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埼玉医科大学雑誌 第29巻第1号別頁 (2002年1月) T1-T10頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School


Thesis

フェニルヒドロキノンの脱色素作用およびそのメラノサイト傷害の発現機序に関する実験病理学的研究

田山 邦昭

東京都立衛生研究所毒性部

(指導:高濱 素秀教授)
埼玉医科大学第二病理学教室

医学博士 乙第771号 平成13年4月27日 (埼玉医科大学)


 オルトフェニルフェノール(OPP;防カビ剤)およびその代謝中間体のフェニルヒドロキノン(PHQ)を黒色モルモットの皮膚へ塗布し,それらの脱色素作用を調べた.PHQは塗布した1%,5%溶液共に脱色素作用を示したが,OPPでは脱色素作用がみられなかった.PHQによる皮膚白色化の強度(分光測色計のL値)を,脱色素剤のヒドロキノン(HQ)や美白剤のアルブチン(AR),コウジ酸(KA)と1%−4%の濃度で各々比較したところ,PHQはHQの約4倍(モル濃度)であり,一方,AR,KAの強度は,溶媒に比べわずかしか上昇しなかった.脱色素が認められたPHQ ,HQの塗布部の組織像においては,表皮メラノサイトおよびメラニン顆粒が減少していたが,OPP, ARおよびKAの塗布部では,その様な変化はみられなかった.メラノサイト傷害作用は,HQよりもPHQで顕著であり,PHQ塗布群の電顕像はメラノソームの著減と共に,メラノサイトの変性,崩壊を示していた.このメラノサイト傷害の発現機序に関し, 被験物質の緩衝溶液中での酸素消費量(自動酸化能)やヒドロキシラジカル(・OH)等のシグナル強度を計測したところ,どちらもPHQにおいて最大で,HQがそれに次ぎ,OPP, AR,KAではほとんど認められなかった.これらの成績は被験物質の脱色素作用の強度と相関を示した.さらにPHQを加えた緩衝溶液中へメラニン合成系酵素チロシナーゼを添加すると,PHQの酸化は加速して,短時間に毒性の強い酸化物フェニルベンゾキノン(PBQ)を生成し,・OHのシグナル強度も増強させた.
 本報告は,黒色モルモット皮膚へ塗布したPHQが脱色素作用を起こし,それがメラノサイト傷害に起因していることを述べた.そしてそれはメラノサイト内在のチロシナーゼがPHQの酸化を促進し,強い細胞毒性を有する酸化物PBQや・OH等の活性酸素種をメラノサイト内で増大させることによる選択的メラノサイト傷害であることを示唆した.


