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埼玉医科大学雑誌 第29巻第4号 (2002年10月) 197-204頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

原 著

停留精巣における精巣上体付着異常の臨床的検討

加瀬 浩史


埼玉医科大学泌尿器科学教室(現 TMG 朝霞台中央総合病院泌尿器科)
〔平成14年6月10日受付〕


A Clinical Study on Epididymal Abnormalities Associated with Undescended Testis
Hiroshi KASE (Department of Urology, Saitama Medical School, Moroyama, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan)

Purpose: Among the epididymal abnormalities observed at a relatively high rate in patients with undescended testis, we focused on the state of adhesion between the testis and the epididymis and evaluated the clinical significance of this condition. We devised a new classification based on the location of the abnormal adhesions and attempted to assess abnormal adhesion on the basis of this new classification method. Subjects and methods: The subjects of the study were patients with a total of 264 undescended testis and 352 testes. The items investigated included morphologiocal observation of the undescended site and the site of adhesion of the epididymis, age at operation, postoperative volume of testis, and seminal findings in patients who consented to a follow-up observation after puberty (n=29). The new classification for abnormal adhesion employed 5 grades based on our hypothesis that the severity of adhesion would be likely to in crease with the departure of the caput epididymidis. Results: Abnormal adhesion of the epididymis was observed in 53.7% of the testes. The higher the undescended site, the higher the incidence of abnormal adhesion was found to be. There was a significant correlation between the grade of retention and the grade of abnormal adhesion by the new classification. A comparison of the postoperative testis volume with the grade of retention showed a significantly lower value for the high-grade group. A tendency was also observed for the group with severe abnormal adhesion to show a lower value for the postoperative testis volume. When the undescended site was scored and compared with the seminal findings, a high score was seen in the group with a poor sperm concentration. Conclusions: The high incidence of abnormal epididymal adhesion in patients with a high grade of retention and the close correction between the grade of retention and the grade of abnormal adhesion suggested the clinical importance of abnormal epididymal adhesion in patients with undescended testes. Furthermore, the existence of a correlation between the grade of abnormal adhesion and the postoperative volume of the testis is considered to be an important finding with significant implications for future investigations of issues relating to abnormal epididymal adhesion and fertility.
Keywords: Undescended testis, epididymal abnormalities, fertility
J Saitama Med School 2002;29:197-204
(Received June 10, 2002)




 緒 言
 停留精巣における治療としての精巣固定術の目的は,最終的には妊孕性を獲得することが最も重要といえる.妊孕性獲得の予後を評価する場合,現在までに手術時年齢,停留部位,手術手技などが重要な要素とされてきた.また本症に精巣上体のさまざまな形態異常や,精巣との付着異常が認められることが諸家より報告されている1-9).このことは精子の通過障害のみならず,成熟過程にも影響を及ぼす可能性もあり,精巣上体の所見が妊孕性獲得を左右する因子の一つと成りうると考えられるが,その臨床的意義については十分な検討がなされていない.さらに精巣上体の形態異常に関し異常と判断する基準が明確にされておらず,その分類もさまざまであり1, 3-8),発生頻度についても報告者間で差が認められている1-9).解剖学的に精細管は精巣網を形成し,精巣輸出管を介し精巣上体頭部に連結している10).今回この事実をもとに,停留精巣例における精巣上体付着異常に注目し,これを数量的に取り扱う目的で,付着異常部位が頭部より離れるにしたがってより高度の異常と推定した5段階の分類を考案した.この分類に従い,停留精巣手術時の肉眼的所見より,精巣上体付着異常を他の臨床所見との関連において検討し,本分類の検証を行った.また術後長期追跡可能症例での精液所見をとおし,本症における妊孕性に関する臨床的因子についても検討を行った.

