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原著
脳ドックの意義 ―特に未破裂脳動脈瘤の検出率の検討―
大森 重宏,岡田 慶一,島田 祥士
黒沢病院脳神経外科 (370-0852 高崎市中居町3-19-2)
〔平成13年7月25日受付〕
緒 言
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医療機器の発達した現在,脳内病変の有無の検査を無侵襲に行える「脳の人間ドック」,いわゆる「脳ドック」が全国各地に普及している.脳ドックの目的は,無症状の人を対象にMagnetic
Resonance Imaging(MRI),およびMagnetic Resonance Angiography(MRA)による画像診断を主検査とする一連の検査により,無症候の,あるいは未発症の脳内疾患および脳血管疾患,またはその危険因子を発見し,それらの発症あるいは進行を防止しようとするものである.
黒沢病院では,1991年7月より脳ドックを開設し,1999年8月までに2496名の検査を行った.最初は,日立メディコ社製MRH(0.5 T)のMR装置を使用したが1),1996年1月よりMR装置をPhilips社製Gyroscan
ACS-NT(1.5 T)に変更し現在に至っている.診断精度の高い機種に変更した結果,血管病変,特に未破裂脳動脈瘤の発見率が向上し,クモ膜下出血予防に一役かっている.
本稿では,脳ドックにおいては診断精度の高い機種使用の必要性および脳虚血性変化と脳卒中の危険因子である高血圧症・糖尿病・高脂血症・喫煙習慣との関係について検討し,脳ドックの意義,特に未破裂脳動脈瘤について考察する.
対 象・方 法
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1991年7月〜1999年8月の間に,当院脳ドックを受診した者は2496名であった.そのうち,70歳以上の受診者48名は,脳卒中や痴呆症の一次予防の対象者にはもはやなり得ない2)ため,本研究より除外した.その結果,70歳未満の脳ドック受診者は2448名でこれを対象とした.MR機種変更に伴い,1991年7月〜1995年12月まで(MRH-0.5
T使用)に受診した者615名,1996年1月〜1999年8月まで[Gyroscan ACS-NT (1.5 T)使用]の受診者は1833名である.両期間の受診者の性別,年齢構成には有意な差はなく,全体として40〜60歳の受診者が79%を占めた(Table
1).
当院脳ドックの検査内容は,頭部MRI及びMRAと,脳卒中発生に関連すると考えられている血液生化学検査である.脳卒中に関係する危険因子として,高血圧症,糖尿病,高脂血症,喫煙習慣が指摘されている3,4).各因子を異常と判定する基準は,高血圧症は日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン5)に基づき収縮期血圧140
mmHg以上または,拡張期血圧90 mmHg以上,糖尿病は日本糖尿病学会の判定基準6)に基づき空腹時血糖126 mg/dl以上,高脂血症は日本動脈硬化学会高脂血症診療ガイドライン7)に基づき総コレステロール220
mg/dlまたは中性脂肪150 mg/dl以上,喫煙習慣はFramingham Study8)に基づき40本以上/dayとした.
MRI作像方法は,日立メディコ社製MRH(0.5 T)装置では頭蓋内器質疾患の有無を頭部水平断T1,T2,Proton強調画像にて検査し,血管病変の有無は3D-Phase
subtraction法によるMRAにて判定した.Philips社製GyroscanACS-NT(1.5 T)のMR装置に変更してからは,頭蓋内器質性疾患の有無をT1強調(TR/TE:525
msec/13 msec),T2強調(TR/TE:4000 msec/100 msec),およびFLAIR(TR/TE/TI:6000
msec/150 msec/2000 msec)画像にて検査した.MRAは,3D-TOF(time of fight)法(TR/TE:27/6)で撮影し,(1)coronal方向にて10°づつ左右へ15枚回転,(2)transverse方向にて8°づつ前後へ15枚回転,(3)transverse方向にて8°づつ左右へ15枚回転した画像をMIP(maximum
intensity projection)処理を行ない,ブラウン管上で連続回転像として観察した.又,頚部の内頚動脈及び椎骨動脈の血管病変の有無の観察の為,頚部MRAも同時に施行した.撮像条件は2D-TOF法(TR/TE:23/7)で,coronal方向にて15°づつ左右へ9枚MIP処理を行ない頭蓋内と同様の観察を行なった.
