埼玉医科大学雑誌 第42巻 第1号別頁 (2015年8月) T11-T20頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

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Thesis
リンチ症候群のスクリーニングとしてのミスマッチ修復タンパクの免疫染色の有用性: 日本人50歳未満大腸癌における検討

鈴木 興秀
臨床医学研究系 臨床腫瘍科 (がんプロ)

医学博士 甲第1274号 平成27年3月27日 (埼玉医科大学)


【背景・目的】
 リンチ症候群はミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列変異をおもな原因とし,大腸癌をはじめ多臓器に悪性腫瘍が発生する優性遺伝性症候群であるが,わが国のリンチ症候群の頻度・実態は不明である.近年,原因遺伝子のミスマッチ修復タンパクによる免疫染色がリンチ症候群のスクリーニングに用いられるようになった.今回,50歳未満の初発大腸癌症例を対象にリンチ症候群のおもな原因遺伝子である4種類のミスマッチ修復タンパクの免疫染色を行い,リンチ症候群のスクリーニングとしての有用性について検討した.さらに,リンチ症候群が確定ないし強く疑われる群と,リンチ症候群の可能性がほとんどない群との間で臨床病理学的諸因子や生存期間について比較検討した.

【対象と方法】
 50歳未満初発大腸癌連続109例に対し,MLH1,MSH2, MSH6,PMS2タンパクの免疫染色を行い,少なくとも1種類のタンパクの欠失を認められた症例について,腫瘍のマイクロサテライト不安定検査を行い,選択的にメチレーション解析も行った.また,患者自身の同意が得られた場合には遺伝学的検査を行った.

【結果】
 10例 (9.2%) に少なくとも1種類のミスマッチ修復タンパクの欠失を認め,その内訳はMLH1/PMS2; 4例,MSH2/MSH6; 4例,MSH6; 2例であった.マイクロサテライト不安定検査では高頻度不安定性が9例に認められた.MLH1/PMS2欠失の4例のうち,3例 (高度マイクロサテライト不安定性を認めなかった1例を含む) ではMLH1 遺伝子の異常を同定できなかった.他の1例ではMLH1 遺伝子のプロモーター領域のメチレーションが認められた.MSH2/MSH6欠失の4例中1例とMSH6単独欠失2例に遺伝学的検査が行われ,EPCAM 遺伝子の欠失あるいはMSH6 遺伝子変異が同定された.リンチ症候群が確定ないし強く疑われる群 (n=6) とリンチ症候群が否定的な群 (n=101) の比較では,生存期間は同等であったが,前者の方が有意に若年 (P<0.05) かつ右側結腸 (P<0.01) に発症し,改訂ベセスダガイドライン陽性項目数が多く (P<0.01) ,病理組織学的所見では,低分化腺癌 (P=0.03) ,および腫瘍部リンパ球浸潤 (P<0.05) が多かった.

【結論】
 50歳未満の大腸癌を対象に,網羅的にミスマッチ修復タンパクの免疫染色を行うことはリンチ症候群のスクリーニングに有用であるが,発症年齢,発生部位,特徴的病理組織学的所見を加味すればさらに効率的なスクリーニングに結びつく可能性が示唆された.この点をさらに明確にするにはさらなる症例の集積が必要と考えられる.


(C) 2015 The Medical Society of Saitama Medical University