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原 著
新生児に対するB型肝炎ワクチン皆接種制度の効果
―台湾における実績から―
田 昌坤,栗原 伸公,柳澤 裕之,和田 攻
埼玉医科大学衛生学教室
〔平成13年12月14日受付〕
緒 言
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B型肝炎の予防は,急性・慢性肝炎の予防のみならず,肝硬変,肝癌の予防という観点からも重要である1).B型肝炎ウイルスの最も主要な感染経路は,母子間の垂直感染である.日本および台湾のデータでは,母親がHepatitis
B surface antigen(HBsAg)陽性である場合には約40−50%の子供が,また母親がHepatitis B e antigen (HBeAg)陽性である場合には約90%の子供が,B型肝炎に感染するとされている2-6).次に家庭内の子供間の水平感染も多い.台湾のデータとして,兄弟がHBeAg陽性である場合には,約25%の子供に感染が起こるという報告がある.さらに,感染が低年齢に起こると,高確率でキャリアー化する.台湾では10から14歳の既感染者のうち約20%がHBsAg陽性者とされている7).当然のことながら,キャリアーは感染源になるばかりでなく,自らが慢性肝炎,肝硬変,肝細胞癌の高いリスクを持つことになる.従って,出生時から幼児期の感染予防,とくにワクチン接種がこれら肝疾患の大きな予防手段の一つといえる.
B型肝炎ワクチン接種については,日本では,1986年に母親がHBeAg陽性である場合の新生児に対して公費でワクチン接種を行う助成制度が施行された.これは強制力を持つものでなく任意ではあるが,当初より80−90%以上の妊婦が血液検査を受けていた8).その後,1992年には対象者を母親がHBsAg陽性者の児に拡大し,今日に至っている(Fig.
1).なお,この方式はWHOが推奨するものであり,現在日本をはじめ,多くの国々で採用されている.
一方,台湾では,この方式をさらにすすめたシステム,すなわち,全ての児にワクチン接種を行うというシステムを採用している.その理由の一つには,台湾におけるB型肝炎ウイルスの感染率の高さがある.すなわち,台湾のHBsAg陽性率は,約15−20%であり2,3,6,7),これは現在2−3%である日本や,0.1%程度の米国,イギリスなど世界の他の多くの国々に比べて非常に高い4,
8-10).こうした背景から,台湾では,1984年に母親がHBsAg陽性の新生児を対象にして,強制力のあるワクチン接種制度を開始し,1987年にはその対象を全ての新生児に広げるとともに,1984年にさかのぼり,それ以降に生まれた幼児全てを対象としたワクチン接種が行われた(Fig.
2).従って,1984年以降に出生した世代は,全員が遅くとも幼児期までにワクチン接種の対象となった.親の判断等により接種を初回から行わなかったり,追加接種を中止したりしたケースを除いて,実際には,1984年以降は約80%,96年以降になると90%以上の児にワクチン接種がなされた(Table).一方,1984年以前にはワクチン接種はほとんどなされていない.2001年前半,これらワクチンを接種された最初の世代が満16歳に達し,その効果が評価可能となり始めている.
本研究では,このような特有の制度を持つ台湾の最新のデータを分析することにより,新生児全員を対象としたワクチン接種の効果について評価を行った.具体的には,まず台湾省の東部に位置する台東縣において3800人規模の実地調査を行い,HBsAg,HBs
antibody (Ab),antibody to hepatitis C virus (HCV−Ab)陽性率を調べた.ここで,HCV−Abについてはネガティブ・コントロールとして調べた.すなわち,B型肝炎ウイルスワクチン接種導入前後で,C型肝炎について同様の対策は行われていていないことから,ワクチン接種以外に同時にウイルス性肝炎に大きな影響を与えたものがある可能性を極力排除するために測定したものである.次に,最新の死亡統計からワクチン接種が肝硬変や肝癌の死亡率を低下させたかどうかについても調査した.こうして得られたデータについて,多くの国と同様にハイリスク群の新生児に限定した接種制度を採用している日本のデータと比較するなどの検討を行い,新生児全体に対するB型肝炎ウイルスワクチン接種の効果について考察した.
