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埼玉医科大学雑誌 第29巻第4号 (2002年10月) 187-196頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

原 著

1995年中国天津市の死亡状況の特徴
三大死因の行政区別,性別,年齢階級別死亡率の検討

馮  彦茹

埼玉医科大学公衆衛生学教室
〔平成14年5月24日 受付〕


The Characteristics of Mortality in Tianjin, China, 1995 - An Analysis of Mortality Rates from the Three Leading Causes of Death According to Region, Sex, and Age
Yanru Feng (Department of Public Health, Saitama Medical School, Moroyama, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan )

 Up to now, there have been few studies on the mortality patterns in China. The objective of the study is to investigate the mortality pattern in the recent years in Tianjin, China, and to provide useful data and scientific evidence for decision making to prevent diseases in the various districts of Tianjin and its surrounding counties. Using the 1995 mortality data provided by the Department of Health, Tianjin, China, the mortality rates of Tianjin population were calculated by causes-of-death based on the International Classification of Diseases, 9th Revision (ICD-9). The mortality rates were compared with those of the urban areas of China and of Japan. In addition, SMRs for all causes and the three leading causes of death (Heart diseases, Cerebrovascular diseases, and Malignant neoplasms) in Tianjin were calculated by the districts and counties to examine the geographic differences of mortality. The total number of death was 48,983 in Tianjin. 30,592 deaths(62.5%) were attributed to the three leading causes of death, heart diseases (23.2%) had become the first cause of death in Tianjin. The age-specific mortality rates of heart diseases were higher in Tianjin than in the urban areas of China and Japan for both male and female. Especially, the rates of the people aged 45 years and older were much remarkable. Meanwhile, a lower mortality rates from malignant neoplasms were found for both sexes in Tianjin compared with the two regions mentioned above. The wide variation of SMRs from all causes of death and the three leading causes of death amongst regions within Tianjin were clearly observed. The study described the age-specific mortality rates of the three leading causes of death, and pointed out a higher rates from heart diseases in Tianjin relative to the Urban areas of China and Japan. The geographic differences of mortality from all causes and the three leading causes of death were cleared at first in Tianjin.
Keywords: three leading causes of death, mortality rates, age-specific mortality rates, SMR
J Saitama Med School 2002;29:187-196
(Received May 24, 2002)



 緒 言
 中国における近年の急速な経済発展は,国民の生活水準の向上をもたらすとともに,都市人口の高齢化,生活習慣病や精神疾患の増加,環境汚染などの新しい健康問題を起こし,都市部と農村部の健康状態の地域格差をさらに拡大したと考えられている.このように,社会が急激に変化している中国都市地域における死亡動向を把握することは,今後の地域の疾病予防対策上重要な課題である.
 先進諸国では人口動態統計が公表され,死亡動向に関する詳細な分析が行われているが,これと較べ,中国国内の地域における統計資料は公表されることが少なく,そのため,人口動態に関する分析は一般には行われていない.しかし,北京の東南約150 kmの人口約900万人,面積11,300 km2の天津市では,人口動態に関する死亡調査が全住民を対象として行われており,行政資料としてまとめられている.今回,天津市衛生局の協力を得て,1995年天津市における18行政区別人口動態統計の死因別死亡に関する資料及び,1995年10月1日現在の中国国勢調査資料に基づき,1995年天津市全ての行政区別の死亡状況を検討することが可能になった(Fig. 1).
 1995年国勢調査による天津市の人口は8,924,321人(男4,520,882,女4,403,439人)であり,年齢階級別には老年人口割合が8.3%で,30〜40歳代の人口が多く,若年の人口は少ない.特に,1980年以後の「一人っ子」政策の実施により,出生が減少し,5歳未満の人口が少ないという特徴がある(Fig. 2).また,市は,市中心区(6区),郊区(4区),県(5県),浜海区(3区)の合計18行政区に分かれており,それぞれ人口や産業,文化に違いが見られる(Table 1).市中心区は商業と文化が集中し,交通も便利で,人口密度が高い地域であり,老年人口割合も9%〜11.8%と高く,天津市の中では,最も高齢化の進んだ地域である.この市中心区には和平(Heping),河東(Hedong),河西(Hexi),南開(Nankai),河北(Hebei),紅橋(Hongqao)が含まれる.郊区は市中心区を囲む商工業と農業が中心の地域で,老年人口割合6.3〜6.9%と比較的若い地域である.この郊区には(Dongli),西青(Xiqing),津南(Jinnan),北辰(Beichen)が含まれる.県は寧河(Ninghe),武清(Wuqing),(Baodi),薊県(Jixian)の市中心区の北部に位置する4県と,南西部の静海(Jinghai)の合計5県からなり,人口密度が低く,農業と林業中心の地域である.また老年人口割合は6.3〜8.2%である.浜海区は渤海湾に面する塘沽(Tanggu),漢沽(Hangu),大港(Dagang)からなり,いずれも化学工業を中心とした工業地域で,老年人口割合も4.5〜6.7%と比較的若い地域である.
 本研究では,天津市全体及び行政区別の死亡状況を把握し,中国全体や日本の死亡状況と比較することにより,疾病予防対策上の課題を明らかにして,天津市の衛生施策立案に資することを目的とする.

