埼玉医科大学雑誌 第41巻 第2号別頁 (2015年3月) T41-T53頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

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Thesis
睡眠時の末梢刺激応答性の変化に関わるグリシン受容体機構の検討

日野 峻輔
臨床医学研究系 口腔外科学

医学博士 甲第1258号 平成26年3月28日 (埼玉医科大学)


【目的】
 咀嚼筋などの顎周囲筋に生じる睡眠時の運動活性変化は,睡眠時無呼吸症候群や睡眠時ブラキシズムの発現に関与すると考えられているが,詳細な神経機構は未だ解明されていない.近年,サルの顎運動活動性が睡眠時に減少することが報告され,脳幹部の抑制がその背景にあることが示唆された.脳幹部の三叉神経運動核は,錐体路からグルタミン酸性の,錐体外路からGABA性の入力を受けるが,これら上位中枢からの投射は,咀嚼筋運動神経だけではなく介在神経にも投射し複雑な神経回路を形成している.三叉神経運動核ならびにその周囲に存在する介在神経はグルタミン酸,GABAならびにグリシンなどを神経伝達物質として含むことから,本研究では咀嚼筋活動性を調節する三叉神経運動核の覚醒-睡眠サイクルに伴う活性変化とそれに関わるグリシン受容体機構を,薬物投与が容易に行えるラットを用いて検討した.

【方法】
 SD系雄性ラット(約5週齢)に心電図,筋電図(顎二腹筋前腹),脳波,眼電図記録用電極と舌刺激用電極(オトガイ舌筋)を留置し,一週間の回復期間の後に実験に用いた.安静覚醒(QWB)時にオトガイ舌筋に電気刺激(200 μs,0.2 Hz,5回)を加え,顎二腹筋活動を3/5以上で発現させる刺激強度を開口反射誘発閾値(Th)とし,誘発された顎二腹筋活動(反応潜時・活動持続時間・AUC)と併せて5分間隔で3回計測した.続いて,安静睡眠(QS)時とその後の覚醒(QWA)時も同様に観察した後,グリシン(75 mg/kg,150 mg/kg,i.p.)を投与し同様の検討を行った.また,刺激強度と開口反射応答性の相関を検討するために,Thの1.5-2倍の刺激も与えた.さらに,各ステージでの心拍数,顎二腹筋活動性,睡眠潜時ならびに睡眠時に発現するmicroarousalの発現頻度も測定した.

【結果】
 QWB時においてThは安定していたが,QS時ではThが有意に上昇し,QWA時ではQWB時のレベルまで戻った.また,QS時ではQWB時と比較して開口反射潜時の延長と顎二腹筋活動性の減少が各刺激強度で有意に認められた.グリシン投与によりQWB時のThは上昇したが,QS時のThには有意な変化は認められなかった.QS時ではQWB時と比較して開口反射潜時の延長を認めた.また顎二腹筋の自発筋活動が減少し,microarousalの発現頻度が用量依存的に有意に減少した.

【結論】
 睡眠時にラットの開口反射活性が抑制を受けることが示された.グリシンの投与は開口反射活性を,覚醒時には抑制し,睡眠時には亢進的に調節することが明らかになった.グリシンによる睡眠時の末梢刺激応答性亢進は,循環系を良好な状態に維持することに関与し,結果として睡眠改善効果をもたらしている可能性が示唆された.


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