方 法
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1.台東縣における血液データ
調査は台東縣衛生局および管内の保健所の協力により行った.2000年3月に,台湾省台東縣内の16保健所において,保健所の健康調査事業として,住民台帳から乱数表により任意に選ばれた住民から採血された血液のうち,採血前に保健婦が研究の趣旨を十分に説明した上で同意が得られた住民のものを用いて,HBsAg,HBsAb,およびHCV−Abを定性評価した.内訳は,10歳から88歳で,男1590名,女2194名,合計3784名であり,これは台東縣の人口の約80分の1に相当する.こうして得られたそれぞれの陽性率を,各地域毎に,性別・年齢別人口で補正し,台東縣全体における年齢階層別陽性率を推定した.
2000年8月に,20歳未満の男女(男792名,女536名,合計1328名)を対象として,先と同様にして集めた血液について,HBsAgを定性評価し,出生年次,男女別に集計した.すなわち,1981年から1983年までに出生した人々(ワクチン非接種世代)と,1984年から1991年までに出生した人々(ワクチン皆接種世代)との間で,HBsAg陽性率を比較した.比較においては,比率の差の検定を行った.
血清中のHBsAg,HBsAb,HCV−Abの測定については,市販のEnzyme Immuno−assayキットを用いて行った.使用したキットはそれぞれ,Microgen
Bioproducts社(Surrey, UK)のSurase B−96,ANTISURASE B−96 およびGeneral Biologicals社(新竹,台湾)のSP−NANBASE
C−96である.
2.死亡統計による台湾全土の肝細胞癌,肝硬変死亡率の推計
台湾省衛生署発行の年齢別死亡統計(「中華民国衛生年鑑」)(1980-1999)により,肝細胞癌および肝硬変死亡率の,年度・年齢・性別死亡者数を調査し,同じ年鑑に掲載されているそれぞれに対応した人口統計をもとに,台湾において,ワクチン非接種世代と,ワクチン皆接種世代が,年齢・性別に,肝細胞癌,肝硬変によってどのような割合で死亡したかについての概算を行った.台湾におけるワクチン非接種世代は1975年から1983年の間に出生した人々とし,ワクチン皆接種世代は1984年から1994年の間に出生した人々とした.これらの計算において,死亡者数のデータは,各年度で,5年間の年齢層(5−9,10−14歳など)ごとのものしか得られなかった為,その範囲内でその年度の各出生年別の死亡率は同じであると仮定した.そして,その値を出生年毎に,それぞれ5歳毎の年齢区分(5−9,10−14,15−19,20−24歳)で集計し,最後に群別に平均して概算値とした.なお,ワクチン皆接種群については,16歳以上のデータはまだないので,14歳以下の2区分のみを算出した.0−4歳については,肝癌,肝硬変による死亡は,それぞれ肝芽細胞腫,先天性胆道閉鎖症によるものが多く,肝炎由来のものは非常に少ないこと11-13),また,ワクチン接種方法の変更により1984年から1987年の間のデータには,0−4歳において一部ワクチン未接種の児のデータが含まれる(Fig.
2)ことから,評価の対象から除外した.また,厳密にいえば,ワクチン接種世代群の中でも,1984年から1991年までに生まれた人と,1992年以降3年間に生まれた人は,接種を受けたワクチンの種類が異なっている(Fig.
2).1992年以降に用いられているワクチンはより抗体獲得率が高いとされているが,我々のデータでは,1992年前後で各死亡率がともに極めて低く,その効果が顕著な差としては現れなかったこと,また,1992年以降に出生した世代は最年長で8歳であり,5から8歳についてもそのデータは1992年以前の出生世代に比べて非常に少ないことから,今回はワクチンの種類にかかわらず1984年以降に出生した「ワクチン皆接種世代」全体を1つの群としての扱い,ワクチン非接種群と比較することとした.なお,1994年出生世代については,接種方法がそれまでの4回接種から3回接種に変更されているが,同様の理由でやはりワクチン皆接種世代として一括した.