 緒 言

 ヒトや動物の皮膚色や毛色を決定する最も重要な因子は,メラニン色素で,皮膚では表皮基底層に,また毛では毛球内に存在するメラノサイトとよばれる細胞で産生される.化学物質の中にはこのメラノサイトに作用し,ヒトや動物の皮膚や毛を脱色素する性質があるものが知られており,フェノール類やカテコール類などで多くの報告1)がみられる.
 著者らは,フェノール性芳香族化合物のオルトフェニルフェノール(o-phenylphenol:OPP,防カビ剤)の毒性試験の過程で,OPPを経口投与したC57BL黒色マウスでその被毛が白色化することを認めた2,3).しかし,OPPを皮膚に塗布しても被毛の白色化は起こらなかった.OPPの脱色素作用については陽性4,5)と陰性6)の両方の報告があり,不確定である.OPP代謝中間体のフェニルヒドロキノン(phenylhydroquinone:以下 PHQと略す)7)は,その化学構造が既知脱色素剤のヒドロキノン(hydroquinone:HQ)と類似していることから(図1.参照),OPPの経口投与でみられた脱色素作用は,PHQが直接の原因物質ではないかと疑われた.
 一般に成熟マウスでは,ドーパ(L-β-3,4-dihydroxy-phenylalanine:DOPA)陽性のメラノサイト,すなわち活性化メラノサイトは,毛球内でみられ,表皮には足裏,耳介,尾などの特定部位しか認められず,体幹の表皮基底層ではほとんどみられない8).有色モルモットは,体幹の表皮基底層に活性化メラノサイトを有し,欧米ではこれを用いた試験が多く行われているが,我が国では動物の入手が比較的困難であるためか報告は少ない.著者は,国立予防衛生研究所(現在の国立感染症研究所)より黒色モルモットJY-4の分与を受け,兄妹交配により維持・繁殖し9),これを用いてOPPおよびPHQを皮膚に塗布してその脱色素作用を調べた.さらに既知脱色素剤や美白剤とその強さを比較した.脱色素作用の評価は,肉眼判定,分光測色計による皮膚白色化の強度測定,表皮メラノサイトの光学・電子顕微鏡による形態学的検討,および表皮剥離標本の形態数量的検討により行った.さらにその発現機序に関し酸素消費量やElectron spin resonance (ESR)スペクトルの計測を行って,ラジカルあるいは被験物質の酸化物の関与を,メラニン合成系酵素であるチロシナーゼとの関連において調べた.そしてPHQのメラノサイト傷害性の発現機序について考察した.
実験材料および方法
A.動物実験(脱色素作用の検討)
被験物質:Phenylhydroquinone (PHQ) および比較対照物質としてo-phenylphenol (OPP),hydroquinone (HQ),arbutin (AR) および kojic acid (KA) は,東京化成(株)製のものを用いた.図1にそれらの構造式を示す.被験物質の濃度は,W/V%で各溶媒で調整した.溶媒には,下記の塗布実験1,2ではethanol (EtOH)を用い,塗布実験3ではAR, KA がEtOHで難溶であるため,dimethyl sulfoxide (DMSO) : EtOH が1:4の混合液を用いた.
使用動物:黒色モルモットは,10〜15週齢のJY-4雌雄を用いた.JY-4の由来,表皮メラノサイトの性状については,既報9)に示した.使用匹数は,各塗布実験当たり4匹とした.
飼育条件:動物は,室温24-25℃,湿度50-60%,換気10回/時,照明6:00-18:00に調節された一般飼育室でプラスチックケージに1匹飼いされ,滅菌フィルター経由水道水および(株)船橋農場製固形飼料GBW-1を自由に摂取させた.
塗布方法:バリカンとシェーバーで剪毛した背部皮膚に,黒色マーカーで縦横の長さが 4×4 cmあるいは 4×3 cmの四角に区切った部位(動物1匹当たり前者は6箇所,後者は8箇所)を設けた.その区画にマイクロピペットで,0.1 mlの被験物質溶液あるいはその溶媒を1日1回,週6日,5週間連続して塗布し,塗布部位は週1回剪毛した.被験物質は,週毎に調整し,冷蔵保存したものを使用した.
塗布物質およびその濃度:
塗布実験 1.PHQ およびOPPの脱色素作用の検討
 塗布物質は,PHQ,OPP共に1%,5%溶液および溶媒である.
塗布実験 2.脱色素剤HQとの比較検討
 塗布物質は,PHQ, HQ 共に1%, 2%, 4%溶液および溶媒である.
塗布実験 3.美白剤AR, KAとの比較検討
 塗布物質は,PHQ,AR, KAいずれも1%, 4%溶液および溶媒である.
皮膚色の評価:各剪毛した塗布区画について肉眼判定および分光測色計による評価を行った.
肉眼判定 皮膚白色化の判定は,Gellinらの基準6)を参考に,4段階評価法(−;皮膚に変化を認めない,±;軽度の白色化を認める,+;中程度な白色化を認める,++;高度な白色化を認める)で行った.
分光測色計による評価 分光測色計(CM-2022, ミノルタカメラ(株))を用い,機器設定条件については,既報10)と同様である(表1).表色系は,Labを用いた. L値は,明度を表し,適当な範囲では皮膚のメラニン含量に比例する数値であることが期待できる11).1区画5箇所,1箇所2回の機器による自動平均化の計測を行い,各群における動物4匹当たりのL値の平均値と標準偏差を算出し,Dunnett’sの多重比較検定法で溶媒群との間で有意差検定を行った.
皮膚標本作製および観察法:動物をエーテル麻酔下で致死させ,皮膚を採取し,DOPA陽性メラノサイト数の計測用として表皮剥離標本を,組織学的観察用としてホルマリン固定・パラフィン包埋標本,凍結切片用標本および電子顕微鏡標本を作製した.
表皮剥離標本 塗布実験2,3の各4%群および溶媒群の皮膚を直径5 mmのトレパンで採取した.表皮剥離およびDOPA反応による標本の作製はStariccoらの方法12)により行った.DOPA陽性メラノサイト数の計測は,画像解析装置(SP-500,オリンパス光学工業(株))を用い,1区画1標本当たり顕微鏡倍率400倍下4視野で2標本の平均値を求め,1 mm2当たりの動物4匹分の平均値と標準偏差を算出し,Dunnett'sの多重比較検定法で溶媒群との間で有意差検定を行った.
ホルマリン固定・パラフィン包埋標本 塗布実験1-3の各群の摘出皮膚は, 10%緩衝ホルマリン液で約20時間固定後,定法に従ってパラフィン包埋し,組織切片を作製した.メラノサイト染色に S-100(抗S-100 polyclonal 抗体:DAKO Co.)免疫染色を行い,核染色にhematoxylinを用いた.メラニン顆粒の観察にはFontana-Masson(FM) 染色を行い,核染色にKernechtrotを用いた.
凍結切片用標本 塗布実験1-3の各群の摘出皮膚を凍結切片作製用包埋剤(OCT Compound, Sakura Finetek USA, Inc.)で包埋し,液体窒素で凍結し,−80℃のフリーザー内に保存した.凍結標本をクリオスタット(Cryo 2000, Sakura Finetek USA, Inc.)で薄切し,スライドグラスに添付し,10%中性緩衝ホルマリン液で5分間固定を行い,0.1%DOPA溶液(pH6.8リン酸緩衝液)で37℃,6時間反応後,水洗,Kernechtrotによる核染色を行い,脱水後,封入剤で封入し,DOPA陽性メラノサイトを光学顕微鏡で観察した.
電子顕微鏡標本 塗布実験1の溶媒群とPHQ塗布群の皮膚を採取し,2.5%グルタールアルデヒドで2時間固定し,固定途中でtissue sectioner (TC-2,Sorvall,Inc.) を用いて皮膚の垂直方向に細切した.水洗後,1%オスミウム酸で1時間固定を行い,脱水し,プロピレンオキサイド処理後,エポキシ樹脂包埋し,恒温器で樹脂を重合させた.樹脂重合標本をウルトラミクロトーム(Ultracut E,Reichert-Jung AG)で超薄切し,薄切した切片を酢酸ウラニウム・クエン酸鉛の二重染色を施し,透過型電子顕微鏡(H-7000,(株)日立製作所)で観察した.
B.生化学的実験.(被験物質の化学的性質および酵素添加の影響)
被験物質:phenyl-p-benzoquinone(PBQ;SIGMA Chemical Co.) および動物実験の被験物質と同一の5物質を用いた.
