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埼玉医科大学雑誌 第29巻第4号 (2002年10月) 237-243頁 (C) 2002 The Medical Society of Saitama Medical School

原 著

冠動脈バイパス手術後の急性腎不全に対する持続的血液透析療法開始時期に関する臨床的検討

菅原 壮一,鈴木 洋通

埼玉医科大学腎臓内科学教室
〔平成14年9月10日受付〕


Timing of Start with Continuous Hemodialysis Therapy Improves Survival Rate in Patients Suffered from Acute Renal Failure Following After Coronary Artery Bypass Surgery
Souichi Sugahara, Hiromichi Suzuki (Department of Nephrology, Saitama Medical School, Moroyama, Iruma-gun, Saitama 350-0495, Japan)

 Acute renal failure requiring hemodialysis therapy after coronary artery bypass surgery occurs in 1 to 5% of patients, however, the optimal timing for initiation of hemodialysis therapy still remains undetermined. To assess when continuous hemodialysis therapy is begun, we studied the comparative survival between 14 patients who started to receive continuous hemodialysis therapy with the timing of decrease of urine volume less than 30 ml/hr and other 14 patients who waited to begin dialysis therapy until the level of urine volume of less than 20 ml/hr during 14 days. Between two groups, there were no significant differences in age, sex ratio, the score of APACHE (Acute Physiologic and Chronic Health Evaluation) II, and the levels of serum creatinine at the start of continuous hemodialysis therapy (2.9±0.2 vs 3.1±0.2 mg/dl) as well as the levels of serum creatinine at admission. Overall mortality of those patients was 50%. Twelve of fourteen patients who received continuous hemodialysis therapy with the timing of decrease of urine volume less than 30 ml/hour. In contrast, only 2 of 14 patients in the other group survived. There was a significant difference of p<0.01 between two groups. The initiation of treatment for acute renal failure following after coronary artery bypass surgery would be determined by the decrease of urine volume but not the levels of serum creatinine. The early start of continuous hemodialysis therapy might be preferable for improvement of survival of the patients suffered from acute renal failure following coronary artery bypass surgery.
Keywords: coronary artery bypass, acute renal failure, continuous hemodialysis therapy
J Saitama Med School 2002;29:237-243
(Received September 10, 2002)


 緒 言
 開心術後に合併症の一つとして急性腎不全があるが,その頻度や対処方法,さらには予後に関しては報告によりかなりの差がみられる1-3).また透析療法が必要とされる割合についても報告により様々である4-6).開心術後に発症する急性腎不全の病態生理で重要と考えられているのは血圧の低下や酸素供給不足による腎虚血である.従来からこの腎虚血により急性尿細管壊死がおこるのが主な原因とされている7).臨床上,急性腎不全で最も問題となるのは,水・電解質の管理である.とくに開心術後の急性腎不全をいかに早期に発見し早期から治療を開始するかが予後決定に重要である.しかし,どの段階でどの様な治療を行うかについては未だ十分な検討がなされていない.我々の施設では,透析療法を受けている患者の開心手術に際して積極的に水管理をおこなうことが重要であり,かつ救命率の向上にもつながることを報告した8).その対策方法として,術前に出来る限り十分な水分除去を通常血液透析を3日間連続で行い,術後は緩徐な水分除去を持続的血液透析で行った.この結果,血圧変動を少なくすることが可能となり,肺水腫の発症もみられず死亡率を著明に減少させることが出来た.本研究では,開心術後のうち特に冠動脈バイパス術後に急性腎不全が発症した際に,持続的血液透析療法の開始の時期指標における関する検討を行った.

