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埼玉医科大学雑誌 第29巻第2号別頁 (2002年4月) T39-T47頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School
Thesis

RECOMBINANT HUMAN ERYTHROPOIETINによる消化器癌の増殖効果に関する実験的検討ならびに投与症例の予後に関する臨床的検討

藤野 幸夫


埼玉医科大学総合医療センター外科
(指導: 橋本 大定教授)

医学博士 乙第786号 平成13年10月26日 (埼玉医科大学)


Background: There have been several reports that the administration of recombinant human erythro-poietin(rHuEpo)improved anemia in the patients with gastrointestinal(GI)cancer, and also contributed to the expansion of adaptation of autologous blood transfusion for the patients who have GI cancer surgery. However, although rHuEpo is erythroblastic, it has stem cells growth factor. Therefore, there has been a concern that administration of rHuEpo to cancer patients might accelerate the recurrence or metastases of GI cancer. In addition, long-term prognosis of GI cancer patients who were administered rHuEpo, has not been reported yet. Thus, it will be necessary to perform in-vitro examination about whether or not rHuEpo has proliferating actions on the malignant GI cell lines and furthermore, follow up and examine the prognosis of the patients who were administered rHuEpo. Patients and methods: We examined whether or not rHuEpo has proliferating actions on malignant cells by using 8 kinds of malignant GI cell lines collected from 5 organs. These malignant cell lines were cultured at 37℃ for 72 hours, then rHuEpo in concentration of 0-100 IU/ml were added to the each malignant cell line and further cultured. After samples were stained with Naphtol blue black, its absorbance was measured by using microplate photometry. Moreover, in 1990-1997, our department was examining the prognosis of 33 cases of esophageal cancer, gastric cancer, and colorectal cancer that rHuEpo was administered and underwent radical surgery. For control groups, 41 cases of which radical surgery was conducted for esophageal cancer, gastric cancer, and colorectal cancer in 1990 and rHuEpo was not administered were designated. Results: The experiment did not demonstrate the proliferating actions of rHuEpo on malignant GI cell lines. Furthermore, no adverse effects were indicated for the long-term survival rate for the cases that were administered rHuEpo.
Conclusion: This study confirmed the safety of rHuEpo administration to the patients with GI cancer and it was considered that this therapy would be an effective and safety method for improving anemia or autologous blood transfusion for the patients with GI cancer.
Keywords: recombinant human erythropoietin, autologous blood transfusion, gastrointestinal malignancy


 緒 言

 消化器外科領域の患者,特に消化器癌術前患者では,病巣からの出血,経口摂取が不良なこと,血中erythropoietin濃度が低下していることなどで,しばしば慢性的な貧血状態にある1,2).そのため,周術期における同種血輸血率は他の良性疾患と比較して高い傾向にある.一方,同種血輸血に由来する問題としては,周知のごとく,ウイルス性肝炎やAIDSなどの感染症の伝播や細胞性免疫抑制作用による胃癌,大腸癌術後の生存率に対する悪影響が報告されている3-8).さらに,慢性的な貧血状態のため社会復帰が遅れたり術後のquality of lifeに悪影響を及ぼすことがある9)
 そこで,慢性腎不全患者の腎性貧血を改善するために投与されている recombinant human erythropoietin(以後rHuEpoと略す)を消化器癌患者の周術期に投与することで消化器癌患者の貧血を改善し,症例によっては貯血式自己血輸血も併用して同種血輸血を回避するための努力がなされている10-19).その結果,同種血輸血症例数と同種血輸血量が減少し,さらに手術による創感染の発生率が低下したという報告もある 20-24)
 しかしながらrHuEpoは赤芽球系幹細胞の増殖因子であるので,それを消化器癌患者に投与するにあたっては,rHuEpoによる消化器悪性腫瘍細胞に対する増殖促進作用の有無について十分検討しておく必要がある 25,26).本論文では,まずin vitroでの実験で,rHuEpoによる消化器悪性腫瘍細胞株に対する増殖効果の有無について検討し,ついで,周術期にrHuEpoを投与された消化器外科手術症例の長期生存率について調査し,癌患者に対するrHuEpoの投与について検討する.