MRIにおける虚血性変化の判定基準として,T2及びproton強調画像,FLAIR画像にて大脳白質や大脳基底核部に認められる直径
3 mm未満のétat criblé9)を除く直径 3 mm以上の高信号域と規定した.これらにはほぼ円形の多発性小高信号域10-15)[Multiple
signal of hyperintensity(MSH)](Fig. 1),lacuna infarctionおよび完成した梗塞が含まれる.MRAにおける動脈硬化の判定としては,動脈の狭窄,延長,蛇行,屈曲を基準とした.
結 果
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1991年7月〜1995年12月の日立メディコ社製MRH(0.5 T)装置を用いた時期において脳ドック受診者615名中,état criblé15例(2.4%)を除く虚血性変化としてlacuna
infarction 4例(0.6%),MSH 95例(15.4%)が認められたが梗塞例はなかった.頭蓋内占拠性病変としては,下垂体腺腫2例,髄膜腫1例(大脳半球円蓋部),クモ膜嚢胞13例(中頭蓋窩底部8例,大槽5例)が観察された.MRAでは,動脈硬化所見69例と脳動脈瘤の疑い13例であった.後者の内5
mm以上の動脈瘤を疑われた7例が当院において脳血管撮影を受け,2例に脳動脈瘤(径7 mmと8 mmの内頚動脈瘤)が認められた.残り5例は血管の蛇行及び屈曲であった(Table
2).
1996年1月〜1999年8月のPhilips社製Gyroscan ACS-NT (1.5 T)のMR装置による脳ドック受診者1833名では,état criblé 42例(2.3%)を除く虚血性変化としてlacuna infarction 9例(0.5%),MSH 271例(14.9%)が観察された.頭蓋内占拠性病変として下垂体腺腫1例,髄膜腫5例(5例とも大脳半球円蓋部),松果体嚢胞2例(直径6
mmと8 mmの1例づつ),クモ膜嚢胞18例(中頭蓋窩底部11例,大槽7例)が認められた.MRAにて動脈硬化の所見は346例(18.9%),脳動脈瘤の疑いが83例(4.5%)であった.83例中61例は径3
mm以上の動脈瘤が疑われ,その内当院において脳血管撮影を行った44例中35例に脳動脈瘤を確認した.脳動脈瘤を発見できなかった9例の所見は血管の蛇行及び分岐部の屈曲であった.残りの22例は2
mmの微小な脳動脈瘤の疑いであり,原則として6ヶ月に1回MRAにより脳動脈瘤のサイズの経過観察を行っているが,追跡期間中央値18ヶ月で脳動脈瘤疑い部位の増大は認めていない(Table
2).我々の検討において明らかな脳梗塞症例を1例も観察しなかったのは,対象症例を70歳未満としたためと考えられる.
70歳未満の脳ドック受診者総計2448名中MR上脳虚血性変化(lacuna infarctionとMSH)を認めた379例において脳卒中危険因子保有の有無を検討した(Table
3).379例中高血圧を示したものは287例(75.7%),糖尿病は60例(15.8%),喫煙習慣215例(56.7%),高脂血症211例(55.6%)である.一方,全症例中これらの危険因子を有する症例の中での虚血性変化の出現頻度は,高血圧症を有する365例中287例(78.6%),糖尿病を有する86例中60例(69.8%),喫煙習慣のある756例中215例(28.4%),高脂血症816例中211例(25.8%)で,高血圧者に最も高頻度であった.逆に,これら危険因子を保有していない症例での虚血性変化出現率は,各々4.4%,13.5%,9.7%,10.1%であった.これらの4危険因子の有無と虚血性変化の出現率をχ2検定にて検定すると,いずれの因子も虚血性変化出現に有意に関係した(Table
3).