 対象と方法
 1995年1月1日から1997年12月31日までに埼玉医科大学附属病院で心臓外科手術を受けた486例のうち,冠動脈バイパス術後に急性腎不全をきたした40例(8.2 %)を対象とした.ただし妊娠中のもの,重度の肝機能障害(血清ビリルビン値5.0 mg/dl以上),精神障害,あるいは担癌患者は除外した.冠動脈バイパス術後,時間尿量が30 ml/時間以下,かつ血清クレアチニンが0.5 mg/dl/日以上の上昇を認めた術後7日以内の患者について主治医より連絡を受け,その時点で,今回の研究目的を家族に十分に説明し,インフォームドコンセントが得られた36名を無作為に2群にわけ,経時的に観察を行った.早期治療群は時間尿量がその後3時間にわたって30 ml/時間(1日尿量約750 ml以下)未満となった時点で透析をおこなったもの14名を早期治療群とし,通常治療群はその後20 ml/時間(1日尿量約500 ml以下)未満が2時間継続した時点で透析を開始したもの14名を今回の研究の対象患者とした.また早期治療群で3時間の観察中に尿量が30 ml/時間以上に回復したものあるいは通常治療群に割り付けられながら30未満から20 ml/時間以上に2時間以上とどまったもの8名は対象から除外した.除外した理由はこの8名はその後持続的血液透析を施行したもの4名,尿量が回復し血液透析を施行しなかった4名に分かれたことも解析を複雑にすると判断した.
持続的血液透析療法
 患者へのアクセスは右あるいは左の大腿静脈にダブル・ルーメンカテーテル(Vas-cath; Medicon Co.)を挿入し,持続的血液透析装置(KM8600;クラレメディカル)に接続した.抗凝固薬としてメチル酸ナファモスタット(フサン,鳥居薬品)を30 IU/時間で使用し,60 ml/時間の水分除去と透析液1 L/時間(HFソリタ,清水製薬)の透析条件で開始し,以後患者の状態にあわせて各条件を調節した.血液浄濾過器としてはパンフローAPF-S(旭メディカル)およびヘモフィールSH(東レメディカル)を用いた.
検査項目
 観察開始前24時間および持続的血液透析開始後から7日までは1時間毎に血圧,脈拍,尿量を測定し記録し,以後は病態に応じて測定,記録し,少なくとも14日目までは6時間毎に測定を行なった.血清クレアチニン,尿素窒素,血清電解質,末梢血を測定するために開始前少なくとも3時間以内,開始時及び開始後24時間は12時間毎に,次の72時間は24時間毎に,以後は病態に応じて測定した.これらに加えてGOT,GPT,CPK,総ビリルビン,総蛋白,アルブミン等の測定は心臓外科の主治医の判断により適宜行なった.心電図および指尖脈波により動脈血酸素飽和度はそれぞれ少なくとも透析開始後から終了時までモニターした.人工呼吸器,バルーンパンピングの装着,輸血や輸液量,昇圧薬の投与量の決定は心臓外科主治医の判断により開始,あるいは中止された.
観察期間と測定項目
 持続血液透析開始時から14日までとし,その時点での死亡を第一次エンドポイントとして,その間の尿量,血圧,血清クレアチニンの変化を観察した.
重症度の評価
 開始時の重症度は結果に影響を及ぼす可能性が高いことから,各患者の重症度をAPACHEIIスコアー11)を用いて試験開始時において評価した.
基礎疾患の評価
 術前より蛋白尿が2+以上のあるもの,血清クレアチニン値が1.4 mg/dl以上のものは除外した.糖尿病の診断は経口糖尿病薬あるいはインスリン治療を受けているもの,または,血糖が200 mg/dl以上のものとした.高血圧の診断は降圧薬服用中のもの,あるいは随時血圧で常に収縮期血圧が140 mmHgあるいは拡張期血圧が90 mmHg以上のものとした.急性腎不全は血清クレアチニンが0.5 mg/dl/日以上の上昇をみたときに診断した.
統 計
 結果はすべて平均±標準偏差で表した.2群の比較は時間的経過に関しては,ANOVAを用い,その他はt検定を用いた.生存率についてはKaplan-Meier 法を用いて解析をおこなった.p<0.05で有意差ありとした.

