発.第6回日本コンピュータ外科学会大会論文集1996;73-4.
9) 橋本大定.腹壁吊上げ法による腹腔鏡下胆嚢摘出術.東京: 南山堂,1994:137.
10) 篠原一彦,橋本大定,星野高伸,長谷川俊二,梶原周二,高橋寿久.腹壁吊上げ法による腹腔鏡下手術時の腹腔内温湿度測定.日本消化器外科学会雑誌1997;30(5)1065.
11) 篠原一彦,橋本大定,小林英津子,土肥健純.ジャイロセンシングによるナビゲーションシステム,人に優しいマンマシンインターフェイス論とともに.手術2000;54(12)181-8.
(C) 2001 The Medical Society of Saitama Medical School