埼玉医科大学雑誌 第41巻 第2号別頁 (2015年3月) T29-T40頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

PDF (2.6 MB)

Thesis
下咽頭癌TPF三剤併用化学療法に用いる,docetaxel,cisplatin,5-fluorouracil の新規感受性/耐性予測遺伝子の探索

嶋村 由美子
臨床医学研究系 臨床腫瘍学

医学博士 甲第1257号 平成26年3月28日 (埼玉医科大学)


【背景・目的】
 下咽頭癌に対する化学療法は臓器温存希望症例や進行下咽頭癌切除不能症例に対する放射線との同時併用療法のほかに,局所制御率や臓器温存率の改善を目的とした導入化学療法として用いられる.進行下咽頭癌の導入化学療法として,TPF(docetaxel/cisplatin/5-fluorouracil)療法は,標準レジメンであるPF(cisplatin/5-fluorouracil)療法に比べ,生存率や機能温存率において優れている.しかしながら,TPF導入化学療法を用いた順次治療の完遂には数か月を要すため,治療期間の長期化に伴い,患者には身体的,経済的な負担も増大する場合がある.したがって,TPF導入化学療法に最適な症例を選択できるような効果予測システムの確立は急務であり,本研究では,咽頭癌由来細胞株を用いた,TPF療法の治療効果予測候補因子の探索を試みた.

【方法・結果】
 咽頭癌由来細胞15株を用いてMTTアッセイを行い,TXT(docetaxel),CDDP(cisplatin),5-FU(5-fluorouracil),各種薬剤に対するIC50(50%阻害濃度)を決定した.各細胞株からtotal RNAを抽出し,SurePrint G3 Human GE マイクロアレイキット 8x60K(Agilent)によりmRNAおよびnon-coding RNAの網羅的遺伝子発現解析を行った.各細胞株におけるマイクロアレイで得られた遺伝子発現レベルとIC50値との相関解析を行い,16種の感受性/耐性関連候補遺伝子を抽出した.Real-time RT-PCR法により,各細胞株でのこれらの候補遺伝子の発現量を定量的に測定し,IC50値との相関について確認を行った.その結果,10遺伝子(TXT : PED4D, AGR2, RAB15, SYNGR1; CDDP : NINJ2, PTGS1, KLK11, PED4D ; 5FU : SEPW1, CDC25B, RCAN3, AGR2, 重複含む)の発現量がIC50値と有意に相関することが確認された.そのうち,AGR2NINJ2については,siRNAを用いたノックダウン実験により,AGR2の遺伝子発現量の低下はUT-SCC-70細胞におけるTXTのIC50値の有意な低下を引き起こし,一方,NINJ2の遺伝子発現量の低下によりUT-SCC-89細胞のCDDPのIC50値が有意に増加することを確認した.

【結語】
 今回の研究により,咽頭癌細胞株でTXT,CDDP,5-FUの3剤の感受性と発現量が強く相関する10個の遺伝子を見いだした.そのうち,AGR2NINJ2については,siRNAを用いたin vitro実験で,これらの遺伝子が各薬剤(TXT/CDDP)の感受性/耐性に直接影響を与えることが確認された.今後,このようにして見つかったバイオマーカー候補について,臨床検体を用いた検証を行うと共に,その作用機序についても明らかにしていく.


(C) 2015 The Medical Society of Saitama Medical University