 結 果
1.患者の基礎データ(Table 1)
 平均年齢は両群ともにそれぞれ64±2歳と65±3歳で有意差を認めなかった.また,男女比もそれぞれ男性9名,女性5名で全く同一であった.その他,糖尿病や高血圧の割合,血清クレアチニン,総コレステロール値なども両群間で差異を認めなかった.心臓手術前の血清クレアチニン,血清尿素窒素は両群間で差がなく,またほぼ正常範囲であった.血清クレアチニンをもとにCockroft & Gaultの式9)から計算した糸球体濾過値も差異を認めなかった.糖尿病および高血圧の罹患率も両群間で差がなかった.
2.持続的血液透析開始時のデータ(Table 2)
1)尿量 
 両群間で持続的血液透析を開始した時期の尿量は29±1 ml/時間と18±1 ml/時間であり,有意差(p<0.05)を認めた.
2)血清クレアチニン値 
 両群間で有意差を認めず,冠動脈バイパス術前に比較し,両群ともに有意に上昇していた.
3)APACHE IIスコアー 
 持続的血液透析開始時では両群間で有意差を認めなかった.
4)血圧 
 両群間で収縮期血圧,拡張期血圧ともに有意差を認めなかった.
5)生存曲線 (Fig. 1)
 早期治療群で有意に生存率は改善し,14日で早期治療群の生存者は14名中12名であったのに対して,通常治療群では生存者は14名中2名であった.通常治療群の2名は透析治療を7日目および10日目に離脱した.一方早期治療群では14日目の時点で2名が透析療法を受けていた.死因については剖検がおこなわれた症例が少ないため不明なものが多かった.
3.持続血液透析導入後の変化
 早期治療群では生存者12名のうち,8名が透析療法の離脱に成功したが,通常治療群では2名中1名のみが離脱したにすぎなかった.
1)血圧の変化 (Fig. 2)
 血圧は両群で持続的血液透析療法を開始後3日間は下降したがその後上昇傾向を示した.
2)尿量の変化 (Fig. 3)
 血圧の変化と同様に持続的血液透析開始後3日間早期治療群では変化を認めず,通常治療群では著明に減少したが.その後早期治療群では徐々に増加し,透析療法開始時と比較し8日目より有意差を認めた(p<0.05)が,通常治療群では上昇傾向であったが対象数が少なく統計上での有意差は得られなかった.
3)血清クレアチニンの変化 (Fig. 4)
 持続的血液透析開始後3日間は軽度上昇したが,その後早期治療群では徐々に低下し,持続的血液透析開始時と比較し8日目より有意差を認めた(p<0.05).一方,通常治療群では上昇傾向であったが対象数が少なく統計学的での有意差は尿量同様得られなかった.
4.死亡例と生存例との比較(Table 3)
 早期治療群および通常治療群で死亡したもの,生存したものをまとめて,比較した.平均年齢,血清クレアチニンやAPACHEIIスコアーには差を認めなかったが,通常治療群患者と糖尿病の罹患が死亡群で有意に多かった(p<0.05).