 使用機器,測定条件および定量:酸素消費量の測定には,酸素モニター(Model 5300, Yellow Springs Instrument Co., Inc.)を用い,UV-可視部吸収スペクトルの測定には,分光光度計(Model UV-250, (株)島津製作所)を用いた.PHQ量や酸化物生成量の測定には,high-performance liquid chromatography (HPLC)装置(Model HPLC-837,東洋ソーダ(株))を用い,測定条件は,TSKgel ODS-120 T カラム4.6 mm×25 mm,移動相acetonitoril:水 の比が3:2 (pH 3.2),1 ml/分である.各標準物質から酸化物を同定し,ピーク面積から生成量を算出した.ESRスペクトルの測定には,ESR装置 (JES-TE200, 日本電子(株))を用い,測定条件は,modulation freaquency 100 kHz, microwave power 3 mW, sweep time 1.25 mT/min, magnetic field 332±5 mT, modulation amplitude 400 mT, response time 1 secであり,ヒドロキシラジカル (・OH)の検出には,スピントラッピング法により行い,トラップ剤としてDMPO (5,5-dimethyl-1-pyrroline-N-oxide, Labotec Co. Ltd.) を用いた.シグナル強度の比較は,内標として用いたMn2+のシグナルに対する相対強度(被験物質のシグナルの幅/Mn2+のシグナルの幅)の比により行った.
生化学的実験1.被験物質の酸素消費量およびそれに伴うPHQの吸収スペクトルの変化と酸化物の同定
酸素消費量の測定:PBQを除く5物質について測定した.3 mlのKrebs-Henseleit 緩衝液 (pH 7.4, 30℃) にDMSOに溶解した被験物質を最終濃度 0.5 mMで各々加えた.約12分後,反応液にsuperoxide dismutase (SOD,30 U,Sigma Chemical Co.) とcatalase (30 U,Sigma Chemical Co.) を添加し,酸素消費への影響を調べた.
 吸収スペクトル変化:上記測定と同様の条件で,PHQ(0.5mM)の時間経過(0, 15, 30分)による吸収スペクトルの変化を分光光度計で測定した.
酸化物の同定:上記測定と同様の条件で,PHQ(10μM)を加えて時間経過による酸化物生成量を,HPLC装置により波長254 nmで計測した.
生化学的実験2.被験物質のESRスペクトルおよびPHQへの酵素添加によるESRスペクトルの変化
被験物質のESRスペクトル:6物質について調べた.予備実験から,緩衝液中における被験物質のラジカル,特にセミキノンラジカル(SQ)の発生は,pHと時間経過に依存することから,0.1 M リン酸緩衝液(pH 8.6,室温)に被験物質を1 mMおよびDMPO 0.2 mM を加え,直ちにESR装置により各物質のスペクトルを測定した.
 PHQへの酵素添加によるESRスペクトルの変化:0.1 Mリン酸緩衝液(PH 6.8, 37℃)中にPHQ(1 mM)およびチロシナーゼ(100 U/ml,マッシュルーム由来,Sigma Chemical Co.)を加え,37℃でインキュベートした.測定時にDMPO 0.2 mMを加え,ESR装置により時間経過(0, 15, 30分)によるシグナル強度を測定した.チロシナーゼ無添加のものを対照とした.
生化学的実験3. PHQ酸化への酵素添加による影響
吸収スペクトル変化:0.1M リン酸緩衝液 (PH 6.8, 37℃) 中にPHQ(0.1 mM)およびチロシナーゼ(100 U/ml)を加え,時間経過(0, 15, 30分)による吸収スペクトルの変化を分光光度計で測定した.
酸化物生成量の測定:上記と同一条件下でPBQの生成量をHPLC装置により波長 373 nmで計測した.対照としてチロシナーゼ無添加のものを同様に測定した.