統計計算にあたっては,概算された人口をもとに,正規分布を利用した独立2標本の母比率の差の検定を行った.
結 果
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1.台東縣における年齢別肝炎ウイルス関連血液データ
Fig. 3, 4に全年代の男女別年齢別のHBsAg,HBsAb,HCV−Abの陽性率を示した.ワクチン制度が導入される以前の年代に相当する20歳以上の男性については,年齢とともにHBsAgが低下し,HBsAbが上昇しているが,ワクチン接種制度導入後の世代(10−16歳)が3分の2含まれる10代においては,この傾向とは異なる傾向を示した.すなわち20代に比べて,HBsAgは低値を,またHBsAbは高値を示した.また,女性についても,20歳以上で,HBsAgはなだらかに減少し,HBsAbはほぼ一定の値を示したのに対し,10代のみ,20代に比べてHBsAgは若干の低値,HBsAbは高値と,20代以降とは異なる傾向を示した.ネガティブ・コントロールとして調べたHCV−Abについては,このような変化は見られず,全体を通じて年齢の上昇に伴いほぼ一様に上昇していた.
2.台東縣におけるワクチン接種制度別HBsAg陽性率の比較
台東縣において,ワクチン接種の制度ができる以前の世代のうち比較的若い世代(1981−1983年生)と原則的に全員が幼児期までにワクチン接種をした世代(1984−1991年生)とのHBsAgの陽性率を男女別に調べた結果を,Fig.
5に示す.HBsAg陽性者は,ワクチン非接種世代では,男性で300名中65名(21.7%),女性で119名中19名(16.0%)であったのに対し,ワクチン接種世代では,男性で492名中31名(6.3%),女性で417名中7名(1.7%)であった.男女ともに,ワクチン非接種群に比して,ワクチン接種群は有意に低い値を示した(ともにp<0.001).
今回調査したワクチン接種世代のHBsAg陽性率は,男女を平均すると4.0%(合計909名)であった.この調査の被験者の年齢は9歳から16歳である.Sungらによれば,1983年におけるワクチン非接種世代のほぼ同じ年齢層,すなわち10−14歳のHBsAg陽性率(男女の記載はなし)は,157人中34名(21.7
%)である7).これと比較しても,今回のワクチン接種群のHBsAg陽性率は有意に低い(p<0.001).なお,仮にSungらのデータがすべて男性または女性であったとして今回のデータと比較した場合も同様であった(ともにp<0.001).
3. 台湾におけるワクチン接種制度別肝細胞癌死亡率の比較
Fig. 6に,台湾全体におけるワクチン非接種世代(1975−1983年生,(−)群)とワクチン接種世代(1984−1994年生,(+)群)の年齢層別肝細胞癌死亡率を男女別に示した.このうち男性では,5−9歳において,(−)群に比べ,(+)群で肝細胞癌死亡率が有意に低下していた(−:1.013×103人中9.37人,+:864×103人中1.88人,p<0.05).10−14歳では,(+)群で若干死亡率が低下していたが,有意ではなかった(−:968×103人中7.07人,+:961×103人中4.60人,p
= NS).一方,女性では,各年齢層での肝細胞癌死亡率について,両群に差は認められなかった.
4. 台湾におけるワクチン接種制度別肝硬変死亡率の比較
Fig. 7に,台湾全体における(−)群と(+)群の年齢層別肝硬変死亡率を男女別に示した.男性では,5−9歳,10−14歳ともに(+)群で若干の有意でない低下が認められた(5−9歳,−:1.013
×103人中2.15人,+:864×103人中0.61人:p = NS; 10−14歳,−:968×103人中1.33人,+:961×103人中0.39人,p
= NS).一方,女性では,各年齢層で両群に差は見られなかった.
考 察
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HBsAg陽性率
台東縣における実地調査により,ワクチン皆接種制度開始後に生まれた世代のHBsAg陽性率は,制度開始以前の世代の陽性率に比べ有意に低いことが明らかとなった(Fig.