脳動脈瘤が認められた37例(多発例2例を含む)の39個の動脈瘤の部位及び大きさを検討すると,内頚動脈瘤が20個と最も多く,次いで中大脳動脈瘤13個,前交通動脈瘤5個,椎骨動脈瘤1個の順であった(Table
4).大きさは,4 mm以下19個(48.7%),5から10 mm 19個(48.7%)で10 mm以上は1個であった.脳動脈瘤を認めた37例に対して,手術について家族を含めたインフォームドコンセントが得られたのは21例である(Table
5).全例にクモ膜下出血予防のための開頭術(ネッククリッピング19例,コーティング2例)を施行し,手術死亡は0%,神経学的脱落症状出現も0%であった.術後9日〜20日(平均2週間)で全例が社会生活に復帰している.なお,当院における未破裂脳動脈瘤の手術適応は,脳ドックのガイドライン9)に従い70歳以下のウィリス動脈輪前半部動脈瘤を原則とし,椎骨脳底動脈系に存在する場合は,手術方法で術後,神経症状出現の可能性が少ないものとした.もちろん全身麻酔によって悪化する可能性がある重篤な全身性疾患をもたないものを原則としている.
考 察
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1988年3月に新さっぽろ脳神経外科病院で「脳の人間ドック」として開始された「脳ドック」は,現在では全国各地に急速に広がっており,日本脳ドック学会の調査によれば1998年6月現在519医療機関である.現在脳ドックガイドライン9)に基づく脳ドックの主要目的は,MRIを用いた無症候性脳梗塞のスクリーニング9,16,17)およびMRAを用いた脳動脈瘤,狭窄性血管病変のスクリーニング9,18,19)が中心である.当院においても1991年7月より日立メディコ社製MRH-0.5
T MR装置を用いて脳ドックを開始し,1996年1月からはPhilips社製Gyroscan ACS-NT(1.5 T)MR装置に変更した.
MR装置によるMR信号は,水素原子核密度(ρ値),縦緩和時間(T1値),横緩和時間(T2値)及び流れの因子の4つのパラメーターに依存するが,一般には流れの因子を除いた前3者で解析されている.組織においてρ値とT2値は静磁場強度に関わらずほぼ一定の値を示しているが,T1値は静磁場が強くなるほど長くなる傾向が示されている.低磁場MR装置を用いた場合にはT1値が短いためT1強調画像が得られにくく,かつ撮影時間が長くかかる20).よって0.5
Tと1.5 TのMR装置を比較した場合,MRIでは撮影時間が短縮でき,MRAでは撮影時間の短縮および画質が良好となり診断精度が高くなる.興梠らの報告21)によると,脳血管撮影で脳動脈瘤が認められている26例を含む31例に対し,6名の読影者が0.5
Tと1.5 TのMRA画像をblind法で読影し血管撮影の所見と比較検討したところ,脳動脈瘤の検出率は0.5 T装置では56%であったが,1.5 T装置では75%と検出率が19%と高くなり,特に5
mm以下の脳動脈瘤においては0.5 Tの装置で32%,1.5 Tの装置で58%とその差は26%であり,1.5 Tの装置の方が脳動脈瘤の検出率が優れていた.
当院においてMR装置を0.5 Tから1.5 Tに変更したことでMRI所見(MSH,lacuna infarction, état criblé,脳腫瘍,嚢胞)及びMRA所見(動脈硬化所見,脳動脈瘤)についてχ2検定を用い比較検討した.MRIでの異常所見検出率には有意の差は認めなかった(Table
6).一方MRA所見は,動脈硬化の所見及び脳動脈瘤の検出率において1.5 T MR装置の方が有意に優れており,特に未破裂脳動脈瘤疑診例の発見率は13例(2.1%)から83例(4.5%)へと向上した(p=0.01,Table
6).脳ドックを施行する場合,磁場強度の高いMR装置の方が有用である.実際MRH-0.5 Tにて脳動脈瘤が疑われ脳血管撮影にて動脈瘤が確認されたのは7
mm以上の2例であり,親血管のサイズとあまり変わらない4 mm以下の動脈瘤を発見するのには0.5 TのMRAでは困難と考えられる(Fig. 2, 3).
