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埼玉医科大学雑誌 第29巻第1号 (2002年1月) 54頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

特別講演

主催 埼玉医科大学分子生物学教室 ・ 後援 埼玉医科大学卒後教育委員会
平成13年11月19日 於 埼玉医科大学第四講堂

mRNA合成速度の分子スイッチ−細胞分化,癌化,およびウイルス感染との関連

和田 忠志

(東京工業大学大学院生命理工学研究科生命情報専攻)


 細胞の遺伝子の主要な発現制御はDNAからmRNAへの転写の段階である.その転写制御には転写開始,転写伸長,転写終結など多くの段階がある.現在まで転写開始を制御している多くの因子が研究されてきたが,その成果にくらべ転写伸長での制御に関する知見は少ない.しかし,例えば,heat shock遺伝子,c-fosやc-fmsのような癌遺伝子あるいは種々のウイルスの遺伝子は転写伸長段階でpausingしたりarrestしたりしてそのmRNAの伸長段階で制御されている.従来5,6-dichloro-1-β-ribofuranosylbenzimidazole (DRB)はin vivoで転写伸長を阻害する事が知られていたが,in vitro転写系ではその阻害作用は観察されなかった.演者らはHela細胞の抽出液より転写伸長反応がDRBに感受性を示すようになる分画をin vitro 転写系に加える事により,その分画を精製し,P160とP14の2つのぺプチドから成るDSIF(DRB-sensitivity inducing factor)複合体がDRB感受性をもたらす因子である事を同定した.またDSIFはDRBを加えなくてもnegativeに働くが,in vitro 転写系のヌクレオチド濃度を薄めるとpositiveにも働いた.p160とp14の当該遺伝子を単離したところ,各々yeast で遺伝子転写に関する事が知られていたSpt5とSpt4のヒトホモログであった.Spt 5には大腸菌のホモログもあった.このDRBの作用機序を調べたところ,RNAポリメラーゼ II の最大サブユニットのC-terminal domain (CTD)のリン酸化をするP-TEFbのCdk 9キナーゼの活性を阻害して,CTDのリン酸化を阻害して転写伸長を阻害する事が明らかになった.しかし組換え体の基礎転写因子(GTF)を用いた再構成in vitro転写系を用いるとDSIFを加えても,DRBの感受性が見られなかった.そこで再構成のin vitro 転写系を用いて,DSIF複合体以外にDRB感受性を与える分画をHela細胞より精製し,NELF(negative elongation factor)複合体を同定し,NELFはDSIFとRNAポリメラーゼIIと複合体を作る事を明らかにした.このNELFは5つのペプチドから成り,そのうちの1つはhumanRDタンパクである.これらの複合体の生物学的重要性は,神経節の発達が異常になるzebrafishの変異株foggyがSpt 5のzebrafish ホモログ即ちp160の変異である事が示され,転写伸長の制御が狂う事により分化に異常を生じる事,またB型肝炎ウイルスのHD 抗原(HDAg)は転写伸長反応中にNELF/DSIFが RNApolymerase IIに結合して,転写伸長を阻害する過程で,HDAgがNELFと入れ代わり,HDAg/DSIF複合体をつくり,転写伸長を促進する事によりでウイルス増殖に関わる事などで明らかになった.最近になりこのDSIF/NELF複合体はヌクレオソーム構造を変え,転写伸長を促進するFACT複合体(Spt 16とSSRP1から成る)と相互作用している事が明らかになり,今後転写伸長反応中にDSIF/NELFがどのようにヌクレオソーム構造の変換に関わるのか興味深い.最近DSIFはヒストンシャペロンの機能をもつ可能性を示せた.今後はクロマチン鋳型を用いてDSIF/NELFの機能解析を進めていく.

(C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School