「影のない画像」でアミロイドーシスを鮮明に診断!
2025.08.08
リサーチハイライト
新技術で複屈折を定量化、従来法を超える画像を実現
■ポイント■
■概要■
埼玉医科大学(学長 竹内 勤)の 若山 俊隆 教授(保健医療学部・臨床工学科)、横内 峻 院生、茅野 秀一 教授(保健医療学部長)と宇都宮大学(学長 池田 宰)の 東口 武史 教授(工学部・基盤工学科)らは、共同でアミロイドーシスの病理診断をより鮮明にする、影のない新しい画像処理技術で定量観察を実現しました。
アミロイドーシスは、線維状の異常たんぱく質が全身または臓器に沈着して発症する疾患で心臓や腎臓のアミロイドーシスが知られています。さらに、脳にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積するアルツハイマー型認知症もアミロイドが関与する病気です。これらの疾患には、早期かつ正確な診断が求められています。約50年の間、Congo Red染色を用いた病理標本を偏光顕微鏡下で観察し、「アップルグリーンの複屈折」と呼ばれる色彩の観察が“ゴールデンスタンダード”とされてきました。しかし、臨床現場ではオレンジや赤などの色彩が観察され、「アップルグリーン」という基準が疑問視されました。
2024年の国際アミロイドーシス学会の声明で、診断基準は「特徴的複屈折の観察」と改訂されましたが、複屈折顕微鏡を臨床現場に設置することは容易ではありません。また、従来の偏光観察も「偏光シャドウ」と呼ばれる影が、アミロイド沈着の詳細を観察する際に問題となっていました。
本研究では、従来の生物顕微鏡に偏光素子を追加し、回転角を変えて撮影した複数画像を解析する画像処理法を開発しました。従来の複屈折分布と95%以上の相関を有し、従来の目視診断よりも高精度で定量的な観察を実現しました。この技術は、現行の病理診断環境に簡便に導入できるため、全国の病理検査室への普及も期待されます。
この成果は2025年8月号のScientific Reports誌に掲載されました。
- 約50年の間、アミロイドーシスの診断指標として用いられてきた「アップルグリーンの複屈折」に代わる定量的複屈折コントラストによるシャドウレス・アミロイドイメージングを実験実証しました。
- アミロイドーシス診断に利用される偏光画像で問題になっていた「偏光シャドウ」を抑制することに成功し、鮮明な画像を提供することができるようになりました。
- 新規イメージング法は、従来法である複屈折分布と95%以上の一致度を取得しました。臨床用の顕微鏡の光学系をそのまま利用できる簡便さに加え、最少で2枚の画像の取得だけで解析が可能になる点も本研究成果の大きなアドバンテージです。
- この技術は、病理診断環境に容易に導入できるため、病理検査室への普及も期待されます。
■概要■
埼玉医科大学(学長 竹内 勤)の 若山 俊隆 教授(保健医療学部・臨床工学科)、横内 峻 院生、茅野 秀一 教授(保健医療学部長)と宇都宮大学(学長 池田 宰)の 東口 武史 教授(工学部・基盤工学科)らは、共同でアミロイドーシスの病理診断をより鮮明にする、影のない新しい画像処理技術で定量観察を実現しました。
アミロイドーシスは、線維状の異常たんぱく質が全身または臓器に沈着して発症する疾患で心臓や腎臓のアミロイドーシスが知られています。さらに、脳にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積するアルツハイマー型認知症もアミロイドが関与する病気です。これらの疾患には、早期かつ正確な診断が求められています。約50年の間、Congo Red染色を用いた病理標本を偏光顕微鏡下で観察し、「アップルグリーンの複屈折」と呼ばれる色彩の観察が“ゴールデンスタンダード”とされてきました。しかし、臨床現場ではオレンジや赤などの色彩が観察され、「アップルグリーン」という基準が疑問視されました。
2024年の国際アミロイドーシス学会の声明で、診断基準は「特徴的複屈折の観察」と改訂されましたが、複屈折顕微鏡を臨床現場に設置することは容易ではありません。また、従来の偏光観察も「偏光シャドウ」と呼ばれる影が、アミロイド沈着の詳細を観察する際に問題となっていました。
本研究では、従来の生物顕微鏡に偏光素子を追加し、回転角を変えて撮影した複数画像を解析する画像処理法を開発しました。従来の複屈折分布と95%以上の相関を有し、従来の目視診断よりも高精度で定量的な観察を実現しました。この技術は、現行の病理診断環境に簡便に導入できるため、全国の病理検査室への普及も期待されます。
この成果は2025年8月号のScientific Reports誌に掲載されました。