 I.消化器悪性腫瘍細胞株に関する実験的検討

1.対 象
(1)悪性細胞株
 Table 1に,今回検討した悪性腫瘍細胞株を示した.使用した悪性腫瘍細胞株はTE-2(食道癌),MKN28,GAC-1(以上胃癌),HepG2(肝細胞癌),CAPAN-1(膵癌),SW-480,WiDr,(以上結腸癌)の5臓器,7種類である.GAC-1は大阪大学第二外科で継代中のもので 27),他の細胞株はJapanese Collection of Bioresources( JCRB )から入手した.
(2)rHuEpo
 rHuEpoは,エポエチンアルファ(キリンビール・三共製薬株式会社,東京)とエポエチンベータ(中外製薬株式会社,東京)の2種類を使用した.双方ともヒト肝細胞のmRNAに由来するヒトエリスロポエチンcDNAの発現により,Chinese hamster ovary(CHO)細胞で産生される165個のアミノ酸残基( C809H1301O240S5 )からなる糖蛋白質(分子量:約30,000)である.エポエチンアルファとエポエチンベータの違いはわずかな糖鎖の違いのみであるがエポエチンベータの糖鎖の結合位置は,ヒト尿由来エリスロポエチンと同等で構成糖鎖の種類・組成比とも差異がないことが確認されている.また1994年12月まで,製剤の安定性を確保するために添加物としてエポエチンアルファ,エポエチンベータ1バイアルごとにそれぞれ5 mg,1 mgのアルブミンが含有されている.1995年1月以降は両剤ともゼラチンに変更されている.

2. 方 法
 各種培養細胞を0.25%tripsin,0.02%EDTA処理にて剥離洗浄後,5×103/mlの細胞浮遊液を作成した.各細胞をFalcon社製の96 well plateの各wellに200μl(103 cells)播き,Sigma社製D/F 12培地,5 %Fetal Calf Serum(FCS)を添加して37℃,5%CO2の環境下で24 時間培養し,培養細胞を各plateに癒着させた.各wellをD/F 12で洗浄したあと,コントロール群として0,0.3,1,3,10 %の5段階のFCSおよび 0,0.1,1,10,100 Iu/mlのエポエチンアルファ及びエポエチンベータを含む培地でそれぞれ72時間培養した.細胞数の比較は72時間の培養後,各wellに50μlの0.05%naphthol blue black(Aldrich Chemical Co. Milwaukee,WI )を用いて30分間染色を行い,10%formalinで15分間固定ののち蒸留水で洗浄,10分間乾燥させた.さらに50 mM NaOH 150μlを加え,ダイナシェーカーIII(ダイナボット社製)を使用して30分間溶解した.各wellについてwavelenghth scanning multiwell spectrophotometer(MTP-22,CORONA ELECTRIC社製 )を用いて630 nmにて吸光度を測定し比較した28).測定結果の有意差検定には,T検定,F検定を用いた.

3.結 果
 各悪性腫瘍細胞株にそれぞれの濃度のエポエチンアルファ,エポエチンベータを添加した際の吸光度と,対照群としてのFCS添加群でのそれぞれの吸光度を示した(Table 2, 3).またFig. 1には,7種類の悪性腫瘍細胞株についてFCS,エポエチンアルファ,エポエチンベータがそれぞれ0%,0 IU/ml,0 IU/mlのときの吸光度を100として,それに対する相対比率を示した.FCS群はほぼ濃度依存性に吸光度が増加したのに対し,エポエチンアルファ,エポエチンベータ群ではどの濃度においても吸光度の変位は軽度であった.またエポエチンアルファ群とエポエチンベータ群を比較すると,全ての悪性腫瘍細胞株でエポエチンアルファ群がエポエチンベータ群よりも吸光度が高い傾向にあった.