対 象 と 方 法
 1972年6月より1995年12月までの24年間に,埼玉医科大学泌尿器科において施行された停留精巣手術症例のうち,手術記載の明らかな264例,352精巣を対象とした.手術時年齢は1歳から39歳,20歳以降の13例を含めて平均 7.1±6.2歳で,10歳までに236例(89%)に手術が施された(Fig. 1).手術術式は,陰嚢肉様膜にポケットを作製しそのなかに精巣を固定するDeNetto法11)を施行した.しかし,15歳以前での手術施行例中8例は精索の充分な延長が得られないかもしくは,精巣発育が未熟であったため精巣摘除となった.停留側は,左側109例,右側67例,両側性88例であった.停留部位は昼間の分類12)に従い,術中麻酔下での確認部位で判断した.すなわちGrade 10(移動精巣),Grade 1(鼠径管外),Grade 2(鼠径管中部または下部),Grade 3(鼠径管上部),Grade 4(腹腔内)とした(Fig. 2).精巣上体付着異常は,手術時の肉眼的所見に基づき,まず精巣上体頭部,体部,尾部の要素に分け,それらの組み合わせにより分類した三崎らの方法7)に従い観察された.これを数量的に取り扱う目的で,付着異常が頭部より離れるに従ってより高度の精子通過異常を合併すると推定した5段階,Grade 1(体部のみがloop状に遊離),Grade 2(頭部に異常は認めず体尾部,尾部に遊離),Grade 3(頭部のみが遊離もしくは体部のみで付着),Grade 4(尾部のみで付着),Grade 5(精巣と精巣上体が遊離)である(Fig. 3).これら264例中,12歳以降まで術後追跡可能であった95例については,術後精巣容積,内分泌学的検査を行い,さらに16歳以降まで追跡可能であった47例中29例では精液検査が施行された.精巣容積の測定はorchidometerを用いた.精液検査は原則として4〜6日間の禁欲期間をおいて用手法において採取し,30〜90分間室温静置にて液化させた後,Makler計算盤にて算定し,3回の算定平均値を採用した.精液所見の判定は,The World Health Organization(WHO)のlaboratory manualの方法13)に準じ,精子濃度 20×106 /ml 以上,運動率は前進運動率 50% 以上を正常と判断した.内分泌学的所見は,RIA法による血中FSH,LH,Testosteroneの測定結果(午前9時〜11時の間に採血)で,正常範囲はLH(1.1〜8.8 mlU/ml),FSH(1.8〜13.6 mlU/ml),Tstosterone(320〜1030 ng/dl)である.統計学的解折は,二群間の平均値の差の検定にはt検定を,二群間の関連の有無についてはχ2 検定を用い,危険率P<0.05をもって有意差ありと判断した.