MRI上のMSHは,Marshallら10)によれば虚血性変化と言われている.彼らは,剖検例でMRIにてMSHを認めた14例中6例に組織学的にcerebral
infarctionを認め,MSHはcerebral infarctionの可能性が高いと結論している.又,Lechnerら12)は,MRIにて認められた42例のwhite
matter lesion(高信号域)と脳卒中危険因子である高血圧症,糖尿病,高脂血症,喫煙習慣,心疾患の間には有意な関連があり,white matter
lesion(高信号域)は脳梗塞の初期であると結論付けている.戸村ら13)は,大脳白質の異常高信号域は40歳以上においてのみ認められ加齢と共に増大し虚血性変化と考えられると報告し,渡辺ら14)も,脳ドック400例を対象にMRIにて大脳白質の2
mm×2 mm以上の異常高信号域を検討したところ,60歳代で約50%認められ加齢と共に増大し虚血性変化と考えられると報告している.以上の報告に基づき我々も大脳白質に認められた多発性の高信号域(MSH)を虚血性変化と考え検討した.
脳虚血性変化と脳卒中の危険因子である高血圧症,高脂血症,糖尿病,喫煙習慣との関係では,Table 3の如く高血圧症の78.6%,糖尿病の69.8%,喫煙習慣の28.4%,高脂血症の25.8%にMRI画像上にてlacuna
infarctionあるいはMSHを認め,いずれの因子も虚血性変化出現に有意に相関した.一方,画像で虚血性変化のある379人の各因子の保有率は高血圧症(75.7%),糖尿病(15.8%),高脂血症(55.6%),喫煙習慣(56.7%)であった.これら危険因子についてTable
3の如く出現率をχ2検定にて検討したところ,高血圧症,糖尿病,喫煙習慣,高脂血症の順に出現率が高く,特に高血圧症は無症候性脳梗塞と密接な因果関係があり症候性脳梗塞のリスクファクターと同一であり,症候性脳梗塞予防のための治療の対象になると思われる3,4,22,23).我々は,高血圧症を伴い画像上虚血性変化を認める例では降圧剤にて血圧のコントロールを行っている.一方,画像上虚血性変化を認めないが危険因子である高血圧症,糖尿病,高脂血症,喫煙習慣を有する例に対しては食事,運動等の生活指導を行ない又,血圧コントロール不良例に対しては降圧剤を投与している.
脳ドックのもう一つの意義は,MRAにて未破裂脳動脈瘤を発見し,破裂によるクモ膜下出血を予防することである.脳動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血は極めて予後不良な疾患であり,国際共同研究の結果24,25)では脳神経外科施設に搬入され治療を受けた症例の死亡率は26%に及ぶ.1994年1年間の11施設673例の破裂脳動脈瘤の治療成績をまとめた斎藤らの報告26)でも死亡率は29%,中等度障害以上の後遺症は24%であり,死亡率と中等度以上の障害率の合計は50%を超す.従って動脈瘤の保有率と破裂・出血率の間には大きな乖離があるが,一度出血すると社会生活に復帰できる率が50%以下であることより,未破裂脳動脈瘤に対する予防的根治手術(クリッピング)が主張されている.
剖検例における脳動脈瘤の発見率についてChasonら27)は4.9%,Stehbensら28)は5.6%,Iwamotoら29)は
4.6%と報告している.一方,脳ドックを受診する成人の未破裂脳動脈瘤保有率について,中川ら
我が国でのクモ膜下出血の年間発生率は10万人あたり11〜33人31)(年齢調整発生率)で,一般的には10〜20人(0.01〜0.02%)と考えられている.未破裂脳動脈瘤の保有率を5%(10万人中5000人)と仮定すると,その破裂率は単純計算では0.2−0.4%となる.ここでこの数字を人口動態に移して考えてみる.脳ドック受診者およびクモ膜下出血患者のほとんどが50歳以上と仮定すると,平成11年度総務庁統計局の人口動態では,日本の全人口12,500万人中50歳以上は4,700万人である.ここで前述の推計値(クモ膜下出血年間発生率0.02%,未破裂脳動脈瘤保有率5%)を導入すると,50歳以上の未破裂脳動脈瘤保有者は2,350,000人(4,700万人×0.05)でクモ膜下出血患者は25,000人(12,500万人×0.0002)となり,50歳以上の前提では未破裂脳動脈瘤の出血率は約1%となる.実際,未破裂脳動脈瘤の破裂率に時系列を加味した報告はいくつかある.Juvelaら32)は1979年以前の未破裂脳動脈瘤を全例手術せず長期経過観察し,破裂率を1.4%/年と報告している.またIwamotoら29)は久山町の住民の剖検結果より脳動脈瘤破裂率を年間1.7%以上と算出している.Rinkelら33)は過去の未破裂脳動脈瘤の文献をreviewして統計学的検討を行い,年間破裂率1.9%/年(95%信頼区間:1.5-2.4%)を報告している.菅ら34)は第29回日本脳卒中の外科学会シンポジウムの参加施設症例(1602例)を分析し,経過観察群590例中45例が破裂したことより破裂率2.8%/年を算出している.