 考 察
 急性腎不全は様々な原因で起こるが10),その中でもいわゆる多臓器不全によるものも多く含まれている.多臓器不全の評価法の1つとしてAPACHE IIスコアーシステムが11),このスコアーシステムは急性の臓器不全によっておこる生理学上の変化と慢性疾患と年齢を組み合わせたもので,とくに集中治療室搬入患者の予後やその滞在期間を予知するのに役立つとされている.また,このスコアーを用いて心臓外科手術後の成績を検討している報告も散見される12, 13).ShaughnessyとMickler14)は冠動脈バイパス手術を行った患者で,集中治療室へ少なくとも14日以上の入室を必要とした患者20名と心臓手術以外で48時間以内に集中治療室を出た124名の患者のAPACHE IIスコアーを比較検討した.冠動脈バイパス手術グループのAPACHE IIスコアーの平均は23.5であり,コントロールのそれは13.2と明らかに有意差がみられた.彼らの成績を今回の我々の成績と直接比較することは出来ない.しかし,共通してみられるのは冠動脈バイパス手術をした人の多くで支持療法呼吸の管理,血圧や血行動態の管理が行なわれているにもかかわらず,術後も重症な状態が継続することである.今回の成績では持続血液透析開始時のAPACHE IIスコアーは早期治療群で18.9±1.8,通常治療群は19.1±2.0であり,有意差は認めなかった.このスコアーはShaughnessyとMickler14)の報告されている冠動脈バイパス手術グループで集中治療を必要とした人々と心臓手術を受けていない対象者で集中治療を要した人々の中間の値であり,さらに興味深い点は冠動脈バイパス手術グループでは血清クレアチニンが1.35,コントロルグループで0.26であり,これは冠動脈バイパス手術後急性腎不全を引き起こしそれがより重症な病態を形成している可能性が高い.事実彼らの成績で,APACHE IIスコアーで有意差がついているのは,血清クレアチニンと,Glasgow Coma Scaleスコアーのみであることも注目に値する.Glasgow Coma Scaleスコアーは,APACHE IIではあまり重要視されていない神経学上の異常所見をとり入れているものであり,今回の我々は,これらを個々の評価対象としてはとり入れなかった.すなわち,今回の成績でも血清クレアチニンが術前の0.81±0.1(早期治療群),0.9±0.2(通常治療群)から,2.9±0.2(早期治療群),3.0±0.2(通常治療群)へと上昇している成績と一致する.このことは,重症例になれば,必ず急性腎不全がおこってくることが予想される.従って,急性腎不全に対してどの様に対処するかが冠動脈バイパス手術手術後重症化した症例では重要となってくることが,これらの成績からも支持される.開心手術後の急性腎不全に関しては多くの報告が出されているが1,2,15),その頻度および予後に関する結果は必ずしも一致したものではない.これらの原因としては(1)急性腎不全の定義,(2)施設毎の対応方法,心臓疾患手術の数,病院の規模,透析医の関わり方の2つがそれらのバラツキの主たる原因としてあげられる.今回の我々の成績は本邦において開心術手術件数及び急性血液浄化件数も有数である当院での成績であり,これらの点に関して検討を行うには十分な施設であると考えられる.今回の急性腎不全の定義に関しては,血清クレアチニン値が0.5 mg/dl以上上昇したものと定義した.すなわち,手術前には腎機能障害が血清クレアチニンで1.0 mg/dl以下ならびにCockroft & Gaultでみる糸球体濾過量で75 ml/分以上を対象とし,かつ蛋白尿陽性例は除外したので,術前に腎障害を示したものは含まれていない.従来の報告では心臓手術後とくに冠動脈バイパス手術の予後についてみると腎機能が正常である場合には1%前後15)であるがもし急性腎不全を合併した時には死亡率は90%近くにものぼるとされている.今回の我々の成績では50%であり,これは血清クレアチニン値のみを指標とした成績と比較してみると優れていると考えられた.しかし,今回血清クレアチニン値のみでなく,尿量を考慮し,早期に透析療法を開始した場合には死亡率を18%と著明に低下させることが可能であった.このことは冠動脈バイパス手術後におこる急性腎不全の病態生理と密接に結びついていると考えられる.冠動脈バイパス手術後における血圧低下や腎潅流量低下が急性腎不全を引き起こしていると考えられる.したがって,急性腎不全の分類でみるといわゆる腎前性急性腎不全の要素が強いと考えられる7).これは,今まで報告されている急性腎不全の発症率が,高齢者ほど多くなること,また動脈硬化病変が最も重要な因子であると報告されていること,さらに,心不全,および腎機能障害が大きく発症に関与するとされている2,15)ことからも推測される.一方,術後におこる急性腎不全の中でも比較的尿量が保持されているいわゆる非乏尿性腎不全が早期透析療法群に多く含まれている可能性がある.しかし,対象例は少ないが割付を無作為におこなっており,その可能性はかなり防げたと考えられる.今回尿量が乏尿と定義されている400 ml以下(時間尿20 ml)よりやや多い尿量750 ml(時間尿30 ml)で透析を導入し予後を検討した.