4.結 論
 エポエチンアルファとエポエチンベータ間でのわずかな増殖の違いは,添加されている人血清アルブミンによる影響と考えられ,in vitroでのrHuEpoによる悪性腫瘍細胞株への増殖効果は認められなかった.

 II.投与症例の予後に関する臨床的検討

1.対 象
 当科では,1990年よりrHuEpo投与を併用した貯血式自己血輸血,あるいは周術期の貧血改善のための鉄剤とrHuEpoの投与を開始した.そこで1990年3月から1997年5月まで当科で手術を施行した食道癌,胃癌,大腸癌患者のうち術前に画像診断等で根治手術が可能と判断された症例の中から以下の投与基準に適合する患者で,周術期の貧血改善および自己血貯血目的でエポエチンベータを投与した33例をrHuEpo投与群とした.その内訳は1990年にrHuEpoを投与された症例が21例,1991年から1997年に投与された症例が12例である.術前のみ投与症例12例,術後のみ投与症例8例,術前術後投与症例13例で平均投与回数は13.9(2-25)回.平均総投与量は59,896.6(12,000-150,000)IU.自己血輸血症例は16例で平均745.5 ml 貯血された.rHuEpo投与群以外の症例で1990年の1年間で,当科で根治手術を施行し,周術期にrHuEpo非投与の食道癌,胃癌,大腸癌患者41例を対照群とした.これはrHuEpo投与群と周術期管理や,リンパ節郭清範囲,再建法等,治療方針がほぼ同じになるように対照群を設定したためである.

2.方 法
(1)rHuEpo投与基準と投与方法
 貧血改善目的でのrHuEpoの投与対象は,原則として18歳以上,80歳末満の患者で,癌による消化管出血あるいは術中出血のため,男性で血中ヘモグロビン濃度が 11.0 g/dl,女性で 10.0 g/dl 以下であるが,赤血球輸血の必要等,緊急に貧血を是正する必要のない症例である.自己血貯血の適応としては年齢が20歳以上,70歳未満,体重40 kg以上,血中ヘモグロビン濃度が 11.0 g/dl 以上の術前患者で,術中,及び術後の総出血量が 600 g以上と予想される症例とした.貧血改善目的でのrHuEpoの投与法はエポエチンベータ3,000又は6,000単位を生理食塩水2 mlで溶解し,経静脈的に緩徐に静脈内投与した.原則的に術前7日間あるいは術後14日間連日投与した.鉄剤(Fesin®)40 mgを週1回静脈内投与した.自己血貯血目的でのrHuEpoの投与方法は貧血改善目的の投与法とほぼ同様であるが,術前術後それぞれ7日間連日投与した.術前自己血貯血に対するrHuEpoの投与方法が確立した1991年からは,術前2週間,週3回投与に変更した.鉄剤は原則として週1回静脈内 投与(Fesin® 40 mg)又は経口投与した.rHuEpo投与の除外基準としては,貯血前血清ヘモグロビン濃度が13.0 g/dl 以上の症例,妊婦,授乳婦,および妊娠している可能性のある女性,コントロル困難な重症の高血圧症例,薬物アレルギーなどの特異体質例,抗グロブリン試験陽性例あるいは明らかな溶血症状を伴う症例,中等度以上の肝機能障害を有する症例,極端な鉄欠乏性の状態にある症例,進展した悪性新生物,重症感染症,その他の重篤な合併症を有している症例とした.対象となった患者及び家族には,本研究の趣旨を説明し,参加の同意を得た.また,投与開始に際してはショックなどの反応を予測するため十分な問診を行った.尚,貧血改善目的でrHuEpoを投与した症例は1990年の症例のみで1991年以降は自己血貯血だけの目的でrHuEpoが投与された29-31)