5).また,このワクチン接種世代の陽性率を,文献上見られる制度開始以前(1983年)の世代の同年齢(10−14歳)のHBsAg陽性率と比較しても,やはり有意に低かった.さらに,ワクチン皆接種制度という「介入」の結果,これまでの年齢によるHBsAg,およびHBsAb陽性者の分布状況は大きく変化しはじめていることが示された(Fig.
3).一方,HCV陽性率には変化は見られなかった(Fig. 4).これらのことから,台湾におけるワクチン皆接種制度は,B型肝炎ウイルス感染を有意に抑制していることがあきらかとなった.
この傾向は,過去のいくつかのデータと合致している14-16).しかしながら,それらのデータはいずれも数年前のものであるので,ワクチン接種世代での最年長者が10歳程度に留まっている.本研究のデータは最新の調査に基づくものであり,ワクチン接種世代の最年長者も検査時に16歳であることから,調査の意義と結果の信頼性がこれまでより高いものと思われる.当然のことながら,こうした調査は,将来ほとんど全ての世代がワクチン接種世代となるまで,今後も行われつづけるべきものであろう.
日本でも,1986年にハイリスク群に対する接種制度が始まった.この接種制度以降の世代のB型肝炎キャリアー率を全国的に調査した報告は,新生児を対象としたものを除き入手できなかったが,岩手県の小学校児童について1978年から1990年まで13年間にわたり毎年行った調査によると,小学校4年生のHBsAg陽性率は1978年に生まれた児童では0.98%であったものが,感染防止対策が始まった1986年以降に生まれた児童では,0.02%〜0.06%まで低下している17).日本では,キャリアー率はもともとワクチン接種制度以前から10歳以下では1%未満である.ワクチン接種制度後この値はさらに低値となっているため,少なくとも数万人規模の小児の採血による調査が必要となる.こうしたことがこのような調査がない理由の1つとなっているものと思われる.今回,本研究においても,同様の理由から接種制度以降の世代のB型肝炎キャリアー率についての実地調査は行ってはいない.ただし,新生児に関するデータとしては,いくつかの報告がある.吉沢らによれば,1989年出生の新生児のうち,キャリアー化したと考えられるのはわずかに0.04%であるとのことである4).また,白木らのグループによる推計では,ワクチン接種制度により,出生児のキャリア率の0.26%から0.03%への低下が認められる18,19).この他,はじめに述べたとおりワクチン接種を行わなければ,HBeAg陽性妊婦からの母子感染成立は約90%とされている2-6)が,ワクチン接種が行われたHBeAg陽性妊婦からの出生した児154例を5〜13歳の時点で調査したところ,キャリアーはわずか6名(3.9%)であったとの報告もある18).こうしたことから,日本における,対象を限定したワクチン接種制度も,B型肝炎罹患に関して一定の抑制効果をもっていると言ってよいものと思われる.
肝細胞癌死亡率
Fig. 6に示すように,台湾では,B型肝炎ウイルスワクチン皆接種の制度は,低年齢の男児の肝細胞癌死亡率を有意に低下させた.
今回の検討では,死亡率の比較を1975年生まれから1983年生まれの世代と,1984年生まれから1994年生まれの世代との間で行っていることから,両群の間に10年の世代格差があり,その間のB型肝炎ウイルスによる肝細胞癌の治療成績の向上なども考慮する必要がある.しかしながら,文献によれば,この間の治療による死亡率の低下に目に見えた変化はないとされている20).
成人の場合,肝細胞癌は90%以上がウイルス性肝炎由来である.そのうち台湾では,約80%がB型肝炎,30%がC型肝炎(10%が同時感染)とされている21-26).一方,小児の肝細胞癌については,ウイルス肝炎の他,アフラトキシン等の関与が考えられており,成人ほど高い割合ではないもののB型肝炎ウイルス感染も原因の1つとなっている11,
27-29).また,B型とC型を比べた場合,C型では感染してから肝癌が発症するまで,最短でも9年程度,平均すると約20年かかるのに対し,B型肝炎は低年齢でも肝細胞癌発症に寄与するとされている.実際に,台湾でわずか8か月の児がB型肝炎による肝細胞癌を発症した例が報告されている27).従って,今回台湾の小児で比較した肝細胞癌については,ウイルス肝炎によるもののほとんどが,C型肝炎によるものではなくB型肝炎によるものと考えられる.さらに,本研究では,ワクチン制度の開始により,C型肝炎の既感染率に大きな変化がないことを確認している(Fig.
