骨誘導因子の受容体ALK2を阻害する抗体の開発で遺伝性疾患の発症機序が明らかに
2023.05.29
リサーチハイライト
人をはじめとする脊椎動物の骨の形成には、骨誘導因子(Bone Morphogenetic Protein;BMP注1)と呼ばれる成長因子の働きが重要です。埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学の片桐岳信教授、塚本 翔講師、倉谷麻衣助教の研究グループは、長年にわたり骨誘導因子BMPによる骨形成のメカニズムを解析してきました。
骨誘導因子BMPは、標的となる細胞に働きかけて骨を造るように促します。このとき、細胞膜上のALK2注2)と呼ばれるタンパク質が重要な役割を果たします。ALK2は細胞膜を貫通したタンパク質で、細胞外でBMPと結合し、細胞内に骨形成の信号を伝達する受容体注3)です。筋肉で過剰な骨形成が起こる難病やある種の小児脳腫瘍などから、ALK2の細胞内領域の構造が変化する遺伝子変異注4)が見つかっていました。これらの疾患で変異したALK2は、細胞内で過剰な信号を伝達しますが、そのメカニズムは分かっていませんでした。
本研究では、ALK2の信号を抑制する目的で、ALK2の細胞外に結合して細胞内の信号を阻害する抗体注5)を独自に作製しました。この抗体による信号の阻害機序を詳細に解析した結果、ALK2受容体が細胞内の信号を伝達するためには、細胞内で2つのALK2同士が近接して二量体を形成することが重要なことを世界で初めて明らかにしました。ALK2の細胞内の構造が変化した遺伝性疾患では、ALK2同士が細胞内で会合しやすくなるために、過剰な信号が細胞内に伝達されると考えられます。開発した抗体は、ALK2の細胞外に結合することで、本来、リガンドと結合して誘導されるALK2の細胞内二量体の形成を抑制すると考えられました。
この発見は、ALK2が活性化される遺伝性疾患の発症機序を明らかにすると共に、ALK2と構造の似たALK1からALK7受容体が関連する他の疾患の発症機序の解明や、新しい治療法の開発等にも貢献することが期待されます。
これらの成果は、2023年5月25日号のNature Communications誌(オンライン版)に掲載されました。
注1)骨誘導因子(Bone Morphogenetic Protein;BMP)
骨から発見された、新しい骨を誘導する成長因子。酸で処理した骨を筋肉に移植すると、そこに新しい骨が形成される現象が発見された。この発見により、骨の中には新しい骨を誘導する生理活性物質が含まれることが示された。さらに、この生理活性物質がタンパク質であることが明らかとなり、Bone Morphogenetic Protein;BMPと命名された。その後、BMPの構造が明らかとなり、すでに発見されていたトランスフォーミング成長因子 -β(Transforming Growth Factor-β;TGF-β)と類似していたことから、TGF-βファミリーとして分類される。
注2)ALK2(別名 ACVR1)
細胞膜を貫通して存在するタンパク質で、細胞外でTGF-βファミリーの成長因子と結合し、細胞内にシグナルを伝達する7種類のI型受容体(ALK1からALK7)の1つ。ALK2は、細胞内に骨形成の信号を伝達する。
注3)受容体
外界の分子(リガンドを受け取り、信号に変換する分子。TGF-βファミリーの場合、細胞表面でI型とII型に分類される2種類の膜貫通受容体に結合し、細胞内で遺伝子発現を制御するタンパク質を活性化してシグナルを伝達する。
注4)ALK2の遺伝的変異と疾患
ALK2の細胞内領域の遺伝的変異により信号が過剰になる疾患として、骨形成が過剰に起こる難病(進行性骨化性線維異形成症;FOP)、腱や靭帯で骨形成が起きる疾患(びまん性特発性骨増殖症;DISH)、小児の脳腫瘍(びまん性橋膠腫;DIPG)が明らかにされた。
注5)抗体
