埼玉医科大学からプレスリリースされました

2023年5月25日にNature Communications誌に掲載された片桐グループの研究成果について埼玉医科大学からプレスリリースが出されました。

 

骨誘導因子の受容体 ALK2 は、細胞内で二量体を形成して信号を伝える
〜 ALK2 を阻害する抗体の開発で明らかとなった遺伝性疾患の発症機序 〜

 

 人をはじめとする脊椎動物の骨の形成には、骨誘導因子(Bone Morphogenetic Protein; BMP)注 1)と呼ばれる成長因子の働きが重要です。埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学の 片桐岳信教授、塚本 翔講師、倉谷麻衣助教の研究グループは、長年にわたり骨誘導因子 BMP による骨形成のメカニズムを解析してきました。

 骨誘導因子 BMP は、標的となる細胞に働きかけて骨を造るように促します。このとき、 細胞膜上の ALK2 注 2)と呼ばれるタンパク質が重要な役割を果たします。ALK2 は細胞膜を 貫通したタンパク質で、細胞外で BMP と結合し、細胞内に骨形成の信号を伝達する受容体 注 3)です。筋肉で過剰な骨形成が起こる難病やある種の小児脳腫瘍などから、ALK2 の細胞 内領域の構造が変化する遺伝子変異注 4)が見つかっていました。これらの疾患で変異した ALK2 は、細胞内で過剰な信号を伝達しますが、そのメカニズムは分かっていませんでした。

 本研究では、ALK2 の信号を抑制する目的で、ALK2 の細胞外に結合して細胞内の信号を阻害する抗体注 5)を独自に作製しました。この抗体による信号の阻害機序を詳細に解析した 結果、ALK2 受容体が細胞内の信号を伝達するためには、細胞内で 2 つの ALK2 同士が近接 して二量体を形成することが重要なことを世界で初めて明らかにしました。ALK2 の細胞内 の構造が変化した遺伝性疾患では、ALK2 同士が細胞内で会合しやすくなるために、過剰な信号が細胞内に伝達されると考えられます。開発した抗体は、ALK2 の細胞外に結合することで、本来、リガンドと結合して誘導される ALK2 の細胞内二量体の形成を抑制すると考えられました。

 この発見は、ALK2 が活性化される遺伝性疾患の発症機序を明らかにすると共に、ALK2 と構造の似た ALK1 から ALK7 受容体が関連する他の疾患の発症機序の解明や、新しい治療法の開発等にも貢献することが期待されます。 これらの成果は、2023 年 5 月 25 日号の Nature Communications 誌(オンライン版) に掲載されました。

 

 

 

研究代表者

埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学 片桐 岳信 教授

 

共同研究先

第一三共株式会社

 

研究資金

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE) JP17pc0101007 の支援による。

 

■研究の背景■

骨誘導因子(BMP)や Activin A など TGF-βファミリーと呼ばれる成長因子は、二量体として作用します。TGF-βファミリーのリガンドは、標的細胞の表面に存在する 2 種類(I 型 と II 型)の膜貫通キナーゼ受容体に結合して作用します。I 型受容体には、ALK1 から ALK7まで 7 種類が知られています。

  ALK2 は、細胞外で BMP と結合し、細胞内で骨形成シグナルを活性化する I 型受容体の 1 つです。本邦の難病の 1 つで、成長に伴い筋組織や腱・靭帯などに異所性の骨形成が起き る進行性骨化性線維異形成症(FOP)と呼ばれる疾患が知られています。FOP は、ALK2 受容体の設計図となる遺伝子の変異で発症することが判明しています。

FOP 症例のALK2 受容体は細胞内領域のアミノ酸が変異しており、本来は骨形成を誘導 しない Activin A と細胞外で結合しても骨形成シグナルを伝達することが報告されています。その後の研究で、ALK2 受容体の細胞内領域に、小児の脳腫瘍(びまん性橋膠腫; DIPG) や腱や靭帯が骨化する疾患(びまん性特発性骨増殖症; DISH)でも遺伝的変異が見出され ました。しかし、なぜ細胞内領域が変異した ALK2 は、細胞外で BMP だけでなく Activin A と結合しても細胞内で骨形成シグナルを活性化するかは明らかでありませんでした。本研究では、ALK2 受容体の過剰シグナルで発症する疾患に対する治療薬の開発を目指し、 ALK2 を阻害するモノクローナル抗体を開発し、その作用機序を詳細に解析しました。

 

■研究内容と成果

埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学の片桐岳信教授、塚本 翔講師、倉谷麻衣助教の研究グループは、長年にわたり、骨誘導因子 BMP による骨形成のメカニズムを研究していま す。この過程で、BMP 関連遺伝子の変異で発症すると考えられた疾患の進行性骨化性線維異形成症 FOP の発症機序の解明や、診断法と治療法の確立に取り組んできました。

 今回、本研究チームが開発した ALK2 受容体を阻害するモノクローナル抗体の作用機序を詳細に解析しました。その結果、開発した抗体は ALK2 の細胞外領域に結合し、背中合わ せの二量体を形成すると予想されました。これは、BMP などのリガンドと結合して誘導さ れる ALK2 二量体と構造が異なるために、細胞内の骨形成シグナルが抑制されると考えられました。