4).以上のことから,この肝細胞癌死亡率に関する両群の差は,B型肝炎ウイルス感染予防に因るところが大きいものと考えられた.
台湾のワクチン接種制度による肝細胞癌死亡抑制効果は,男性では10歳を超えると低下している.また,女性でも同様の傾向が認められる.年齢が高いほど,肝細胞癌の原因としてB型肝炎ウイルスの割合が上昇することを考慮すると,ここで見られた死亡抑制効果が低下する傾向は,実際にはさらに強いものと考えられる20,
30).こうしたことから,新生児期に男児にワクチン接種を行いB型肝炎ウイルス感染を予防したとしても,肝細胞癌死亡率抑制効果は低年齢に限られ,高年齢では効果が低下する可能性があるものと考えられた.
10歳以上で死亡率抑制効果が低下する理由については,いまのところ不明である.それまで10歳以下で発症し死亡していたケースが,ワクチン接種により進展が遅らされた結果10歳以上で死亡し,10歳以上の死亡率が見かけ上上昇した可能性が考えられるかもしれない.また台湾では,10−15歳以上でとくに男性に飲酒の嗜好があり,その影響があるかもしれない.あるいは,この国ではピーナツ類の摂取が特に多いが,保存環境があまりよくなく高温多湿の場所で放置されることも多い為,アフラトキシンが発生することが示唆されている31).このことはまだ確認された事実とはいえないが,肝癌発生にはこのような影響も考慮する必要があるものと思われる.
女性において有意な抑制効果が認められなかったことについての原因は不明である.Fig. 6から明らかなように,そもそも死亡率が男性に比べ非常に低いことから,抑制効果もさほど大きくは現れないものと思われる.さらにこの低い死亡率のほとんどが,B型肝炎ウイルス以外の原因で生じているという考えが合理的と考えられるが,それを実証するには今後詳細な調査が必要である.なお,女子において有意な抑制効果が認められないことは,Chenらの報告28)とも一致しているが,そこでもその理由は明らかにされていない.
今回の調査では,ワクチン皆接種制度開始後に出生した世代のうち最高齢である人たちの年齢が未だ10代半ばまでしか達しておらず,それ以上はまだ調べられていない.10代後半以上の全ての年齢層における効果については,今後の観察を待つしかない.しかしながら,仮に10代半ばまでの傾向が20歳以上にもみられるものと仮定すれば,女性のみならず男性においても,10代後半以上の全ての世代で,ワクチン接種制度による肝細胞癌死亡に対する抑制効果が得られない可能性があることとなる.従って,将来的には,制度を改良する必要が生じる可能性がある.例えば,10歳の頃などに追加免疫を行うのも1つの改善方法となりうると思われる16,
32-35).
この年齢層別肝細胞癌死亡率に対して,日本のものについても,日本の人口動態統計(厚生省大臣官房人口統計部)(1980−1999)をもとに1975年から1985年の間に出生した人々をワクチン非接種世代((−)群),1986年から1991年の間に出生し母親がHBeAg陽性の場合に限りワクチン接種を受けた世代(Fig.
1)の人々をワクチンハイリスク群接種世代((±)群)として,台湾の場合と同様に算出し,男女別に示したものが,Fig. 8である.ここでは,男性,女性ともに,5−9歳および10−14歳で,いずれも両群の死亡率に有意な差は認められなかった.すなわち,台湾の制度が示したような部分的ではあるが有意な死亡率の抑制は,日本の制度の効果としては認められなかった.
