埼玉医科大学雑誌 第30巻 第3号 (2003年7月) T93-T100頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

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Thesis
吸入麻酔後の健忘に関する行動学的検討

岡本 由美
埼玉医科大学総合医療センター麻酔科
(指導:宮尾 秀樹教授)

医学博士 乙第886号 平成15年5月23日 (埼玉医科大学)


 本研究では,全身麻酔が,動物の学習・記憶行動にどのような影響を及ぼすかについて,複数の学習・記憶課題を適用して様々な角度から検討した.
 実験1では,麻酔処置に先立って長期間にわたる訓練を行ない,これにより獲得された弁別行動に,笑気・酸素・エンフルランによる全身麻酔がどのような影響を持つかを調べた.その結果,麻酔が弁別行動を阻害するという事実は示されなかった.実験2では弁別遂行の行動上の可塑性を検索する系として多用される弁別逆転課題を用い,過去において一度獲得された弁別行動の再獲得の過程に,全身麻酔処置がどのような影響を持つかを検討した.逆転訓練課題の困難さから,最終的にデータを得られた個体数はきわめて少ないが,麻酔群3個体のうち1個体において,再逆転課題の獲得に遅滞がみられた.実験3では,実験1,2のように長期にわたる訓練を要する課題ではなく,比較的獲得の容易な同時弁別課題を用いて,弁別獲得過程における麻酔の効果を検討した.その結果,高濃度麻酔群で1個体のみ,成績が処置前の獲得基準に到達しないものが見られたが,統計的に有意な麻酔の効果は示されなかった.
 結論として,今回の研究では学習の獲得やその維持に麻酔は顕著な影響を及ぼさないことが示された.このことは麻酔の安全性を改めて示すものではあるが,臨床場面で少数ながら報告される,全身麻酔による逆向性健忘の解明に向けて,そのような稀現象を検討する方法論が求められる.


(C) 2003 The Medical Society of Saitama Medical School
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