資 料 と 方 法
 1995年天津市18行政区別人口動態統計の性別年齢階級別死因別死亡数と,1995年中国国勢調査による1995年10月1日現在の天津市18行政区別年齢階級別人口を用いて,1995年天津市行政区別,性別,死因別に死亡率,年齢階級別死亡率を計算した.また,天津市全体の年齢階級別死亡率を基準とした,行政区別,性別,死因別標準化死亡比(Standardized Mortality Ratio:SMR)を計算した.ここで用いた1995年10月1日現在の国勢調査資料では行政区別,性別,5歳年齢階級別人口のうち,65〜79歳,80歳以上の人口についてはそれぞれ一括した値のみが公表されているため,この年齢階級については一括して計算した.
 1995年天津市の人口動態統計では,国際疾病分類第9回分類(International Satistical Classification of Diseases and Related Health Problems, Nineth Revision:ICD-9)に基づき死因が分類されており,心疾患(393-398,410-429),脳血管疾患(430-438),悪性新生物(140-208),糖尿病(250),慢性肝疾患及び肝硬変(571),肺炎気管支炎(480-487,490-496),不慮事故(E800-E949),自殺(E950-E959),及び肺結核(010-012)のように分類されている.今回はこの中でも心疾患,脳血管疾患,悪性新生物の三大死因について検討を加えた.
 また,天津市の死亡率の特徴を明らかにするために,ICD-9に基づき死因が分類されている中国都市地域と日本の資料を用いて死亡状況を比較した.中国都市地域の資料としては,世界保健機関が発表した1994年中国14都市地域(北京,天津,ハルビン,長春,沈陽,大連,鞍山,上海,南京,杭州,武漢,広州,成都,重慶)及び,20中小都市(蘇州,徐州,合肥,安慶,馬鞍山,蚌埠,銅陵,福州,厦門,宜昌,仏山,中山,自貢,桂林,烏魯木斉,長沙,湘潭,新郷,寧波など)を含んだ中国都市地域の性別,死因別,年齢階級別死亡率を用いた1).日本に関する資料は,人口動態統計から1994年の性別死因別年齢階級別死亡数2)と「平成7年国勢調査」からの性別年齢階級別人口3)を用い,日本の1994年性別・10歳年齢階級別死亡率を計算した.また,18行政区別性別死因別SMRの比較にはχ2検定を用いた.

