認知症研究の新しいモデルについての論文を発表しました
(発表論文)
著者:Sosuke Yagishita*, Seiya Suzuki, Keisuke Yoshikawa, Keiko Iida, Ayako
Hirata, Masahiko Suzuki, Akihiko Takashima, Kei Maruyama, Akira Hirasawa*,
Takeo Awaji(*責任著者)
タイトル:Treatment of intermittent hypoxia increases phosphorylated tau in
the hippocampus via biological processes common to aging
雑誌・発行年・巻・号:Molecular Brain, 2017, 10:2
URL: https://molecularbrain.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13041-016-0282-7
この研究は,京都大学の平澤明准教授のグループ(網羅的遺伝子解析を担当)との共同であり,当教室の柳下聡介元助教(現在,国立精神・神経医療研究センター),鈴木星也大学院生(当時)らによって行われた研究です。詳細は,解説をご覧ください。
※この論文の紹介記事がOncotarget誌に掲載されました!
【解説】
間欠的低酸素負荷は,加齢と共通の変化を起こし,タウのリン酸化を亢進する
(骨子)
・間欠的低酸素負荷が起こす変化と加齢が起こす変化との間には,多くの共通性がある。
・間欠的低酸素負荷は,タウのリン酸化を亢進させる。
(背景)
アルツハイマー病は,脳内にアミロイドβタンパク質と過剰にリン酸化されたタウタンパク質とが蓄積するのを特徴とする認知症です。その発症リスクは加齢とともに増加すると言われていますが,このことを踏まえた研究をするのに適したモデルが少ないのが現状です。
そこで私たちは,睡眠時無呼吸症候群の実験モデルである間欠的低酸素負荷(Intermittent hypoxia treatment; IHT)に着目しました。というのも,睡眠時無呼吸症候群と認知症との関連性が臨床研究の蓄積から強く示唆されているからです。この研究では,記憶の形成に重要とされる脳の海馬に着目し,解析を行いました。
(方法)
IHTは,窒素ガスを用いて,飼育環境の酸素濃度を変えることで行いました。1分間かけて5%酸素にし,その後,2分間かけて21%に戻すという3分間の繰り返しを,1日8時間実施しました。
(結果)
1. IHTが起こす変化と加齢が起こす変化との間には共通性がある
まず,IHTを行ったマウスの海馬で,どのような遺伝子の発現に変化が起きるか,網羅的な解析を行いました。また,1年間,加齢させたマウスでも同様にデータ解析を行いました。遺伝子の発現変化の仕方を比較してみると,IHTと加齢とに多くの共通性があることが分かりました。
次に,その解析結果を,データベースに既に登録されている他の実験データと比較しました。その結果,Dicer欠損マウスモデルや神経細胞の過活動が起きているとモデルのデータと,共通する部分の多いことが分かりました(図1)。
図1

2. IHTによって,タウのリン酸化が亢進する
アルツハイマー病の脳で蓄積しているタウは,過剰なリン酸化を受けています。そのため,私たちは,タウのリン酸化という現象に着目しています。 私たちは,IHTによって,タウのリン酸化が亢進するかどうかを調べました。その結果,IHTによってタウのリン酸化が亢進していることが分かりました(図2)。前項で述べたDicer欠損マウス(IHTと類似したパターンを示したものの一つ)でも,タウのリン酸化の亢進が報告されていることから,順当な結果だと言えます。
図2

3. その他
(1) IHTを5日間実施したときに,Y字迷路試験において過剰行動が見られました。この結果は,先行研究でも報告されているのと同じです。
(2) IHTの実施期間を5日から28日に延ばすと,シナプスタンパク質が減少することを見出しました。
(今後の展望)
・新たな研究モデルとして
IHTが加齢と共通する遺伝子発現変化を起こすこと,その結果の一つとしてタウのリン酸化が亢進することを明らかにしました。このモデルを用いることで,加齢と認知症との関連を探る研究が進むことが期待されます。このモデルは,簡便に実施できますし,様々な系統のマウスや他の動物にも応用可能です。就中,低コストであることが最大の利点です。限られた予算と時間との中で研究を進めるのに適した実験系でしょう。
・睡眠時無呼吸症候群と認知症
近年,臨床的な研究から,睡眠時無呼吸症候群と認知症との間に関連のあることが示唆されています。実際の所,タウのリン酸化の亢進が即ち,認知症の発症を意味するわけではありません。しかし,睡眠時無呼吸症候群の実験モデルであるIHTによって,タウのリン酸化が亢進したことは,
2つの疾患の間に密接な関係があることを示唆する初めての実験的な証拠と言えるでしょう。