ある種の分子に特異的に結合する免疫グロブリンタンパク質。生体が、異物から自身を防御するために進化の過程で獲得した免疫システムの1つ。この免疫システムを応用することで、目的の分子に結合する特定の(モノクローナル抗体を作製することができる。この技術は、さまざまな疾患に対して抗体医薬として応用されている。
詳細はPDFにてご覧ください
骨誘導因子BMPは、標的となる細胞に働きかけて骨を造るように促します。このとき、細胞膜上のALK2注2)と呼ばれるタンパク質が重要な役割を果たします。ALK2は細胞膜を貫通したタンパク質で、細胞外でBMPと結合し、細胞内に骨形成の信号を伝達する受容体注3)です。筋肉で過剰な骨形成が起こる難病やある種の小児脳腫瘍などから、ALK2の細胞内領域の構造が変化する遺伝子変異注4)が見つかっていました。これらの疾患で変異したALK2は、細胞内で過剰な信号を伝達しますが、そのメカニズムは分かっていませんでした。
本研究では、ALK2の信号を抑制する目的で、ALK2の細胞外に結合して細胞内の信号を阻害する抗体注5)を独自に作製しました。この抗体による信号の阻害機序を詳細に解析した結果、ALK2受容体が細胞内の信号を伝達するためには、細胞内で2つのALK2同士が近接して二量体を形成することが重要なことを世界で初めて明らかにしました。ALK2の細胞内の構造が変化した遺伝性疾患では、ALK2同士が細胞内で会合しやすくなるために、過剰な信号が細胞内に伝達されると考えられます。開発した抗体は、ALK2の細胞外に結合することで、本来、リガンドと結合して誘導されるALK2の細胞内二量体の形成を抑制すると考えられました。
この発見は、ALK2が活性化される遺伝性疾患の発症機序を明らかにすると共に、ALK2と構造の似たALK1からALK7受容体が関連する他の疾患の発症機序の解明や、新しい治療法の開発等にも貢献することが期待されます。
これらの成果は、2023年5月25日号のNature Communications誌(オンライン版)に掲載されました。
注1)骨誘導因子(Bone Morphogenetic Protein;BMP)
骨から発見された、新しい骨を誘導する成長因子。酸で処理した骨を筋肉に移植すると、そこに新しい骨が形成される現象が発見された。この発見により、骨の中には新しい骨を誘導する生理活性物質が含まれることが示された。さらに、この生理活性物質がタンパク質であることが明らかとなり、Bone Morphogenetic Protein;BMPと命名された。その後、BMPの構造が明らかとなり、すでに発見されていたトランスフォーミング成長因子 -β(Transforming Growth Factor-β;TGF-β)と類似していたことから、TGF-βファミリーとして分類される。
注2)ALK2(別名 ACVR1)
細胞膜を貫通して存在するタンパク質で、細胞外でTGF-βファミリーの成長因子と結合し、細胞内にシグナルを伝達する7種類のI型受容体(ALK1からALK7)の1つ。ALK2は、細胞内に骨形成の信号を伝達する。
注3)受容体
外界の分子(リガンドを受け取り、信号に変換する分子。TGF-βファミリーの場合、細胞表面でI型とII型に分類される2種類の膜貫通受容体に結合し、細胞内で遺伝子発現を制御するタンパク質を活性化してシグナルを伝達する。
注4)ALK2の遺伝的変異と疾患
ALK2の細胞内領域の遺伝的変異により信号が過剰になる疾患として、骨形成が過剰に起こる難病(進行性骨化性線維異形成症;FOP)、腱や靭帯で骨形成が起きる疾患(びまん性特発性骨増殖症;DISH)、小児の脳腫瘍(びまん性橋膠腫;DIPG)が明らかにされた。
注5)抗体
ある種の分子に特異的に結合する免疫グロブリンタンパク質。生体が、異物から自身を防御するために進化の過程で獲得した免疫システムの1つ。この免疫システムを応用することで、目的の分子に結合する特定の(モノクローナル抗体を作製することができる。この技術は、さまざまな疾患に対して抗体医薬として応用されている。
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