 結 果

A.動物実験
皮膚観察,皮膚色測定および表皮メラノサイト数
塗布実験 1.PHQ およびOPPの脱色素作用の検討
 皮膚は,PHQ5%および1%群で白色化し,5%群ではほぼ完全な脱色素を示した.その肉眼判定はPHQ5%群で++,1%群で+であり,分光測色計L値は,PHQ5%群 42.74,1%群 37.47,と溶媒群 30.78に比べ有意に高くなった(表 2).なお,OPP5%群ではL値に有意差がみられたが,セロテープ剥離後の皮膚のL値は,溶媒群のそれとあまり差はみられなくなることから,OPP塗布による皮膚の白色化は,脱色素作用によるものではなく,OPPの白色結晶の付着によるものであると推定された.
塗布実験 2.脱色素剤HQとの比較検討
 PHQは,HQよりも皮膚の白色化作用は強く,分光測色計L値においてPHQ2%群 36.05は,HQ4%群 36.35と,またPHQ1%群 35.45は,HQ2%群 34.72とほぼ同等であり, PHQは,HQよりもパーセント濃度で約2倍,モル濃度で約4倍強い皮膚の白色化作用を示した.メラノサイト数は,HQ4%群の 318個/mm2に対し,PHQ4%群の 121個/mm2と,PHQはHQの約1/3であった(表3).それらの形態では,溶媒群に比べPHQ4%群ではメラノサイトが著減し,樹状突起数が少ないもの,また細胞が壊れ樹状突起の一部のみが残ったものが観察された.HQ4%群でも,PHQ4%群と同様の傷害(樹状突起数の減少,細胞の破壊)を起こしていた(写真 1-a,b,c).
塗布実験 3.美白剤AR, KAとの比較検討
 ARおよびKA塗布群は,PHQ群に比べ皮膚の白色化作用は非常に弱く,分光測色計L値において溶媒群に対して差を示したAR4%群およびKA4%群は,OPP群と同様に皮膚表面に塗布物質の結晶と思われる白色物が付着しており,脱色素作用よりは塗布物質の付着による効果の方が大きいと考えられた.なおKA4%群では塗布の回数を重ねることにより,皮膚表面の白色物が淡褐色に変化した.メラノサイト数では,ARやKA塗布群と溶媒群との間で差はなかった(表4).それらの形態でも,ARやKA塗布群と溶媒群との間であまり変化なかった(写真1-a,d).
光学顕微鏡による観察
 DOPA陽性メラノサイトおよびS-100陽性細胞(メラノサイトおよびランゲルハンス細胞)は,溶媒群に比べPHQ5%群ではほとんど消失していたが,PHQ4%群ではまばらにみられた(写真2-a,b,写真3-a,b).PHQ 2%および1%群またはHQ4%および2%群では,溶媒群と比較してやや減少していた(写真2-c).OPP 1%および5%群,ARやKAの1%および4%群およびHQ1%群においては,溶媒群とほとんど変化はみられなかった(写真2-d). FM染色で陽性のメランニン顆粒は,溶媒群に比べPHQ5%群ではほとんど認められず,PHQ4%および2%群ではわずかのみ認められたが(写真4-a,b),HQ4%および2%群またはPHQ1%群ではわずかな減少であった.HQ1%群およびARやKAの1%および4%群では,溶媒群と比較してほとんど変化はなかった.なおその他の所見として,PHQ5%および4%群またはHQ4%群で,表皮の肥厚と共に表皮基底層の乱れが観察され,これと並行して真皮性メラノサイトの増加が確認された.またPHQ 1%群でもわずかな表皮の肥厚が観察された.
電子顕微鏡による観察
 PHQ5%群は,色素顆粒であるメラノソームを有するメラノサイトを確認することが非常に困難で,ケラチノサイトにもメラノソームはみられなかった.PHQ1%群では溶媒群に比べ,そのメラノサイト(写真5-a,b)は,メラノソームが少なく,不整な形をし,またその崩壊像や,細胞質の空胞化が著しいものも観察された.またケラチノサイトでもメラノソームが顕著に減少していた.
B.生化学的実験
被験物質の酸素消費量およびそれに伴う吸収スペクトルの変化と酸化物の同定
 被験物質の酸素消費量の計測結果を図2-Aに示す. pH7.4の緩衝溶液中でPHQはHQより多く(約3倍)の酸素を消費した.OPP, KA, ARは酸素消費を示さなかった.12分後の反応液中へのSODとcatalaseの添加(図2 A, 矢印)で,PHQ,HQ溶液は,酸素量の回復を示した.即ち緩衝液中へのPHQあるいはHQの添加が引き起こす酸素消費は,被験物質の酸化反応においてO2 からスーパーオキシドラジカル(O-2)が生成していることを意味しており,SODおよびcatalaseの添加による酸素量の回復は,以下の(1),(2)の反応によりO2 が生成することを示している.(1)2O2-+2H+ → H2O2 + O2(SOD), (2) H2O2 → H2O +1/2 O2 (catalase).
 被験物質溶液のUV-可視部吸収スペクトルは,時間経過に従い変化した(図2-B).これは,緩衝液中(pH7.4)の300 nmのピーク(PHQ)が,時間経過(0,15,30分)に伴い減少し, 373 nmのピーク(酸化物PBQ)が増加したことを示す.
HPLC分析(図2-C)により,同緩衝液中に10μM加えられたPHQは,自動酸化により30分後には 1.3μMの PBQを生成することを確認した.
被験物質のESRスペクトルおよびPHQへの酵素添加によるESRスペクトルの変化
 緩衝液中での被験物質のESRスペクトルの測定より,PHQ,HQ,PBQは,SQあるいは・OHを発生させたが,OPP, KA, ARは,それらの発生をさせなかった(図 3a-f).SQのシグナルの相対強度は, PHQは9.0,HQは9.3とほぼ等しかった. 一方,・OHの相対強度は PBQ 1.9,PHQは 1.0であり,PBQは,PHQの約2倍であった.またHQについてはわずか(0.3)の発生であった.
 PHQを加えた緩衝溶液中へチロシナーゼを添加すると,時間の経過に伴い・OHの発生が増大した.一方チロシナーゼ無添加では,30分後でも極わずかの発生しかみられなかった(図 3g,h).それらの相対強度は,無添加で0.13,チロシナーゼ添加で1.50と,チロシナーゼは,・OHの強度を約12倍高めた.一方,PHQのセミキノンラジカル(フェニルセミキノン;PSQ)は,チロシナーゼを添加しても極わずかしか産生されなかった.
PHQ酸化への酵素添加による影響
 UV-可視部吸収スペクトルの測定の結果(図4-A)において,PHQ(100μM)を加えた緩衝溶液(pH6.8)にチロシナーゼを添加するとそのスペクトルは,時間の経過に伴い300 nm のピーク(PHQ) から 373 nm のピーク(PBQ) へ移行し,30分間インキュベーションしたものでは,その大部分が 373 nm のピーク(PBQ) へ移った.一方チロシナーゼ無添加のものでは,ほとんど変化はみられなかった.HPLC分析による酸化物の定量の結果(図4-B,C)は,チロシナーゼを添加してインキュベートした100μMのPHQは,30分間で77μMのPBQを生成したことを示している.これは,チロシナーゼ無添加の生成量 7μMの約11倍であった.この結果は,チロシナーゼがPHQの酸化を触媒して,短時間に多量のPBQを生成させるように働いたことを示す.

