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埼玉医科大学雑誌 第29巻第3号 (2002年7月) 171-175頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

原 著

前立腺癌におけるガンマセミノプロテイン(γ-Sm)とγ-Sm/前立腺特異抗原(PSA)比の予後因子としての意義

岩渕 和明


埼玉医科大学泌尿器科学教室
〔平成14年3月11日受付〕


The Prognostic Significance asγ-Seminoprotein(γ-Sm) andγ-Sm /Prostate Specific Antigen (PSA) Ratio in the Prostate Cancer
KAZUAKI IWABUCHI (Department of Urology, Saitama Medical School, Moroyama, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan)

 The utility of PSA ratio (free/total PSA) in the diagnosis of early-stage prostate cancer is the primary focus of our current research into the interrelationships between various prostate cancer markers. In the present study I evaluated the clinical significance of cancer markers, namely prostate specific antigen (PSA) and gamma-seminoprotein (γ-Sm), as prognostic factors. Levels of PSA andγ-Sm were analyzed in 139 patients diagnosed with prostate cancer between January 1989 and December 1998. Levels of PSA andγ-Sm were measured using the enzyme immunoassay (EIA) method. The 139 patients were divided into two groups with respect to medians of each marker, andγ-Sm/PSA ratio. Differences in survival rates were then compared by the Kaplan-Meier method. Among high stage patients, PSA did not represent statistically significant prognostic factors. However, significant differences were observed inγ-Sm andγ-Sm/PSA ratios with regard to survival rates and relapse-free rates. As a result,γ-Sm/PSA ratio is useful not only as a diagnostic factor, but also as a prognostic factor.
Keywords: prostate cancer, gamma-seminoprotein, prostate specific antigen, free-to-total prostate specific antigen ratio, cancer marker
J Saitama Med School 2002;29:171-175
(Received March 11, 2002)



 緒 言
 近年,iNOS,p53,bcl-2,Ki-67等が前立腺癌の予後の予測において,有用であると報告されている1-4).しかし,前立腺癌全症例に対して,これらの検査による判定を実施することに困難を伴うことも事実である.
 一方,日常臨床の場では前立腺特異抗原(prostate specific antigen:PSA)およびガンマセミノプロテイン(gamma-seminoprotein:γ-Sm)などの前立腺腫瘍マーカーが頻用され,その比較的優秀性が報告されている.
 最近,γ-SmとFree PSAとの同一性が指摘され5),さらに,free-to-total prostate specific antigen ratio (PSA ratio)の診断的意義も広く検討されている6,7).しかし,予後因子としての資格についてその臨床的有用性をStage別に検討した論文は少ない.今回,治療開始前のStage別のPSAとγ-Smの比について治療効果と関連を検討し,予後因子としての評価を行ったので報告する.

対 象 と 方 法
 埼玉医科大学泌尿器科において,1989年1月より1998年12月までの10年間に,前立腺針生検材料,経尿道的前立腺切除術および恥骨上式前立腺摘出術の手術標本に対し前立腺癌と病理診断がなされた139例を対象に,治療開始前のPSA,γ-Sm値をもとに予後との関係について検討を行った.
 PSAはマーキットM-PA (enzyme immunoassay法,正常値:3.6 ng/ml以下),γ-Smはフィルスタットγ-Sm (enzyme immunoassay法,正常値:4.0 ng/ml 以下)を用い,ルーチンには約3ヶ月ごとに測定した.しかし,再燃が疑われた場合には毎月1回の測定を行った.
 また,前立腺癌の臨床病期分類(Stage)および病理学的組織分類(Grade)は前立腺癌取り扱い規約に準じた8)
 PSA,γ-Smの各々を中央値で低値および高値群の2群にわけた.同様に,γ-Sm/PSA比も中央値で2群にわけた.それぞれの高・低値群間における,生存期間および非再燃期間の差異について検討した.また全症例をStage別に区分して,生存期間および非再燃期間を検討した.さらに,Stage D2群に限り同様の検討を行った.
 生存率と非再燃率についてKaplan-Meier法によって解析した.生存曲線間の差はlog-rank検定を用いて有意差を検討した.
 なお,前立腺癌症例には高齢者が多く,死因について癌死と他因死の判別が必ずしも容易でないため,今回の検討ではこれらを死亡例として一括して解析した.
 生存期間に関する多変量解析では,年齢, Stage, Grade, Extent of disease (EOD)値,先の腫瘍マーカー値を使用して,Coxの比例ハザードモデルによる解析を行った.     
 マーカーおよび比の相関係数はSpearmanの順位相関を用い求めた.
 さらに,Stage別のPSA,γ-Sm値およびPSA/γ-Sm比にはKruskal-Wallis検定を適用し,群分けした比における背景因子についてはWilcoxonの順位和検定と分割表分析によるχ2検定を行った.
再燃の判定基準は
・ PSA値が正常域をはずれ,かつ前値の50%以上の上昇を2回認めたもの.
・ 前立腺局所再燃を認めたもの.
・ 新たなる転移巣の出現を認めたもの.
のいずれかをみたすものとした.
 検定には市販のStatView4.5 (Abacus Concepts社)を用いた.

