研 究 室 紹 介


   解剖学 運営責任者
  教育主任・研究主任

 
教授 永島 雅文

 本学医学部の授業が統合カリキュラムに再編されて10年以上が経過しました。コースの名称は「人体の構造と機能」、ユニット名は「構造系実習」となり、かつての「解剖学」という「科目名」は消滅しています。私だけかもしれませんが、学生時代には「解剖学」という音の響きをとても重厚に感じていました。教師になって以来、「解剖実習」という言葉にとても親しみを感じています。

それでは学生たちが難しい呼び名を使っているかというと、そうでもありません。大多数の1年生は「人体の構造と機能1」コースとは言わず「解剖」と呼び習わしています。確かに授業の大半は解剖学の所属教員が担当しているのですが、シラバスにも掲げ、呼称にも込めた諸学問の統合という理念は、あまり浸透していないようです。

統合カリキュラムでは、基本学科の枠を超えた教員チームを編成しています。かつては肉眼解剖学、組織学、発生学、神経解剖学などの教育をふたつの教室(講座)で分担していましたが、今では「第一解剖の試験」などはありませんし、「解剖の成績」もありません。最近では講義よりも体験学習(演習や実習)の比率が増加したため、個人の力量よりもチームの総合力が学習支援に発揮されるようになっています。

さて話は変わります。少し前になりますが、解剖学者の現状と将来像を考えるワークショップで、ある教授が「アイデンティティ・クライシス」という表現を用いていました。昔は解剖学の専売特許のような特殊な研究技法があり、特に開発途上の可視化技術には職人芸が要求され、この種のワザが学問の独自性を裏付けていた面もありました。しかし今日、研究技法の多くが簡便化・共有化されるようになり、汎用性の高い技術ほど価値が高いとみなされています。それに加えて医学教育の統合化が急速に進み、教育分担の枠組も曖昧になりつつあります。

私は初対面の人に「ご専門は何ですか?」と尋ねられた際に「解剖実習です」と答えていた時期がありました。その頃は「お父さんの職業を聞かれたら学校の先生と言え」と息子に言い聞かせていました。しかしこれでは頑なすぎる(皮肉にとられる?)と反省して、最近は「臨床解剖です」と言うことにしています。臨床医を育成することを主眼とする大学にあっては、研究にも教育にも「臨床」を強く意識することが重要と思っています。

私自身は臨床研修に専念した時期があり、何もできない医学生が患者さんや先輩に育てられることを実感していますし、この体験が学部や大学院の教育を支えています。一方、解剖学の同僚教員のキャリアは実に多様で、出身学部をとっても医学部、理学部、農学部、獣医学部と様々で、ライフサイエンスという共通項だけです。研究分野も色々ですが、神経解剖学からスタートしたのは私だけ、細胞生物学や実験発生学をバックグラウンドに持つ方が主流派です。

多様な研究の共通点を強いて挙げれば「形をみることから出発する」ことかもしれません。個体が出来上がるまでの過程を形態形成といいますが、この発生developmentという現象が解剖学のメインテーマです。注目する構造がそのような経過で変容していくのか? そのメカニズム(分子機構)は? その運命は変えられるのか(可塑性)? 等々の問題を解明していくのです。

ざっくり言ってしまえば生物は4次元の構造体です。形態形成の段階が最もダイナミックですが、時間変化という視点で眺めると、成長も老化の過程も、広い意味での「発生」です。刻々変化している現象の時間を止めて、立体構造を細かくつぶさに調べるとか、培養皿の上で(顕微鏡の下で)発生しつつある個体を観察するとか、切り出された臓器や細胞が異なる培養条件でどのように変化するか、あるいは特定の遺伝子の働きを抑制した動物について発生の影響を調べる、といった研究を進めています2), 4) - 9)

形の意味を探ることも重要です。ヒトには個体差というものがあり、顔の形が違うように、血管の形や、脳や骨の形にも微妙な違いがあります10)。関節リウマチの軟骨のように、病気になることで形を変える部分だってあります1)。臨床の先生方が「実際にはどうなっているのか」を調査したいと解剖学を訪れることがあります。