図1 本研究の概要
(a)異常タンパク質が集まったアミロイド線維は臓器に凝集して沈着します。これがアミロイドです。(b)一般的にアミロイドーシス診断ではCongo Red染色と偏光顕微鏡が使われていますが、(c:左側)偏光シャドウと呼ばれる影が生じ、鮮明な画像が観察できないという問題があります。そのためAとBの位置では観察される画像が異なっています。このように偏光シャドウはアミロイドの沈着を観察できなくしてしまうのです。(c:右側)我々が提案する新規イメージング法では、偏光シャドウのない精確な観察像が得られます。アミロイドーシスの早期発見に貢献する技術となることが期待されます。
(a)異常タンパク質が集まったアミロイド線維は臓器に凝集して沈着します。これがアミロイドです。(b)一般的にアミロイドーシス診断ではCongo Red染色と偏光顕微鏡が使われていますが、(c:左側)偏光シャドウと呼ばれる影が生じ、鮮明な画像が観察できないという問題があります。そのためAとBの位置では観察される画像が異なっています。このように偏光シャドウはアミロイドの沈着を観察できなくしてしまうのです。(c:右側)我々が提案する新規イメージング法では、偏光シャドウのない精確な観察像が得られます。アミロイドーシスの早期発見に貢献する技術となることが期待されます。
アミロイドーシスは、異常なタンパク質が集まってアミロイド線維を形成します。これが、全身あるいは脳や心臓、腎臓などさまざまな臓器に沈着して臓器に機能障害を引き起こします(図1(a))。その早期診断と病気の同定は、治療方針を決める際にとても重要です。病理組織検査では、Congo Red染色と呼ばれる染色液と偏光顕微鏡を用いて観察し、「アップルグリーンの複屈折」と伝統的に呼ばれてきた色彩が得られると、アミロイドーシスと診断されてきました(図1(b))。
しかし、その色彩は臨床においてさまざまであることから、2024年のアミロイドーシス学会の声明で「特徴的な複屈折」の観察と表現が修正されました。しかし、複屈折の定量評価に有用な複屈折顕微鏡は特殊な光学素子を必要とします。その使い方も独特であるため、病理診断への導入は容易なものではありません。そのような理由から、病理診断には偏光機能を搭載した光学顕微鏡での観察画像が用いられるにとどまっています。しかし、一般的な偏光観察の構成だと偏光子と呼ばれる光学素子の軸と染色されたアミロイドの分子配向の向きが一致すると「偏光シャドウ」と呼ばれる影が生じ、染色標本中のアミロイドの一部が観察できなくなる問題が生じています(図1(c))。
偏光シャドウがあると、早期に存在する微小なアミロイドの検出が困難になってしまうのです。このような背景から新たな複屈折の定量評価ならびに偏光シャドウのない画像の構築方法が望まれています。
■研究内容■
我々のグループは、厳密な偏光解析により非常にシンプルな方法で偏光シャドウの生じない複屈折の定量化画像解析法を確立しました。特徴的な複屈折分布を画像化することに成功し、従来の複屈折評価と一致度が95%以上を得ることができました。本研究では、二重回転消光子法を採用し、病理診断で使われるオーソドックスな光学系での解析を可能にしています(図2(a))。
偏光解析においては複屈折位相差、主軸方位に加えて、直線偏光二色性をそれぞれ分離し、特徴的な複屈折分布を取得して、これを基準にしました(図2(b))。
偏光解析を丁寧に調べていくと、調整された二重回転消光子の角度の組み合わせを平均化すると偏光シャドウとなる主軸方位の影響を打ち消すことが明らかになりました(図2(c))。

図2 研究の方法
(a)実験の光学系、偏光子と検光子のクロスニコル条件下で得られる光強度分布、(b)二重回転消光子法で得られる複屈折像を基準として、(c)シャドウレス・アミロイド画像を平均化から得ます。複屈折像を真値として一致度評価を行いました。
(a)実験の光学系、偏光子と検光子のクロスニコル条件下で得られる光強度分布、(b)二重回転消光子法で得られる複屈折像を基準として、(c)シャドウレス・アミロイド画像を平均化から得ます。複屈折像を真値として一致度評価を行いました。
比較に使用した画像は、0°と45°の単一角度の偏光画像、2枚および8枚の画像を平均したシャドウレス・アミロイド画像です。図3(a1) - 3(a3)は、それぞれ、0°の単一角度の偏光画像、2枚および8枚の画像を平均したシャドウレス・アミロイド画像です。単一角度の偏光画像では偏光シャドウの影響で詳細を視認できなくなっています(図3(a1))。