 結 果
1.背景因子
症例139例の年齢は42−94歳,平均71.8歳,中央値:72歳であった.
Stageは A・B・C・D1・D2 がそれぞれ7例,16例,26例,8例,82例であり,Gradeはwell differentiated adenocarcinomaが21例, moderately differentiated adenocarcinomaが97例, poorly differentiated adenocarcinomaが21例であった.
 観察期間は12−529週,中央値:155週であった.
 全症例におけるマーカーおよび比の中央値(最低値−最高値)はPSA(ng/ml)が34.0(1.0 - 4380),γ-Sm(ng/ml)が16.3 (1.0 - 4190),γ-Sm/PSA比が0.68 (0.13 - 251.3)であった.
 Kruskal-Wallis検定でPSA,γ-SmでStage間における有意差を認めた(ともにp<0.0001).しかし,γ-Sm/PSA比では有意差は認められなかった(Table 1).
 マーカーと比についてはPSAとγ-Smの間で+0.826と強い正の相関を認めた.PSAとγ-Sm/PSA比,およびγ-Smとγ-Sm/PSA比について相関は認められなかった.
2.マーカーおよび比の生存期間への影響
 PSAではStage D2群においてPSA高・低値群間の生存期間について有意差を認めなかった.
 γ-SmではStage D2群において低値群が有意に長期に生存した(Table 2).γ-Sm低値群と高値群の検討では,γ-Sm低値群でのGrade(p<0.05)とStage(p<0.001)の低下,年齢の上昇(p<0.05),そしてPSA(p<0.0001)およびγ-Sm/PSA比(p<0.001)の低下を認めた.
 同様に,Stage D2群でもγ-Sm低値群と高値群を比較したが,Grade,EODでは有意差を認めず,γ-Sm低値群で加齢(p<0.01),PSA(p<0.0001)およびγ-Sm/PSA比(p<0.001)の低下を認めた.
 γ-Sm/PSA比ではStage D2群において低値群が有意に長期生存した(Table 2).
 γ-Sm/PSA比についての高・低値群間の比較では,PSA,γ-Smではγ-Sm/PSA比低値群でPSAが高値(p<0.01),γ-Smが低値となる(p<0.05)という結果であった(Table 3).
 またStage D2群では,年齢,EOD値,Grade,PSA値については,γ-Sm/PSA比高値群と低値群との間に有意差を認めなかったが,γ-Sm値はγ-Sm/PSA比低値群で有意に低値を示した(p<0.001,Table 4).
 Fig. 1に生存曲線を示す.γ-Sm/PSA比において低値群が有意に長期生存し(5年生存率,高値群:54%,低値群:71%,p<0.05),またγ-Smにおいても低値群が長期に生存した(5年生存率,高値群:42%,低値群:85%,p<0.001).
 次にStage D2群82例中,2年以内の早期死亡例が11例みられたが,この11例と他のD2例を区分して,各症例のPSA値とγ-Sm値を相関分布の上にプロットした(Fig. 2).早期死亡例では,γ-Sm値ならびにPSA値は低値から高値のもののいずれもが認められたが,正の相関分布のうち回帰直線よりも上方でγ-Sm/PSA比が高値を示す領域に撒布しているものが多数であった.
 Coxの比例ハザードモデルの解析では,PSA値とγ-Sm値との間に強い正の相関が存在するため,両者を別途に解析した.全症例においてGrade,Stage,年齢,γ-Sm,γ-Sm/PSA比について,χ2値の高い順にGrade,γ-Sm/PSA比,γ-Sm,Stageが有意な因子とされ(Table 5),さらにγ-SmをPSAに変えて行ったところ,Grade,γ-Sm/PSA比,Stageの3者が有意であった.
 Stage D2群においてGrade,EOD,年齢,γ-Sm,γ-Sm/PSA比について,χ2値の高い順にγ-Sm /PSA比,γ-Sm,Gradeが有意な因子とされた(Table 6).また,γ-SmをPSAに変えて行ったところ,Grade,γ-Sm/PSA比の2者が有意であった.
3.Stage別のマーカーおよび比の再燃までの期間への影響
 再燃例は43例認められたが,治療より再燃までの期間は7−500週,中央値:130週であった.
 非再燃期間については,全症例においてγ-Sm 高値群とPSA高値群で非再燃期間の短縮が認められた.しかし,Stage D2群においてγ-Sm高値群とγ-Sm/PSA比高値群で非再燃期間の短縮を認められたものの,PSA高値群では非再燃期間の短縮は認められなかった(Table 7).