 結 果
 停留部位別の頻度は,G1-0(13.9%),G1(50.8%),G2(22.1%),G3(8.8%),G4(4.3%)であり,鼠径管外より下方のものが半数以上を占めていた(Fig. 2).
 精巣上体付着異常は189精巣(53.7%)に認められた.Grade別にはG1が77精巣,21.8%と最も多く,G2(19.3%),G3(4.5%),G4(4.8%),G5(3.1%)であり,精巣上体頭部の付着異常を認めなかったものが付着異常全体の多数を占めていた.また尾部に付着異常を認めた症例では,尾部は延長しloop状となっているものが多く確認された(Fig. 3).
 精巣上体付着異常と停留部位との関係は,停留部位がhigh Gradeのものほど付着異常の合併頻度は高率であり,鼠径管上部から上部の症例では 80%以上に異常を認めた.また,精巣上体付着異常Gradeと停留Gradeの間にchi square testで有意な関連が認められた(chi square P<0.0001,Table 1).術後精巣容積を検証しえた精巣数は,精巣発育がほぼ成熟に達したと考えられる17歳以降での測定例を対象とした場合,患側46精巣,正常下降側20精巣であった.停留部位と術後患側精巣容積の関係では,正常下降側と移動精巣との間には精巣発育に差は無かったが,Grade 1から高位のものとの間では有意な差を認めた(t-test P<0.05).また鼠径管外に存在したものと(Grade l),それより高位のもの(Grade 2以上)との間に有意な差を認めたが(P<0.05),鼠径管内から高位の群間(Grade2およびGrade 3+4)には差は認めなかった(Fig. 4).
 精巣上体付着異常と術後精巣容積の関係を,12歳以降の精巣発育の経時的変化で Fig. 5 に示す.付着異常が高度なものほど精巣発育が悪い傾向にあり,17歳以降まで追跡できた症例に高度付着異常と推定したG4およびG5は含まれていないが,G1=17.1±5.3 ml,G2+G3=12.1±5.6 mlと差を認める傾向にあった(t-test,P=0.06).
 精液検査は,思春期までに精巣固定術が施行され,16歳以降まで追跡可能であった47例中29例で検索可能であった.29例の内訳は,片側例16例,両側例13例であり,手術時年齢は1〜13歳,平均 6.8±3.1 歳,最終受診時年齢は16〜31歳,平均 19.9±3.1 歳であった.WHOの基準に従う正常例は,片側例10例(62.5%),両側例6例(46.1%)であった.無精子症は片側例では認められなかったが,両側例は3例(23.1%)に認め,両側例において精液所見不良例が高率であった(Table 2).
 術後の精巣容積と精子濃度の関係では,両側精巣容積と精子濃度の間には緩い正の相関(r=0.46, P<0.05)を認め,両側例においてその傾向が強かった(r=0.60,P<0.05)(Fig. 6 左).また両側例では両側精巣容積において精子濃度正常群(精子数 20×106 /ml 以上)が平均 37.2±8.1 ml,異常群が 22.7±14.8 ml と前者が有意に高容量であった(t-test, P<0.05)(Table 3).片側例では健側精巣容積と精子濃度との間に緩い正の相関 (r=0.45,P<0.05)を認め(Fig. 6 右),精子濃度正常群と異常群との比較では,両側容積は平均 32.9±7.7 ml 対19.5±10.6 ml(t-test,P<0.05),患側容積は平均 13.5±4.3 ml 対 12 ml,正常下降側容積は 20.3±3.8 ml 対13.5±2.1 ml(t-test, P<0.05)であった(Table 3).しかし片側例では両側精巣容積との間に相関は認められなかった.(r=0.30).
 手術時年齢を2歳以下,3〜5歳,6〜10歳,11〜15歳の4群に分け(2歳以下での施行例は1歳での1例のみであり,両側性でかつ一側精巣は摘除されていた),17歳以降に達した術後患側容積を比較すると,3〜5歳群と6〜10歳群との間で平均 18.2±6.4 ml 対 14.1±4.9 mlと有意な差を認め(t-test,P<0.05),2歳以前の1例を除き,手術時年齢が早期の群が高容量にある傾向であった(Fig. 7).しかし手術時年齢と精子濃度の間に負の相関は認められず(r=−0.18),両側例片側例ともに各年齢群間との間に関連は認められなかった.
停留部位と精子濃度の関係は,停留部位をG1-0=1点〜G4=5点とscore化し(両側例は両側scoreの合計値),精子濃度と比較すると,両側例,片側例ともに20×106 /ml未満群で有意にhigh scoreを示した(Table 4).
 精巣上体付着異常と精子濃度の関係は,付着異常をG1=1点〜G5=5点とscore化し(両側例はその合計値)精子濃度と比較した.両側例13例のうちわけは付着異常無し(7例),片側のみにG1の異常(2例),両側スコアー合計値2点(3例),4点(1例)であり,片側3点以上の付着異常は含まれていなかった.スコアーが1点以下と2点以上にわけ精子濃度を比較すると 49.4±46.8,60.7±59.6 と両群間に差を認めなかった.1点以下群には無精子症2例が含まれ,2例とも一側は精巣摘除されており,現存する精巣の容積はそれぞれ8 ml,13 ml であった.片側例を同様に1点以下と2点以上の2群にわけ比較した.4点以上の高度付着異常は含まれておらず,それぞれの平均精子濃度は 45.2±26.1,72.8±39.2 と差は認められなかった.
 内分泌学的所見では,精子濃度正常群と異常群との間で血清FSH値に有意な差を示しているが,両側例で無精子症の症例において血清FSHが平均 23.7±17.3 mlU/ml と高値を示した以外,他の症例では一定の傾向は認めなかった(Table 5).