 結 果
1.年間死亡数,死亡率
 1995年天津市の年間死亡数は48,983人,粗死亡率は人口10万対548.9である.死因別には,第1位は心疾患で死亡数11,361人,死亡率127.3,第2位は脳血管疾患で10,952人,死亡率122.7,第3位は悪性新生物で8,279人,死亡率92.8となっており,これら三大死因で,年間死亡数の62.5%を占めている.第4位以下の死亡率は肺炎・気管支炎83.0,不慮の事故24.2,慢性肝炎及び肝硬変10.3,糖尿病8.7,自殺5.3,肺結核2.6となっている(Table 2).
2.全死因の年齢階級別死亡率
 天津市の年齢階級別死亡率は男女ともに5歳から14歳までの年齢で低くなり,それ以降,年齢が上がるに連れて上昇し,40歳では男173.8,女93.7,60歳では男1503.6,女1184.8となり,その後も上昇して80歳以上で最も高くなる.どの年齢でも女より男の方が高い(Fig. 3).中国都市地域の年齢階級別死亡率と比較すると男では,5〜14歳,35〜44歳,女では5〜24歳,35〜44歳を除き,男女とも中国都市地域とほぼ同じ年齢階級別死亡率を示すが,65歳以上では中国都市地域より死亡率が若干低い.日本と比較すると,0〜14歳までは,男女とも天津市の死亡率が日本より高い.それ以降の年齢では,男は日本とほぼ同じであるのに対して,女は35〜44歳を除き他の年齢階級では日本より高い(Fig. 4).
3.三大死因の年齢階級別死亡率
 天津市の三大死因は,それぞれの年齢階級別死亡率は20歳以上ではいずれも年齢が上がるに連れ高くなる.男女ともに,0歳から44歳までは悪性新生物が最も高く,次いで女の10〜14歳を除き心疾患,3位は脳血管疾患である.年齢階級別には45歳から59歳までは,三大死因ともにほぼ同じ死亡率であるが,60歳から心疾患,脳血管疾患死亡率が高くなり,80歳以上では心疾患死亡率が特に高い(Fig. 5).
 心疾患の年齢階級別死亡率は男では25歳以上,女では45歳以上の年齢で中国都市地域より高く,45〜64歳の年齢では男女ともに天津市死亡率が中国都市地域の1.5倍以上と顕著に高い.日本と比較すると,男では45歳以上,女では25歳以上の年齢で,天津市が日本より高く,45〜64歳の年齢では天津市の死亡率は日本に比べで男で1.6倍,女で3.5倍以上と著しく高い(Fig. 6−1).
 脳血管疾患の年齢階級別死亡率は男女ともに25歳以上の年齢では中国都市地域の年齢階級別死亡率とほぼ同じである.日本と比較すると,男では35歳以上,女では25歳以上の年齢で,天津市が日本より高く,特に45歳以上では日本の死亡率の約2倍と高くなっている(Fig. 6−2).
 悪性新生物の年齢階級別死亡率は,ほぼ全ての年齢階級で男女ともに中国都市地域より低い.また,日本と比較すると,女の55〜64歳を除き,35歳以上の年齢で,天津市が日本より男女ともに低い(Fig. 6−3).
4.行政区別の標準化死亡比(SMR)
 1995年天津市全体の死亡率を基準とした行政区別の標準化死亡比をTable 3,Fig. 7(1−2)に示す.
 全死因のSMRが最も高いのは,男女とも武清県(Wuqing)で,男139.4,女136.3と有意に高率である.最も低いのは男女とも郊区の西青(Xiqing)で,男62.9,女57.4と有意に低率である.特に武清県(Wuqing)とその南東から東の渤海湾にかけての地域と,それとは隣接しない最北部の薊県(Jixian),南西部の静海県(Jinghai)で,男女ともにSMRが110以上と高い.
 心疾患のSMRが最も高いのは,男女とも武清県(Wuqing)で,男234.8,女223.1と有意に高く,その他浜海区の漢沽(Hangu),市中心区の河西(Hexi),紅橋(Hongqao)のSMRは120以上と有意に高い.最も低いのは男女とも郊区の西青(Xiqing)で,男31.1,女33.9と有意に低く,西青(Xiqing)区を含んだ南西から南の地域ではSMRが低い.
 脳血管疾患のSMRが最も高いのは市中心区の北に隣接する郊区の北辰(Beichen)区で,男177.3,女169.0と有意に高い.また,市中心区の北から東側に隣接する3つの郊区と北東に続く地域で男女ともにSMRが130以上と有意に高く,また北部の2県と心疾患も低かった南西部の3つの地域で脳血管疾患のSMRが低い.
 悪性新生物のSMRが最も高いのは,男は浜海区の塘沽(Tanggu)で140.2,女は市中心区の河東(Hedong)で140.1と有意に高い.最も低いのは,男女ともに最北部の薊県(Jixian)で男31.3,女25.7有意に低い.悪性新生物は,市中心区および市中心区に北から東側に隣接する地域とその地域の東側の渤海湾に面する地域でSMRが高く,北部の2県と市中心区の南西に隣接する西青(Xiqing)でSMRが低い.