(2)予後調査と統計処理
 周術期rHuEpo投与群と非投与群について術後の追跡調査を行った.患者の生死,健康状態,術後の感染症罹患の有無について,外来,再入院カルテ等を参考にして調査し,さらに電話で患者およびその家族から直接情報を得た.
 両群の背景因子はt-test,Fisher’s exact probability testで比較検討し,出現頻度の検定はχ2検定を用いた.年齢,体重,術中出血量,自己血輸血症例数,同種血輸血症例数を両群で比較した.尚,全血輸血か濃厚赤血球輸血を受けた症例を輸血症例とし,血漿製剤のみ投与された症例は同種血輸血群から除外した.生存に関する要因の多変量解析にはCox比例ハザードモデルを用いて検討し,生存率はKaplan-Meier法とLogrank(Mantel-Cox),Breslow-Gehan-Wilcoxon検定法を用いた.患者の予後に係る要因として,rHuEpo投与の有無,入院時血色素濃度,癌の原発臓器,術中同種血輸血の有無,癌の病理学的進行度,それに術後の合併症の有無等の要因を統計学的に検討した.癌の進行度は食道癌取り扱い規約第9版,胃癌取り扱い規約第13版,大腸癌取り扱い規約第6版を参考にして分類した.統計的数値は平均値±標準偏差または95%信頼区間で記載し,p<0.05を有意差ありとした.統計学的処理はStatView 4.5(Abacus Concept社)を使用した.

3.結 果
 rHuEpo投与群と対照群をTable 4に示した.その背景因子について統計学的に検討した.年齢,性別,体重,術中出血量に関して有意差は認められなかったが,術中の同種血輸血症例数と同種血輸血量,同種血輸血率は,対照群で有意に高値を示した.自己血輸血症例数はrHuEpo群で16例,対照群で2例であった.
 食道癌症例(Table 5)ではrHuEpo投与群が6例,対照群が5例で同種血輸血率は前者が16.6%,後者は80%と大きな違いがみられた.胃癌(Table 6),大腸癌(Table 7)症例でも,それぞれ同種血輸血率には有意な違いが見られた(p<0.05).
 周術期の血中ヘモグロビン濃度の変位をFig. 2に示す.入院時の血中ヘモグロビン値はほぼ同様であるが手術直前にはrHuEpo投与群でやや低下していた.これは自己血貯血症例が16例と多いためと考えられる.術中出血量は両群間に有意差はなかったが,術後1週目のヘモグロビン値はrHuEpo投与群が対照群に比べ高く,2週目以降はわずかながら上昇傾向が見られた.それに対し,対照群では,4週目まで回復傾向は見られなかった.
 Table 8にはCox比例ハザードモデルを用いて死亡症例について多変量解析を示した.それによれば病理学的なステージと原疾患臓器が大きく関与していたが,rHuEpo投与の有無に関して有意差はなかった.
 生存率についてはKaplan-Meier法を用いて検討した.周術期同種血輸血の有無(Fig. 3),rHuEpo投与の有無(Fig. 4)については有意差を認めなかった.また術後の感染症罹患についての調査では,対照群で同種血輸血を受けた症例の中で,C型肝炎に罹患した症例が2例あった.一方,rHuEpo投与群では同様の症例は確認されなかった.

