埼玉医科大学雑誌 第42巻 第1号別頁 (2015年8月) T1-T10頁 ◇論文(図表を含む全文)は,PDFファイルとなっています.

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Thesis
腎癌細胞におけるHIF1αとPer2 概日リズムの関連

岡部 尚志
臨床医学研究系 泌尿器科学

医学博士 甲第1256号 平成26年3月28日 (埼玉医科大学)


【目的】
 血管新生は腫瘍増殖や転移に深く関連しており,低酸素誘導因子 (HIF) 誘導性の血管新生因子は,腎細胞癌の治療において重要な標的となっている.一方,24時間周期で変動する生理現象である概日リズムは地球上の殆どの生物にみられ,哺乳類ではPer1/2/3,Cry 1/2,Bmal1,Clockなどの時計遺伝子により調節されている.これらの時計遺伝子は多くの細胞,臓器においてその発現が確認されているが,HIFと時計遺伝子の関連はほとんど報告がなされていない.本研究では腎癌細胞株においてと時計遺伝子との関係について検討した.

【方法・結果】
 まず,腎癌細胞株8種類を用い,細胞レベルでのPer2 の概日リズム性発現の有無を確認した.その結果,Per2 のmRNAレベル,転写活性ともにCaki-2においてのみ概日リズムを認め,他の腎癌細胞では概日リズムを認めなかった.Caki-2細胞とその他の細胞の特性の違いを検討すべく,各腎癌細胞におけるBMAL1,CLOCK,PER2,CRY1,HIF1α蛋白の発現をウエスタンブロット法で検討した.その結果,CRY1蛋白の発現は全ての細胞に認められ,BMAL1,CLOCK,HIF1α蛋白のいずれにおいても有意な蓄積を認めたのはCaki-2細胞のみであった,さらに,Caki-2細胞において,HIF1αとその結合因子であるARNTの発現ベクターを共に細胞移入することで,Per2 の転写活性の概日リズムの振幅は有意に上昇し,さらにHIF1αの発現を低下させる作用のある天然フラボノイドであるクリシンは,Per2 転写活性の概日リズムの振幅を有意に減弱させた.転写レベルでの発現調節を解析するため,ヒト,マウスのPer2 のプロモーター領域を比較し,両者で配列が高度に保存されている領域内に1カ所HIF1αの結合配列であるhypoxia response element (HRE) を同定した.さらにChIPアッセイによってHRE 配列にHIF1αが結合することが示された.

【結論】
 腎癌細胞であるCaki-2細胞において,Per2は細胞レベルで自律的に概日リズム性発現を認め,またHIF1αはPer2 のプロモーター領域に結合することで概日リズムの振幅を増強させることが示された.腎癌細胞における時計遺伝子の概日リズム性発現の有無,またHIF1αが時計遺伝子の概日リズムに与える影響が明らかになったことで,HIF1α誘導性の低酸素経路を標的としている腎癌治療に,時間治療という新たな治療戦略がもたらされる可能性がある.


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