  さらに本研究から、ALK2 が骨形成シグナルを活性化するには、細胞内領域同士の二量体 形成が重要と予想されました。そこで、生細胞の中でリアルタイムに受容体の二量体形成を 定量的に解析できる新たな実験系を構築しました。すると、野生型 ALK2 は BMP で刺激後 の数分以内に、細胞内領域同士の二量体を形成することが判明しました。一方、骨形成シグ ナルを活性化しない Activin A で刺激しても、ALK2 は細胞内領域の二量体を形成しませんでした。しかし、FOP を始めとする遺伝性疾患の細胞内領域が変異した ALK2 は、BMP だけでなく、Activin A 刺激でも細胞内二量体を形成することが明らかとなりました。ALK2 の細胞内領域が変異した遺伝性疾患では、ALK2 が二量体を形成しやすいために、Activin A のようなリガンドに結合して病的な骨形成シグナルを活性化すると考えられました。今回開発したALK2 に対する抗体は、細胞外で背中合わせの ALK2 二量体を形成することで、 BMP や Activin A との結合で誘導される細胞内二量体の形成を抑制すると予想されました。

  ALK2 遺伝子に FOP の典型的遺伝子変異を導入したマウスを樹立して筋損傷を加えると、 筋組織内に異所性の骨形成が誘導されました。しかし、このモデルマウスに開発した ALK2 に対する抗体を投与すると、予想に反して形成される骨の量が増えることが判明しました。 培養細胞で原因を解析すると、マウス ALK2 とヒト ALK2 は細胞内アミノ酸が異なるため、 抗体に対する反応が異なることが明らかとなりました。そこで、新たに FOP の変異を持つ ヒト ALK2 遺伝子を導入したモデルマウスを作製すると、ALK2 に対する抗体は筋損傷の後 に形成される異所性骨形成を抑制することが確認できました。

 

■今後の展開■

本研究では、ALK2 が骨形成シグナルを活性化するには、細胞外でリガンドと結合し、細胞内で二量体を形成することが重要なことを明らかにしました。遺伝性疾患で見出される変異 ALK2 は、細胞内領域の二量体を形成しやすいために、細胞外で骨形成を誘導しないは ずの Activin A と結合しても病的シグナルが活性化されると考えられました。この発見は、TGF-βファミリーに対するⅠ型受容体のシグナル活性化の機序の解明や、関連する疾患の発症機序、治療薬の開発等への応用が期待できます。

 今回、FOP の典型的変異を有するマウス ALK2 とヒト ALK2 は、ALK2 に対する抗体への反応が異なることも明らかになりました。本論文の査読期間中に、海外の研究グループが 別の ALK2 に対する抗体と FOP 病態モデルマウスを用いた論文を発表し、抗体投与によっ てマウスの異所性骨が増えたとの結果を報告しています。我々が開発した ALK2 に対する抗体を安全にヒトの疾患に応用できるよう、さらに詳細な作用機序の解明と安全性の確認 に取り組んで参ります。


■用語解説■

注 1)骨誘導因子(Bone Morphogenetic Protein; BMP)

骨から発見された、新しい骨を誘導する成長因子。酸で処理した骨を筋肉に移植すると、そこに新しい骨が形成される現象が発見された。この発見により、骨の中には新しい骨を誘導 する生理活性物質が含まれることが示された。さらに、この生理活性物質がタンパク質であ ることが明らかとなり、Bone Morphogenetic Protein; BMP と命名された。その後、BMP の構造が明らかとなり、すでに発見されていたトランスフォーミング成長因子-β (Transforming Growth Factor-β; TGF-β)と類似していたことから、TGF-βファミリー として分類される。

 

注 2)ALK2(別名:ACVR1)

細胞膜を貫通して存在するタンパク質で、細胞外で TGF-βファミリーの成長因子と結合し、 細胞内にシグナルを伝達する 7 種類の I 型受容体(ALK1 から ALK7)の 1 つ。ALK2 は、 細胞内に骨形成の信号を伝達する。

 

注 3)受容体

外界の分子(リガンド)を受け取り、信号に変換する分子。TGF-βファミリーの場合、細胞 表面で I 型と II 型に分類される 2 種類の膜貫通受容体に結合し、細胞内で遺伝子発現を制 御するタンパク質を活性化してシグナルを伝達する。

 

注 4)ALK2 の遺伝的変異と疾患 ALK2 の細胞内領域の遺伝的変異により信号が過剰になる疾患として、骨形成が過剰に起こる難病(進行性骨化性線維異形成症; FOP)、腱や靭帯で骨形成が起きる疾患(びまん性特 発性骨増殖症; DISH)、小児の脳腫瘍(びまん性橋膠腫; DIPG)が明らかにされた。

 

注 5)抗体

ある種の分子に特異的に結合する免疫グロブリンタンパク質。生体が、異物から自身を防御 するために進化の過程で獲得した免疫システムの 1 つ。この免疫システムを応用すること で、目的の分子に結合する特定の(モノクローナル)抗体を作製することができる。この技 術は、さまざまな疾患に対して抗体医薬として応用されている。

 

■掲載論文■

題名 A blocking monoclonal antibody reveals dimerization of intracellular domains of ALK2 associated with genetic disorders

(阻害モノクローナル抗体は遺伝性疾患に関連した ALK2 の細胞内領域の二量体形成を明 らかにする)

著者名 Takenobu Katagiri, Sho Tsukamoto, Mai Kuratani, Shinnosuke Tsuji, Kensuke Nakamura, Satoshi Ohte, Yoshiro Kawaguchi, Kiyosumi Takaishi

掲載誌 Nature Communications 掲載日 2023 年 5 月 25 日 DOI 10.1038/s41467-023-38746-5

 

お問い合わせ先

・研究に関すること

片桐 岳信(かたぎり たけのぶ)

埼玉医科大学 医学部 ゲノム基礎医学 教授

E-mail: katagiri@saitama-med.ac.jp Tel./Fax.: 042-984-0443

 

・取材、報道に関すること

埼玉医科大学 広報室

E-mail: koho@saitama-med.ac.jp

Tel.: 049-276-2125 Fax.: 049-276-2086

 

埼玉医科大学プレスリリース

 

2023年05月29日