図3(b)は、基準として使用している複屈折像との一致度の比較結果を表してます。単一画像の場合、最大でも複屈折像との一致度は73%でした。角度によってこの数値は変化し、視認性の低下を引き起こしています。一方で、8枚の画像平均によるシャドウレス・アミロイド画像と複屈折位相差分布の一致度は95%以上を示しました。この結果は非常に有意義でしたが、病理診断においては迅速な解析を求められますので、平均する画像枚数の最少化の実験も行いました。
その結果、最少で2枚の平均化画像を得ると、一致度は80%以上になることがわかりました。一致度はわずかに低下しましたが、8枚と2枚のシャドウレス・アミロイド画像および複屈折像を比較すると、最も鮮明にアミロイドを映していたのは2枚のシャドウレス・アミロイド画像でした。8枚の画像を用いた結果や複屈折分布は、実際には8枚以上の画像を解析に使用しましたが、装置の仕様の影響で、実験中の画像のボケや画像のシフトが生じてしまったことが一致度の低下を引き起こしていました。原理的にも2枚の画像でCongo Red染色に伴うアミロイドの特徴的な複屈折をコントラストよく定量的に示せることが本研究の厳密な偏光解析によって明らかにされています。
本報告で提案する新規手法を用いれば、定量的な複屈折コントラストを有しながら偏光シャドウのない鮮明な画像を提供することができます。

図3 複屈折分布との一致度の比較
(a1)θ= 0°の単一角度における偏光画像、(a2) 2枚の画像を平均化することで得られたシャドウレス・アミロイド画像、8枚の画像を平均化することで得られたシャドウレス・アミロイド画像。(b)それぞれの画像と複屈折像の一致度の比較結果。
(a1)θ= 0°の単一角度における偏光画像、(a2) 2枚の画像を平均化することで得られたシャドウレス・アミロイド画像、8枚の画像を平均化することで得られたシャドウレス・アミロイド画像。(b)それぞれの画像と複屈折像の一致度の比較結果。

図4 複屈折位相差のヒストグラム
アミロイドの染色レベルを特徴的な複屈折で評価することができる。
今回、定量複屈折コントラストによるシャドウレス・アミロイドイメージングを世界で初めて実証しました。実験で使用した顕微鏡は、実臨床でも使用できるシステム構成です。画像解析でもよく知られるImage Jなどの一般的なフリーのアプリケーションを使用してシャドウレス・アミロイド画像を構築することができます。今回得られた結果は、ベニイロフラミンゴの腎臓の病理標本を用いた解析によるものでしたので、その他の病理標本でも同じような効果が得られるのかを検証します。
さらに今後は無染色でのアミロイドーシス診断への可能性の探索に発展させていきたいと考えています。本技術により、アミロイドーシス診断の精度向上と迅速化が期待されます。
この成果は2025年8月7日号のScientific Reports誌(Nature Publishing group)に掲載されました。
■研究資金■
本研究は、JSPS科研費(23K26111, 24K03312, 24H00838)、天田財団 (AF-2023226-B3)より支援を受けて実施されましたので深く感謝申し上げます。
■論文の情報■
論文名:Shadowless amyloid imaging with quantitative birefringence contrast
雑誌名:Scientific Reports
著 者:Toshitaka Wakayama, Shun Yokouchi, Hidekazu Kayano, and Takeshi Higashiguchi
U R L : https://doi.org/ 10.1038/s41598-025-11795-0
Wakayama, T., Yokouchi, S., Kayano, H., and Higashiguchi, T., Shadowless amyloid imaging with quantitative birefringence contrast. Sci. Rep. 15, 28776 (2025).
■用語の説明■
・複屈折:光が物質を透過するとき、進む速さが方向によって変わることがあります。これは、光が進む向きによって屈折率が異なるために起こる現象で、「複屈折」と呼ばれています。
・偏光画像:偏光は、光の振動が特定の方向にそろった状態の光を言います。この偏光を使って撮影した画像のことを「偏光画像」と呼びます。
・二重回転消光子法:偏光の性質を利用して、複屈折をより正確に調べる方法の一つです。「消光子」とは、偏光子と検光子を直交させたクロスニコル条件を保持しながら、1対の偏光子と検光子を同時に回転させながらフーリエ解析に基づいて偏光状態を取得する方法です。
【プレスリリース】影のない画像」でアミロイドーシスを鮮明に診断!