 考 察
 現在,前立腺癌腫瘍マーカーとして最も広く測定されるPSAの診断的価値は高いが,予後因子としての力価は低いと結論された.
 さらに,γ-Sm値とγ-Sm/PSA比がすべての条件下で生存期間と大きく関連することが明らかにされた.以上の結果から,γ-Sm値およびγ-Sm/PSA比は治療後の臨床経過を反映する重要な予後因子であると考えられた.
 さらに,γ-Sm値とγ-Sm/PSA比との間には有意な相関は認めないことから,互いに独立した予後因子と考えられた.また,早期死亡例の検討(Fig. 2)によりγ-Sm/PSA比と予後との間に強い関係が推定されたことも含めると,予後の推定におけるγ-Sm/PSA比の重要性がうかがわれた.
 γ-Smは原らによって発見されたもので9-12),前立腺癌に対してPSAとほぼ同等の検出率があるという報告がある13,14)
 近年,γ-Smがfree PSAと同一物質であると考えられており5),岩下等によってγ-Sm値はfree PSA(DPC・イムライズフリーPSA)値の約3倍に相当すると報告されている15)
 また,Weiらによる早期癌症例の検討でPSA ratio(free/total PSA)がGradeと逆相関するという成績が報告されている16).さて,γ-Sm/PSAはPSA ratioとほぼ同様の意義をもつと考えられているが,今回の検討がhigh Stage例を中心としたものであったためかγ-Sm/PSA比の高値例で予後不良であり,Weiらの報告と逆の結果が得られた.この差異の理由については不明であるが,対象症例の年齢層,進行程度の分布が大きく異なることが何らかの関与をしているものと推測された.
 Heuzeらは,androgenで刺激されたLNCaP cellから発現されるPSA関連蛋白をPSA-RP1(PSA-related protein 1)とした17).PSA-RP1はCOOH-terminal endをもちセリン残基が欠除した変異蛋白であり,同様の変異PSA産生腫瘍を有する臨床例の存在する可能性が示唆されている.また,前立腺肥大症と前立腺癌のPSA遺伝子構造がRT-PCR法によって調べられ,Exon3番の45−88のアミノ酸欠除によってcarbohydrate chainを結合すべき第45番目のasparaginが欠損することがTanakaらにより報告されている18).そして,この変異PSA蛋白の存在の有無により前立腺肥大症と前立腺癌の間でPSA ratioに差が生じる理由のひとつであろうと推測している.
 今回の研究結果では,γ-Sm値高値の症例のうち,特にγ-Sm/PSA比が高値であるものの予後が不良であったが,その理由も明らかとはいえない.遺伝子変異の増強している悪性度の高い前立腺癌細胞からvariant PSAと類似の変異PSAが産生されることによってPSA ratioの変動が生じた可能性も想定されるが,この点に関しては今後の検討を待つ.
 前立腺癌の臨床的診断において,前立腺肥大症と前立腺癌のgray zoneにおけるfree PSAの有用性を報じる数多くの研究があるが,予後因子としての有用性を検討した報告はほとんどない.今回の検討結果は,PAS ratioは予後との強い相関がみられ,重要な予後因子とみなしうる可能性を示唆させるものであった.