このように台湾と日本の接種制度が示す効果が異なる理由の1つとして,接種対象の違いが挙げられる.台湾では原則的に新生児全員に対するワクチン接種であるのに対し,日本ではハイリスク群のみのワクチン接種が行われており,それ以外の多く(99.7%)の新生児についてはワクチンが接種されていない.ただし,このことが理由であるか否かを調べるには,個々の死亡者のワクチン接種歴等,より詳細なデータが必要である.さらに今後は,今回の日本のデータには含むことができなかった1992年から行われている「接種対象のHBsAg陽性妊婦からの出生児への拡大」や1994年から用いられている遺伝子組換え法により作成されたワクチン(Fig.
1)の効果についての検証も重要となるであろう.それらの効果については,現在新生児については明らかとなりつつあるが,今回我々が対象とした年齢層については,接種世代の成長とともに近い将来調査可能となるものである.これらについての検討は,直近の課題としたい.
しかしながら,非ハイリスク群でワクチン未接種である児のB型肝炎ウイルス感染率が非常に低いことを考えると4),ハイリスク群限定のワクチン接種であることが日本の肝細胞癌死亡率が低下しない原因である可能性はさほど高くないとも考えられる.むしろ,肝細胞癌死亡率が抑制されない理由として,日本では肝細胞癌の原因のなかでB型肝炎の占める割合があまり高くないことがより重要であるかもしれない.この割合については,小児においては不明だが,成人では約16%とされており,台湾に比べると5分の1でしかない36-38).従って,仮にワクチンによってB型肝炎の発症が予防できたとしても,それが肝細胞癌の抑制につながるのは全体のごく一部であるという推察も成り立つ.その他,免疫グロブリンを含めた接種回数や接種間隔の違い(Fig.
1, 2)についても今後検討が必要となる可能性もあるが,これらについては,先に挙げた2点の理由ほどは主要ではないため,台湾と日本との間ではなく,少なくとも先に挙げた2点が一致している条件下において,その違いを比較,検討すべき事柄であると考えられる.
肝硬変死亡率
台湾では,男女ともB型肝炎ウイルスワクチン接種制度以前の世代に比べ,開始以降の世代の肝硬変死亡率に有意な低下は見られなかった(Fig. 7).しかしながら,5−9歳,10−14歳の男性,および10−14歳の女性に低下傾向を認めた.この低下傾向については,ワクチン制度の有無に加えて,ワクチン制度開始以前の群と接種制度開始以降の群との間で,台湾では10年程度の世代間格差があることも考慮する必要がある.人口統計によれば,1980年に至るまで,小児の肝硬変死亡率はワクチン接種制度がないにもかかわらず激減しているが,これは,主に肝炎・肝硬変の早期診断と治療法,栄養法の改善などが理由と考えられる.こうしたことから,Fig.
7に見られる軽度の低下傾向を,単純に肝硬変死亡に対するワクチンの効果と結論づけることは出来ないものと考えられた.
しかしながら,死亡統計を詳細に見ると,台湾の1984年以降に出生したワクチン接種世代では,5−14歳の肝硬変による死亡者実数は,1999年までに男女とも合計で10名に満たない.これは,接種制度開始以前の世代が各出生年ごとに5−10名程度この年齢の間に死亡していることを考えると,激減したといってよい.
一方,同様に調査した日本の男女別の(−)群と(±)群の年齢層別肝硬変死亡率でも,男女とも,5−9歳および10−14歳で(−)群に比べ(±)群において有意ではない低下傾向を認めた(Fig.
9).この低下傾向についても,台湾で見られたものと同じく,ワクチン以外の他の原因によるものの可能性が否定できないが,日本でも,やはり1986年のハイリスク群に対するワクチン接種制度開始以降の世代における5−14歳の肝硬変による死亡者実数は,1999年までで,男性は合計わずか1名で,女性も数名であり,ワクチン接種制度以前の世代では肝硬変により各出生年毎に5−14歳で男女とも数名ずつ死亡していることを考えると,死亡率は激減したといってよいと思われる.