これは,術中,術後に比較的大量の輸液がおこなわれていることとあわせて考えると必ずしも1日400 ml以上の排尿があっても十分とはいえないと思われる.その理由は術中から術後にかけて平均で2500 ml/日が輸液されており,1日750 mlの尿量でも少ない可能性がある.術後3日間は我々の論文8)からも1日1500 ml以上の排尿あるいは除水が必要であることが示されている.すなわち,十分に尿量が確保できないために容量が負荷の状態になり,それが肺水腫および心不全を引き起こし,それにより,さらに腎血流量を低下させるいわゆる悪循環に陥り易いと推測される.従って,実際には,心機能や中心静脈圧,さらには水バランスを考慮することで,各患者間で,透析導入を行う時期も異なってくると思われるが,この尿量の低下がひとつの指標として役立つ可能性は高い.今回30 ml以下になった時点でおこなったものと,20 ml未満になった時点でおこなったものと,わずか時間尿で10 mlの差が,これ程の大きな差を生じることは予想外ではあった.しかし,30 mlでは1日尿が720 ml,20 mlでは480 mlで差が240 mlあり,これは心拍出量の10%にあたり,この差は決して小さくないことを意味している.事実,持続血液透析開始後の両者の尿量,血圧,血清クレアチニン値の変化をみてみると,早期治療群では,比較的尿量が保たれていることがわかる.血圧の変化に関しては,はじめの3日間はかわらず,また血清クレアチニン値も同じであった.これは血圧に関しては,昇圧薬の使用により,一定に保持されていたと思われる.血清クレアチニン値に関しても尿量が低下しても比較的保持されている例が多い.このことは,少くとも心臓手術後では尿量がより重要な指標となり得ることを示している.さらに興味のあることは急性腎不全の時期を脱すると,すみやかに尿量,血圧,血清クレアチニン値などすべて回復傾向に向かっている.勿論その後透析の継続を余儀なくされた症例も含まれているか,それらを考慮しても,この変化から,初期の治療がより有効であることを示している.今回は3時間の平均を見ているが,臨床上,この様な方法が適していると考えられる.今回早期治療群と通常治療群同士での患者の差違は数が少ないために有意差が統計上得られなかったが,死亡群と生存群でみてみると,死亡群で有意に糖尿病が多かったことが判明した.この結果は今後大血管および小血管病変を有する糖尿病患者が増加することが予想されているこから,注意すべき点である.内科療法として通常おこなわれている冠動脈血管拡張術後の急性腎不全の発症にも糖尿病が大きな危険因子されている16)ことから考えると,糖尿病患者で冠動脈バイパス手術後に急性腎不全に陥った時に尿量が30 ml/日を下回った時での透析療法導入が死亡率を減少させるのに有効であると考えられる.今回は,血液浄化療法として,持続的血液透析を用いたが,持続的血液透析は近年血行動態を乱すことなく緩徐に水分除去が出来ること,また吸着も可能なことよりに急性の多臓器不全をに対して多く用いられるようになっている8,17).本法の欠点としては,人手が必要なこと,長時間にわたって抗凝固療法が必要なこと18,19)があげられている.多臓器不全ではしばしば敗血症を伴うが,我々は敗血症をおこした多臓器不全の重症患者にはエンドトキシン吸着療法とこの持続的血液透析療法との併用が有効であることを報告した20).この時も血圧の安定化とドーパミンの投与量の軽減を持続的血液透析療法の導入より出来ることが確認されている.今回の患者の中には感染症があり抗生物質の投与を必要としたものも含まれているが,それらに対して,持続的血液透析療法がより有効であった可能性は十分ある.さらにこれらの感染を伴う症例に対して早期に持続的血液透析療法を行うことの有効性も報告21)されていることからも,尿量のみでなく,これらも死亡率を軽減に寄与した可能性は否定出来ない.本研究は尿量により持続的血液透析開始時期を決定するという検討であるが,中心静脈圧や血圧などのより血行動態を重視した透析開始時期の検討が今後に求められる.

 まとめ
1.冠動脈バイパス術後の急性腎不全に対する持続的血液透析療法の開始時期ついて検討した.
2. 患者側の生存に関する危険因子としては糖尿病があげられたが,血清クレアチニンや重症度APACHEIIスコアは危険因子とならなかった.
3. 尿量が3時間以上,時間尿で30 mlより少なくなる時点で持続的血液透析療法を開始した群の生存率が優れていた.

 結 論
 冠動脈バイパス術後の急性腎不全では時間尿が30 ml以下が3時間以上が続いた時点で持続的血液透析療法の適応と考えるべきである.

 謝 辞
 御指導を賜った前埼玉医科大学第一外科教授,埼玉医科大学附属病院 尾本良三院長,心臓病センター所長 横手祐二教授,心臓外科 許俊鋭教授,腎臓病センター所長 出口修宏教授,また多くの助言や協力をしていただいた,心臓外科学教室ならびに腎臓病センターの先生および臨床工学技士,看護師の方々に謝辞を表します.
 なお,この要旨の一部は第9回日本急性血液浄化学会におけるシンポジウム(平成10年神戸)第10回日本急性血液浄化学会(平成11年横浜)第44回日本透析医学会(平成11年横浜)において発表しました.

 文 献
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