これらの報告から,未破裂脳動脈瘤の年間破裂率は2%前後と考えられる.現在の未破裂脳動脈瘤に対する手術成績は,虚血性疾患に合併した場合や,巨大脳動脈瘤以外,術後問題が起こる可能性は極めて少なく,死亡率0%,手術合併率5%以下という報告35-40)が多い.脳動脈瘤手術の安全性に関するmeta-analysisとしてRaaymakersら(1998年)
41)とKingら(1994年) 42)の報告がある.前者は2460例の分析にて死亡率3%,合併症率11%を示した.脳動脈瘤の大きさと部位との検討では,巨大でないウィリス輪前半部の脳動脈瘤の死亡率1%,合併症率2%に対し,巨大あるいはウィリス輪後半部の死亡率は10%,合併症率は38%を算出している.後者の733例の分析では死亡率1%,および合併症率4%であるが,分析症例の94%がウィリス輪前半部,72%が10
mm未満の未破裂脳動脈瘤であった.この結果から推察すると,巨大でないウィリス輪前半部の無症候性未破裂脳動脈瘤に限れば死亡率は1%以下,合併症率は2%前後(合わせて3%程度)に押えられると考えてよい.
この成績は,未破裂脳動脈瘤の破裂確率(1年で2%,5年で10%)より手術成績が勝っているとされ,年齢が若く動脈瘤の部位がウィリス輪前半部で大きな合併症がない場合には,脳ドックにて発見された未破裂脳動脈瘤に対して,積極的に手術治療が勧められているのが日本の現状43)である.日本脳ドック学会は,未破裂脳動脈瘤に対して年齢が70歳未満,脳動脈瘤の大きさが5mm以上の場合手術適応がある9)と提唱している.
一方,International Studyとして1998年にNew England Journal of Medicineに発表された論文44)では,10
mm未満の動脈瘤年間破裂率は0.05%と低く,治療による合併症の多さを考慮すると10 mm未満の未破裂脳動脈瘤の手術適応はないと論じている.しかし,この発表は対象症例に海綿静脈洞部の内頸動脈瘤を多く含むなどのbiasがかかっていることが明らかとなり,諸家による多くの批判がなされ再検討の必要性を迫られている.
未破裂脳動脈瘤に対してクリッピング術を行うべきか否かは出血危険率と関連し,その危険率は脳動脈瘤の大きさと強く関連する.Crompton45),Suzuki46)らは,脳動脈瘤のcritical
sizeは10 mm以下であると報告しているが,Mizoiら47)は5 mmを超えると破裂しやすいと報告し,吉本ら48)も最も頻度の高かった破裂動脈瘤のサイズは5
mm前後のものと記している.他にも小さな動脈瘤も破裂の危険を示す報告は多く,Kassell49)らは1,092例のクモ膜下出血例の13%が5
mm以下であったことを報告し,Schievink50)らも5 mm以下の3例の未破裂脳動脈瘤が2.5〜9.5年の期間にクモ膜下出血を生じたと記している.また,菅ら34)も経過観察中に破裂した未破裂脳動脈瘤45例中7例が5
mm未満と指摘している.Juvela32)らは142例 181個の未破裂脳動脈瘤の追跡(平均13.9年間)の中で,破裂した31例中17例では有意に動脈瘤が増大していたと報告した.これらの報告から5mm以下の小さな動脈瘤でもある時点で短期間に成長し,critical
sizeに達して破裂するとの考察がある51,52).我々は現在のこの考えを支持し,血管撮影上直径4 mm以上のものは,クモ膜下出血が重篤な疾患である事を踏まえ根治手術を行なっている.
