埼玉医科大学雑誌 第39巻 第2号別頁 (2013年3月) T47-T56頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

PDF (1.2 MB)

Thesis
全身性エリテマトーデス患者におけるカルシニューリン阻害薬投与による T細胞受容体ζ鎖の発現回復と臨床効果に関する研究

近藤 恒夫
臨床医学研究系 内科学 リウマチ・膠原病内科学

医学博士 甲第1217号 平成24年11月16日 (埼玉医科大学)


【背景と目的】
 全身性エリテマトーデス(SLE)の病因として,我々はT細胞の近位部シグナル伝達異常に注目し,T細胞受容体ζ鎖(TCRζ鎖)の発現低下を報告してきた.T細胞の活性化を抑制するカルシニューリン阻害薬(CNI)であるタクロリムスがループス腎炎に有効で使用されているが,CNIがSLE患者T細胞のTCRζ鎖発現に与える影響については報告がない.さらにTCRζ鎖発現と臨床効果との関連に関しても不明であるため,これらを明らかにすることを目的とした.

【方法】
 対象は1997年のアメリカリウマチ学会のSLEの分類基準を満たし,新規にCNIを投与された26症例.CNI投与前と投与後で,TCRζ鎖の発現を免疫ブロット法で測定し,年齢,性がマッチした健常者11人と比較検討した.SLEの活動性評価は,SLEDAIと,主治医が1つ以上の病態で有効と判断した症例の割合(主治医評価)の2つの方法で行った.

【結果】
 26例中20症例はタクロリムスを,6症例はシクロスポリンが投与された.男女比3:23,平均年齢44.7歳で,ステロイド併用率は88.5%,ステロイド量はプレドニゾロン換算で平均21.0 mg/日であった.治療対象病態は,関節炎9例,血球減少7例,腎症7例,発疹6例の順で多く,投与前のSLEDAIは平均6.0±4.9と比較的低かった.CNI投与前のTCRζ鎖発現は全26症例中,20症例(77%)で低下,平均発現量は健常者の55%であった.CNI投与後には,投与前にTCRζ鎖の発現が低下していた20症例中10症例(全体の38%)で回復した(P<0.01).SLEDAIは投与前平均6.0±4.9が,投与後3.3±3.4と改善した(P<0.05).また主治医評価で有効症例は58%であった.TCRζ鎖の変化と臨床病態の改善との関連を検討したところ,TCRζ鎖非回復群では投与前後のSLEDAIに有意差は認めなかったが(P=0.56),TCRζ鎖回復群においては,SLEDAIは投与前7.4±2.1,投与後は2.1±0.7と有意に低下した(P<0.05).主治医評価でも,TCRζ鎖回復群において有効率は80%と高く,TCRζ鎖非回復群に比べ高かった(P<0.05).

【結論】
 SLE末梢血T細胞において発現低下しているTCRζ鎖がCNIの投与により回復しうることを初めて明らかにした.これはCNIがカルシニューリンを阻害しT細胞活性化を抑制するだけでなく,TCRζ鎖の発現を回復させる別の機序を有する可能性が考えられた.さらにTCRζ鎖発現の回復と臨床病態の改善との間に関連を認め,TCRζ鎖発現がSLEの病態に関与する可能性が示唆された.


(C) 2013 The Medical Society of Saitama Medical University