 考 察

 エリスロポエチンは主として腎臓で産生分泌され,骨髄中の赤芽球系前駆細胞に作用して赤血球への分化増殖を促す糖蛋白質である.エリスロポエチンについて近代的な実験血液学的手法で研究が開始されたのは1950年代以降で,1953年Erslevがエリスロポエチンの存在を確認し,1977年宮家,Goldwasserらにより初めてヒトエリスロポエチンが再生不良性貧血患者の尿から単離精製された.1985年にはJacobとLinが全く独立してほとんど同時にヒトエリスロポエチンの遺伝子クローニングに成功し,rHuEpoの量産が可能になった.この成功により腎性貧血患者の貧血改善に対して著明な治療効果が報告されている31)
 それに対して,1980年初旬より,待期的手術患者の同種血輸血を回避する目的で整形外科領域や心臓外科領域を中心に貯血式自己血輸血が施行されるようになった.rHuEpoの開発以後,術前貯血量の増量と貯血期間の短縮,周術期貧血の改善と同種血輸血回避率向上に成果をあげている32,33).消化器癌患者では,同種血輸血を行うことで,細胞性免疫が低下し癌の再発が促進される可能性があり,特に大腸癌では患者の予後に関して悪影響を及ぼすことが報告されている6,7).そこで,同種血輸血を回避するために,周術期rHuEpo投与や,rHuEpoを併用した自己血輸血が有効であることが報告されてきた10-19).しかしrHuEpoは赤芽球系ではあるものの増殖因子であり,これを癌患者に投与する場合には癌細胞に対する増殖作用の有無について検討する必要がある.そこで少数ではあるが,いくつかの領域でrHuEpoによる癌の増殖作用について,以下のような実験的研究が報告されている.
 清水らは15種類の婦人科系悪性腫瘍細胞株にin vitroでそれぞれ2,2×10,2×102,2×103,2×104 IU/mlの濃度のエポエチンベータを加え,MTT assayによりその細胞増殖能について実験した.いずれの濃度でも癌細胞の増殖作用がないことが確認されたと述べている.またこの実験では2×104 IU/ml程度の高い濃度のエポエチンベータでは,婦人科系悪性腫瘍細胞株に対して増殖を抑制する傾向がみられたと述べている34)
 またMundtらはin vitroの実験で皮膚癌,肝臓癌,肺癌,腎癌,乳癌の10種類のmalignant cell lineを用いて,rHuEpo濃度を1,10,102,103,5×103 IU/mlと設定し,MTT assayで吸光度を測定することでrHuEpoの癌細胞に対する増殖効果について検討している.この報告でも,いずれのrHuEpo濃度においても,腎癌細胞も含め,増殖効果は認められなかったと報告している35)
 Rostiらはin vitroの実験で,Acute myeloid leukemia等の5種類のerythroid cell lineと肺癌,さらに胃癌など5種類のnon-erythroid系のcell lineを用いてrHuEpoによる悪性腫瘍細胞増殖効果の有無について検討している.この中ではrHuEpo濃度は0から10 IU/mlまで5段階の濃度を設定して,DNAフローサイトメトリーを用いてS期にある細胞の百分率を測定し比較している.その結果として両群ともにrHuEpoによる増殖効果は認められなかったと述べている36)
 今回のわれわれの実験ではrHuEpoによる消化器悪性腫瘍細胞株に対する増殖効果は認められないという結論であるが,エポエチンアルファとエポエチンベータを用いたことでわずかながら実験結果に相違が認められた.つまり,エポエチンアルファでは濃度0 IU/mlと比較すると5種類のの悪性腫瘍細胞株の一部で有意に増殖を促進する傾向がみられ,エポエチンベータでは,逆にわずかに抑制する傾向を示した(Fig. 1).このようにわずかな糖鎖の違いだけでエポエチンアルファ,エポエチンベータ間で,悪性腫瘍細胞株の増殖に違いがみられたため,この2種類の製剤の添加物について詳細に検討した.その結果,エポエチンアルファでは,発売から1994年12月まで,その安定性を確保する目的で,添加物として人血清アルブミンが1バイアル(2 ml)中5 mg含有されていたことが判明した.1995年1月からは人血清アルブミンに代わりゼラチンが使用され,現在の製品では人血清アルブミンは含有されていない.それに対してエポエチンベータでは1バイアル中1 mg添加されているにすぎず,エポエチンアルファと同時期にゼラチンに変更されている.すなわち今回の実験で使用されたrHuEpoには双方とも人血清アルブミンが添加された製剤を使用しており,その量は,エポエチンアルファではエポエチンベータの5倍含有されていたことになる.このため今回の実験では両群間に相違が生じたと考えられる.他家の報告の中で使用されたrHuEpoの種類について,清水ら34)の報告ではエポエチンベータが用いられており,他の報告では記載されていない.またエポエチンアルファとエポエチンベータ双方を同じ実験に使用した報告は現在までない.