 考 察

. PHQ塗布による脱色素作用発現とその強度および脱色素部位の形態学的観察 
 本報告において, PHQがモルモット皮膚への塗布により脱色素を引き起こし,さらに既知脱色素剤や美白剤に比べ,その作用が強力であることを示した.その作用強度を,分光測色計L値で比較すると,PHQが最も強く,HQの約4倍(モル濃度)であった.Gellin6)らの報告によると,黒色モルモットへ塗布した11の物質の中で一番強力であったhydroquinone monomethylether (MMH)は,0.25 M で皮膚白色化の肉眼判定が++(complete depigmentation,塗布33日目)であった.PHQは,ほぼ同じ濃度(5%,約0.27 M)で肉眼判定において++(塗布35日目)を示しており,MMHに匹敵するほどの強力な脱色素作用を持つと言える.
 PHQおよびHQの脱色素部位の表皮剥離標本,病理組織標本,免疫組織標本の光学顕微鏡による観察の結果は,メラノサイトの数的減少およびその破壊が起こっていることを示している.更にPHQ塗布群の電子顕微鏡観察によって,メラノソームの著減と共に,メラノサイトの変性および崩壊が確認された.Jimbowら13)は,電子顕微鏡により脱色素したHQ塗布部において, これと同様の変化を観察し,HQが比較的高い選択性をもってメラノサイトを傷害し,メラニン生成を抑制することを報告している.従って本実験で確認されたPHQ による脱色素作用は,HQと同様にメラノサイトへの細胞傷害作用に基づくものであると考えられる.
. PHQの脱色素作用の発現機序について 
 モルモット塗布部の組織像は,PHQの脱色素作用がメラノサイト傷害に基づくものであることを示したが,更に生化学的実験の結果は,メラノサイト内チロシナーゼがPHQの酸化を促進して,毒性の強い酸化物PBQや,反応性の高い・OH等の活性酸素種をメラノサイト内に急激に増やすことによる細胞傷害であることを強く示唆している.以下にその根拠を示す. 
@被験物質の脱色素作用の有無や強度と,自動酸化能,ラジカル産生能とはよく相関する.
 黒色モルモット皮膚への塗布により脱色素を起こすPHQ およびHQは,自動酸化し,その過程でO2,H2O2 ,SQおよび・OH等を生成するが, 一方脱色素作用をほとんど示さないOPP,AR,KAは,酸素消費もラジカルの発生もみられない.PHQは,HQの1/4のモル濃度で脱色素作用を引き起こし,自動酸化能も強く,同一モル濃度での酸素消費量はHQの約3倍である. 酸素消費量の増加はO2やSQの増加を意味しており,O2は更に毒性の強いH2O2や・OHの産生を招来する.実際,・OH やSQは,HQ,PHQおよびその酸化物PBQの水溶液から検出されている.HQとPHQでSQの強度に差はあまりみられないが,・OHの強度は,PBQ>PHQ>HQの順であり(図3 a-f),自動酸化能や・OH等 のラジカル生成能は被験物質の脱色素作用強度に関連していることを示唆している.
AチロシナーゼがPHQからPBQへの変換を加速する.
 チロシナーゼを添加したPHQ の水溶液中でのPBQの生成量は,チロシナーゼ無添加の約11倍であった(図4).これはPHQがチロシナーゼ酵素によりPBQの生成を急激に増やしたことを示している.これに伴い,・OHのシグナル強度も増加した(図3 g,h).このことは,チロシナーゼがPHQの酸化を触媒することにより,大量のPBQが一度に生成して・OHを発生させていることを示している.
B酸化物PBQは毒性が強く,・OHも産生し細胞を傷害する.