例えば「手術で問題となるこの場所を詳しく調べたい」という動機もあれば、「手術操作がうまくいかないケースがあるのは、個体差によるものなのか」という関心もあります。調査の方法も、限られた対象(ご遺体)を徹底的に詳しく検討するやりかたと、注目する構造を類型化して数多くのご遺体を調べるという、ふたつの研究手段があります3), 10)。いずれにしても、ベッドサイドの疑問を持ってくる人は、問題の解決に至る過程で多くのことをご遺体から学びます。誠実にご遺体の解剖所見という事実と向き合えば、得るものは大きい。臨床家の参考になるような優れた論文に結実することも夢ではありません。

毎夏、課外学習プログラムとして「臨床解剖セミナー」を開催しています。毎回、40名ほどの学部学生が自分たちの課題をもって勉強に来ますが、多くの外科チームが模擬手術を供覧してくれます。いつも感心することですが、エキスパートの外科医ほど「勉強になりました」とご遺体に深く頭を下げるのです。解剖を経験することは、いつでも、生命に対する理解や認識を深めることになるのです。「上手くなるためのトレーニング」という意味ではありません。「知りたい疑問に必ず答えてくれる」ということなのです。

研究室の教員による研究成果の一部を紹介します。興味のある方はいつでもおこしください。できることなら何でも協力いたします。


主要論文

1)      Nagashima M, Tanaka J, Kiyohara J, Makifuchi C, Kido K, Momose A. Application of X-ray grating interferometry for the imaging of joint structures. Anat Sci Int. : in press

2)      Xinyu Zhou, Peihui Lin, Daiju Yamazaki, Ki Ho Park, Shinji Komazaki, S.R. Wayne Chen, Hiroshi Takeshima, Jianjie Ma. Trimeric Intracellular Cation Channels and Sarcoplasmic/Endoplasmic Reticulum Calcium Homeostasis (Reviews) Circulation Reserch., 114: 706-716, 2014

3)      Ishizuka K, Sakai H, Tsuzuki N, Nagashima M. Topographic anatomy of the posterior ramus of thoracic spinal nerve and surrounding structures. Spine. , 37:  E817-822, 2012

4)      Hayashi S, Fujita K, Matsumoto S, Akita M, Satomi A. Isolation and identification of cancer stem cells from a side population of a human hepatoblastoma cell line, HuH-6 clone-5. Pediatr Surg Int. , 27:9–16, 2011

5)      Takano K, Obata S, Komazaki S, Masumoto M, Oinuma T, Ito Y, Ariizumi T, Nakamura H, Asashima M. Development of Ca2+ signaling mechanisms and cell motility in presumptive ectodermal cells during amphibian gastrulation. Develop Growth Differ. , 53: 37-47, 2011

6)      Matsumoto H, Nagashima M.  Netrin-1 elevates the level and induces cluster formation of its receptor DCC at the surface of cortical axon shafts in an exocytosis-dependent manner. Neurosci Res. , 67: 99-107, 2010

7)      Akita M, Fujita K: DNA micro-array gene expression profiling of angiogenesis in collagen gel culture. Clinical Medicine: Cardiology. , 2: 49-57, 2008

8)      Takano K, Ito Y , Obata S, Oinuma T, Komazaki S, Nakamura H, Asashima M. Heart formation and left-right asymmetry in separated right and left embryos of a newt. The Int J Develop Biol. , 51: 265-272, 2007

9)      Fujita K, Komatsu K, Tanaka K, Ohshima S, Asami Y, Murata E, Akita M: An in vitro model for studying vascular injury after laser microdissection. Histochem Cell Biol. , 125: 509-514, 2006

10)  Singh M, Nagashima M, Inoue Y. Anatomical variations of occipital bone impressions for dural venous sinuses around the torcular Herophili, with special reference to the consideration of clinical significance. Surg Radiol Anat ., 26: 480-487, 2004



(
埼玉医科大学雑誌 40巻第2号;2014(掲載予定)より転載)



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