脳ドックの医療経済効果の有無には,未破裂脳動脈瘤が主に議論の対象となっている.MRAによる検診が全体として経済効果上成り立ちうるか,どのような条件が必要かにアプローチするため,飯沼ら53,54)は未破裂脳動脈瘤の発見および治療に要する費用について同じ致死的疾患である癌検診と比較分析している.彼らは,未破裂脳動脈瘤が男性に4%,女性に5%存在し,それが年間2%発症(破裂)すると仮定して,救命率を100%,手術治療後健常に生存が96%,障害を持って生存を4%などと仮定した.その際の費用効用比は,癌検診と同じ毎年の検診はもとより3年間隔での検診としても,癌検診よりかなり高額であることを示した.その要因としては,脳動脈瘤の発症率が低いこと,検査コストが高いこと,および破裂しない脳動脈瘤を手術するリスクがあるためとし,未破裂脳動脈瘤検診を公衆衛生上の施策として採用することは困難と考察している.古瀬55),高橋56),佐藤57)らの分析でも飯沼らの結論と同じく医療経済学的見地から未破裂脳動脈瘤検診の意義に疑問を投げかけている.集団レべルで考えた場合,経済的な観点からは,脳ドックを行って未破裂脳動脈瘤を発見して予防的治療を行うよりは,クモ膜下出血が発症してから治療したほうがよいという結論になる.個人についての費用効率は,クモ膜下出血発症前に未破裂脳動脈瘤に対して予防的手術をすることにより,破裂脳動脈瘤に対する手術時より費用が軽減できるかどうかであり,この問題は未破裂脳動脈瘤が破裂するか否かという問題も含んでおり,集団においての費用効率と同列に論ずるのは困難である.しかも,もともと脳ドック受診者は血縁者に脳卒中既往者があったり,本人が高血圧あるいは動脈硬化を指摘されているいわば危険因子所有者であるために,集団レべルで許容される死亡,後遺症も,個人レべルでは受け入れがたい素地を有していることが多い.このような状況の中で,未破裂脳動脈瘤が発見された場合手術を行うか否かの決定には,未破裂脳動脈瘤の出血率と出血した場合の後遺症,および手術の死亡率と合併症率を充分に説明することが大前提である.そのうえで手術を担当する医師の実績を詳細に話し,医師―患者の充分な信頼関係が得られれば,予防的手術の適応が成立すると考える.
結 論
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1.1991年7月から1999年8月までの黒沢病院の脳ドック受診者2448名について検討した.
2.虚血性変化は15.5%に認められ,危険因子としては,高血圧症が因果関係が強かった.
3.脳動脈瘤を認めた症例37例中インフォームドコンセントを得られた21例が手術を受け,全例神経学的脱落症状がなく社会生活をしている.
4.高磁場MR機種への変更に伴い未破裂脳動脈瘤の発見率も向上し,脳ドックにおいて未破裂脳動脈瘤を発見するのには高磁場MR機種は有用であり,クモ膜下出血の予防に有効と思われる.
謝 辞
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本研究にあたり,御指導とご鞭撻を賜りました黒沢病院黒沢功院長および埼玉医科大学脳神経外科松谷雅生教授に深謝いたします.
文 献
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1) 岡田慶一,熊井戸邦佳,久保塚祐子,黒沢功.0.5 TMRIによる頭・頚部アンギオグラフィー特に脳ドックに応用して.群馬医学 1991;56:133-7.
2) 岡田慶一,大森重宏,島田祥士,黒沢功.70歳以上の高齢者脳ドックは必要か?群馬医学1996; 66:203-6.
3) 前田義裕,丹羽 潤,清水匡一,大山浩史,松村茂樹.当院の脳ドックで見つかった無症候性脳梗塞-危険因子の統計学的検討.函館医学誌 1996;20:23-5.
4) 杉森裕樹,吉田勝美,笹森 斎,高橋英孝,瀬古知永子,中村健一,他.脳ドック受診者を対象とした潜在性脳梗塞と関連要因の検討.健康医学 1996;11:172-5.
5) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会.高血圧治療ガイドライン2000年版
6) 糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告.糖尿病1999;42:385-404.
7) 日本動脈硬化学会高脂血症診療ガイドライン検討委員会.高脂血症診療ガイドライン.動脈硬化1997;25:1-34.
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