 考 察
 性別,年齢階級別の死亡率は,国家,地域の社会経済開発段階と強い関係があり,健康水準などの比較にも有用である4).本研究は,正確な死亡状況の報告が少ない中国において,市全体としてその情報の精度管理に勉めている天津市の死亡調査の資料を用いて天津市における住民の健康状態を把握する視点から,1995年の性別,死因別,年齢階級別死亡率,18行政区別の標準化死亡比を観察し,1995年当時の天津市全体及び行政区別の死亡状況を明らかにした最初の研究であり,中国における精度の高い死亡状況を報告した論文として公衆衛生学的意義が高い.
 人口動態統計が公表されていない国や地域では,死亡や死因に関する資料の精度が問題になることがある.天津市では,人口動態に関する死亡調査は全住民を対象として行われており,行政区別の地域管理病院の担当医が,区防疫站(地域保健所)から各病院医師が作成した死亡票をもとに,地域関係諸機関の連携により,月1回地域に関する死亡報告を作成する.また,毎月1回の死亡報告に関する漏れの死亡調査も行い,再び死因確認をしたあと,国際疾病分類に基づき死因を判定する.死亡時には火葬が義務づけられ,その際に医師の診断書が必要であること,さらに,年末1回の監査の際には,各地域管理病院は死亡漏れ率が5‰以下にするよう要求されており,死亡情報を持っている区防疫站,派出所(警察署),婦幼保健所(母子保健センター)の情報を照らし合わせて死亡の漏れを確認してことから,精度を落とさないための管理がされている.
 天津市1995年の年間死亡数における三大死因の割合は62.5%を占め,今後少子高齢化が進むことが予測されること5)から考えても,心疾患,脳血管疾患,悪性新生物に対する対策は急務であると考えられる.特に死因順位の第1位は心疾患で,中国都市地域の1位脳血管疾患,2位悪性新生物,3位心疾患,日本の1位悪性新生物,2位脳血管疾患,3位心疾患と較べても死因順位が異なっており,今回結果には示さないが,天津市においては虚血性心疾患が心疾患全体の54.4%を占めており,心疾患,特に虚血性心疾患による死亡が重要な課題と考えられる.心疾患の粗死亡率を見ても人口10万対127.3と,1994年当時の老年人口割合14.8%である日本の心疾患死亡率122.4よりも高くなっており,今後予防対策の強化が期待される.今回は,天津市における心疾患死亡率が高い原因について,検討はできなかったが,最近の天津市や中国に関する報告からいくつかの原因が考えらる.天津市の慢性疾病(生活習慣病)を対象とした研究では,天津市住民の食事中のナトリウム/カリウム比は,血圧水準と強い相関があることが明らかにされ6,7),さらに90年代のWHO Inter-salt研究の中で,天津市住民の尿中ナトリウム/カリウム比が最も高く,1日1人あたりおよそ14〜15グラムのナトリウム量をとっていると報告された8).日本の平成6年の国民栄養調査によるナトリウム摂取量12.8グラム9)と比較しても高く,天津市住民のナトリウム摂取量は過剰であり,そのため,天津市では脳血管疾患や心不全,虚血性心疾患の危険因子である高血圧の頻度が高いことが予想される.また,中国国内の研究からも,80年代初期から90年代初期までの10年間で全中国における中年期(35〜59歳)高血圧有病率が増加していること10),血中脂質異常や肥満の頻度が経済発展している地域で高いことなどが明らかにされており11),天津市においても心疾患や脳血管疾患の危険因子としてのこれらの要因に曝露している者が増えていることが考えられた.
 天津市は中国都市地域のある都市として,心疾患の45〜64歳の年齢階級別死亡率が男女ともに中国都市地域より異常に高いことから,心疾患に対する予防対策の実施は急務であり,今後心疾患死亡率年次変動の観察,詳細な死因分析も行うことが意味深い.さらに,心疾患,脳血管疾患死亡の日本との比較で特徴的なのは,いずれの死因も日本に較べて年齢階級別死亡率が高く,特に45歳以上の年齢で年齢階級別死亡率の日本と差が大きいことである.日本はもともと脳血管疾患の多発国であり,脳血管疾患死亡率は高かったが,1965年以降減少し,特に近年,中年期死亡率は男より女の方が顕著に低下していると報告されている12).これらの経過には,循環器疾患の健診の普及や食生活改善など高血圧の予防対策が関係している.中年期は家族を養っている者が多く,事業面でも充分に力が発揮される年齢であり,家庭,社会に対する責任が極端に強くなっており,天津市においても,特にこの年齢に対する循環器疾患予防のための健診や,食生活を中心として生活習慣の改善などの予防対策を行う必要がある.
 三大死因のもう一つの疾患である悪性新生物の年齢階級別死亡率は,天津市は中国都市地域,日本と比較して,いずれも低いことが明らかになった.今後高齢化が進む中で,がんの発生率,死亡率は上昇する可能性が高い.
 全死因の年齢階級別死亡率では0〜14歳の年齢階級の死亡率が男女ともに日本より高かったが,乳児死亡率を見ても日本は世界最高水準であり13),日本の保健水準が高いことが考えられる.中国では「一人っ子」政策が進められ,多くの家庭では子供が一人きりであるのが現状であることから,乳幼児学齢期における死亡率の改善も重要であると考えられる.今後,三大死因だけでなく他の死因についても検討を加えることによって,この年齢階級における死亡率の改善に対するより具体的な対策を明らかにすることができるものと考える.
 18行政区別の全死因,三大死因別のSMRの検討から,若干の地域性が見られた.全死因,三大死因を通じてSMRが低かったのは,市中心区の南西に隣接する郊区の西青(Xiqing)とその東側の浜海区の大港(Dagang),市中心区の南開(Nankai),北部の県の(Baodi)である.全死因のSMRでは市中心区で低い地区が多い.これは,市中心区には高度の医療機関が多く,交通が便利であり,地域住民は高度の医療を受けやすいこと,また住民の病気に対する認識が比較的高いため,健康管理のための受診や,症状があっても軽いうちに受診する,発症後も定期的に通院することが難しくないなど,発症の予防から,死亡の予防までの様々な段階での対策がとられていることが考えられる.しかし死因別に見ると,市中心区には悪性新生物のSMR110を超える高い地区が多く,また,心疾患の高い行政区,脳血管疾患の高い行政区なども見られ,市中心区それぞれの行政区として現状に応じた対策が必要である.市中心区は保健医療レベルが他の地区と比べて高い反面,人口密度が高く,交通量が多く,排気ガスなどで環境が汚染されている可能性がある.今回は悪性新生物の部位別死因別死亡の検討を行っておらず,また寄与する要因についての詳細なデータがないため市中心区における悪性新生物のSMRが高い理由は明かではない.また,市中心区の河東(Hedong),郊区の(Dongli),浜海区の塘沽(Tanggu)は,お互い隣接しており,心疾患のSMRは相対的に低く脳血管疾患,悪性新生物のSMRが高いという共通点があるが,これについてもその理由を明らかにすることはできない.今後,天津市における悪性新生物死亡の予防対策のためには,悪性新生物の部位別死亡率の評価を行うと同時に,地域別の生活習慣,環境(汚染),気候などを検討し,分析疫学的検討を行うことによって,疾病と関連する要因を明らかにする必要がある.
 市中心区の河東(Hedong),郊区の(Dongli),浜海区の塘沽(Tanggu)は,お互い隣接しており,心疾患のSMRは相対的低く脳血管疾患,悪性新生物のSMRが高いという共通点がある.これらは天津市の工業中心であり,大きな化学工業工場があるなど大気汚染は深刻であり悪性新生物による死亡に関連しているのではないかと考える.今後大気汚染に対する管理を更に強化する必要がある.また,市中心区の北から東に隣接する地域とそこから北東部に繋がる地域は脳血管疾患のSMRが高く,今後,その地域範囲の共通する生活習慣,環境,気候などを検討し,疾病の予防を図る必要がある.
 今回,中国の大都市のひとつである天津市における死亡状況を観察し,中国都市全体,日本との違い,または天津市内の行政区別の死亡特徴を明らかにしたことて,天津市の疾病予防対策について一部ではあるが提案した.今後更に詳細な検討を行い,天津市の衛生施策立案のために役立てたいと考えている.