 さらにWestenfelderらはヒトとマウスの腎臓癌細胞株を用いた実験を行い,rHuEpoによる腎臓癌細胞に対する増殖作用を認めたと報告している.この実験では腎癌細胞にはエリスロポエチンのレセプター(EPO-R)があるため,rHuEpoの作用でmRNAが転写され,癌細胞の増殖が促進したと述べている37).この報告の中では,腎臓癌についてはEPO-RがあるためにrHuEpoによる腎臓癌細胞株に増殖作用がみられたというものであるが,他の報告ではnon-erythroid系の癌については腎臓癌,肝臓癌細胞株も含めて増殖作用を認めたという報告はない.1996年,Ohigashiらは培養されたヒト肝細胞癌にEPO-Rの存在を確認し,低酸素状態では著明にエリスロポエチンを産生することを実験で確認した.しかしrHuEpoによる肝癌細胞の増殖作用については述べられていない38)
 SelzerらのMelanoma細胞にあるEPO-Rについての研究ではEPO-RによるMelanoma細胞の増殖作用はないと述べている39).したがってEPO-Rの存在とrHuEpoによる癌細胞株増殖作用との関連性について判断するのは今後の検討を要する課題である.さらにわれわれがrHuEpoを投与した症例には肝臓癌,腎臓癌は含まれておらず,それらの長期予後については検討されていない.
 他方で,臨床例に対するrHuEpoの投与とその長期予後に関する研究では,その死亡患者の要因としてCox比例ハザードモデルによる多変量解析では病理学的進行度と罹患臓器の種類があげられ,rHuEpo投与には無関係であった.一方,rHuEpo投与群,対照群の長期予後比較については,Kaplan-Meier法を用いた検討でrHuEpo投与はその累積生存率に有意な影響を及ぼさないことが確認された.このことから今回の検討では,rHuEpoによる消化器癌患者,特に食道癌,胃癌,大腸癌術後患者に対する予後に関して悪影響を及ぼさないことが示唆された.
 今回の長期予後に関する調査では,当初期待されたように,rHuEpo投与により同種血輸血を回避することで,その予後に有意差をもって貢献したという結果にはいたらなかった.しかしrHuEpoの投与は同種血輸血率を有意に減少させ,同種血輸血量を削減するので消化器癌手術患者の治療に有用であると考えられた.

 結 論

 7種類の消化器悪性腫瘍細胞株に対するin vitroでの実験では,rHuEpoによる腫瘍の増殖効果は認められなかった.さらに臨床でrHuEpoを投与した消化器癌術後患者の長期予後を検討した結果,rHuEpo投与が術後患者の生存率に悪影響を及ぼさないことが示唆された.根治手術に際して,同種血輸血率を減少させ,同種血輸血量削減に有効なrHuEpoの投与は,消化器外科領域での貯血式自己血輸血に有用であると考えられた.

 謝 辞

 稿を終えるにあたり,御指導御高閲を賜りました埼玉医大総合医療センター外科 橋本大定教授,また直接御指導を下さいました同教室 村田宣夫助教授に深謝いたします.そして実験にご協力頂いた大阪大学第二外科,大間知祥孝先生,北川和則先生に感謝いたします.
 尚,この研究の一部は第2回落合記念研究助成金によるものであり,埼玉医科大学同窓会の皆様に深謝いたします.またこの内容の一部は,第5回JBRM学会学術集会総会,第36回日本消化器外科学会総会,第37回日本消化器外科学会総会,第91回日本外科学会総会において発表いたしました.

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(C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School