埼玉医科大学雑誌 第36巻 第2号別頁 (2010年3月) T25-T30頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.


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Thesis
川崎病遠隔期における肺血管床の変化

石戸 博隆
埼玉医科大学 国際医療センター 小児心臓科

医学博士 乙第1116号 平成21年10月16日 (埼玉医科大学)


【はじめに】川崎病は全身の血管炎であり,急性期の炎症が遠隔期の種々の血管床の機能に影響を及ぼしている可能性がある.我々は以前,川崎病遠隔期の形態上は正常な体血管壁に機能的な異常があることを報告したが,剖検例においては肺動脈にも組織学的変化があることが報告されている.したがって,川崎病遠隔期においては,肺血管床の機能にも異常がある可能性がある.そこで今回,未解明の川崎病遠隔期肺動脈の血管特性について検討した.
【方法】急性期に,冠動脈が拡大を呈した川崎病患者45例(7.8±4.8歳)と正常対照群としての小短絡(計算上の肺体血流比=1.0)心室中隔欠損38例(6.7±4.6歳)において,心臓カテーテル検査時(発症時より4.8±4.5年経過)に主肺動脈の圧と血流速を同時計測し,肺動脈input impedanceを算出し肺動脈血行動態を評価した.川崎病患者はさらに,心臓カテーテル検査時の冠動脈造影所見に基づき,冠動脈病変残存 27例 (8.8±5.5歳),冠動脈病変消失 18例 (5.6±5.3歳)の2群に分けて検討した.
【結果】近位部壁硬度を示す特性抵抗や,末梢血管抵抗は川崎病群で高い傾向を示したが統計的有意差はなかった.一方,総肺動脈コンプライアンスは,冠動脈病変残存症例においてのみ,対照群に比して有意に低値を示し,川崎病後の末梢部肺血管床の血管壁硬度の増加を示唆した(p<0.05,by ANOVA).さらに,川崎病冠動脈病変残存群では,反射波も増大し,肺血管床の不均一性が強く示唆された.
【考察】以上の結果は,川崎病遠隔期の肺血管床の変化は,体血管床のそれとは異なり,冠動脈病変残存例においてのみ肺血管壁遠位部の壁硬度が増していることを呈示しており,川崎病の冠動脈,肺血管,体血管における変化は一様ではなく,それぞれに種々の程度と範囲をもって異常を呈すること示唆し,川崎病における血管炎の病態生理に関する新しい知見である.さらに,炎症反応が低下した川崎病罹患後遠隔期においても,形態上は正常な肺血管壁に質的な変化が起こっていることを示す今回の結果は,今後遠隔期における肺血管床の経時的変化とそれらがもたらしうる影響についての観察の必要性を示唆するものと思われた.


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