こうしたことから,台湾,日本とも,近年肝硬変による5−14歳の死亡率は低下しているが,これにB型肝炎ウイルスワクチン接種制度がどの程度関与しているかについては現在のところ明らかでなく,今後これを詳細に検討する必要があるものと考えられた.
日本への応用
今回,台湾で行われているB型肝炎ワクチン皆接種制度が,小児のB型肝炎罹患率を著明に低下させること,また,日本の制度では抑制効果が認められなかった肝細胞癌死亡率について,台湾では一部であるが有意な効果を示すことが明らかとなった.しかし,このことをもって台湾の制度を日本にも取り入れるべきであるという議論を,直ちに行うことはできない.先に述べたとおり,台湾でのB型肝炎の蔓延率と日本におけるそれとには大きな隔たりがあるため,B型肝炎ウイルスワクチン制度の効果を日本にそのまま当てはめることはできないからである.さらに,台湾と日本とでは,B型肝炎対策自体の重要度も異なっている.つまり,台湾では,B型肝炎罹患率が約80%と高率であり,肝硬変,肝細胞癌の予防としてB型肝炎の対処がまず必要と考えられているのに対し,日本においてはB型肝炎罹患率は15−25%と低く,また成人の肝硬変・肝癌の原因としても,C型肝炎が70%を超えている一方,B型肝炎は約20−30%に過ぎない36-39).したがって,日本では,たとえ「効果のある」B型肝炎対策を行っても,肝疾患全体に対して台湾におけるほどの実効性は得られない.そのため,制度導入にあたっては費用対効果についても考慮する必要があるだろう.
しかしながら,日本でも,たとえば,沖縄など南方の地域には,B型肝炎キャリアー率が全国平均(1−2%)の数倍(6.9%)のところもあるため40),地域によっては,台湾の制度が大いに参考となる可能性がある.また,C型肝炎に比べ,B型肝炎は肝硬変,肝癌への移行が比較的短時間であるので,小児の肝硬変,肝癌予防に関しては,B型肝炎の予防はより重要であるから,小児の疾病対策の観点からも,台湾の制度はやはり日本にとって参考になる可能性があるものと思われる.
したがって,今回の調査をもとにして,今後,両国において,各地域や各年代のB型肝炎由来の肝細胞癌・肝硬変死亡率や罹患率などについて,継続的にさらに詳細な調査を行い,より厳密な比較をすることは,極めて重要であると考えられる.そうした研究は,台湾の,世界でも稀なワクチン接種制度により得られた成果を,日本をはじめとする世界の国々で役立てていくことを可能にすると思われる.
結 語
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1.台湾におけるB型肝炎ウイルスワクチン皆接種制度には,対象となった2001年現在16歳以下の男女において,B型肝炎ウイルス感染に対する著明な抑制効果が認められた.
2.またこの接種制度には,5−9歳の男児の肝細胞癌死亡率に対しても有意な抑制効果が認められた.ただし,女児および10歳以上の男児の肝細胞癌死亡率には著明な効果は見られなかった.
3.肝硬変死亡率に対しては,特に男児において低下傾向が見られたが有意ではなく,また必ずしもワクチン接種による低下傾向と断定することができなかった.
4.一方,日本における,ハイリスク群に限定したB型肝炎ウイルスワクチン接種制度については,少なくとも1991年以前のものでは,男女とも肝細胞癌死亡に対する抑制効果は乏しいことが観察された.また,肝硬変による死亡率は低下傾向を示したが,必ずしもワクチン接種によるものとは結論づけられなかった.
5.台湾における接種制度はB型肝炎ウイルス感染の抑制には著効を示し,肝細胞癌についても部分的ではあるが抑制効果を示した.この知見を,B型肝炎罹患率の低い日本のワクチン制度の改良に直ちに応用することはできないが,今後両国において,継続的により詳細な調査を行えば,台湾での知見は日本の接種制度にも大いに参考になると考えられる.
謝 辞
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台湾における実地調査に当たり,台東縣衛生局田 明輝局長をはじめ,台東縣衛生局,各保健所の皆様のご協力に深く感謝いたします.
参考文献
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