 考 察
Carlsonら14)は,文献的集計から,1940年より1990年の50年間に成人男子における精子濃度の減少が認められることを報告している.また近年,環境ホルモンが生殖機能異常との関連で注目を集め15),ラットの実験からフタル酸化合物が停留精巣の誘因との報告16)も認められる.これらのことは,今後停留精巣例が臨床的に増加する可能性をも示唆しており,停留精巣例における臨床的予後因子の再評価は重要と考えられる.
 現在まで,停留精巣の臨床的予後因子として停留部位,手術時年齢,手術時組織学的所見,手術手技が推定されている.
 このうち停留部位と妊孕性との関係は明瞭な結論を得るに至っていない.精巣発育と精細管直径の年齢的変化との間には相関関係があることが指摘され,精巣容積は精細管機能,すなわち造精機能を表現する重要所見とされている17, 18).自験例において,停留部位と術後精巣容積との関係では,鼠径管外とそれより高位に位置するものとの間に有意な容積差を認め,鼠径管から高位に位置するものでは明らかな発育不良を示しており,両者の関係が伺われた.また,自験例において停留部位をスコアー化すると,片側例,両側例ともに精子濃度不良群において高値を示していた.自験例における精子濃度と術後精巣容積との関係では,精巣発育がほぼ成熟に達したと考えられる17歳以降18)での測定値を対象とした場合,両側精巣容積との間に緩い正の相関を認め,両側例においてその傾向が強い.片側例においては,健側精巣容積との間に緩い正の相関が認められた.そして片側停留精巣の妊孕性は健側精巣機能に依存するとの報告も認められる19, 20).自験例では,両側例,片側例ともに精子濃度不良例において術後両側精巣容積は有意差をもって低容量を示しており,その容積は,Takiharaら18)が精子濃度と関係した良好な精巣発育とした片側 14 ml,両側 28 ml 以上との基準に達していない.しかし停留部位が低位で,精巣容積が正常な症例において精液所見に異常をきたしたものが少数例に認められたことは,停留部位や精巣容積の問題以外に,精巣組織自体の何らかの原因による変性,精巣上体の形態異常など他の因子の関与も推測される.
 組織学的検討では,電顕的にすでに1歳で精細管周囲にcollagen fiberが出現し21),3歳を過ぎると精祖細胞が著減することが指摘されている22, 23).しかし1歳前後での手術症例の妊孕性の評価はまだ明確にされていない.また,未熟な精巣への生検繰作自体が精巣への血流面など不利益を与える可能性も考えられる.
 次に,停留精巣における精巣上体の形態異常については,Scorer&Farringtonの報告24)以降,高頻度に合併することが諸家により報告されており,その頻度は 32〜79%とされる1-9).正常の雄生殖系の発生において,胎生3ヶ月以降になると中腎細管が隣接する精巣網の原基の方向へ突出し,精巣と中腎管の連結がなされ,胎生6ヶ月には完了する.中腎細管は精巣輸出管となり,中腎管の末梢部は精巣上体本体に,尾側は精管となる.精巣導帯は,その頭側は中腎管に付着するとされ,胎生7ヶ月頃その退化に伴い精巣は急速に鼠径管内を通り陰嚢内へ下降する25).この時精巣上体は精巣に先行して下降するとされ,精巣下降における精巣上体の役割が重視されている26, 27).これらのことより,精巣の正常下降を来し得ていない停留精巣においては,精巣と精巣上体の間に十分な付着が得られなかったり,さまざまな形態異常が合併しうることが充分考えられる.しかし臨床例においては,その形態を肉眼的判断に頼らざるを得ず,その分類もさまざまであり,報告者により合併頻度に差がでていると考えられる.
 精巣上体形態異常のひとつとして,精巣上体のatresiaの存在が報告されている.Marshall&Shermeta1)は,その分類の中で精巣上体異常15精巣中8精巣にatresiaの存在を認めている.しかし,atresiaについて多数例での検討がなされた報告は少なく,合併頻度も稀である.自験例でも肉眼的に明らかなatresiaを認めたものは,腹腔内停留精巣例において精管が精巣上体尾部近蒡で盲端に終わっていた2例以外確認しえなかった.
 著者の精巣上体形態異常の肉眼的観察では,精巣と精巣上体との付着異常に関するものが多数であった.精巣上体付着異常についての過去の報告例では,形態的変化についての集計がおこなわれているのみで,その臨床的意義の検討はほとんどおこなわれてこなかった.今回著者は,付着異常の重症度を分別する試みにおいて,正常解剖を念頭においた分類を考案した.正常成人において精巣上体はepididymal ligamentにより精巣上極および下極で固定され,体部は精巣の後面に接し,精巣との間にmesoepididymisが存在している.また頭部において精巣輸出管,精巣網により精巣上極と直接連結することにより輸精路が完成している.このことより精巣上体頭部が精巣から離れるにしたがって精子の輸送経路により高度の障害を来す可能性があるとの推測を基に分類を作製した.