特別講演
トランスレーショナル免疫学を目指して 松下 祥 埼玉医科大学医学部免疫学教授、副学長(研究等担当) 我々は3つのキーワードを掲げ、トランスレーショナルな免疫学を目指して 研究を進めている。その概要をご紹介したい。 1.隠蔽自己抗原(自己免疫病やがんへの応用) 美白剤ロドデノールは皮膚の白斑症を誘発するため、近年社会的問題になった。 化粧品利用者のわずか2%しか影響を受けていない事や、免疫抑制剤がロドデノール誘発性白斑に 効果がある事など、当初考えられていた機序だけでは白斑症発症を説明することは難しい。 そこで、ロドデノールはチロシナーゼと結合する事により生理的には存在しないチロシナーゼ由来 ペプチド断片(免疫学的非自己)を産生させ、T細胞の活性化が起こったという作業仮説のもと研究 を行い、本症が自己免疫病であること、さらにはロドデノールがメラノーマの治療に応用可能であ ることを明らかにした(Dermatology 232:44-49, 2016および特願2014-261988)。隠蔽自己 抗原ペプチドの基礎的見地となる発見は、演者らが明らかにした自己免疫病(インスリン自己免疫症候群) 発症の分子機構の解明を端緒とするので共にご紹介する(J. Exp. Med. 180: 873-883, 1994)。 2.Drug Repositioning(適応拡大) アジュバントは免疫応答を抗原非特異的に増強する物質である。 一方、そのT細胞応答増強作用には質的な異質性があり、Th1, Th2, Th17応答をそれぞれ特意的に 増強させるアジュバントも知られている。我々はこのようなアジュバントを質的に評価する実験系 を作り、複数の試薬や上市薬をスクリーニングした。その結果、パーキンソン病の治療薬 (ドーパミンD1様受容体アンタゴニストおよびD2様受容体アゴニスト)にTh2/17応答を抑制する 活性があることを明らかにした(J. Immunol.186:5975-5982, 2011など論文多数)。当初はTh の分化誘導相にのみ有効であると考えられた。しかし最近、活性化T細胞が産生するIL-8を抑制す る効果も有することを明らかにした。気管支喘息を例にとれば、好酸球性炎症はIL-5/IgEを主役と する炎症でステロイドが著効する。しかし、幼児の喘息の4%、老人の喘息の40%は特異的IgEの 関与がない、IL-8/IL-17を主役とする好中球性炎症であり、ステロイドは無効である。 また、自己免疫病など多くの病態も好中球性炎症を主体とする。すわなち、パーキンソン病の治療薬は このような各種好中球性炎症の特効薬となりうると考えられる(特許第5442256号)。 3.予防医学 千葉大学の乳児コホートを用いて、母乳とTh2アジュバント活性の関係を検討した。 生後半年以内にアトピー性皮膚炎を発症した乳児が飲んでいた母乳は高いTh2アジュバント活性を 有していた。高精度の質量分析を利用することにより、この活性が母乳中のCoenzyme Aに由来す ることが明らかとなった。マウスに長期間高濃度のCoenzyme Aを経口投与すると、 アトピー性皮膚炎を発症した(Int. Immunol. 23:741-749, 2011)。 母乳の臨床検査とリンクさせることにより、予防医学への応用が期待される(特許第5859310号)。