 結 語
 前立腺癌腫瘍マーカーであるPSA,γ-Smについて,その臨床的意義,特に予後因子としての力価を検討した.
 γ-Sm/PSA比(≒PSA ratio)は存在診断的のみならず予後因子としても有用性をもつことが推測された.
(本論文の要旨は第88回日本泌尿器科学会総会において発表した.)

 謝 辞
 最後に本検討を行うにあたり御指導いただいた埼玉医科大学泌尿器科学教室 岡田耕市教授,加藤幹雄助教授に深謝いたします.

 引用文献
1) Aaltomaa SH, Lipponen PK, Viitanen J, Kankkunen JP, Ala-Opas MY, Kosma VM. The prognostic value of inducible nitric oxide synthase in local prostate cancer. Bju int 2000;86:234-9.
2) Budendorf L, Tapia C, Gasser TC, Casella R, Grunder B, Moch H, et al. Ki67 labeling index in core needle biopsies independently predicts tumor-specific survival in prostate cancer. Hum Pathol 1998;29:949-54.
3) Keshgegian AA, Johnston E, Cnaan A. Bcl-2 oncoprotein positivity and high MIB-1 (Ki-67) proliferative rate are independent predictive markers for recurrence in prostate carcinoma. Am J Clin Pathol 1998;110:443-9.
4) Borre M, Stausbol-Gron B, Overgaard J. p53 accumulation associated with bcl-2, the proliferation marker MIB-1 and survival in patients with prostate cancer subjected to watchful waiting. J Urol 2000;164:716-21.
5) 川上圭子,塚田敏彦,中山年正.γ-セミノプロテインEIA法の前立腺特異抗原による妨害反応について.臨床化学 1993;22:42-8.
6) Demura T, Watarai Y, Togashi M, Hirano T, Ohashi N, Koyanagi T. Measurement of prostate specific antigen and γ-seminoprotein ratio : A new means of distinguishing benign prostatic hyperplasia and prostate cancer. J Urol 1993; 150:1740-5.
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9) 原三郎.精漿蛋白質について.生物物理化学 1985;29:1-6.
10) 原三郎.前立腺特異抗原γ-seminoproteinに関する研究.生物物理化学 1987;31:127-33.
11) 原三郎.前立腺特異抗原とくにγ-seminoproteinおよびβ-microseminoproteinについて.生物物理化学 1987;31:371-8.
12) 原三郎.精漿蛋白質の検査,γ-seminoprotein (γ-Sm)とは何か.臨床病理 1986;特集68:50-6.
13) 岡部勉,江藤耕作.前立腺特異抗原(γ- seminoprotein,β-microseminoprotein)に関する臨床的研究 第1報免疫組織科学的検討.日泌尿会誌 1983;74:1313-9.
14) 岡部勉,江藤耕作.前立腺特異抗原(γ-seminoprotein,β-microseminoprotein)に関する臨床的研究 第2報 前立腺癌患者血清中のγ-seminoproteinおよびβ-microseminoproteinの測定.日泌尿会誌 1983;74:1320-5.
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18) Tanaka T, Isono T, Yoshiki T, Yuasa T, Okada Y. A novel form of prostate-specific antigen transcript produced by alternative splicing. Cancer Res 2000;60:56-9.


(C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School