 まとめ
 WHOの疾病分類ICD-9を基準として,中国の大都市のひとつである天津市における死亡状況を観察した.
 1995年天津市年間死亡数は48,983人,心疾患,脳血管疾患及び悪性新生物の三大死因による死亡数は30,592人で総死亡の62.5%を占め,心疾患の割合23.2%で死因順位の第1位となっている.天津市の心疾患の年齢階級別死亡率は,中国都市地域,日本より全ての年齢階級で男女ともに高い.特に,45歳以上の年齢で顕著であり,日本との死亡率差が中国都市地域との差より大きい.天津市の悪性新生物の死亡率は中国都市地域,日本より男女ともに低い.行政区別全死因及び三大死因のSMRの地域格差も明らかになった.今回の解析は,天津市の三大死因別死亡率の年齢階級別の特徴や行政区別全死因及び三大死因の地域格差を明らかにした最初の研究であり,今後天津市の衛生施策の立案に役立てたいと考えている.

 謝 辞
 稿を終わるに当たり,直接御指導頂きました永井正規教授に,深謝致します.そして,公衆衛生の柴崎智美先生,仁科基子さん及び研究室の皆先生の御協力に感謝致します.また,本稿作成にあたり,中国天津市衛生局の郭則宇さんの御協力を頂きました.

 文 献
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