 以前に著者ら14)は,PBQが動物への経口投与でOPP,PHQに比べ強い致死毒性を示すこと,および経口投与されたOPPの毒性がGSH合成酵素の阻害剤の前投与により強まり,肝臓や腎臓の壊死を引き起すことを認めている.これは,求電子性のPSQやPBQなどの代謝中間体が毒性を発現させる上で重要であるとことを示している.ラット単離肝細胞に対しては,PBQはPHQの1/5の濃度で細胞毒性を示す15).また著者は,PHQ あるいはPBQをモルモット皮膚へ塗布すると,PBQが比較的短時間に塗布部の壊死を起こすのに対し,PHQは同じ濃度では壊死を起こさないことを認めている. さらにPBQは,同一モル濃度でPHQの約2倍の ・OHのシグナル強度を示す(図3 e,f).従って,PHQの酸化物PBQは,それ自身の強い毒性と共に容易に・OHを発生させる性質を有し,これが細胞を強く傷害することを示唆している.
 PHQの脱色素作用の機序についてこれらのことをまとめると,図5に示したようになる.これは,メラノサイト内でチロシナーゼがPHQを基質としてその酸化を触媒し促進して,細胞毒性の強い酸化物PBQや・OH 等の活性酸素種を急激に増やすことを示している.一般にHQ類の毒性においては,自動酸化の過程で生成するセミキノン体,キノン体,およびO2を含む活性酸素種などが重要な役割を担っている16).肝腎毒性14),や腫瘍誘発性17)が報告されているOPPについては,これらの傷害や発癌の説明として,HQ類と同様,肝臓での代謝で生成したPHQ の酸化還元サイクル(PHQ-PSQ-PBQ)や,それに伴い発生する活性酸素種の関与が考えられている18-20).メラノサイト傷害性についても,HQ類では同様なキノンーセミキノンの酸化還元サイクル機構の関与が指摘されている21).しかし一般には,フェノール類やカテコール類等のメラニン合成阻害作用については, メラニン合成過程の種々の段階での阻害が考えられており1),細胞障害性の観点からの報告は少ない.最近チロシナーゼがキノン体生成を促進することが報告された22).これは,本実験の結果が示したPHQのメラノサイト特異的傷害作用の説明と一致している.このことは,PHQとHQとにおける脱色素効果の強さの違いがその酸化物の細胞毒性に依存している可能性を示すものである.
。.OPP,AR,KAの脱色素作用について
 OPPは,モルモットへの5%塗布でも,Gellinら6)の報告と同様に脱色素作用を示さなかった.著者らはさらにOPPの高濃度(10%, 20%)についてもその作用を検討したが,同様に脱色素作用はみられなかった.OPPは,緩衝溶液中ではほとんど自動酸化しないことから常温で安定であり,OPP のPHQへの酸化は,肝臓の薬物代謝酵素チトクロームP-450が必要である7).従って工場作業者や病院労働者へのOPPを含む化学物質の暴露により認められた皮膚の脱色素の症例報告に関しては4,5),化学薬品に含まれる不純物や化学プラント内で生成したPHQ等の酸化物による影響等の可能性が考えられる.またTuerら23)のOPPによる皮膚感作試験では,ヒトの皮膚において脱色素作用は認められていない.これらのことを考え合わせると,OPP自体には脱色素作用はないものと結論される.
 美白剤ARやKAは,OPP同様,黒色モルモットへの塗布で脱色素効果をほとんど示さなかった.分光測色計L値の増加は,塗布物質の付着によることも考えられる.このことは,表皮剥離標本の表皮メラノサイト数やメラノサイトおよびメラニン顆粒の組織学的観察で,ARやKAは,HQやPHQの様な選択的メラノサイト傷害性を有せず,さらに溶媒群との比較でも,ほとんど差がみられないことからも類推された.ARやKAのメラニン生成抑制作用は,メラノサイトへの傷害によるものではなく,メラニン産生に必要な酵素チロシナーゼの活性阻害であると考えられている24,25).ARやKAは,ヒトの皮膚では脱色素効果が実証されている26,27)が,今回使用した黒色モルモットJY-4のように活発にメラニンを産生しているものに対しては,脱色素効果を現すほどには至らないものと推察された.

