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埼玉医科大学雑誌 第29巻第1号 (2002年1月) 55頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

特別講演

主催 埼玉医科大学卒後教育委員会 ・ 企画 ゲノム医学研究センター
平成13年10月23日 於 埼玉医科大学第四講堂

遺伝子治療の現状とベクターの開発

三谷 幸之介


(カリフォルニア大学,ロスアンジェルス校,医学部,微生物・免疫学教室)


 組み換えアデノウイルス・ベクターは,高力価で調整可能であることと非分裂細胞へ効率よく感染することから,遺伝子治療用のベクターとして実際の臨床試験でも使用されている.しかし,従来のアデノウイルス・ベクターは,ベクター上に残されているアデノウイルス遺伝子が低レベルながら発現されるため,生体に投与された際に強い免疫原性を示し,そのために遺伝子の発現期間が限られることが問題であった.この問題を解決するために,われわれはベクター上からは全てのウイルス遺伝子を除き,その代わりヘルパーとよばれるウイルスが形成するウイルス粒子にベクターがパッケージされる,ヘルパー依存型アデノウイルス・ベクターを開発した.この新しいベクター系は,免疫原性が弱いため,従来型よりも遺伝子の発現期間がはるかに長い.しかし,感染後,アデノウイルスのDNAは宿主染色体にほとんど組み込まれないと考えられており,この新しいベクター系でも分裂する細胞ではいずれ ベクターDNAが消失するという問題が残る.そこでわれわれは,効率よく標的細胞に感染しさらに宿主染色体に安定に組み込まれる,遺伝子治療に理想的なアデノウイルス・ベクターの開発を手がけている.
 そのための第一歩として,まずアデノウイルス・ベクターが宿主染色体に組み込まれる効率を,ネオマイシン耐性遺伝子を持ったベクターを用いて定量した.その結果,調べた8種類の動物細胞(ヒト,マウス,サル,ハムスター由来)で,0.1〜0.001%の効率で組み込まれることがわかった.CHO(Chinese hamster ovary)細胞では特に効率よく,感染した細胞の1%以上でベクターDNAの組み込みが確認された.しかし,組み込まれたアデノウイルス・ベクターからの遺伝子発現は非常に不安定であった.さらに組み込まれたベクターDNAの構造を調べたところ,遺伝子発現の変化した細胞クローンにおいては,DNAの再配列や欠失が認められた.次に我々は,アデノウイルス・ベクターDNAが,相同組み換えによって宿主染色体に部位特異的に組み込まれる効率を,マウス胎児性幹細胞のHPRT遺伝子座とFGR遺伝子座において検討した.その結果,最高0.01%の感染細胞で,部位特異的組み込みが得られた.また,他の遺伝子導入法に比べ,非特異的組み込みの頻度は低かった.
 アデノウイルスの染色体への組み込みの効率をさらに上げるため,他のウイルスなどとアデノウイルスを組み合わせた,いわゆるハイブリッド・ベクターの開発も進めている.最初の例として,ヒト染色体で活性を持つLINE配列とよばれるトランスポゾンを持つアデノウイルス・ベクターを作成したところ,ベクター上のマーカー遺伝子は,LINE配列とともに宿主染色体上に効率よく組み込まれた.現在,もう一つのハイブリッド・ベクターとして,レンチウイルス・ベクター産生能を持ったアデノウイルス・ベクターを作成中である.これらのハイブリッド・ベクターは,アデノウイルスによる高効率な感染能と,染色体への組み込みのメカニズムの両方を持ち合わせた,理想的な遺伝子治療ベクターとなることが期待される.
(文責 奥田晶彦)

(C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School