なお精巣上体体部が離れている場合,異常とみなさない考えもあるが,著者は体部のループ状延長を示すもの,mesoepididymisの明らかな欠損を異常と判断した.精巣上体付着異常の発生頻度のみでみると,自験例の53.7%は,三崎ら7)の58%,角谷ら8)の58.7%とほぼ同等であり,また停留Grade高値群における付着異常頻度の増加も諸家の報告7, 9)と類似していた.しかしながら自験例の結果では,著者が想定する付着異常高度群と停留Gradeが強く関連するという新しい知見が認められている.この結果は鼠径管内停留精巣例において,精巣上体頭部での付着異常例がより多く認められたとするKoff5)らの報告と類似したものと考えられた.これらの所見は,精巣上体付着異常の有無が精巣下降に関与する要因のひとつである可能性を示唆している.また自験例における精巣上体付着異常と術後精巣容積の関係において,思春期以降の経時的変化で, 付着異常が高度と推測したものほど低容量であり,17歳以降においてはGrade 2+3 は12.2±5.6 mlと発育不良を示し,Grade l との間に差を認める傾向にあった(P=0.06).以上の付着異常Gradeと停留Gradeとの強い関連,付着異常Gradeと術後精巣容積との間に一定の傾向が認められたことの二点は,今回の検討に用いた付着異常分類が,停留精巣を今後臨床的に解析していく上で有用である可能性を示唆していると考えられる.
 しかしながら,今回の付着異常Grade lの意義については,今後のさらなる検討を加えることが必要と考えられる.Koffら5)は精巣上体体部が精巣長の1/2ほど離れているものまでは正常としている.またTurekら28)は停留精巣以外の陰嚢内疾患94例,平均4.8歳の手術時所見より,Koffら5)と同様に精巣上体体部がループ状に離れているものが 84%と最も多く,精巣上体と精巣が密着しているものは 12.5%であり両者を小児の正常解剖と考えている.自験例でも付着異常を認めなかった群と付着異常Grade 1群との術後精巣容積には差が認められておらず,精巣上体体部の付着状態を異常とする場合は,明らかな屈曲,過度の延長等を伴わない限り正常と判断すべきかもしれない.
 精巣上体付着異常に関しては,停留精巣例での検討とは異なるが,治療に関連した問題も報告されている.Shafikら29)は特発性不妊症と診断されていた100例中9例にmobile epididymisを認め,精巣固定術により3例で精液所見の改善を,また2例で妊娠を得たと報告している.この中でmobile epididymisに伴う不妊症の原因として, 1)可動性に伴う輸出小管の閉塞, 2)精巣と精巣上体間の間膜が広く,そこを横切る血管の血流障害, 3)精巣上体管の解離が精子の輸送や成熟を障害, 4)精巣上体精管角の歪みに伴う放出障害と推測している.また山本30)は精管結紮後の精巣の変化として精細管の拡張,精細胞やsertoli細胞の減少を報告し,大橋ら31)はラットを用いた精巣網部での精巣上体切離モデルにおいて精巣発育において影響が強く認められたと報告している.これらのことより,停留精巣における精巣上体付着異常においても可動性の問題点から同様の血流障害や輸精路への影響が推測され,自験例からも付着異常形態の差異が術後の精巣発育に影響を及ぼす要因である可能性も考えられる.
 今回自験例において精液検索を行いえた対象群では,精巣上体付着異常非合併例が多く,また付着異常高度と推測した症例が認められなかったため,精液所見からは明瞭に精巣上体付着異常の妊孕性への影響を判断することは不可能であった.しかし付着異常が明らかな群において術後精巣容積が低容量を示す傾向にあったこと,また停留Gradeと付着異常Gradeとの間に有意な関連を認め,停留部位が高位なものに付着異常合併頻度が高率であったことより,精巣上体付着異常は,停留精巣の成因への関与,妊孕性への影響は十分に推測されるところであり,臨床的所見として重視する必要性が大きいといえよう.
 現在,手術時年齢が妊孕性を左右する因子として重視されている21, 32, 33).自験例においては2歳以下での手術例が検討されておらず,手術時年齢 3〜5歳群が 6〜10歳群に比べ術後精巣容積は有意に高容量を認めるも,精子濃度と手術時年齢との間に負の相関は認められていない.今後2歳以下での手術症例を含めた再検討が必要である.また1歳前後での手術施行例での妊孕性の評価も待たれるところである.精巣上体付着異常は手術時に新たな侵襲を加えることなく観察を行うことが可能であり,今後多数例での精液所見との関連を通し,精巣上体の形態的差異による臨床的意義についてさらに検討を加える必要性が伺われた.

 謝 辞
 稿を終えるにあたり,終始御指導と御校閲を賜りました,埼玉医科大学泌尿器科学教室,岡田耕市教授に深甚なる感謝の意を表します.

 文 献
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