 結 語

 本実験において,黒色モルモットへの塗布によりPHQは,脱色素作用を示した.肉眼判定および分光測色計L値の増加により示された皮膚白色化,組織学的に観察したメラノサイトやメラニン顆粒の減少,および電子顕微鏡により観察されたメラノサイトの変性・崩壊像などは,PHQよる皮膚白色化が表皮メラノサイトの傷害によるメラニン生成抑制によることを示した.PHQの皮膚白色化の強さは,既知脱色素剤HQに比べモル濃度で約4倍であり,また脱色素作用と自動酸化の強さ,即ち酸素消費量や・OH 等の活性酸素種のシグナル強度とはよく相関していた.さらにメラノサイト内にあるメラニン合成系酵素チロシナーゼはPHQの酸化を触媒し,細胞毒性の強い酸化物 PBQの生成量を増大させ,・OH等の活性酸素種の生成も増やした.従って,メラノサイト内でPHQの酸化の亢進により生成した毒性の強い酸化物PBQや・OH等のラジカルが,PHQの塗布により生じたメラノサイト傷害の原因であると考えられる.PHQの代謝前駆物質であるOPPあるいは美白剤のAR,KAは,黒色モルモットへの塗布実験において,ほとんど脱色素作用を示さなかった.

 謝 辞

 本稿を終えるにあたり,御指導を戴いた埼玉医科大学第二病理学教室高濱素秀教授に深甚なる感謝の意を表します.また本研究にご助言を頂いた国際医療福祉大学増谷衛教授に深謝いたしますと共に,実験の実施に際しご協力頂いた東京都立衛生研究所生活科学部中島和雄,毒性部中川好男,坂本義光,各主任研究員ならびに電子顕微鏡による検討に御協力戴いた埼玉医大第二病理学教室の後藤義也技師に深謝いたします.また病理標本作成に御協力下さった東京都立衛生研究所毒性部病理研究科の各位に感謝いたします.さらにJY-4モルモットを分与して下さいました国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)故中川雅郎博士に心よりお礼申し上げます.

 文 献

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(C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School